データの統合・連携がもたらすデジタルヘルスケア - 第4回:感染経路を断ち切れ!真のリアルタイム要求に応える専門家集団の戦い


デジタルヘルスケアをテーマにした連載は当初3回の予定でしたが、SAPではまだまだご紹介したい研究や事例があり、このまま連載を継続することにいたしました。引き続きお読みいただければ幸いです。
さて、第4回は、まだ我々の記憶に新しい、2014年の西アフリカにおけるエボラ出血熱の大流行がきっかけとなって立ち上がったSurveillance and Outbreak Response Management System (SORMAS:伝染病流行監視応答システム)の開発プロジェクトより、人々の生命と健康を守るためのITが備えるべき要件を考察します。

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2013年12月、ギニアで最初の感染者が発見され、2014年には西アフリカ地域、特にギニア、リベリア、シエラレオネにおいて驚異的な速さでエボラ出血熱の感染が拡大し、瞬く間に多くの犠牲者が出て、いつまた新たなエボラウィルスが発生するかもしれないと不安な空気が世界中に蔓延していた2014年10月、ドイツにおいて、複数の研究機関からエボラ制圧に向けてITと伝染病の専門家たちが結集しました。

  1. Helmholtz-Zentrum for Infection Research, Brauschweig
  2. Hasso-Plattner-Institute(*), Potsdam
  3. Leipzig University, Innovation Center for Computer-assisted Surgery (ICCAS), Leipzig
  4. German Center for Infection Research (DZIF), Brauschweig
  5. Robert Koch Institute, Berlin
  6. Max Delbruck Center for Molecular Medicine, Berlin
  7. Bernhard-Nocht Institute for Tropical Medicine, Hamburg
  8. Hanover Medical School, Hanover
  9. SAP SE

さらに、20名の感染者と8名の死者が出たものの2014年10月20日にWHOによる終結宣言が出たナイジェリアから、実際にその制圧に関わったNigerian Field Epidemiology and Laboratory Training Programme (NFELTP:ナイジェリア伝染病学ラボ研修プログラム)の伝染病学者や接触追跡官たちが合流し、実践で得た知識を提供。ここにITの専門家と科学者による、伝染病の感染経路を体系的に断ち切るシステム、SORMASの開発プロジェクトが始まりました。

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専門家たちが出した答え

SORMASプロジェクトでは、エボラ出血熱大流行の制圧という切迫した課題を解決するため最も効率的なアプローチを採る必要があり、Design Thinking Workshopを通して行いました。最終的にSORMASが満たした要件をまずおわかりいただくために、少々長いですが列挙します。

【優先的システム要件】

  • 権限を与えられた要員がエボラ出血熱感染の疑いを発見した際のリアルタイムな報告
  • 実験室でのテスト結果レポーティングのサポート
  • 接触状況のモニタリングと接触追跡活動管理のサポート
  • 感染予防対策のモニタリング(例えば除染、安全な埋葬)の有効化

【ユーザー要件】

  • 感染の疑いのある患者が見つかった際の、地域、州、国の各レベルの保健責任者とエボラ出血熱対応緊急オペレーションセンターへのリアルタイム情報連携
  • 接触追跡官が感染を疑われる症例に接触した後に、別の症例データが生成されないこと(ひとつの症例には追跡官による接触の如何に関わらずひとつのデータセットとして見なされること)
  • 断片的な情報、信憑性を確認できない噂、個別に要フォローアップの可否など、感染が疑われるあらゆる事象に関して入ってきた情報の文書化
  • 感染状況や住民への接触状況、フォローアップ状況など、システムによるそれぞれ分類別の最新状況レポートの自動生成
  • WHOが定めた国際保健規則のレポーティング要件への準拠のみならず、WHOや国によるエボラ大流行状況レポートの例としてマッピングやヒストグラムを活用した高解像度疫学的分析機能
  •  既に出現している標準的な出血熱ウィルスの形だけでなく、EpiInfoのウィルス性出血熱モジュールに含まれる変異体が発見された際、リアルタイムなシステムへの反映
  •  システムによる監督者のサポート:全接触追跡官が確実に特定され、記録され、それぞれの発熱監視業務が中断なく実行されているかどうかのシステム的な監視
  • システムによる監督者のサポート:感染制御対策、被災地区への立ち入り制限の実施が行われているかどうかのシステム的な監視

【テクニカル要件】

  • 既存の監視システムとのデータ交換、少なくとも標準のインターフェースフォーマットを介してのIntegrated Disease Surveillance and Response System(統合疾病監視応答システム)との連携
  •  特別なインストールやシステム設定なしで使えるモバイルアプリケーション
  •  管理者のためのデスクトップアプリケーション
  •  アンドロイドモバイルデバイス(**)が使えること (Jelly Bean Android OS, large touch screen interfaces or QWERTY keys (English Keyboard)).
  •  接触追跡官用のモバイルデバイスやタブレットが機能するネットワークプロバイダー
  •  デバイスが盗難に遭った際に位置を把握するGPSトラッキングソフトウェア4

プロジェクトは、置かれた状況を踏まえて限られた時間と予算を厳守しました。Proof of Concept(概念実証)/ 要件定義 / 設計で2か月間、開発 / テストで1か月間、さらにテストの結果の機能の追加・修正で1か月間。時間の制約のため厳密には当初のユーザー要件の一部を見送りましたが、驚くことに開始から4か月でSORMASはエボラ出血熱のような感染性と毒性を持つ伝染病の蔓延を食い止めるための計り知れない影響力を持つシステムへと成長しました。

・HPIでのSORMASプロジェクトの様子を伝える動画はこちら(2015年4月27日公開)。

 

完成したSORMASには4つの主な特長があります。

  • マルチレベル管理機能:ナイジェリアでのエボラ出血熱制圧の経験に基づき、関与するそれぞれの役割向けの業務機能、各役割間のコミュニケーションフロー、業務管理機能(SORMASでは8種の役割を定義)
  • 多くのアフリカ諸国の既存の監視システムとのリアルタイム連携、およびエボラ出血熱関連のデータベースシステム群へのインターフェース
  • ビッグデータ解析可能なプラットフォームと直感的なユーザインターフェースを統合したバックエンドITアーキテクチャー
  • 追加の設定なしでの標準のスマートフォン使用と、モバイルインターフェースを介したシステムとの双方向の情報交換

4つの特長を備えたSORMASは、モバイルアプリケーションを活用したエボラ出血熱やその他の伝染病を管理する既存のツールとは大きく異なっています。既存のシステムはまだ限られた範囲で使われていますが、それらはどれもSORMASのような双方向の情報交換や各種の業務管理機能がありません。例えば2014年8-9月に実際にナイジェリアで使われていたエボラ出血熱レポーティングツール(Open Data Kit:ODK)は、確かにアンドロイド携帯端末を使って感染の疑いのあるケースを位置情報とともにレポートする機能はありましたが、データはいったんラボで集計した後に、監督官や症例管理官のような各種のフィールドワーカーにレポートとして配信するものでした。当時はまだ全てをスマートフォンで行っておらず紙ベースの情報収集も行われていたために、ODKの主たる機能は集まった情報の電子化であり、そもそもツールにアクセスできるのは接触追跡官だけという制約もありました。他にもエボラに限らず伝染病監視関連のツールはありますが、モバイル端末を使うものでもSORMASと違って特別な設定が必要です。やはりSORMASのようなリアルタイムでの双方向情報交換が可能なものはまだないようです。

さらに加えて、SORMASでは現地で医療サプライヤーを迅速に動員するためにAriba Networkが使われています。

現地でのパイロット実施

プロジェクトでは、2015年2月から4月まで机上プロトタイプを実施、5月からナイジェリアでパイロット導入を行い、SORMASの有効性を検証しました。ナイジェリアでは既にエボラ出血熱は終息しているので、あたかも実際に流行しているかのような複雑な仮想環境を設計し、日常的に伝染病の流行に晒され対処しなければならない100の地域で担当スタッフによるシミュレーションを実施。その後さらに麻疹、鳥インフルエンザ、コレラに対するフィールドトライアルを実施し、予想を上回る好結果を得ました。今年10月にファイナルワークショップが無事終了し、学術的観点からも「SORMASは間違いなく計り知れない可能性を秘めている。現場の担当者が求めていたのは、まさにこのようなシステムであり、テクノロジーに関する懸念もないと考える。現状におけるモバイルデバイスを使った他のアプローチと比べてもいくつもの利点がある」という確かな評価を得ました。

そして現在SORMASは、エボラに限らず西アフリカに限らず、世界のいかなる地域でもどんな言語でもどんな伝染病にも使えるシステムとして、次なる活躍に向けた短い準備期間にあります。

真のユーザー要件

SORMASは厳密にはSAPの製品ではありませんが、日本での利活用をお考えで詳細をお知りになりたい方は、どうぞ弊社にお問い合わせください。専門家や実経験者の知見をもとに開発され、実際にナイジェリア現地で検証済の伝染病流行監視のためのリアルタイム双方向情報交換システムは他にありません。

例えば信頼できる接触追跡官役として医療機関がモバイルデバイスから感染を報告、地域の保健所か中核医療機関が監督官役として・・・、と考えると、日本での活用が十分可能と考えます。

それよりも、SORMASが満たす要件、どこかで似たものをご覧になった記憶はございませんか?

実はSORMASの機能要件はデジタルヘルスケア連載の第2回で取り上げたハイデルベルク大学病院の妊婦向けコネクテッド・ケアの機能要件と非常に似ており、採用したSAPソリューションもほぼ同じです。ヘルスケア領域、つまり健康や生命に関わる領域で利便性や機動性に着眼してモバイルデバイスやタブレット端末を活用する場合、真の要件はリアルタイム性と双方向コミュニケーションであり、そこに汎用性を見出し、多くの業務に展開する可能性を秘めています。ぜひこれらをセットでお考えいただければうれしく存じます。

 

参考:SORMASで採用したSAPソリューション

Analytics: SAP Lumira  http://www.sap.com/japan/pc/tech/cloud/software/data-visualization/index.html

Database & Technology: SAP HANA : SAP HANA Cloud Platform   http://www.sap.com/japan/pc/tech/cloud/software/hana-cloud-platform-as-a-service/index.html

Mobile : SAP Mobile Platform http://go.sap.com/japan/solution/platform-technology/mobile-application-development-platform.html

Ariba Network http://www.ariba.co.jp/sell/an.htm

出典:

HPI: SORMAS – A Management Tool for Containing Infectious Disease Outbreaks http://hpi.de/plattner/projects/sormas.html

WHO Ebola virus disease outbreak http://www.who.int/csr/disease/ebola/en/

Centers for Disease Control and Prevention : Ebola (Ebola Virus Disease) http://www.cdc.gov/vhf/ebola/outbreaks/2014-west-africa/case-counts.html

WHO Ebola Situation Reports http://apps.who.int/ebola/ebola-situation-reports

Eurosurveillance: Surveillance and Outbreak Response Management System (SORMAS) to support the control of the Ebola virus disease outbreak in West Africa http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=21071

SAP Business Trends: Preventing the Next Pandemic http://scn.sap.com/community/business-trends/blog/2015/06/17/preventing-the-next-pandemic

Diginomica: Fighting disease with data – the power of disease tracking and surveillance http://diginomica.com/2015/06/30/fighting-disease-with-data-the-power-of-disease-tracking-and-surveillance/#.VmbSEU3ovIU

healthcare-in-europe.com: big Data may streamline epidemic control http://www.healthcare-in-europe.com/en/artikel/15170-big-data-may-stream-line-epidemic-control.html
SORMAS – the future of epidemic surveillance https://www.youtube.com/watch?v=6x7S-7n7X3k