データの統合・連携がもたらすデジタルヘルスケア ―― 第3回:ゲノム情報に基づいたがん治療福利厚生プログラム - SAP社の個別化医療実践

作成者:松井 昌代投稿日:2015年11月25日

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今やビジネスマンの必読書である「イノベーションのジレンマ」の著者、ハーバード・ビジネススクールのクレイトン・M・クリステンセン教授が医療分野のふたりの専門家とともに「医療イノベーションの本質」を著し、日本でも今年4月に翻訳版が出ました。クリステンセン教授ファンの方は既にお読みになっているかもしれません。医療分野での破壊的イノベーションを起こすにあたって、いつもの通り教授は鋭く刺激的に語っています。

実はSAP社は、クリステンセン教授が示唆する破壊的イノベーションを既に社内福利厚生プログラムで実現しています。連載第3回の今回は、分子生物学に基づいた最先端のがん治療分野におけるIT活用例をご紹介します。

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2000年、初めて医師たちはヒトゲノムにおける30億超の塩基対全てを解読しました。ヒトの生命現象の設計図であるゲノム解析が完了したことで、がんのような疾病への新たな、より効果的な治療への扉を開きました。しかしながら、当時、このゲノム配列を調べるプロセスは非常に高価であり、また時間を要するものでした。

2014年、SAP社のパートナー企業であるMolecular Health社は、SAP HANAのプラットフォーム上で稼働するTreatmentMAP TMを考案しました。これは、遺伝子情報を実用可能な情報に翻訳し、医師と患者ががんの治療についての意思決定を可能にするものです。

今やMolecular Health社のお陰で個々人の完全な遺伝子配列情報は比較的コスト効率よく、たった2、3日で解読できるようになりました。

情報を行動に変える

実は、遺伝子レベルでは全てのがんは別物で、あるひとりの患者を救ったがん治療は別の患者には有害かもしれないのです。しかし、現在行われている症状に基づいて定義される疾患を標的とする治療では、効果が現れるまで次々に別の薬を試し、患者は効果が現れるのを待つしかなく、ときには副作用に苦しむことになります。残念ながらどんな場合にも通用するがん治療薬は存在しません。

しかし、Molecular Health社によって個別化医療や既存の治療法の分析実務が劇的に変わりました。今やMolecular Health社は、がんの予防と治療方法におけるパラダイムシフトの最前線にいます。

分析はどのように行われるのか

2TreatmentMAPによる分析プロセスは、まず医師が患者の腫瘍から切り取った組織サンプルをMolecular Health社の研究所に送付することから始まります。組織サンプルはがんに変異した細胞物質と正常な細胞物質の双方を含んでいます。

研究所では、TreatmentMAPを使って組織サンプルを遺伝子学的に分析し、変異した遺伝子配列と患者の正常な遺伝子配列とを比較します。さらにTreatmentMAPを使って患者の遺伝子素材をMolecular Health社が生物医学の知見を基に、10年以上の歳月をかけて蓄積してきた膨大な量の利用可能な研究情報や臨床情報が格納された知識情報データベースNUCLEUS TM Platformと比較します。ちなみにNUCLEUS Platform に格納されているのは、2,300万を超える出版物、37,000種の医薬品、数百のCancer Indicator、90,000以上の臨床試験情報などです。

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2~3時間後、患者の治療オプションが識別され、さらに特別に認定されたがん専門医によって再度TreatmentMAPを使った分析、確認が行われ、治療を担当する医師向けのレポートが作成されます。

最初に医師が患者の組織サンプルを送ってからTreatmentMAPレポートを受け取るまでの期間は約2週間。医師はそのレポートによって、患者に害を及ぼす可能性のある治療を入念に回避した、個々の患者の特性に合わせた最適の治療方法を知ることができるのです。

TreatmentMAP にアクセスする福利厚生プログラム

2014年10月、SAP社とMolecular Health社はSAP社員にCOPE(Corporate Oncology Program for Employee:社員向け腫瘍治療支援プログラム)を提供するためにチームを組みました。Molecular Health社は、COPEを通してTreatmentMAPにアクセスするがんの診断を社員に提供する企業のパートナーとして活動します。 SAP社はCOPEを適用した最初の企業です。既にこのプログラムの適用を受けて症状が消え、健康な生活を取り戻した社員もいて、COPEの効果について語ってくれています。

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COPEについての証言https://www.youtube.com/watch?v=JBdkK7PKLeI&feature=youtu.be

COPEを通して、SAP社は他の企業間にこのようなプログラムを広く適用する気運が生まれ、できる限り多くの人々がテクノロジーの恩恵を受けることを願っています。

この先Molecular Health社は医薬品の評価とがん患者を救うためのより大きな役割を担うことを目指しています。ちなみに彼らはTreatmentMAPアプローチをがん治療だけに絞ろうとは考えておらず、将来的には他の疾病領域へも拡張することでより多くの病気に苦しむ人々のライフスタイル全般をカバーしようとしています。これからも彼らの進化は続きます。

早く日本でも

さて、SAPジャパン社員ががんに罹患した場合、COPEの恩恵を受けて日本の医療機関で治療を受けられるようになるのはもう少し先になります。日本の規制や医療現場がこのプログラムを受容し、Molecular Health社が日本でビジネスを開始するまで待つ必要があるためです。厚生労働省の平成28年度の予算概算要求には、新たに「ゲノム医療の実用化に向けた取り組みの推進」に44億円という数字がありますので、来年度は何らかの進展を見ることができるかもしれません。このようなプログラムを導入した企業の社員であることは幸運にはちがいないのですが、実際にはむしろ欧米と日本の間のゲノム医療の差を実感しています。私はこの実感を“日本での”破壊的イノベーションを起こすエンジンとしたいと思っています。

出典:

Molecular Health社ホームページ

http://www.molecularhealth.com/us-en/home/

クレイトン・M・クリステンセン/ジェローム・H・グロスマン/ジェイソン・ホワン著「医療イノベーションの本質 破壊的創造の処方箋」 (株)碩学舎

厚生労働省平成28年度予算概算要求の概要

http://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/yosan/16syokan/dl/01-01.pdf

 

 

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