15年間SAP ERPを利用する三井物産がSAP S/4HANAを先行検証、次世代基幹システムの真価と課題とは


ビジネス環境の劇的な変化と経営情報の可視化へのニーズを背景に、新たな基幹システムのあり方が強く求められるようになっています。こうした声に応えて、SAPは第4世代の基幹業務システムSAP S/4HANAを2015年2月にリリースしました。2015年11月18日に開催されたSAP Forum Osakaでは、SAP S/4HANAをいち早く検証した三井物産株式会社と、その支援を行った三井情報株式会社(MKI)のキーマンをお招きして、検証結果とそこから見えてきた課題、今後への期待などについてご講演いただきました。

<パネリスト>

三井物産株式会社 IT推進部 副部長 黒田晴彦氏

三井情報株式会社 CTOオフィス CTO補佐 神戸信光氏

SAPジャパン株式会社 ソリューション統括本部 シニアディレクター 鈴木章二

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「標準化」「差別化」「イノベーション」の3つの期待

最初に登壇したのは、三井物産株式会社 IT推進部 副部長を務める黒田晴彦氏です。三井物産では2000年のERP導入以来、15年の長きにわたってSAP ERPを運用してきました。それだけに黒田氏は「機能拡張や性能の進化がふんだんに盛り込まれたSAP S/4HANAには、大きな期待を寄せています」と新たな基幹業務システムへの期待を率直に語ります。しかし、その黒田氏も2014年にSAP S/4HANAではSAP ERP のテーブル構造をシンプル化するという発表を聞いたとき、最初は半信半疑だったといいます。

「SAP内部でも多くの議論があったようですが、今後長期間にわたって利用していく上では、内部の数多くの中間テーブルを廃してシンプル化することを重視したと聞いています。これはユーザーにしてみると、保守運用の面でも、機能拡張の面でも、大変ありがたい決断だったといえるでしょう」

また黒田氏は、SAP S/4HANAの周囲にはIoTやビッグデータに関するデジタル変革に必要な多彩なツールや環境が提供されていることを指摘。こうした開発姿勢は、ERPは単なる1つのアプリケーションではなく、今後の企業システムのコアであり続けるというSAPの宣言だと評価しました。

その上で、黒田氏はSAP S/4HANAへの期待として、先に述べたIoTやビッグデータにみる「イノベーション」に加え、「標準化」「差別化」という点を挙げます。

「これまでは、SAPから提供される標準化された部分と自社でカスタマイズを施した部分が密結合していたため、システムの更新や移行の際に苦労することがしばしばでした。SAP S/4HANAでは機能拡張のアーキテクチャが大幅に見直され、標準化された部分とカスタマイズされた部分とが明確と切り分けられています。このため自社のカスタマイズ(=ビジネスとして譲れない差別化要素)を活かしつつ、標準化された機能の恩恵も受けやすくなる」と黒田氏は語ります。

 

検証作業で見えてきたSAP ERPとの高い互換性

三井物産では、SAP S/4HANA移行に関する検証の第一歩として、ユーザー追加機能とSAP標準部分を一体化させた状態での移行を想定。三井情報株式会社(MKI)が販売している商社向けテンプレート「MKI-Trade Suite」をベースに同社と共に検証作業を進めていきました。

「移行するならばまず何をすればよいのか。移行できたら期待通りに稼動するのか。こうした業務システムとしての実用性に即した視点から検証を行っていきました」(黒田氏)

検証作業の詳細については、黒田氏に代わってMKIのCTOオフィス CTO補佐 神戸信光氏が説明を引き継ぎました。

「SAP S/4HANAの導入に関して、SAPユーザーからよく聞かれる2つの質問があります。『現在使っているテンプレート(アドオン資産)は動くのか?』、もう1つは『ERPの新しい利用方法が開けるのか?』、つまり新しい付加価値が得られるのかということです」

この2つの質問について検証を重ねた結果、まず、第一の質問については「SAP S/4HANAは、SAP ERPとの非常に高い互換性を持っていることがわかった」と神戸氏は結論づけます。とりわけテンプレートの互換性に関する検証では、アドオンを含めたテストはスムーズに完了しました。

「次世代会計基盤であるSAP Simple Financeの新機能、たとえばユニバーサルジャーナルへのテーブル統合、取引銀行マスタの刷新といった点についても、既存機能への影響は、非常に限定的、かつ容易に対処で切る結果になりました。とはいっても、ベースとなるNetWeaverのバージョン最新化なども必要になる等、実際の切替に当たってはテンプレートの動作に関しては、やはり一通りの検証は必要だと考えています」

神戸氏は今回の検証で苦労した点として、移行の準備段階に相応の時間を要したことを挙げます。SAP S/4HANAへの移行にあたっては、SAP HANAおよびソリューションマネジャーなどの周辺ツールも、最新バージョンにしておく必要があります。また、移行作業自体はSAPから提供されるツールがあるので、半自動的にテーブルの変換が可能ですが、自社でのカスタマイズが施されている場合には、やはりそのつど確認しながらの移行が望ましいと神戸氏は話します。

「基本的にSAP S/4HANAへの移行後も従来の機能は受け継がれ、確実に稼動しますが、その実現にあたっては、移行前の入念な準備とチェックを怠らないことが大切です。そうした移行準備を、事前に整理して行えば、大きな問題なく移行できると考えています」

 

SAP S/4HANAがもたらす真のビジネスメリット

神戸氏はもう1つの課題、「ERPの新しい利用方法が開けるのか?=新しい付加価値が得られるのか?」についても、検証した仮説について報告しました。SAP S/4HANAの最新機能の中でも、代表的なのは「処理の高速化」と「画面の改善」ですが、これらをどのように使えば、新しい付加価値に結び付けられるかというのが、ここでの検証目的とされました。

「この2つの最新機能がもたらすメリットとして、『プロセスの効率化』を挙げやすいですが、単純な業務の効率化については、すでに多くのERPユーザーは取り組んできたと思います。むしろ、いまだ手付かずになっているのが、『情報の使い方』ではないかというのが私たちの考えた仮説でした」

SAP ERP の中には、すでに膨大な情報が蓄積されています。そうした情報を「どう活用していくか」こそが重要だと考える神戸氏らが、ここで第3のメリットとして想定したのは「マネジメントスタイルの変革」でした。

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「部門のマネージャーがある情報を必要としている場合、システムに詳しい担当者に依頼してエクセルなどで入手するケースがほとんどです。これではデータ自体はリアルタイムでも、その情報の利用という点では全然リアルタイムになっていない。S/4のリアル性とモバイルを使ったUIを使えば、マネージャー自身が自由に情報を引き出して活用できるのではないかと考えて、その可能性について検証しました」

この検証事例では、リスクマネジメントにおける情報伝達・共有を取り上げています。これまでは社内で何らかのリスクが発生すると、その内容をExcelなどに出力して回覧していたのを、その情報を知るべきユーザーのスマートフォンへ直接警告を発信するような仕組みを考えました。具体的には、リスク発生時に当該ポジションを持つ担当マネージャーのスマートフォンに警告画面を表示します。これを見たマネージャーはすぐにその画面をクリックして、ERP内の詳細な情報まで確認することができます。

「この結果、毎回Excelにダウンロードして回覧するタイムロスがなくなります。このような仕組みを広く実現すれば、営業マネージャーなど管理職層や経営層が、より自分個人向けにフォーカスした情報をリアルタイムで参照して、迅速な意思決定に活用できるシステムを構築できるのではないでしょうか」

 

将来はSCMやCRMまでを包括的に提供するSAP S/4HANA

セッションの最後では、SAPジャパンでソリューション統括本部のシニアディレクターを務める鈴木章二が、「SAP S/4HANA適応へのロードマップ」と題して、SAP S/4HANAの導入および移行を検討する企業に対して説明を行いました。

鈴木は改めてSAP S/4HANAによる3つのIT変革のテーマを紹介した後、「この他に、もう1つだけS4HANAについて知っておいていただきたいことがあります」と語り、従来のBusiness Suite on HANA やERP on HANA と新しいSAP S/4HANAとの大きな違いに触れました。

「その違いとは、従来はERPではなく周辺業務システムとして提供してきたSCMやCRMなどのソフトウェア領域のデータモデルや機能を、SAP S/4HANA本体に移植していくロードマップをSAPが持っている点にあります」

これまでERPには格納されなかった補完ソフトウェア領域のさまざまなデータを、SAP S/4HANAではダイレクトに利用できる機能移植が、今後のSAPの開発予定に組み込まれています。

「これからのSAP S/4HANAでは、ERPと呼ばれていたものの内部のシンプル化が行われるだけでなく、SCM業務やCRM業務も含めた1つの仕組みのもとで、コンパクトな企業のコアシステムとしてお届けできる形に変わっていきます。そうした意味で、ERPではなく企業のコアシステムとして改めてとらえ直していただければ幸いです」と鈴木は語り、セッションを締めくくりました。