今、日本に求められる変革の力――第4回:ミドルマネジメントのリーダーシップでデータマーケティングを強力推進


Caucasian pilots using digital tablet on runway日本企業が再び成長戦略に舵を切れるのか。経営者は企業経営の現場でどのような問題意識をもち、変革をリードしていくべきなのか。また、変革の現場ではどのようなリーダーが活躍しているのか。この連載では、識者、経営者、ミドルマネジメントという異なる立場から、日本企業の変革の在り方を描く。前回に続き第4回では、全日本空輸(以下、全日空)マーケティング室レベニューマネジメント部チームリーダーの田中良基氏にミドルマネジメントにとってのリーダーシップを聞く。

 

大企業において、変革の現場は経営トップ層だけとは限らない。むしろ、ミドルマネジメントのリーダーシップや行動力が変革の命運を左右していることの方が多い。「業務改革を行う場合、上の理解だけでなく、横の理解、下の理解が必要」と話すのは、全日空マーケティング室レベニューマネジメント部でデータベースマーケティングチームを率いる田中良基氏だ。上とは経営層を含めた上司、下とはチームの部下、横とは関係する部署のこと。その中で、「最も難しいのは、横への理解」と田中氏は言う。

田中氏が進めてきたのは、予約を始めとした顧客管理やマーケティングに精度の高いデータ分析ツールを導入することだ。全日空に入社以来、IT部門でのキャリアが長かった田中氏がマーケティング室に異動になったのは2004年のこと。当時は、マイレージプログラムの運営を担当していた。2009年にIT関連会社に出向になり、3年後の2012年にマーケティング室に戻ってきた。

震災、LCCで市場が激変 実績からは予測ができない時代に

「マーケティング室を離れていたわずか3年の間に市場はまったく変わってしまっていた」と、田中氏は言う。しかし、予約が入り、当日お客様を乗せた飛行機が飛ぶ。この業務プロセスはまったく変わらずだ。2011年には東日本大震災が起き、2012年は国内で新しく3つの格安航空会社が就航をスタートし、LCC元年とも呼ばれた。このように市場が激変していると、一年のサイクルが乱れ、前年と比較してもまったく意味がない。

つまり、実績が使い物にならなくなっていた。こんな状況の中、社内の各部署から田中氏のデータマーケティング部には問い合わせが相次ぐ。この路線の業績が悪いのはなぜか。LCCが理由なのか。震災前の水準にはいつになったら戻るのか。

現場の経験と勘である程度、わかっていたこともある。たとえば、大きな震災のあと最初に戻って来るのはビジネス客、そして冠婚葬祭。観光客は戻りにくい、といった具合だ。顧客層ごとに実績をプロットしていけば、いつごろ以前の水準に戻るのかも見えてくるはずだ。

顧客ごとの詳細なデータが把握できれば、マーケティングに活用できる。田中氏には確信があった。全日空には、年間約40万便以上のフライトがあり、のべ約5000万人の乗客がいる。路線ごとに抱える問題は異なり、それを読み解き、対策を打つためには、顧客ごとに見る必要があると考えていた。

たとえば、ある路線でLCCが就航し、予約が落ちる。「LCC対策」と単純に考えると、「価格を下げる」という対抗策を取りがちだ。しかし、顧客データを分析すると、価格に敏感な人だけがLCCに流れ、ビジネスで使っている人はそう簡単にはLCCに流れていないことが見えてくる。もしここで一律に価格を下げると、ビジネスユースの人の単価まで落ちてしまう。

そこで、60日前までに予約すると安くなる「旅割」を設定する。そうすることで、価格に敏感な人には、お得な料金もあると広報できる。これがデータベースを利用してマーケティングに生かした例だ。

中に数学者がいるような精緻な分析も実現

今までもマイレージプログラムの顧客データがあったので、何月何日のどの便に搭乗した人がマイレージ会員かどうかまではわかっていた。しかし、どんな理由で乗るのかまでは把握できずにいた。どんなウェブサイトのどんなページを見て航空券を購入したのか、どんなページを見た時には購入しないのかなど、データが多くなるほど詳しい状況がわかる。ただ、データが大きくなればなるほど、そのビッグデータをどう利用するかが重要になる。そこで、田中氏が全日空に導入したのがSAP Predictive Analyticsだ。

「SAP Predictive Analyticsを利用して以来、ビッグデータを解析する生産性が飛躍的にアップした。たとえば、かつては勘と経験だけで予想していた国際線の収入予測が、災害や感染症といった突発的な事象がない限り、半年先までを98%の精度で見通せるようになった」(田中氏)。石油価格、為替、各国のカレンダー情報など、なんと1000以上の変数から予測をはじき出すという。「まるで、数学者が中にいるよう」だという。あまりにもよく「当たる」ので、社内からは、「当たりすぎて怖い」「当てにいってるんじゃないの?」という声があがるほどだとか。正確に収入が予測できることで、定員が超えそうであれば早めに価格を上げたり、機体をやりくりするといった手を打てる。

田中氏がデータベースマーケティングにこだわるのには理由がある。まずは、航空券のオムニチャネル化だ。従来は旅行代理店か自社サイトからの購入しかなかったが、今後は、Amazonで買ったり、コンビニで買うというように購入経路が広がることが考えられる。同じ便に乗っていても、500人の乗客の買い方も運賃も目的も違うのだから、一律のサービスでは意味がない。顧客ごとにセグメンテーションすることで、きめ細やかなサービスが可能になるという読みだ。

もう一つは、国際的な航空業界の現状だ。アメリカでもヨーロッパでも、多数あった航空会社が経営統合などでもう数社しか残っていない。アジアではまだ大きなM&Aの波は起きていないが、アジアだけが例外だとは思っていない。また、中東の航空会社が潤沢なオイルマネーを背景にメキメキと力をつけている。日本の航空会社は、ヨーロッパや南米のアクセスを考えると、地理的にも不利だ。そのような厳しい状況の中で、「選ばれるエアライン」であるためにファン層を丁寧に醸成していく必要がある。その切り札として、データマーケティングが不可欠というわけだ。

小さな成功体験の共有が改革を推進する

大きなプロジェクトを社内で動かすにあたって、田中氏はどんなリーダーシップを発揮しているのだろうか。下に対しては、「やらされている」では意味がないので、どれだけゴールを共感できる理解者を増やせるかに注力しているという。「共感を得られれば、下はついてきてくれる」。

次は、上層部。「経営者は現場とは違うフェーズで情報が入っているので、意外と理解を示し『やってみたら』と言ってもらえることが多い」という。これは、トップダウンよりもボトムアップを良しとする全日空の社風に寄与するところも大きいのだろう。

いちばん、大変なのは横への展開だ。ともすると、従来のやり方や成功体験を否定することにもなりかねない。今回のケースでは、長年の経験や勘との整合性だ。田中氏は言う。「データ分析ツールは、勘や経験を否定するものではない。人間の勘は本当にすごい。でも、はずれることもある。だから、数値化することではずれる可能性を減らしていけることを説明していった」。最初こそ、なかなか動かなくても、小さな成功体験を共有していくことで一気に動き出すのだという。

改革を実践していくうえで、どんなリーダーでありたいと思うか。データベースマーケティングという新しい取り組みの最前線を走る田中氏に改めて問うてみた。「失敗しそうなときに、相談できるリーダーですね」。怒られるから相談しない、ではなく、失敗の前に相談できるリーダー。イノベーションを起こすには、成功だけでなく失敗もある。変革の旗手だからこその言葉と言えよう。

次回は、日本企業に求められるイノベーション、それを実行するためのリーダーシップについて対談形式でリポートする。

 ■略歴
田中良基(たなか よしもと)
全日本空輸株式会社
マーケティング室レベニューマネジメント部
データベースマーケティングチームリーダー

ANA_Tanaka

1991年 全日本空輸株式会社に入社。情報システム本部にて整備システムを2年間担当。
1993年 東京支店旅客部旅客課へ異動し、東京発着国内線の座席管理を担当。
1996年 情報システム本部に戻り、旅客系ならびに実績系システムを担当し、全社統合実績システムの開発を担当。
2004年 営業推進本部顧客マーケティング部に異動し、マイレージプログラムの企画を担当。
2009年 全日空システム企画株式会社(現ANA Systems)に出向し、貨物システムを担当。
2012年から、現職マーケティング室で、オペレーションズリサーチを取り入れたエアラインマーケティングへの転換を推進。