「能動的CFO」が切り開いた業界の変化


2016年3月8日、日本CFO協会の主催による「エグゼクティブ・フォーラム特別号」が開催されました。本連載では3回にわたり、当日の内容をダイジェストでお伝えします。第1回目は、元武田薬品工業株式会社 コーポレートオフィサー経理部長/EY税理士法人 シニアアドバイザーを務める高原宏氏による基調講演「事業展開とガバナンスのグローバル化に伴うCFOの課題」についてご紹介します。

医薬品市場のパラダイムシフトが経営の変革を迫る

Takahara-samaグローバル化やパラダイムシフトなど、業界全体を揺るがす大きな変化が起こったときに、CFOの立場だからこそできる自社への貢献とは何か、そして「能動的CFO」となるためには何が必要なのか。武田薬品工業株式会社(以下、武田薬品工業)で財務責任者を10年間務めた高原氏が、自身の実体験を振り返りながら、これからのCFOへの展望を語りました。

高原氏が武田薬品工業に在任した2003年~2013年は、医薬品業界において大きなパラダイムシフトがあったと言います。

「最も深刻な変化となったのは、それまで業界全体の大きな収益源だった低分子医薬品の特許が軒並み切れた『2010年問題』です。次の柱となるバイオ医薬品の研究開発には大きなコストと時間がかかり、安価なジェネリック医薬品が競合製品になりました。行政の安全性に対する承認もハードルも高まる一方で、私たちは新たな戦略を立てる必要がありました」(高原氏)

また事業展開のグローバル化という視点では、マーケット成長の軸が先進国から新興国へ移っているという事実があります。高原氏は「この先も成長を続けるためには、とにかく新興国マーケットに対する施策が必要でした」と振り返ります。

こうした変化は国内の医薬品産業にかげりをもたらし、武田薬品工業も主力品の売り上げが大きく落ち込みました。加えて、買収・導入品の増加による原価率のアップや、バイオ医薬品開発に伴うR&D費用が10年間で倍増するなど、医薬品市場のパラダイムシフトは同社の経営環境に変革を迫る大きなきっかけとなりました。

財務責任者としての立場から積極的な改善策を実施

大きな環境変化のさなかで経理部長に就任した高原氏は、来る2010年問題へ対応するための戦略的施策として、以下のような改善策を実施しました。

①資本効率とキャッシュマネジメントの改善・強化

当時、武田薬品工業は無借金経営で国内の称賛を集めていました。しかしグローバルからは、「借り入れによるレバレッジ効果は活用しないのか」「ROE(株主資本利益率)に対する改善努力をなぜ払わないのか」と再三たずねられたと言います。

「そこで、3年間で6,200億円の自社株買いを実施しました。同時に配当性向を、グローバル医薬品企業の標準的数値まで引き上げたのです」(高原氏)

キャッシュマネジメント面でも、バランスシートをスリム化して運転資本月数を欧米製薬大手並みに圧縮するなど、経営基準をグローバルに合わせるための改革を行いました。0308CFO_EF01_01

②成長戦略としてのM&Aによるグローバル競争への対応

高原氏は、2010年問題などへの対応策の1つとして、積極的な戦略投資を経営トップに提言。M&Aの実施に向け、武田薬品工業としては30年ぶりに5,400億円の借入れを行い、2006年にミレニアム社、2011年にはナイコメッド社を買収しました。

「適正価格での買収や買い取り価格の限度設定など、利益やキャッシュに対する責任を持つCFOの立場で取り組むべきことは多岐にわたりました。また、M&Aが経営課題に即したソリューションとして機能するかというシナジー効果を正確に算定しなければなりません」(高原氏)

③継続的成長のための取り組み

M&Aを続けつつ成長を維持していくためには、強力で効率的なオペレーティングモデルの再構築が必要です。そこで高原氏はPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)の一環として、「プロジェクトサミット」と呼ばれる取り組みを提唱。グローバル規模で自社グループの組織を効率的なモデルに作り変え、2017年度の中核利益(core earnings)の目標を、欧米グローバル企業レベルの達成点にすえました。0308CFO_EF01_02

高原氏はこの他にも、IFRSの任意適用や連結実効税率の改善、移転価格更生への対応など、自社会計・財務のグローバル化における課題への取り組みを積極的に推進していきました。

組織の再編を行い、会計領域を統合したグローバル基準の管理を実現

高原氏の行った改革の中でも大きな成果の1つが、会計領域におけるマネジメントサイクルの一本化でした。

「それまでは財務会計、資金会計、税務会計は経理部。管理会計的な部分は事業戦略部に分かれていました。しかし欧米企業は、これらすべてがITシステムも含めCFOの組織の中に統合されています」(高原氏)

海外の従業員からも組織のあり方についての声が寄せられ、将来的にM&Aを推進していく上でファイナンス部門の統合は必須課題であると判断した高原氏は、これを実行して新たに経営管理部を誕生させました。

「これによって、4つの会計領域の統合管理が実現しました。またこの結果、部門ごとに分かれていたマネジメントのPDCAサイクルが統合されたのも大きな収穫でした」(高原氏)0308CFO_EF01_03

ROEの重視と税務マネジメントの中央集権化が課題

高原氏は、コーポレートガバナンス改革のためにCFOが行うべきいくつかの重要施策を示します。

①コーポレートガバナンスのグローバル化

ガバナンスのグローバル化を進める上で注目ポイントとなるのは、外国人持株比率の向上です。日本企業の外国人持株比率は2014年度末で3割を超え、取引高で見ると70%近い割合を占めています。これを背景に、議決権行使助言会社が目標ROEを達成しない経営トップの不再任を打ち出し、国内の投資家のROEへの関心も急速に高まっています。

「これまで日本の企業は営業利益や計上利益を中心に考えていました。それがROEに対する関心の増加で、一挙に純利益という概念に焦点が移りました」(高原氏)

②CFO視点から見た税務マネジメントと克服課題

税務マネジメントには、リスクマネジメントとコストマネジメントの2つの面が含まれています。日本では従来、リスクマネジメントだけに重点が置かれていました。またM&A実施後も、税務管理は現地任せの企業が少なくありません。

さらに経済産業省の報告書によれば、欧米企業に比べてヘッドクォーターの税務担当者が10名未満の企業が全体の63%に上るのも日本独特の問題です。

「欧米企業と比べると、おそらく10分の1に満たない人数です。同社内の財務会計や管理会計、資金会計と比較しても、数分の1程度の人数がほとんどです」(高原氏)

このガラパゴス化した税務体制の解決策として高原氏は、①リスクマネジメントとコストマネジメントの両立 ②税務管理体制のヘッドクォーター中央集権化 ③ヘッドクォーターの税務人員の強化および外部エキスパートによる支援を挙げ、また業務システムの標準化も考えなければならないとして、「この後のカルヴァリャウさんの講演でも語られると思いますが、グローバル展開を推進するにはシステムの統合が必要です。加えて、業務基準書を設けるなどの措置を徹底しなければなりません」と語ります。0308CFO_EF01_04

実務を通じて胆力を養い、トップに提言できる「能動的CFO」に

最後に高原氏は、これからのCFOに期待される能力として、特に重要な3つの項目を挙げました。

すべての会計領域をカバーする知識と経験

理想的には4つの会計領域すべてを経験すべきで、できなければ進んで勉強する姿勢が必要。また海外勤務やダイバーシティといったグローバルレベルでの新たな経験も不可欠と言います。

経営トップへの説明能力

昔と比較して、会計業務が極端に難しくなっていると高原氏は指摘します。

「この難しい領域を、経営トップにできるだけシンプルに説明できる能力が必要。これは、外国人に対応するマネジメントとしても非常に重要です」(高原氏)

③戦略的な提言を行える能動性

従来の経理部長は決算や税務申告が主な仕事だったが、今後は戦略的に数字を良い方向に導いていくための提言を行える能動性が期待されていると言及されました。0308CFO_EF01_05

また高原氏は「公私の別と、実務を通じて胆力を練る」という言葉を挙げ、CFOとして遵守すべきモラルと、さまざまな実務経験を通じてみずから成長することの重要さを改めて強調します。

「私が経理部長だった当時、これだけは自分が発言しなくてはと決めていたことがあります。それは『公私の別が乱れているとき』、『事業部門が粉飾的な行為を強要しているとき』。もう1つは、『トップに対して戦略的な提言が必要なとき』です。これらをためらうことなく実行するにはやはり胆力が必要であり、それは実務を通じて養われていくものだと思います」と語り、講演を締めくくりました。

次回は、第2回として、SAPジャパン株式会社 代表取締役最高財務責任者のアレシャンドレ・カルヴァリャウによる事例紹介「SAPのグローバル成長を支えるファイナンス組織とその変革の軌跡」の講演内容をご紹介します。

続く第3回には、高原氏にパネリストとしてご登壇いただいたパネルディスカッション:「海外成長戦略を支えるグループ経営管理体制の強化」の内容をご紹介します。

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