“空気を使った分だけ払う” サービスへビジネスモデルを変革させたケーザー・コンプレッサー

作成者:五十嵐 剛 投稿日:2015年3月9日

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Engineer With Machine工場の生産に必要な“空気”について考えたことがあるでしょうか?生産設備において空気は、コンプレッサーと呼ばれるローターの回転運動やピストンの往復運動によって気体を圧送する装置を通じて圧縮され、空調や冷却、乾燥など多岐にわたって活用されています。このコンプレッサーによる日本での電力使用量の割合は、なんと総電力使用量の約10%にもなるそうです(※1)。これは住宅や店舗などで使われる電灯による関東全体での電力使用量に迫る量です(※2)。

この圧縮空気ビジネスでコンプレッサー業界を躍進する企業が、ドイツに本社を置くコンプレッサー専業メーカーKAESER KOMPRESSOREN(ケーザー・コンプレッサー、以下ケーザー社)です。同社は、半導体や食品、薬品をはじめとしてあらゆる製造業のお客様に圧縮空気を届けていますが、売上高6億ユーロ、従業員5,000名弱と、コンプレッサー業界では中堅企業です。そのため、Atlas Copco, Dresser Rand, GE, Ingersoll-Rand, Siemensといった大企業がひしめく中、ケーザー社の限られたリソースでは業界で優位に立つことは容易ではありませんでした。そこで同社は、サービスビジネスへの変革に取り組みました。

本ブログでは、彼らが目指した“空気を使った分だけ払う”サービスビジネスへの変革、それを実現した仕組み、そして市場全体に与える潜在的な可能性についてもお伝えします。

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コンプレッサーが活躍するさまざまな業界

(※1)すぐ役に立つ製造現場の省エネ技術―エアコンプレッサ編 長谷川和三氏  日刊工業新聞社 P7
(※2)電力事業連合会 電力需要実績(2013年度) より独自計算

ビジネスモデルを変えた「シグマ・エア・ユーティリティ」

通常、コンプレッサーはお客様の工場が機器を購入・設置し、メンテナンスまで行います。しかしケーザー社はこの考え方を変えて、機器の企画から設置、運用、保守、修理まですべてを同社が担当するサービスを考案し、差別化戦略を仕掛けました。それが「シグマ・エア・ユーティリティ」というサービスです。このサービスを利用することで、顧客は設備や運用コストを考えることなく、圧縮空気をどれだけ使ったかだけを意識すればよくなるのです。

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Source: http://www.kaeser.com/Current_Affairs/Press/press-O-Wasser.asp#0

「シグマ・エア・ユーティリティ」サービスは何が嬉しいのか?

このサービスを提供・利用するということは、どんなビジネス価値があるのでしょうか。まずはケーザー社(サービス提供側)の視点で整理します。

①    ストックビジネスによる収益の安定

ビジネスを分類する考え方のひとつに、フロー型ビジネスとストック型ビジネスというものがあります。フロー型ビジネスとは取引が一度きりのビジネスです。たとえば、コンプレッサーそのものを販売することを指します。それに対してストック型ビジネスは、契約によってほぼ毎月決まった収入が入ってくる形のビジネスです。「シグマ・エア・ユーティリティ」サービスはこのストック型ビジネス。顧客の圧縮空気の使用量に合わせて、毎月安定した収益を上げることができます。

②    顧客囲い込みによるさらなる提案機会の創出

システム運用、保守、修理などの業務を通して、顧客の状況をより詳細に把握することが可能です。そのため、顧客の現状の課題や戦略に合わせた新しい提案を積極的に行うことができます。また、それらの継続的なコミュニケーションによって顧客満足度を高め、サービスの更新時期の離反率を低く抑えることで、生涯顧客価値も大きくすることができます。

③    競合企業とのコンペにおける勝率の向上

製造業の設備機器は細かい性能や価格勝負になることが少なくありません。機器の性能以外で競合企業に勝つのが難しい場合、価格の叩き合いに陥りがちです。その場合、たとえ勝てたとしても利益率は非常に低くなりがちです。そうならないために、競合企業との差別化を明確にし、サービスの利便性や品質を訴求することで、コンペの勝率を高めることができます。

それでは、次に顧客(サービス利用側)の視点で考えてみましょう。

④    景気変動に対する堅牢性の向上

サービス提供側だけでなく利用側も、安定した収益を確保することは重要な課題です。従来の設備機器の購入と違って、「シグマ・エア・ユーティリティ」は圧縮空気の使用量に応じて支払金額が決まります。固定費を変動費に変えることで、景気変動に対して強い財務基盤を構築することができます。

⑤    ワンストップサービスによる要員負荷の軽減

コンプレッサーを効率的に扱うにはノウハウが必要となるため、そのための教育コストや定年による離職リスクなどが存在します。また、トラブルが発生した場合にはその対処に時間がかかることも多いのです。ノウハウを熟知したケーザー社の要員に運用や保守を任せることによって、顧客側の製造要員の負荷軽減につなげることができます。

⑥    製造業務の総コストの削減

顧客側は、コンプレッサーを活用した製造業務の総コストも抑えることができます。今回のケースでは電力量がそれにあたります。たとえばコンプレッサーを複数設置している場合、各コンプレッサーの稼働率や負荷をどうするかによって、同量の空気でも消費電力が大きく変化します。そのため、ケーザー社が顧客の製造業務に合わせて最適な構成を提案し、制御を行うことによって、コストを最小化することができます。革製品を扱うAmerican Leatherは、シグマ・エア・ユーティリティサービスを活用することで、電力コストを11.9万$から4.5万$へと約60%もの削減に成功しました。

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なお、ビジネスのサービス化の事例やメリットについては、こちらの連載記事「製造業の「モノ」から「コト」への事業変革。サービス事業の強化の流れ」にて、詳細に述べております。ご興味のある方は、併せてお読みください。

ITの活用で“差”が出るサービス品質

ここまでサービス提供側・利用側の両方からその価値についてお伝えしてきましたが、その価値を最大限高めるためにはITの活用が不可欠です。ケーザー社のように世界100カ国以上で質の高いサービスを提供し続けるためには、グローバル共通の整った仕組みは必須と言ってもよいでしょう。

ケーザー社の場合、サービス事業に対応した品目管理、コスト把握などの仕組みが必要だったため、SAP ERPでその仕組みを整えました。また、サービスを提供するためには営業部門だけでなく、運用や保守、開発部門など複数の関係者が関わります。そのためにCRMや企業内SNSを使ったコラボレーション基盤で、モバイルも活用しながら迅速に情報共有を行い、各種業務の品質向上・効率化を実現しました。そして、近年ではIoTの取り組みとして、世界中のコンプレッサーから収集した機器の稼働状況を把握するため、SAP HANAプラットフォームを活用しています。100万を超える空気や温度、圧力などの計測値をリアルタイムに監視し、故障前にその予兆を把握すると同時に、その稼働状況を分析することで新製品開発や改良に活かしています。

100万/1日を超えるマシンの稼働状況データから予知保全を実現したケーザー・コンプレッサー

 

サービスビジネスへの変革が世の中の“ムダ”をなくす

最後に、前述した「⑥製造業務の総コストの削減」について、それが市場全体に与える潜在的な可能性について考えてみましょう。冒頭に述べた通り、コンプレッサーによる日本での電力使用量の割合は、総電力使用量の約10%程度です。これを金額換算すると、おおよそ1兆円程度(※3)と推定することができます。もちろんすべての企業がAmerica Leatherの事例のように60%もの削減ができるとは限りませんが、仮にこの数値を適用すると日本市場全体で約6000億円の電力コスト削減機会があると考えることもできます。それほど大きなムダが発生しているのです。実際、2014年にケーザー社は米国で8.4億円以上の電力コスト削減に成功しており、電力エネルギー消費の削減にも貢献しています。

(※3)日本総電力量 約1兆kWh × 1kWhあたり金額 10円 ×コンプレッサー使用比率 10% =総電力量1兆円と推定

モノ売りからサービス提供にビジネスモデルを変革することによって、新しいコスト削減の新しい可能性が生まれます。今回はケーザー社の事例に注目し、サービスを提供する側・利用する側それぞれの視点からメリットをお伝えするとともに、市場全体で数千億円規模のコスト削減可能性があることをお伝えしました。この例は電力コストだけにとどまりません。今回の記事では取り上げませんでしたが、あらゆる事業においてさまざまな形で成立するでしょう。こうしたビジネスモデルの変革は、ビジネスの新しい可能性を見出すだけでなく、まだまだ世の中に隠れている大きな“ムダ”をなくすポテンシャルも持っているのです。

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※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、ケーザー社のレビューを受けたものではありません。

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