デザイン思考による顧客視点の新たな価値創造は、日本企業に何をもたらすか


ビジネスのデジタル化が急速に進む中、多くの日本企業は従来の事業領域にとらわれない変革が迫られています。そして、新しいアイデアを創出し、デジタル革命で成功を収めるための有効な手法として、いま大きな注目を集めているのが「デザインシンキング」です。2015年11月12日に開催されたSAP Forum Tokyoでは、デザインシンキングに関する豊富な知見をお持ちの3名をお招きして、デジタル革命を起こすために、日本企業に今何が求められているのかについてご意見を語っていただきました。

<パネリスト>
経済産業省 商務情報政策局 デザイン政策室長 西垣 淳子 氏
多摩大学大学院 教授 一般社団法人 Japan Innovation Network代表理事 紺野 登 氏
特定非営利活動法人 CeFIL 理事長 横塚 裕志 氏

<モデレーター>
SAPジャパン チーフ・イノベーション・オフィサー 馬場 渉
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デザインシンキングはデジタル革命に対応する有力な手法

セッションの開始にあたって挨拶に立ったSAPジャパンの馬場は、「デザインシンキングとは、すなわち感受性の問題です」と切り出しました。世界のCEOを対象に実施したある認識調査では、全体の90%がデジタル経済は今後のビジネスに破壊的な変革をもたらすと答えています。しかし日本の経営者のみに絞ってみると、こうした危機感を持っているのは全体のわずか10%に過ぎず、グローバルと比較して日本企業はいまだ認識以前の状態にあることを示しています。

「世界で今何が起きているか、自分たちがどう行動しなくてはならないのかを読み取る感受性が必要であり、こうした意識を育むとともに有効な対応策やビジネスモデルを戦略として具現化していく上で有効なツールがデザインシンキングだといえます」(馬場)

続いて「国際競争力強化のためのデザイン思考を取り入れた経営」と題して、最初に講演に立った西垣氏は、「デザインシンキングにおける『デザイン』という言葉は、いわゆるモノの意匠だけではない、世の中全体を変革していくという広い意味でとらえたいと思います」と語ります。このことからも、デザインシンキングを実践するにあたっては、自社の製品やシステムデザインだけではなく、組織デザインや各人の経験値なども含めた総合的な視点を持つ必要があることがわかります。

実践の具体的なプロセスとしては、まず「ユーザー視点での問題理解」があります。これまでの日本のものづくりは「シーズオリエンテッド=技術志向」でしたが、現在は「市場オリエンテッド」、すなわち「何ができるか」ではなく顧客が何を求めているかが起点となると西垣氏は言います。

「そのニーズを製品に結びつけるだけのデジタル技術が、すでに存在しています。そうしたテクノロジーを原動力に、ユーザー視点でモノやサービスを考えて市場に送り出さなくてはなりません。また1つだけでなく多様な選択肢を出さないと新しい問題は解決できないし、そのアイデアを可視化して社内の共通理解を得ることが大切です。これら一連のエコシステムを作り上げるのが、デザインシンキングを導入する上での要です」

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イノベーションが日常的に起こるエコシステムを築こう

次いで「イノベーションが『日常』になる時代の目的論」と題して登壇した紺野氏は、「イノベーション経営の時代が来ているということを改めて申し上げたい」と強調します。この新しい時代の中で、従来とはまったく違った知の方法論が必要になってきており、その1つがデザインシンキングだといいます。

そうしたイノベーション経営をすでに実践しているグローバル企業の1つとして、紺野氏はフィンランドの製紙会社であるUPMキュンメネ社を挙げます。同社はデジタライゼーションの拡がりで紙の需要が減り、製紙各社が事業転換を模索する中でバイオマテリアルに活路を見いだして成功を収めています。また世界最大の産業ガスメーカーであるエア・リキード社は、イノベーションは自社に対する投資だと明確に位置付け、専任部門が他の産業領域にまたがるイノベーションを探っています。紺野氏は、このようにグローバルの大企業が続々とイノベーションに取り組む中で、日本企業も傍観しているわけにはいかないと訴えます。

「取り組みにはトップダウンでの牽引力も必要ですが、それだけだと社長が変われば止まってしまう可能性もある。組織として取り組みが継続される仕組みを作り、さらにその仕組みが日常に埋め込まれてイノベーションが不断に起こるエコシステムを構築しなくてはなりません」。

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押し寄せるデジタルの変化に経営者は危機感を持つべき

3番目に登壇した横塚氏は、「デジタルビジネス革命に対する日本企業の危機感」と題して講演し、日本の経営者は、押し寄せるデジタル化とその変化に対してより強く危機を感じるべきだと主張します。

同氏はデジタルビジネス革命の特徴として、①事業領域も国境も超える「ボーダーレス」、②「サービス」、③「情報の非対称性の崩壊」、の3つを挙げます。ある大手自動車メーカーは「自分たちは自動車を作る会社ではなく、お客様が移動をするためのサポートを提供する企業になる」と宣言しています。またある大手銀行は、「お客様は銀行の機能は必要とするが、銀行という組織を必要としているわけではない」と言っています。このように、市場のニーズはモノからサービスへと大きく転換しているのです。

「また情報の非対称性というのは、20世紀までは企業側が情報を持っていて、顧客は情報を持っていなかった。それが現在は顧客の方が情報を持っていて、単純に性能や機能を上げても買ってもらえず、顧客の望むものを作らないと売れないという状況になっています」

こうした「お客様視点での製品づくり」と、その実現に向けた「テクノロジーの活用」をどう進めるかというデザインシンキングに加え、ロジカルシンキングも重要だと横塚氏は付け加えます。

「このロジカル思考も日本企業が苦手とするところですが、ロジックをしっかりすることでチャレンジや失敗なども組織の中で共有できるようになります。そうやって企業全体のカルチャーを変えていくことが、イノベーションには不可欠なのです」

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イノベーションに向けて組織を動かす議論の場が必要

セッション後半は、講演者の皆さんによるパネルディスカッションが行われました。モデレーターを務める馬場の「デジタルビジネス革命の必要性が、なぜいまだに理解されないのか」との問いに対して、西垣氏は「経営者自身が現在自分の視野に入っているものだけでなく、入っていないものに対する感受性を持ちうるかが関わってくる」と示唆。また紺野氏は「いまだにデジタルのもたらす大変動を、自分のこととしてとらえていない経営者が多い。そういう意識のあり方自体が大きな原因になっています」と指摘します。

こうした現状を踏まえ、3人の講演者は口をそろえて「危機感の重要性」を主張します。なかでも横塚氏は、危機感を持つことがイノベーションへの最初のステップになると言います。

「きっかけは競合の出現でも経営者自身の気づきでも良いのですが、いずれにせよ、じっと待っていて気づくことはありえません。まず社内のいろいろな人間がこれではまずい、変えなくてはという意見を出して、危機感を共有していくことが必要です」

また危機感は取り組みへのトリガーにはなりますが、それだけでは組織は動きません。危機感を受けて、組織を動かすための議論の場を経営者が設けることが大切だと横塚氏は付け加えます。これに対して西垣氏も「経済産業省として、そうした危機意識の共有の場を積極的に設けている」と明かします。

ディスカッションの締めくくりにあたって馬場は、SAP 自身もそうした危機意識を原動力に組織改革を進めてきたと語り、今後もイノベーション=デザインシンキングに取り組む日本の企業に積極的なサポートを提供していきたいと表明し、セッションを終えました。