経済産業省とアニメーション監督が描く未来の素材とは


日本の素材業界では、国や企業の先進的な取り組みにより、日夜新素材の開発が進められています。そうして生まれる素材をこれから活用していくためにはどのような発想が必要なのか、そのヒントを探るセッションが、7月29日のSAP Select内、プロセス業界向けトラックで行われました。【「日本の素材産業が飛躍する鍵は『発想力にあり』」~『あったらいいな』が実現する新しいビジネスの可能性】と題して、登壇者たちが業界の違いを超えて活発に意見を交わしたパネルディスカッションの様子をご紹介します。

異色の顔合わせで「素材産業の未来」を描く

日本の素材産業のブレイクスルーを探る今回のセッションは、パネラーに経済産業省 製造産業局 素材産業課 課長の茂木正氏と、アニメーション監督であるヤマサキ オサム氏を迎えて行われました。
モデレーターを務めたSAPジャパン バイスプレジデント プロセス産業統括本部長 宮田伸一は、「茂木さんとは素材産業の競争力強化のために情報交換を続けてきており、今回のセッションでも提言をお願いしました。また、素材産業はエンドユーザーからの距離が遠いため、ユーザーのニーズに対する想像力が強く求められる世界です。そこで、クリエイティブな分野から発想力のヒントを伺えればと、アニメーション監督のヤマサキさんにお越しいただきました」と、今回の顔合わせの背景を語ります。ヤマサキ氏は、アニメーション監督の他にもプロデューサー、演出家、講師など幅広く活躍し、30年以上にわたり劇場版映画やテレビアニメなど数多くの作品を手がけてきたクリエイターです。

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必要なのは立場にとらわれない価値創造

ディスカッションに先だち、茂木氏から経済産業省による取り組みについて発表が行われました。「素材産業課では、カーボンナノチューブなど、多くの最先端素材を生かすさまざまな機会を作るため、広い視野での取り組みを進めています。その中でユーザー産業の担当者と話をするうちに、素材産業側から新しい未来を創造するヒントを提供すべきではないかと考えるようになりました」

従来の素材産業では、開発した新素材の機能や利点について、いかにユーザーやメーカーに知ってもらうかに主眼が置かれてきました。しかし、ユーザーのニーズが多様化し、製品やサービスへの要求も急速に複雑化する中で、素材産業にも変化が求められています。最も特徴的なのは、素材やテクノロジーを組み合わせ、1つの機能として提案する想像力が必要になったことだと茂木氏は示唆します。

たとえば従来の自動車産業では、鉄・アルミ・樹脂などさまざまな素材によって作られる製品の付加価値は、自動車メーカーが独自に組み合わせを工夫して生み出してきました。
「しかし自動車メーカーからは、新たな素材の組み合わせ方や、新しい機能を使ったアイデアを、素材産業側にも一緒になって考えて欲しいという声が挙がってきています」(茂木氏)

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この想像力が特に重要な役割を担うのが「未来の素材」の分野です。利用するユーザーやメーカーにとって未知数である新しい素材こそ、素材メーカーが展開の可能性や新しい価値の提案を行うべきだと茂木氏は説明し、そのアイデアが競争力の向上につながることを強調しました。
「たとえば外部からの太陽光のエネルギーを制御する材料を利用して、室内のエアコンを不要にする窓が作れます。有機・無機ハイブリッド材料からは瞬発力と高出力を兼ね備えた人工筋肉を開発するなど、素材としての特性が明確になれば、その先の使い道やニーズもおのずと見えてきます。このような発想を常に念頭に置いて取り組むことが不可欠です」
経済産業省では2016年度から「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」を立ち上げ、創造力のスピードアップと基盤技術の底上げに向けた取り組みを開始しています。

 

映像作品制作にも共通するデザインシンキングの発想法

茂木氏の発表を受けた宮田は、欧米の先行事例を紹介しながら、素材メーカーと各分野のメーカーが一体となったアイデア創出の重要性を指摘。その具体的な手法として、SAPがかねてから提唱しているデザインシンキングの有効性を語ります。
「デザインシンキングによる新製品開発のプロセスは、従来のような素材やテクノロジーではなく、ユーザーの要求を探る = 課題解決が起点となります。そして開発が始まってからも、常にユーザーに目を配り、その反応をアイデアの改善につなげていくことが、最終的な成果につながるのです」

ヤマサキ氏は、この手法がハリウッドの映像作品の制作プロセスと非常に似ていることを指摘します。ハリウッド作品は企画の段階で仮ムービーが作られ、ユーザーの反応を確認する期間が設けられます。その結果をもとに、よりユーザーの要求に沿った修正が行われます。
「その結果、作品に合わないとなれば、監督でもシナリオライターでもためらわずに交代させていきます。このようにプロトタイプの段階でユーザーの意見や要望を作品へ徹底的に反映させ、世界レベルのニーズに応えられる水準まで詰めた後に本番製作に入る点は、デザインシンキングの考え方に非常に近いと感じます」

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さらにヤマサキ氏は、空想のストーリーを創る場合でも、現実の技術の進歩によってクリエイターの発想が大きな影響を受けることを明かします。たとえば同氏の監督作品「タイムトラベル少女」では、主人公たちが過去の時代にタイムスリップする際、「物質転送」が重要なストーリーの仕掛けになっています。
「この作品は、人間そのものが時空を超えて移動するという設定ですが、海外では製品を運ぶ際にデータのみを転送して、実際の製品は3Dプリンターによって現地で出力してしまう取り組みがすでに行われていると聞いて驚きました。現実の技術の進歩から刺激を受けて、空想の話を作る私たちの想像力もまた変化していきます」

さまざまな人と思考を共有しながら未来を創造しよう

ヤマサキ氏の「現実の技術の進歩が、発想にも変化を及ぼす」という発言を受け、茂木氏は今までとは異なった思考回路が開く可能性について期待を語ります。
「素材の特性から考えてしまうと、どうしても思考の方向性が限られてしまいます。しかし、素材の持つ機能の部分に刺激を受けたクリエイターの方ならば、違う未来を想像するのではないでしょうか。多彩な分野の方々とやわらかい思考を共有していくことで、ユーザー産業への未来提案の力も育っていくのではないかと考えています」
加えて、常にエンドユーザーに気を配り、積極的な情報収集とニーズの推測を行うことが必要だと茂木氏は強調しました。

一方ヤマサキ氏は、ユーザーが欲しいというものではなく、「これなら欲しい」と反応させる新しいものを提案することも必要だと語ります。
「現代に生きる私たちの多くは、必要なものはすでに持っており、足りないと感じるものはあまりないのだと思います。しかし私自身、以前はインターネットを利用するにはPCで十分だと思っていましたが、iPhoneが登場してPCと同じことが小さな端末1つでできるということを映像で見た時、この製品は確かに欲しいなと感じました」

これに対して茂木氏も、「素材の持つ技術や可能性を、プレゼンテーションの仕方も含めてどのように表現していけるかが重要だと感じます。今後も、クリエイティブな発想をする方々と接点を持つことで、新しい発想やブレイクスルーのヒントが見つかるかもしれません」と応じるなど、素材の未来の可能性について活発な意見交流が行われ、セッションはにぎやかに幕を閉じました。

SAP Select/Forum 2016に関する記事はこちらから御覧いただけます
https://www.sapjp.com/blog/archives/m_tag/sap-selectforum-2016