ドイツの地域電力会社“シュタットベルケ”が示す電力業界の未来――第2回:大手シュタットベルケMVV Energyが掲げる再生可能エネルギーへの転換
作成者:松尾 康男 投稿日:2015年8月13日
こんにちは、SAPジャパンの松尾です。「ドイツの地域電力会社“シュタットベルケ”が示す電力業界の未来」と題して、3回シリーズでお届けする本連載。前回は、2015年6月上旬に行ったドイツのシュタットベルケ視察ツアーをもとに、 シュタットベルケの概要とドイツのエネルギー業界におけるシュタットベルケの位置づけについて紹介させていただきました。第2回では、約1,400社あるシュタットベルケの中でも最も大きな成功を収めているMVV Energy社を取り上げ、その成功のポイントと現在の取り組みについて掘り下げてみたいと思います。
2050年までに再生可能エネルギーによる発電率を80%に
MVV Energyはドイツ南西部、バーデン=ウュルテンベルク州の都市、マンハイム(Mannheim)に拠点を置く大手シュタットベルケです。電気、熱、ガス、水道といった公益事業から、風力・バイオガス・バイオマスなど再生可能エネルギープラントの運営まで、幅広いビジネスを展開しています。電力事業はドイツ7位、地域熱供給事業はドイツ5位、廃棄物焼却事業はドイツ3位で、ごみ焼却で生じる熱を使った発電と地域熱供給を手がけている点も特徴です。さらにグループ会社で水道事業を手がけているほか、近年は地域の街灯をLED照明に取り替える事業にも進出しています。
2013年の売上高は約40億ユーロ(約5,500億円)で、顧客数は115万世帯。従業員数は5,549人を擁し、ドイツでは4大電力会社に次ぐ規模を誇ります。1873年の設立後、長年に渡ってマンハイム市域向けエネルギー事業を中心にしてきましたが、1998年の電力自由化を機に事業拡大を加速し、各地のシュタットベルケの買収によりドイツ北部の都市にまでサービス提供範囲を拡張しています。また、イギリスでバイオマス発電所を展開するほか、隣国チェコでも14都市で熱供給事業を展開しています。現在では、唯一株式を上場しているシュタットベルケとなっています。
MVV Energyが今後の事業戦略として掲げているのが、再生可能エネルギーへのシフトです。原子力発電所の全基停止が2022年末に迫る中、同社は火力発電など従来型の発電から、再生可能エネルギーを中心とする新しいタイプの電力事業者への転換を図ろうとしています。すでに バイオマス発電において、MVV Energyはシュタットベルケの中でも最大規模を誇り、3つの施設を有しています。(4つ目をイギリスに建設中)バイオマス発電は、火力発電と同様に投入する燃料の量による出力調整が容易であり、かつ発生したガスをタンクに貯めることもできるため、需給バランスの調整にも有効です。その他にも、風力(12箇所、85基、173MW)や廃棄物発電にも注力。再生可能エネルギーによる発電率を、2014年の27.8%から、2020年 35%、2030年 50%、2050年には80%まで高めるという、国の目標(2050年 60%)を大きく超える目標を掲げています。視察時に話しをお聞きした同社幹部からも、政府が推進するエネルギー政策の大転換(Energiewende)を、自分たちが先陣を切って進めていくのだという強い意思を感じました。
E-Energyプロジェクトでエネルギーマネジメントのノウハウを蓄積
MVV Energyが主導するMOMA(Model City of Mannheim)は、メルケル首相の提唱によりドイツ政府が2008年から国内6地域で推進する実証プロジェクト「E-Energy」のモデル地域に選ばれ、最先端の技術開発を進めてきました。E-Energyは日本の4地域で実施されている次世代エネルギー・社会システム実証事業の先駆であり、地域レベルでのエネルギー利用の最適化を支える仕組みの実証を目的とするものです。MOMAでは、エナジーバトラー(執事)と呼ばれるコントローラーがリアルタイムの電力料金情報をもとに、洗濯機や食洗機といった家電機器や電気自動車の充電タイミングなどを制御しエネルギー利用を最適化する実証試験を、2010年から2012年にかけて1000戸を対象に行いました。
MVV EnergyはMOMAでの成果をもとに、パートナー企業3社とともに法人向け新サービス「BEEGY」を2014年11月に立ち上げています。(BEEGYとはBetter Energyの略記)これは、太陽光発電、ヒートポンプ、蓄熱機、蓄電池などの設備を顧客の実際のエネルギー消費を分析しながら提案・設置・管理まで行うもので、今後は個人向けにもサービスを拡げていくとのことです。その他にも、再生可能エネルギーのマネジメントに特化した企業「JUWI(ユーイ)」を立ち上げ、風が弱い南ドイツでも発電可能な機器の開発を進めるなど、今後も「地域密着」を基本としながらも、グローバルプレーヤーを目指していく計画です。
市長と良好な関係を築き、効果的な再投資で成長
ドイツに約1,400社あるシュタットベルケの中でも、MVV Energyがなぜ大きな成功を収めているのか、そのヒントは同社の株主構成からも垣間見られます。株式の50.1%をマンハイム市が、残りの49.9%を民間企業が保有していますが、市の出資比率が過半数を超えているのがポイントです。民間企業の株主には、ドイツ3位の電力会社であるEnBWやRheinEnergie、さらにはフランス資本のGDF SUEZ(ENGIE)などが含まれていますが、市が過半数を超える株式を保有しているため、それら民間企業による買収リスクを避けることが可能になっています。
株主構成により安定した経営基盤が維持されていることに加えて、 利益の配当についても、市との良好な関係の上で最低限の配当以外は事業の再投資に回す戦略が採られています。シュタットベルケの中には、 事業で利益が出てもそれを自治体の財政赤字の補填に利用しようとする動きが出たり、自治体が圧力をかけて短期的な利益拡大、配当拡大を迫ったりするケースもあるようです。結果として、事業体としての存続が難しくなり、他社に買収されるケースも多く見られます。MVV Energyは、安定した経営基盤のもと長期的な視野に立ち、将来のエネルギー政策を見通しながらビジネスを進めていることが成功の要因となっているのです。
MVV Energyのような自治体と民間企業のWin-Winの関係には、日本の自治体が今後シュタットベルケのような地域に根ざしたエネルギー事業体を立ち上げるにあたって参考となるノウハウや教訓が多く含まれています。日本の現状は、自治体がメガソーラーやバイオマスなどで発電した電力を電力会社に買い取ってもらう「売り切り」のビジネスが主流です。今後、電力の買い取り価格が下がっていく中で、それだけでは利益の確保も難しくなってくるのに加え、地産地消など新しい価値観も台頭してきています。自由競争のマーケットの中で、如何に公益性や収益性のバランスを取ってマネジメントしていくのか、ドイツのシュタットベルケの姿には、日本の将来を見ることができるのではないでしょうか。
次回は、小規模シュタットベルケの事例として、ドイツ最古の大学都市ハイデルベルクを中心に事業を展開するStadtwerke Heidelberg社の取り組みをご紹介します。
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