つながるクルマが新たな価値をもたらす時代が到来 自動車メーカーの課題はソフト化とサービス化


ソフトウェア化、サービス化が急速に進行するIT業界全体の潮流は、自動車産業にとっても決して無縁ではありません。Google、Amazon、Appleなど、トップクラスのIT企業がコア領域を核に垂直統合型ビジネスにシフトし、他社の強みを無効化する熾烈な争いを繰り広げる中、この動きは自動車産業にも確実に波及しており、すべての自動車メーカーはクルマの価値を再定義する必要性に迫られています。2015年8月5日に開催されたSAP Automotive Forum Nagoya 2015の最後を締める特別講演では、メディアの最前線で自動車産業のソフトウェア化、サービス化を長年ウォッチしてきたオートインサイト株式会社 代表の鶴原吉郎氏が「つながるクルマ、かしこいクルマが迫る構造変化」と題して、自動車産業の現状と未来について講演を行いました。

自動車産業で加速する「もの」から「サービス」の流れ

ゲストスピーカーの鶴原氏は、自動車エンジニア向け専門誌「日経Automotive Technology」の創刊に携わり、長年編集長として自動車産業をウォッチしてきました。2014年には自動車技術・産業に関するコンテンツの編集・制作を専門とするオートインサイト株式会社を設立。現在は同社の代表として活躍する傍ら、日経BP未来研究所の客員研究員も兼務し、「クルマの未来」についてのさまざまな執筆・講演活動を続けています。

今回の特別講演で、鶴原氏が最初に取り上げたのは意外にも「音楽」でした。
「音楽の聴き方はCDからMD、iPodのようなデジタルデバイス、スマートフォンと進化し、今ではApple Musicのように音楽を手元に置かず、ストリーミングで聞くサービスへとシフトしています。今や音楽も動画も『所有しない時代』に突入しているのです」

また、IT分野では従来のようにOS、ハードウェア、サービスプラットフォームを独占する勝ちパターンは通用しなくなりました。事実、AppleがECサイトを手がけたり、GoogleやAmazonが自前のハードウェアを販売したり、MicrosoftがOSやソフトウェアを無料化したりというように、ハードウェア、OS、アプリケーション、ネットワーク、EC、広告などを1社で揃える「垂直統合化」の動きが加速しています。こうした状況を鶴原氏は「垂直統合化は、自社の強みを付加価値として最大化し、他社の強みを無効化する血みどろの争いを意味します。ITの世界に限らず、世界のビジネスは合わせ技による『総合格闘技』になっているのが現状です」と分析します。

「もの」から「サービス」へという流れは、音楽産業やIT業界だけの現象ではありません。IoTやM2Mの進展により、製造業にも確実に押し寄せています。この動きは自動産業にも波及すると見られており、そのキーテクノロジーになるのが「ソフトウェアとサービス」の2つです。

自動運転の実現で自動車産業の定義が変わる

それでは、改めてクルマの価値とは一体何なのでしょうか? まず多くの自動車ユーザーから聞かれるのが「運転する楽しさ」「移動の自由」「仲間とわいわい」「とにかく楽ちん」といった声です。そして、これらを突き詰めて開発された未来のクルマの代表例として、鶴原氏はGoogleの「無人カー」を取り上げました。「ハンドルやアクセルが装備されていない無人カーの何が画期的かといえば、運転が楽になるだけではありません。駐車場に困らないので観光に最適で、地方なら高齢者の移動手段にも有用です。所有しないので目的に合わせて車が選べて、外に出かけても交通渋滞に巻き込まれる心配が減ります」と鶴原氏。

Googleの無人カーのように完全自動運転が普及していけば、自動車産業は大きく変わり、クルマの価値の再定義が求められます。これまでの自動車産業の主役といえば完成車メーカーでした。それがこれからの主役は、自動運転のためのソフトウェアやネットワークを運用する次世代のモビリティインフラ企業になるというのです。従来の日本のクルマの強みといえば、品質・信頼性の高さや燃費の良さでしたが、自動運転になればサービスエリアの広さ、ソフトの性能・品質、ネットワークアプリの魅力、エンターテインメントの魅力、広告と連動した魅力的な料金などに変わっていくでしょう。それを踏まえたうえで、鶴原氏は「自社の強みをどこに定めるかを決めることが重要です。もし自社で弱い領域があるなら、他社の力を借りるのか、全部を自社でまかなうのか、それらの選択と集中も必要になります」と強調します。

自動運転が実現すれば、その周辺産業も大きく変わります。オンデマンド車であれば、ほとんどのケースで走行距離は10km以下で収まります。その結果、電池で走るクルマが増え、電池産業の重要性が高まります。車両購入コストは抑えられる一方、燃費(電池)をあげるためには軽量化も必要になるため、素材産業にも注目が集まります。さらに、無人運転が増えれば物流コストが低減され、駐車場の需要も激減して土地の有効利用が進みます。それと同時に、自動運転で巡回する観光ツアー、外国人観光客向けの多言語翻訳アプリ、自動運転中でも見られる映画など、新しい産業が生まれる可能性があり、「つながるクルマ」が新たな価値をもたらすことが期待されているのです。

自動車メーカーの大きな課題は「人工知能」

では、自動運転は本当に実現するのでしょうか? 実現するとしたらいつなのでしょうか? すでに人間の目や耳に相当するセンサーは世の中に存在します。問題は頭脳(コンピューター)の部分にあるようです。自動運転には(1)部分的な自動化(2)複合機能の搭載(3)高度な自動化(4)完全な自動化の4段階があるとされていますが、鶴原氏は「人間の操作はほぼ不要だが、安全の最終的な確認などの責任はあくまで人間にある『高度な自動化』までは2025年までには実現するでしょう。そこから自動運転が世間一般に認知されていき、2030年までには人間の操作は不要で、最終的な安全確認もクルマに任せる『完全な自動化』の素地ができると思われます」と語ります。

ただし、「完全な自動化」の実現については、現状は疑問符が付いている状況だといいます。日本も国家プロジェクトで完全自動運転に取り組んではいるものの、政府の戦略的イノベーション創造プログラムで目指している自動運転は、自動車と交通インフラの「連携」を前提としたもので、すべての道路における無人運転化までは至っていません。それが実現するカギの1つを、鶴原氏は「人工知能」だと指摘します。プロ棋士に勝ったことで話題を集めた将棋ソフトですが、かつては人間に当分勝てないと言われていました。それが、「機械学習」によって人間に勝つことができたのです。機械学習はその後もさらに進化を遂げ、推定や分析に役立つ情報を生データから抽出して活用する“特徴抽出”を自動化した「ディープラーニング」が登場したことで、今ではコンピュータに特徴を教え込まなくても、勝手に学習するようになっています。

現在は、自動車メーカーや部品メーカーもディープラーニングに取り組んでいますが、それをどのように自動車に実装するかがカギになっていました。というのも、ディープラーニングにはサーバー数百台分のパワーが必要になるからです。しかし、この課題もかつてのスパコン並みの並列計算処理能力を備えたGPU(画像処理専用プロセッサー)を搭載したボードの登場で解決し、ディープラーニングの車両への実装が可能になりました。「ディープラーニングにより、車載カメラの映像から、一部がクルマの陰に隠れた歩行者を見分けることができます。また、乗用車、バスなどの車両の種類を特定し、バスの場合は背後に隠れている歩行者や子どもに気をつけて徐行しましょうと注意を喚起することも可能になりました」と鶴原氏は説明します。

完全な自動化を実現するためのもう1つの課題は、人間による監視をどうするかです。自動運転の3つめの段階である「高度な自動化」では、機械では対応できない状況や、異常な動作を起こした場合は、人間が適切にシステムをカバーすることが求められています。そのためには、人間が常時、運転や車両の状況を監視している必要がありますが、そのような課題に対する現実的な解決法は見つかっていません。鶴原氏は「完全自動運転が実現するためには、高度な自動化で実績を積み、事故や渋滞が減ることを数字で実証する必要があり、まだまだハードルは高い状態です」と述べています。

その他にも、法規制をどうするか、信頼性をどう担保するか、ハッキングにどう備えるか、事故の責任を誰が取るのかといった課題が山積しています。鶴原氏は「課題があるからといって日本企業が躊躇していると、先行しているGoogleが自動運転のコア領域を独占したり、韓国や中国の新興の自動車メーカーと組んでサービスを提供したりするかもしれません。あるいは、ソフトバンクのようなチャレンジングな企業が異業種から参入してくる可能性もあります。自動車産業は日本の国力を支える重要な柱であることは事実ですが、2000年代に日本の電機産業が凋落していった現実をジャーナリストとして見てきた私からすれば、これらの不安が杞憂に終わることを祈っています。自動運転が一般的な技術になる未来においても、日本の自動車産業が世界をリードし続ける存在であってほしい」と強調し、講演を締めくくりました。

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