SAPのファイナンス・トランスフォーメーション戦略から読み解く、企業の成長戦略を支える財務管理の形


激化するグローバル競争を勝ち抜くためには、グループ全体の財務プラットフォーム戦略の構築が欠かせません。そのためには、ルール、組織、プロセス、情報システムの整備が必要であり、強力なトランスフォーメーション(変革)が成功に導く重要な鍵となります。1990年代から積極的なM&Aを推進してきたSAPグループでは、オンプレミス向けのソフトウェア販売から、クラウドサービス事業者へとビジネスモデルの変革を進めています。2015年11月12日に開催されたSAP Forum Tokyoの経理・財務部門エグゼクティブ向けスペシャルランチセッションでは、SAP アジア・パシフィック・ジャパン(APJ)のCFOであるリチャード・マクリーンが、SAP APJを支えるシェアードサービスセンターをはじめとする、SAPのファイナンス・トランスフォーメーションの取り組みを紹介したほか、SAPジャパン シニアソリューションプリンシパルの中野浩志がSAPのグローバル経理財務プラットフォームについての解説を行いました。

デジタルトランスフォーメーションの課題は複雑さ

SAPが設立された1972年当時、ストレージのコストは1メガバイトで750ドルと高価で、利用は限定的でした。それが30年後の2002年には1メガバイト12ドルまで下がり、デジタル化が急速に進んでいます。その結果、ビジネスプロセスの標準化、自動化といった概念が生まれ、ビジネスプロセスのアウトソーシング、シェアードサービス化が普及しました。しかし、ビジネスの改善をサポートするファイナンス・トランスフォーメーションには依然として大きな困難が伴います。2014年に実施されたある調査によると、32%のCEOは自分たちの組織が直面している課題をCFOが支援していないと考えている一方で、65%はCFOの役割が今後より重要になってくる回答しています。

外部環境の変化に対応していくことも重要です。デジタル化、ネットワーク化が進む世界では、ビジネスの変化はハイパーコネクティビティ、スーパーコンピューティング、クラウドコンピューティング、スマーターワールド、サイバーセキュリティの5つのトレンドから起こっていきます。財務部門には、こうした新しいテクノロジーとビジネスのギャップを埋めることが求められています。前出の調査でも90%のCFOがデジタルエコノミーはビジネスに影響を及ぼすと自覚していますが、具体的な計画を立てているCFOは現時点で25%に過ぎません。

SAP Forum Tokyo 2015_CFORT_1

デジタルエコノミーは、企業のビジネスモデルにも影響をもたらしました。従来の競合以外からの参入が増え、わずかな期間で業界のトップに登り詰めています。例えば、タクシー配信アプリのUberは、20万のアクティブドライバーによって都市流通企業へとビジネスモデルを変革しています。ソーシャルメディアのサイトが主流だったFacebookは、ユーザーが作り出すコンテンツによって世界最大のメディア企業に変貌を遂げました。マクリーンは「現在の企業には、至るところにチャレンジの機会があり、デジタルエコノミーの活用次第で今までにない将来が待っています。その一方で既存企業は常に破壊的なイノベーションに晒される危機にあります」と語ります。

 

デジタルトランスフォーメーションの実現に向けて課題があるのも事実です。最も大きなハードルは複雑性にあります。世界のトップ200企業では利益全体の10%が、この複雑性によって失われています。管理者の40%の時間が利益を生まない活動に費やされている現状があり、63%のエグゼクティブは業務オペレーションをシンプルにしたいと考えています。その結果を受けてマクリーンは「新時代のトランスフォーメーションは、関係各所と連携しながら、デジタルエコノミーでもたらされるメリットを取り込み、それをキードライバーに企業自体を変えていくことが重要です」と強調します。

その意味で、SAPのビジネススイート製であるSAP S/4HANA Enterprise Managementは究極のシンプル化を促す製品といっていいでしょう。以前のSAP ERPではできなかったリアルタイムの予測分析も可能になるなど、ビジネスの効率化に貢献する将来性を備えています。SAPではビジネスのさらなる成長に向けて、SAP S/4HANAを用いてさまざまなデータを大画面のダッシュボードに表示し、何が起こっているのかを関係者間で共有しながらその結果に至った経緯を画面をタッチすることでドリルダウン・分析することができる「デジタルボードルーム」という仕組みを通して、迅速に意思決定を下すことができるソリューションを提供しています。マクリーンは「サービスの需要スピードやビジネスの成長スピードが速くなり、より複雑性が増していく中で、ビスネス支援とコスト削減の2つをどのように実現していくか。SAPのファイナンス部門は、最近の3年間でこの問題に取り組んできました」と振り返ります。

SAP Forum Tokyo 2015_CFORT_2

シェアードサービスを一元化し、組織のグローバル化を推進

次いてマクリーンは、SAPが実際に取り組んできたファイナンス・トランスフォーメーションについて紹介しました。この背景について、マクリーンは「技術だけでなく、体制をシンプルにしてグローバルに対応することが重要と考えました」と語ります。それまでのSAPのファイナンスチームは90カ国に分かれ、オペレーションは分割されていました。いくつかのシェアードサービスはあったものの、売掛、受注などに業務の一部に限定され、エンドツーエンドでカバーする組織体制になっておらず、サービスレベルも高いものではなかったといいます。

SAPではスケール化には何が必要かを検討した結果、体制を変革し、人材に投資することが重要と考えました。また、シェアードサービス体制を、地域単位からグローバルでオペレーションをまわせる体制に改めます。

まず、各地域現地法人では顧客を中心とした業務に限定することとし、ファイナンスプランニング&分析、案件サポート、法務の3つとしました。経費精算、GRC、監査、税務、財務といったオペレーションエクセレンスの部分はグローバルの専門家組織(CoE)とシェアードセンターに任せ、グローバルリソースを各ビジネスユニットが活用できるようにしました。マクリーンは「この取り組みを進める大きな推進力になったのは、グローバルのCFOが今から4年前に、2年間で今の組織を改めると決断して、そのビジョンを実行したことにあります。彼は責任の所在をはっきりさせるために、外部コンサルを入れずに自社の社員だけでプロジェクトチームを作りました。そして、彼の立てた目標をメンバー1人ひとりが理解して、当事者意識を持って進めました」と明かします。その結果、2年間でファイナンス・トランスフォーメーションは達成され、一貫性のとれた顧客主導の組織を構築することができました。

SAP Forum Tokyo 2015_CFORT_3

2つめに実行したことは、テクノロジーによって変わることを見極め、ビジネスプロセスを再考したことです。従来のオンプレミス環境なら今までの業務を変えることなくカスタマイズで対応することができますが、クラウドはそのままのテクノロジーを活用することを意味します。SAP S/4HANAにおいてもビジネスプロセスを変えて、シンプルにしない限りスケールアウトはできません。

一方で、従来のSAP ERPのGUIも見直し、SAP S/4HANAではユーザーエクスペリエンスを中心に考えられ、大きな変貌を遂げました。その結果、ビジネスの生産性向上が実現し、パートナーとの協業もしやすくなりました。ビジネスプロセスの次はテクノロジーの取り込みが重要で、どう使えるかを考えていく必要があります。従来、SAPでは自社技術の利用が遅れ気味でしたが、現在は積極的に自社の技術を取り込み、財務部門においてもSAPファーストで積極的に自社のプラットフォームをグローバルに提供しています。 

卓越した人材を育成し、意識改革を進めることが重要

ファイナンス・トランスフォーメーションにおいて、最も重要なのが「人材の育成」です。従来、SAPの組織は社内でサイロ化されていました。グローバルでチームを作る際にも、同じ国で働く人が同じレポートラインに乗らないことも珍しくありません。そのため常に仮想的なチームで運営されており、一体感が熟成されませんでした。

 

そこで、SAPでは人材管理でも新しい手法を採り入れることを決定しました。代表的な手法の1つが「ワンチームの熟成」です。マネジメントラインが異なる場合でも同じチームで担当し、コミュニケーションを重ねながら進めることにしました。また、「ラーニングカルチャーの熟成」を推奨し、ここ最近の12カ月間で最初の教育プログラムがようやく終了したばかりです。そこでは、参加者に拡大、成長を意識させることを重視して、それを補助するためにSAP内部にバーチャル大学を設置し、そこで成功に必要な要素をピックアップしながら、プレゼンテーションやコミュニケーションのスキルを身に付けさせています。また、構造的なプランや成長機会を与え、役割がわからない場合には、例えば会計分野で何を学べば将来CEOが目指せるかといったことを経験させながら、キャリア形成をサポートする取り組みも実施し、起業家精神に富んだリーダーの育成につなげていきました。

ダイバーシティ(多様性)も重要で、性別を問わず優秀な人材を若い世代から積極的に登用して、成長を促しています。そして次世代のリーダシップも考え、世界各国から人材を集めて戦略的プロジェクトを担当させています。財務関連以外の人たちとプロジェクトで関わることで新たなアイデアが生まれ、将来の成長にもつながります。

こうした改革は着実に成果を挙げており、SAPが社員を対象に実施した調査でも、従業員満足度は73%から80%に向上しています。ビジネスプロセスが変わったことでグループ連結を含む決済期間も8.5日で終了するようになりました。また、買収した企業をバックエンドの機能に取り込み、必要な人にはトレーニングを提供してくことも可能になりました。それはSAPが買収した企業に対する教育においても成果を挙げています。このように新しい人材育成に投資する時代が来ている中で、SAPのファイナンスは着実に改善を重ねてきました。マクリーンは最後に「優れた人材は大量にやってくるわけではありません。トランスフォーメーションは、いわばマインドセット。誰かが代わりにやってくれるのを待つのではなく、社員自身が変わり、リーダーとしての意識を持つことが重要です」と語って講演を終えました。

SAP Forum Tokyo 2015_CFORT_4

SAP S/4HANAでファイナンス・トランスフォーメーションを加速

続いて、SAPジャパンのシニアソリューションプリンシパルの中野が、マクリーンの講演を技術的に裏付ける形でSAP S/4HANAの製品コンセプトと、デモンストレーションを中心に機能を解説しました。SAP S/4HANAの特徴の1つは、データ構造がシンプルになったことが挙げられます。従来は集計のための中間テーブルを使ってパフォーマンスを確保していましたが、SAP S/4HANAではこのテーブルが無くなります。明細データを基に勘定科目別、あるいは月次、週次、日次、地域別のデータをその場で集計、分析します。ユーザーは恣意性の入らない生データに直接アクセスして活用することができます。都度切り口を変えて自由に分析ができる仮説検証型セルフレポーティングが大きなメリットの1つです。

もう1つの特徴は、直感的なインターフェースでユーザーエクスペリエンスをシンプル化したことです。グラフィカルな情報分析画面が提供され、詳細レベルまでドリルダウンで原因を追究することができます。

SAP Forum Tokyo 2015_CFORT_5

日本企業がSAP S/4HANAを導入する場合、いくつかのパターンが考えられます。その1つとして「Central Finance」を推奨しています。多くの企業グループがある場合、既存のERPを一気にSAP S/4HANAに移行するのは難しいと思います。そこで、まずグローバル経営プラットフォームとしてSAP S/4HANAを構築し、本社と参加できるグループ企業がまず活用を始める。当面参加しない企業については明細だけ送ってもらい、その後システム更改のタイミングに合わせて同じ経営基盤乗ってもらうという段階的アプローチです。ある企業では明細データを統合データベースに集約して事業部門の仮説検証型分析や本社からの目が届かない海外拠点ガバナンスを支える基盤として利用しようとしています。また、マクリーンが解説したように、SAPグループでも「デジタルボードルーム」を導入しており、SAP S/4HANAに蓄積された明細データを経営層の迅速な意志決定を促すツールとして活用している。例えば月次ビジネスレビューで異常値があった場合、次回の報告を待たずにその場で原因を追究して関係者間での解決策決定を促すなど、経営の質・スピードの向上に大きく貢献しています。

マクリーンが解説したSAPのシェアードサービスセンターは、プラハ、シンガポール、ブエノスアイレスに拠点あり、多くの日本企業様にも見学にお越しいただいております。中野は「みなさんも近くに出張の機会があれば見学いただき、受注から入金などエンドツーエンドの業務プロセス整流化や自動化の仕組み、各国法人とシェアドサービスセンターの責任と役割分担などを自社の今後のお取組みのご参考にしてください」と語ってセッションを終えました。

SAP Forum Tokyo 2015_CFORT_6