次世代の子どもたちに何を残し伝えていくか?「岡田メソッド」にみる人づくり、組織づくりの極意


サッカー日本代表監督として数々の実績を収め、2014年11月には四国サッカーリーグ・FC今治のオーナーに就任して大きな注目を集める岡田武史氏。現在は世界に通用する日本選手育成のための「岡田メソッド」をはじめ、積極的なデータ活用を通じた独自の視点で日本サッカー界の「育成改革」と「地方創生」に取り組んでいます。そこで今回は、2015年から始まったFC今治とSAPのコラボレーションを含め、岡田氏が目指す日本の未来を支える人づくり、組織づくりについてのお話をうかがいました。

(聞き手:SAPジャパン チーフ・イノベーション・オフィサー 馬場 渉)10_岡田監督

SAPとの出会いでデータ分析・活用に秘められた新しい可能性を発見

—-2015年からSAPは、FC今治のビジネスパートナーとしてさまざまな活動に参画させていただいていますが、この経緯や目標について岡田さんご自身からご紹介いただけますか。

この数年、私が取り組んでいる活動のひとつとして、子どもの育成からトップレベルの選手指導まで、一貫したビジョンや方法でチームづくりを行うための「岡田メソッド」があります。これを支えているのが、試合を細かく分析して、その結果をフィードバックしながら次に生かしていく、試合からトレーニングまでの一貫したPDCAサイクルです。当然、これには膨大な試合データを的確に分析して、蓄積されたデータを加工していける技術的な仕組みやツールが不可欠です。そう考えていたところに、FC今治のトップパートナーであるデロイト トーマツ コンサルティングからSAPを紹介していただいたのが、お付き合いの始まりでした。

—-その後、ドイツのSAP本社にもお越しいただいて、ブラジルW杯で優勝したドイツ代表チームがビッグデータ分析に使用した「Match Insights」などをご覧いただいたそうですね。

私が日本代表監督を務めていた当時もデータ活用はかなり意識していましたが、その時はデータを試合中の一時的な判断に利用する程度のレベルでした。それが馬場さんから「試合のデータを蓄積して長期的な視点で分析することで、今まで見えなかったトレンドが可視化され、それに基づいて将来を予測できる」という説明を聞き、新しいものが生まれる可能性を感じたのです。

—-データの持つ新しい可能性に開眼されたというわけですね。

こうしたデータ活用は、「岡田メソッド」にも十分通じるものがあります。このメソッドでは、毎回の試合運びをサッカーの要素モデルに分け、各項目についての達成度を分析します。その結果をコーチにフィードバックして、達成できていない選手には必要なトレーニングを実施していきます。こうしたプロセスは、これまではすべてコーチの経験や感覚に委ねられていました。それを客観的なデータをもとに、誰がコーチしても的確に分析結果を生かせるシステムを作ることができれば理想的です。

理想の選手育成を実現できる場を探してFC今治のオーナーに就任

—-FC今治では監督ではなく、オーナーという立場です。これまで経験のなかったポジションにチャレンジされたきっかけや狙いは何でしょうか。

あるスペイン人のコーチとトレーニング方法について話していた時に、「スペインにはサッカーの型があるのに、日本にはないのか?」と聞かれたのです。正直、驚きました。というのも、日本ではサッカーは個々の選手の判断が重要なので、型にはめた指導をしてはいけないと言われてきたからです。ところが、あれだけ自由奔放にプレイしているスペインには型があるという。よく聞いてみると、きちんと整理された「プレイモデル」があって、16歳までにそれらをすべて叩き込み、その後はまったく自由にさせるのだというのです。これを聞いた時にはなるほどと思いました。まったく自由なところからは自由な発想は出ないのではないか。むしろ、一定の縛りがあるからそこからの応用が生まれるのではないかと考えたのです。

—-そこが、現在取り組まれている「岡田メソッド」のスタートだったと。

そうです。それなら、日本流の「型」を作ってみようと考えました。そして、それをもとにトップ選手から少年の育成までを実現できるチームを、自分の手で作り上げてみたいと思うようになったのです。そこで10年以上付き合いのあったFC今治に話をしたところ、「それは面白い。ぜひやってみろ」という回答をいただきました。ただし、やると言ったからには覚悟を持って取り組んで欲しいということで、株式を半分買うことが条件でした(笑)。

—-監督とオーナーでは、立場も仕事もかなり異なります。実際に就任なさってみた感想はいかがでしたか。

まず直面した課題は、資金繰りです。小さなチームですから、いろいろな方に協力をお願いして回るのですが、こんなに大変だとは思いませんでした。正直なところ、監督時代は何を言われても「要するに勝てばいいのだろう」と思っている部分もありました。しかし、今の立場は大勢のスタッフの生活を保証する責任もありますので、これまでのつまらないプライドや自意識は捨てて、お客様を含めて地域で支援してくださる方々と誠意を持ってコミュニケーションしていかなくてはいけないというふうに自分が変わったのを感じます。

より包括的なデータ分析で個々の選手に最適化されたトレーニングを実現

—-SAPでは2015年4月に、スポーツ選手の試合やトレーニング、負傷の状況などを包括的に分析し、チームで共有できるクラウドサービス「SAP Sports One for Soccer」を発表しました。実際にご覧いただいた感想はいかがですか。

客観的な数値をもとに、これから起こることがわかるようになり、選手のコンディション調整などにも応用できるのではないかと感じています。たとえば、選手の疲労の度合いがもっともよく反映されるのは起床時の脈拍です。そこでウェアラブル端末を使って選手のデータを継続的に収集して、特有の心拍数が現れたら休ませることで、怪我などを未然に防ぐことが可能になるのではないでしょうか。

—-選手一人ひとりの体調変化や目標などに応じて、個別のしかも柔軟な指導が実現するわけですね。

今までは全員が同じメニューを行わなくてはならなかったのが、選手一人ひとりにパーソナライズされたメニューを開発できるようになるでしょう。また監督も人間ですから、試合や練習、選手個人の日々の体調などをすべて把握することは不可能です。SAPのこうした技術を使えば、もっと効率の良い方法で各人のコンディションの把握やトレーニングメニューが実現できると思います。

—-私たちもIoTの技術をスポーツに応用することで、今後ますます的確で正確な分析や判断の手がかりを提供できるのではないかと考えています。

試合や普段の練習のデータをそのつど蓄積するだけでなく、練習器具を使って積極的にデータを収集して分析することで、得意・不得意といったことも明確に洗い出すことができれば、各人にパーソナライズされたトレーニングメニューの精度もさらに上がっていくはずです。

心の豊かさに満ちた社会を子どもたちに残すための変化の重要性

—-岡田さんは、以前「変化し続ける。チャレンジし続ける。変化しないことがリスクだ」といったことを言われていましたが、私たちのビジネスでも変化にいかに対応していくかは、非常に大きなテーマです。変化するということについて、ぜひ岡田さんのご意見をお聞かせください。

企業ではしばしば「イノベーション」ということが言われますが、スポーツの指導者もそういう意味では毎年不安な気持ちと向き合っています。私が監督だった頃も、今年すべてを出し尽くしてしまったら、翌年のミーティングで何も話すことがない。そうしたら、もう選手の気持ちを自分に引きつけておくことはできませんから、必死になって勉強して、何か新しいものを、去年と違うものをと考えて前に進もうとしていました。そういうこともあって、私は同じ場所にとどまる方が不安だと思って生きてきましたので、変わること自体にあまり抵抗はないのです。

—-変わることこそが、次の新しい目標に向かう原動力ということでしょうか。

変化するか、とどまるか、というのは表面的なことに過ぎず、むしろその根本にどんな哲学やポリシーを持っているかの方が重要です。FC今治は「次世代に、物質の豊かさより心の豊かさを大切にする社会を残すことに貢献する」ことを企業理念に掲げています。サッカークラブがそんな大げさなことをと言われるかもしれませんが、こうした考えを実現するためには、絶対に立ちどまっていたらだめなのです。

—-変化が目標ではなく、目標のために変化し続けることが重要なのですね。

私はサッカー以外にも35年くらい環境問題のNPOに参加したり、野外体験教育などに携わってきましたが、根本はすべてこの企業理念と同じです。というのも、私には3人の子どもがいますが、この子たちにどういう未来を伝えていくかということが自分の一番の関心事だからです。現代は財政赤字や年金破綻、国際間の緊張、環境破壊など問題が山積みですが、経済ばかりに目をとらわれずに次世代の子どもたちの時代に何を残すかという大きな視点は大切だと思うのです。偉そうなことを言うようですが、地方の小さなチームに日本中からすばらしいスタッフが「ここで働きたい」と集まってきてくれるのも、また地元の方々が資金面にとどまらず精一杯のご支援をくださるのも、そうしたFC今治の根底にある理念に共感してくださるからではないでしょうか。

—-やはり夢や変化のあるところに人は集まってくるのですね。今後ますますのご活躍をお祈りしています。今日はどうもありがとうございました。

※去る7月1日・2日の2日間にわたり、ホテル椿山荘東京にてエグゼクティブ向け招待イベントであるSAP Selectを開催し、1,000人を超えるお客様がご参加いただきました。当イベントは、「日本の稼ぐ力」を取り戻すために日本企業が描くべき成長戦略、変革をテーマに据え、多くの有識者や企業経営者の皆様による討議や講演が行われました。本記事は、SAP Selectにてご講演いただいた内容を編集して掲載しています。

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