レスポンスタイムが「ゼロ」になったことで、ソフトウェア開発の目標は変わった
作成者:瀧口 範子 氏 投稿日:2015年5月8日
これからの役員会は、パワーポイントではなく「ファクト」を要求するようになる
SAPの創業者のひとり、ハッソー・プラットナー教授のキーノートセッションは、「SAPPHIRE NOW + ASUG ANNUAL CONFERENCE」の中でも人気の高い目玉講演である。
同氏は現在、SAPの監査役会会長を務め、日常の経営からは身を引いている。だが、ポツダム大学内に創設したハッソー・プラットナー・インスティテュートで、企業との共同研究を進めており、その中にはSAP HANAに関する研究も数々含まれている。その意味では、バリバリの現役。そもそもインメモリーデータベースを実現したSAP HANAも同教授のひらめきによって生まれたものだった。
長い経験と鋭い洞察、独特なジョークがちりばめられた飽きないセッションは、SAP HANAのデータベーステクノロジーから近未来のビジネス、生命科学の話にまで広がった。製品に密着するというよりも、もっと広い視点からの話題が大半を占めていたという点では、今もSAPの指針役となっていることがうかがえる。
プラットナー教授は、SAP HANAがソフトウェア開発に大きな変革をもたらしていることから話を始めた。「これまでは、パフォーマンス(速度)だけが問題でした。けれども、SAP HANAによってコンピュータのレスポンスタイムがゼロになった今、ソフトウェア開発にはまったく異なるアプローチが可能になったのです」。
そこで注目されるのは、アプリケーション開発だ。同教授によると、SAP内でも「アプリケーションが爆発的にたくさん生まれている」そうだ。またSAP HANAに賭けたスタートアップ企業がすでに2000社ほども存在しているという。SAP HANAがエコシステムとして拡大している中で、「われわれは信頼に足るイノベーターにならなければなりません」と語った。
SAP HANAについては、バーンド・ロイケ氏との共著で『The In-Memory Revolution』という著書が出版されたばかりだ。本の中でも触れられているが、SAP HANAのデータベースの主な特徴は、パーティショニング、シンプルなデータモデル、データフットプリントの縮小、構造的および非構造的データの両方に対応すること、分析アプリケーションが取引システムに統合されていることなど。
こうした特性によって、かつてはできなかったことが可能になった。データの事前集約(アグリゲーション)なしに、自在に「ファクト」を呼び出せるのは、その最たるものだ。「企業の役員会も、もうパワーポイントの箇条書きでは通用しなくなるでしょう。ファクトを出さなければならないからです」。
プラットナー教授によると、近未来の役員会は次のような風景になる。会議室の中には大スクリーンがいくつかある。そこには、企業内のリアルタイムの活動や業績がタイル状に表示されている。関心のある項目をクリックすれば、その内容をどんどん深堀できる。たとえば「過去8四半期の中国での売上は?」といった数字も瞬時に呼び出せる。以前ならば、担当者に尋ねても時間がかかり、そのうち尋ねたことも忘れてしまうようなケースだが、スクリーンですぐにファクトが見られるようになると、意思決定も速くなるだろう。
ビジネスの問題を特定して、解決策の分析に集中するためのツールも
コルゲート・パーモリーブのマイク・クロウCIOは、同社が実際に使っているそうした業務管理画面を披露した(データ自体はプレゼンテーション用)。コルゲート・パーモリーブは、1806年に設立された日用品メーカーで、従業員は3万7000人。世界223カ国で製品を販売するグローバル企業である。日本でも歯磨剤が古くから知られている。
同社がSAP HANAを導入した理由は、ビジネスの現状をリアルタイムで把握し、何を検討すべきかの優先順位を明らかにし、問題を特定した後は集中して解決策を得るために分析を用いる、といったことができるからだという。たとえば、ある地域での売上が落ちていることがわかると、その原因をマクロ経済や為替レートなどの動向も検証しながら突き詰めていくことが可能にとなる。製品ごとの市場シェアなどもリアルタイムで見られるようになるのだ。
面白いのは、ここで特定した問題点を話し合うための資料がすぐに作成できることだ。クリックするだけで、別ファイルにグラフや表がキャプチャーされ、文字を書き足して資料がすぐに完成する。実際のミーティングでリアルタイムの数字が必要になれば、クリックひとつで表示することができる。意思決定が行われる現場では無駄な作業を削り、ますますナレッジに集約していくことが求められているのだ。
プラットナー教授は、「やっと企業が成功を収められるようなスピードが手に入るようになりました」と、SAP HANAの特性を次のように説明した。「データベースのオペレーション速度は1000~1万倍に高まります。そのスピードがインテリジェンスを付加し、すぐに有用な情報として意思決定者の手に入るようになる。企業の売上報告書もいつ・どんな期間であってもすぐに把握することができ、データオブジェクトはどんなアトリビュートによっても引き出せる。固定したアグリゲートは不要です」。
上述のハッソー・プラットナー・インスティテュートが、ある大手食品メーカーと行っている共同研究のプレゼンテーションも行われた。これは、売り場の棚に並んでいる食品の賞味期限をモニターして、順次対処を決定できるようにした仕組みだ。賞味期限が近づいた食品については、安売りする、破棄するなどの処理方法を食品ごとに決定でき、売上への影響も計測できる。データをアクション志向に用いた好例と言えるだろう。
医学も、データベースの新しい利用法を待ち望んでいる
生命科学分野でのSAP HANAの利用ケースも紹介された。ドイツのハイデルベルグ国立腫瘍センターでの研究では、10万人の患者のデータを元に、腫瘍と個人の病歴、細胞の遺伝子、最新の研究論文などの膨大なデータを統合して、染色体のレベルで異変を特定することができる。SAPは、こうした医療研究機関と共同開発も行っており、このアプリケーションは今後も共同開発が続けられる可能性が高いという。
プラットナー教授が最後に強調したのは、SAP HANAやSAP S/4HANAにおいてデータフットプリントがどれだけ小さくなったかである。これによって、スピードが速くなり、大きなコスト削減が実現できたのはもちろんのこと、アプリケーションにも大きな可能性を開いた。
同教授によると、データベースのフットプリントは、通常のデータベース上のERPで54テラバイト。一方、SAP HANA上でのERPでは9.5テラバイト。これがSAP S/4HANAならば5テラバイト(うち3テラバイトが実際のデータで、2テラバイトはヒストリカルデータ)にまで縮小するという。
プラットナー教授に続いて登壇したのは、SAPのクエンティン・クラークCTOだ。同氏は昨年、マイクロソフトからSAPへ移籍。クラウド技術のエキスパートだ。同氏は、SAP HANA Cloud Platform(HCP)のシンプルさとオープンさをアピールした。オープンスタンダードの採用でアプリケーションの統合が簡単で、開発者のサインインもシンプルだ。データベース管理では、SAP SQL Anywhere、Hadoopにも対応する。
高速のSAP HANAによって、インテルのTSX(トランザクション同期)は6倍速くなり、またインテルチップを搭載したLenovoも6倍速くなったなど、いくつものベンチマークを採っているとのことだ。
SAPは、SAP HANA専門のSAP Store(https://www.sapstore.com/)を開設。すでに800以上のアプリがあり、2000人以上の開発者が関わっている。認定済みのソリューション数は170以上ある。
SAP HANA、そしてSAP S/4HANAへの熱気は今、急激に高まっていることが感じられる。スピードやコスト以上に、SAPが謳う「新しいビジネスモデル」など、ビジネスの新しい知見が登場するのを期待したい。
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