データの統合・連携がもたらすデジタルヘルスケア- 第5回:Cancer Moonshot — ダボス会議にSAPのCEOビル・マクダーモットが登場


2016年最初のブログではAmerican Society of Clinical Oncology(ASCO)のがん患者にゲノムデータベースCancer LinQにSAP HANAが使われていることをお伝えしようと思っていたら、なんとアメリカ合衆国バイデン副大統領に先を越されてしまいました(笑)。今年1月12日、オバマ大統領は、彼にとって最後となる一般教書演説で、かねてよりバイデン副大統領から提案されていたがん撲滅のための活動:Cancer Moonshotを承認しました。かつての国家プロジェクトとしての月探査ロケットの打ち上げ(Moonshot)になぞらえ、国家プロジェクトとして取り組むことを表明、バイデン副大統領を“In charge of Mission Control(プロジェクト総責任者)”に任命したのです。さらに1週間後の1月19日から開催されたWorld Economic Forum(WEF:世界経済フォーラム。通称“ダボス会議”)初日に、バイデン副大統領がチェアマンとなり“Cancer Moonshot : A Call to Action” セッションが開催され、この席にSAP CEOのBill McDermottがIT業界からただひとり招かれ、がん撲滅に向けてのITの有効性について語りました。そこで急遽第5回はWEF速報版としてこちらをご紹介します。

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昨年5月に長男を脳腫瘍で亡くし、その後がん治療研究の促進に力を注いでいたバイデン副大統領。その彼を総責任者としてWEFに送り込むための布石として一般教書演説の場を選んだオバマ大統領の見せ方のうまさはさすが。これによってアメリカ国民にはCancer Moonshotという言葉がしっかり刷り込まれたことでしょう。1月12日の一般教書演説の模様はこちらをご覧ください。

それぞれの時代に猛威を振るう病気は国の経済や国民の気持ちに大きな影響を及ぼします。かつてブッシュ大統領はエイズを、クリントン大統領は心の病を、それぞれ国家的課題として治療・改善しなければならないと宣言しました。そしてオバマ大統領にとって、それはがんだったのです。

American Cancer Societyによれば、今年2016年にアメリカ国内で169万人ががんと診断され、59万6000人が亡くなるとのこと。3人にひとりの女性が、ふたりにひとりの男性ががんと診断されるとも分析されています。一方、今やがんは治せる病気とも言われCancer Survivorと言われる方々にお会いすることも珍しいことではなくなりました。しかしながら、これだけの高い確率で発症する病気ならなおのこと、より効果的、よりコストの掛からない方法での治療があってしかるべきであり、WEFではこの課題への第一人者がバイデン副大統領によって召集されました。

 

SpeakerWEF Official Siteでの紹介順):

Elizabeth Blackburn: President, The Salk Institute for Biological Studies

Paula T. Hammond: David H. Koch Professor in Engineering; Head, Department of Chemical Engineering, Massachusetts Institute of Technology (MIT)

Jennifer Doudna: Professor of Chemistry and of Molecular and Cell Biology, University of California, Berkeley

Sylvia Mathews Burwell: Secretary of Health and Human Services, US Department of Health and Human Services

Francis S. Collins: Director, National Institutes of Health

Joseph R. Biden Jr: Vice-President of the United States of America, Office of the Vice-President of the United States

David B. Agus: Professor of Medicine and Engineering, USC Center for Applied Molecular Medicine

Bill McDermott: Chief Executive Officer, SAP SE

Delos M. (Toby) Cosgrove: Chairman and Chief Executive Officer, Cleveland Clinic

José Baselga: Physician-in-Chief and Chief Medical Officer, Memorial Sloan Kettering Cancer Center

Charles Sawyers: Chairman, Human Oncology and Pathogenesis Program (HOPP), Memorial Sloan Kettering Cancer Center

ご覧いただいてお分かりの通り、ほぼアメリカにおけるそれぞれの分野の第一人者・責任者であり、WEFの場で語ることの意味は、世界で最も膨れ上がる医療費の問題を抱えるアメリカが、この問題に真正面から取り組むことの世界中に向けた宣言と言えるでしょう。さらに、WEFのオフィシャルサイトでのこのセッションのカテゴリーは「Healthcare」と「Fourth Industrial Revolution(第4次産業革命)」。つまり、医療も他の産業と同じくITを駆使した変革をすべきという意図がうかがえます。

冒頭にも述べましたが、弊社CEOのBill McDermottは、唯一IT業界からの参加者でした。そして、バイデン副大統領が出席者を紹介する際にASCOのCancer LinQ に触れ、Billをそのテクノロジーを提供している企業のリーダーと説明しました。

セッション全体の様子は以下の動画をご覧いただくとして、ここではBillが語ったことをかいつまんでご紹介します。

 

  • 「患者」を念頭においた問題解決を図るべき。その意味でPersonalized Medicine(個別化医療)はよい用語だが、Customer Centric Services(受益者中心のサービス)もよい用語である。
  • がん治療のプロセスが分断されていることが問題。看護師→医師(診断医)→外科医→検査医と渡っていく全てのプロセスをまとめるべき。
  • 問題なのは分断されたMedical Record(医療記録)に基づいて作業が行われていることで、あらゆる関係者にとって使いづらいものになっていることで結果的に人手とお金がかかっている。
  • 医師同士がやりとりしている音声やテキストなどの非構造データを統合することで、既に他業界で実現されているCustomer Centric同様、真のPatient Centric(患者中心の)世界となり、ヘルスケア業界の向上が可能になるはず。
  • Patient Centricの観点では4つのFocus Areaが考えられる。
      • ゲノム配列
      • 電子カルテ記録
      • 治験
      • リサーチ
  • 今日のテクノロジーの活用例として、ASCO、Stanford、NCT(National Center of Tumor Disease:ドイツ国立腫瘍研究センター)では既にSAP HANAでそれらを実現している。
  • 問題はどのようにデータを集約するかであり、これが実現されれば、より低コストでのブレークスルーが可能となり、結果として患者の生存率が向上し、がん撲滅に向けた研究に資金を向けることが可能になる。

その後の議論はデータの集約に向かい、さらにセッション終盤にデータの匿名性に話が及び、ある出席者から「今どきは高校生でもそこにアクセスできてしまうのではないか」という質問が投げかけられ、たまらずBillがITの専門家の立場から「データの匿名化は可能。さらにSocial Security Dataをクラウド上に上げることで全ての関係者間で情報共有できる。」と発言。残念ながら予定の時間をオーバーしていたことから、バイデン副大統領はまずデータの集約の意義、インパクトについて自分がきちんと理解したいので、各自の意見を自分に送ってほしいと出席者全員に宿題を出してセッションが終了しました。

データの匿名性の課題は、日本における今後の医療データの扱いにも大いに関係します。例えば今年から施行されるマイナンバー制度は医療費の支払いには用いられますが、診療記録等の医療情報には用いられません。医療情報は特定の機微な個人情報であり、その情報漏洩が深刻なプライバシー侵害に繋がる危険性があるとして、日本の医療界からの反対があったからです。

弊社CEOがIT業界を代表してデータの集約に言及しデータの匿名性を担保したことが、日本における医療情報の活用、ひいては医療費の削減と患者中心のサービス向上に繋がることが想像され、興奮を禁じ得ません。もちろん引き続きCancer Moonshotの進捗状況については当ブログにて皆様にお伝えしたいと考えています。

そうそう、まずは次回のブログでは、ASCOのCancer LinQ についてお伝えいたします。