素材・化学メーカーが第四次産業革命を実現するヒントは IoTを利用して本当のユーザーニーズを知ることにあり


IoT、ビッグデータ、AIなどの新しい技術を背景に話題が沸騰しているドイツのインダストリー4.0や、アメリカのGEを中心としたインダストリアルインターネット。しかし、これらの事例は組立製造業が中心で、素材・化学業界は後塵を拝しているのが現状です。一方で、汎用素材では内需の減少などにより生産能力が過剰となり、機能性素材ではグローバル競争激化への対応が課題となっています。こうした課題が山積する中、IoTを中心とした第四次産業革命に向けて、素材・化学業界は何を備えたらよいのか。2015年11月12日に開催されたSAP Forum Tokyoでは、経済産業省 製造産業局 化学課長の茂木正氏と、SAPジャパン バイスプレジデント プロセス産業統括本部長の宮田伸一が、その対応策を議論しました。

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素材・化学メーカーは第四次産業革命を3つの切り口で捉えるべき

最初に講演した経済産業省の茂木氏は、素材・化学メーカーはIoT、ビッグデータ、AIなどがもたらす変化を、3つの切り口で捉えるべきだと語ります。

「1つめは、新しい事業を展開するチャンスが訪れていることです。いち早く新規事業に着手することで、高収益体質に変化することが可能になるでしょう。2つめは製品を供給している自動車メーカーや電機メーカーなどのユーザー企業が変化していること。素材・化学メーカーは変化するユーザー企業のニーズを、どのように先取りして製品化していくかが課題です。3つめはイノベーションに合わせて生産方式も変化していることです。日本企業には優れたノウハウがありますが、熟練工が減っていく中で、次の世代にそれをどのように伝えるか。そして、ビジネスの海外展開に向けて、現場のノウハウをどのように標準化していくかが課題です」

まず1つめの「新規事業を展開するチャンス」を見てみましょう。すでに素材情報に対してIoTを活用し、新たなサービスを付加したビジネスモデルが出始めています。例えば、フィルムメーカーや画像素材メーカーなどが、医療用画像データを活用した診療支援システムに乗り出したり、血液の簡易検査によってユーザーに検査情報健康関連情報を提供したりしている例があります。また、空気圧の計測センサーをタイヤに装着して空気圧の減りをチェックし、タイヤ交換からメンテナンスまで事業を拡大している事例もあります。

素材の市場自体にもチャンスが眠っています。主要電材素材における日本企業のシェアは2004年から2014年までの10年で大幅に低下し、単価も低下傾向ですが、機能性化学品の世界市場は、建築化学品や食品添加剤などのスペシャリティケミカル領域が上位を占めています。その分野ではまだ大きなシェアを獲得していない日本企業にとって、新しい領域に進出していくチャンスが残っているのです。

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2つめの「ユーザー企業のニーズの変化」については、近年はユーザー企業のニーズが複数の素材を組み合わせて相乗効果をもたらすマルチマテリアル化にシフトしています。そのニーズをくみ取って早く提案して欲しい、開発スピードを加速して欲しいとユーザー企業は考えているのです。茂木氏は「そのためには、オープンイノベーションが重要です。素材開発においても、人工知能、計算科学技術、IoTなどの技術や社外に埋もれた技術を活用することで、材料の設計、開発期間を短縮することができます」と指摘します。

近年は製品寿命の短期化も著しく、経産省の調査(2012年)によると、モデルチェンジまでの平均年数は3年以下が自動車業界で約35%、電気機械では約70%に達し、製品開発のスピード化が迫られています。ライフサイクルの短縮に向けて、アメリカでは実験化学やシミュレーション、ビッグデータやAIなどを組み合わせた素材開発のインフラを構築するプロジェクト「マテリアル・ゲノムイニシアチブ(MGI)」が2011年からオバマ政権下で始まり、素材の開発から市場導入までの時間の半減を目指す動きが見られています。

日本でも経産省が旗振り役となり、従来の技術にはない新しい機能を有する超先端材料の創製と開発スピードの短縮を目的とした「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」の立ち上げを目指しており、2016年度に向けて19.5億円の新規予算を概算要求中です。それ以外にも、日本の大学が持つ高い技術や企業に埋もれている技術を活かした素材系のベンチャー企業が出始めています。さらに政府系のファンドである産業革新機構は、素材系ベンチャーに3年間で総額約44億円の投資をして事業の成長を支援するとともに、大手の素材・化学メーカーとのマッチングを促すことでスケールアップを加速させています。

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3つめの「次世代生産システムの転換」についても、国内外でIoTの活用事例が現れています。ドイツの化学メーカーのBASF社は、IoTを応用して同じ製造ラインで複数の製品を作り分けることに成功しました。日本では、ダイセル社が熟練工のノウハウを標準化した「ダイセル式生産革新」によって品質の確保やコストダウンを実現しています。

これらの状況を踏まえて茂木氏は「IoTを活用した事業のサービス化を進めるうえでは、制度上のグレーゾーンも存在しますので、今後は政府もルールの見直しの面から協力していきます。また、生産性の向上や保守の合理化についても、旧来の制度を見直しながら、企業の成長を支援していきます」と語りました。

農業のデジタル化で新事業展開を実現した農薬メーカーの成功事例

茂木氏の講演に続き、これからの素材・化学メーカーが備えるべき点について、SAPジャパンの宮田がシステム面から解説しました。その中で紹介した事例が、アメリカの農薬メーカーであるモンサント社の農業のデジタル化を通じた新規事業です。モンサント社は、2013年にGoogle出身者が設立した気象情報のビッグデータ分析会社を買収しました。そして、全米250万カ所の気象測定データと1,500億カ所の土壌観察のデータ、種子・農薬の品種改良データなどをもとにした情報を農家や農場経営者に提供しています。IoT化されたトラクターからは、どの農場のどのエリアを耕しているといった情報が把握できるため、例えば、「3時間後にここは雨が降る可能性が高いから、作業は後回しにしましょう」といったレコメンドを送信することができます。その結果、農家は無駄に肥料を蒔く必要がなくなりました。

モンサント社では農作物の種子の品種改良データも自社で保有しており、新種の種苗をさまざまな農場に植えながら、その結果をもとに品種改良を加えるサイクルを回しています。さらには、収穫高に応じた保証型の保険を他社より安価に提供し、自社の保険リスクを最小化することにも成功しました。

宮田はモンサント社の事例をもとに「IoTは顧客観察のためのプラットフォームです。顧客を知り、さらには顧客の利用状況と変化を知り、個々の顧客の変化に合わせた商品サービスを提供することが可能になります。農業の場合なら、どの農家がどんな土壌を持ち、どの農薬や種子を使い、結果的にどうなったといったループを回していくうちに、農家以上に農家を知ることができる。それが結果的に個々の農家にカスタマイズされた情報を提供するマス・カスタマイゼーションにつながります」と説明します。

これまでバリューチェーンの上流にいた農薬メーカーのモンサント社は、企業買収によってIoTやビッグデータを活用したデジタルビジネスに参入し、消費者に近いポジションを獲得することに成功しました。アメリカの農機具メーカーのジョンディア社も、モンサント社と同様の農業のコンサルティングビジネスに参入しています。このように、農薬メーカーと農業機器メーカーという異業種が、デジタル化された農業という新しい市場で競合する時代が訪れているのです。

最後に宮田は「アナログな領域こそ、IoTやデジタル化で破壊的イノベーションが起こりやすく、新しいマーケットが形成されていきます。異業種にとっては最大のビジネスチャンスであり、それこそがインダストリー4.0の本質ではないでしょうか。SAPでは、デジタルのコアとなるためにシンプル化のコンセプトで開発したSAP S/4HANAによって、今後ますます破壊的イノベーションを支援してまいります」と語りました。

IoTはエンドユーザーを知るためのプラットフォーム

最後に、それぞれの講演内容を受けて、茂木氏と宮田がディスカッションを行いました。その中で「素材・化学業界にインダストリー4.0はどの程度のインパクトをもたらすのか?」という宮田の問いかけに対し、茂木氏は「本当のエンドユーザーのニーズに近いところまで降りていくチャンスがあることが最大のメリット」と答えました。化学・素材メーカーの取引先である完成品メーカーもユーザーの本当のニーズがつかみ切れていない現実がある中で、それを飛び越えて顧客を知るチャンスがあるといいます。さらに茂木氏は「インダストリー4.0も最初は工場内の最適化という地道なステップからスタートし、まだ道半ばの状況です。日本の化学・素材メーカーではすでに工場内の全体最適を自ら実現しています。いたずらに怖がることなく、足もとを見つめてください。標準化を進めてグローバルに対応していくためにはIoTが最大の武器になります」と話しました。

最後に「政府としてのオープンイノベーションや産学連携を加速させる施策があれば聞かせて欲しい」という宮田からのリクエストに対して、茂木氏は「経産省と総務省はIoTやビッグデータ、人工知能などの新たな動きに対応し、企業や業種を超えて、産官学でデータ活用を促進するためのIoT推進コンソーシアムとIoT推進ラボを立ち上げました。これから素材・化学メーカーがIoT関連の企業やエンドユーザーと連携する場所を作っていきますので、こうした場を積極的に活用してください」と呼びかけました。