イノベーションの実践
〜人を動かす、会社を動かす、ビジネスを変える〜
眼前に立ちはだかる障壁を乗り越えるために何をすべきか


企業の持続的な成長や国際競争力の向上にはイノベーションが不可欠ですが、いざ実践しようと思ってもさまざまなハードルに直面します。「本当にうまくいくのか?」という疑念をクリアするまでは周囲からの風当たりも少なくない中、果敢に挑戦し、成果を挙げている事例も現れています。2016年7月28日に東京・品川のグランドプリンスホテル新高輪で開催されたビジネスエグゼクティブイベント「SAP SELECT」の特別講演では、コニカミノルタ、近畿大学、SAPジャパンの取り組みを中心に、イノベーションの極意について意見交換が行われました。

3社3様のイノベーションアプローチ

講演のモデレーターを務めたフリーランスジャーナリストの大西康之氏は冒頭でイノベーションの定義について触れました。「日本では『インベンション』と『イノベーション』が区別されていないように思える。インベンションはノーベル賞を取るような基礎的研究で、一方のイノベーションはそれを利用して世の中を変える仕組みにすること」と説明した上で、世の中を変えるイノベーションを実践している事例として、近畿大学(以下、近大)、コニカミノルタ、SAPジャパンの3社を紹介しました。

古くからある固定概念をぶっ壊す近大流イノベーション

近大は、完全養殖から販売まで手掛ける「近大マグロ」をはじめ、2016年には土用の丑の日をターゲットに「ウナギ風味のナマズ」を商品化するなど、非常に注目を集めています。2014年度には「志願者数日本一」を達成し、以降も2年連続でトップを維持しています。広報部部長を務める世耕石弘氏は、こうしたイノベーションを起こせる土壌は、独創的な研究を社会に活かし、しかも収益を上げるという「実学教育」を中心とした建学の精神まで遡ると語ります。

「1925年の大学設立当初は、研究をカネ儲けに結びつけるとは神聖な学問への冒涜ではないかといった批判もあったようです。しかしそれは官立大学の発想であり、国に頼ることができない我々私大は、自らの足で立っていくしかありません。時代が変わって産学連携で大学にも利益追求が求められるようになった今、91年前の創立時に近大が掲げた実学の精神が大学のスタンダードになりつつあります」

変革に力を入れる背景には、18歳人口の減少もあります。1992年に205万人だった18歳人口は、年々減少を続けており、2031年には99万人になると言われています。「今はどの大学も学力の高い学生をいかに集めるかが課題で、我々も『入れ替えなきリーグ戦』にさらされている状況です」(世耕氏)

その中で実践しているのが「広報ファースト」です。近大マグロをはじめとする養殖技術の市場展開の1つとして、東京・銀座と大阪・梅田に日本初の大学直営の養殖魚専門料理店をオープン。また、2014年度入試からは紙の願書を廃止してインターネットの「エコ出願」を大学で初めて開始。その他、授業で使用するすべての教科書をAmazonで購入できるようにしたり、学生証にVISAのプリペイド機能を付けてキャッシュレスで買い物ができるようにしたり、研究費の寄付をクラウドファンディングで集める仕組みを作ったりと、積極的な仕掛けによって存在をアピールしています。世耕氏は「攻めの広報が目指すのは、古くからある固定概念をぶっ壊すことです。すでに成功したものでさえぶっ壊して新しいことにチャレンジする。そうした精神でイノベーションに取り組んでいます」と語りました。

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世界5極に新規事業創出の専門組織を設立、コニカミノルタの変革とは

コニカミノルタの市村氏は、同社が取り組んでいるイノベーションについて説明しました。同社は、当時2,684億円(2006年3月)の売上があったフォト事業、カメラ事業を終了。その後はこれまで培った技術をベースに、情報機器や産業用光学システムなどに注力するデジタルトランスフォーメーション戦略を進めた結果、現在では1兆円規模を売り上げるまでに回復を果たしています。2014年にはコニカミノルタ自身が、お客様のビジネスイノベーションを支援する「ビジネスイノベーションセンター(BIC)」を新設し、世界5極で展開しています。

「BICの設立目的は、市場・顧客に密着した新たな商材・サービスを開発するエンジンを作ることです。そのエンジンを回して現在は約100のプロジェクトが動いていますが、新規事業を作りながら既存事業の優秀な人材をBICの事業に引き入れたり、BICで育てた人材を既存事業に送り込んだりしながら、新たな企業文化の醸成と人材育成を進めています」

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オープンコラボレーションと情熱が生み出した新たなサービス:SAPジャパン

一方、SAPジャパンはスマートフォンを震度計代わりに使うことで「建物」単位の震度を取得し分析することのできる、これまでにない粒度の地震観測ネットワークを白山工業とのオープンイノベーションによって実現したことを発表しました。共同開発したスマートフォンアプリ「my震度」は、近々App Storeで無償配布を開始する予定です。これは、アプリで計測したデータをSAP HANA Cloud Platform上に構築した分析システムに飛ばし、「建物単位」の揺れ方の解析・予測を可能にするものです。このイノベーションはSAP社内の公募によって生まれ、地震計のトップメーカーである白山工業の協力により実現に至っています。

「最後の最後は、情熱がものを動かしました。アイデアを出した担当者が白山工業の吉田社長に手紙を出し、高額な自社の震度計が売れなくなってしまう可能性もある中で、白山工業は地震関連のビジネスを進化させるために協力に応じてくれました。世界一の地震大国である日本が強力な防災技術を確立し、多くの企業とオープンイノベーションが実現すれば、世界に通用するサービスが実現するはずです」(SAPジャパン社長の福田譲)

これを受けて大西氏は「何でも知的財産でがんじがらめにして、自社だけを守っているだけでは新しい発想は出てきません。その意味ではオープンイノベーションは非常に有効ではないでしょうか」と述べました。

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イノベーションを生み出す秘訣は「トップの強い意思」、「Fail Fast」そして「具体的な方法論」

次に「イノベーションを生み出すアイデア」について、大西氏はそれぞれに意見を求めました。

近大の世耕氏は「『必ずやり遂げる』という総長の姿勢にありました」と説明します。近大がマグロの養殖を始めたのは1970年代のこと。世間から「成功するわけがない」といわれ、手掛かりのない中から、研究を積み重ねた結果、成功に結びつけることができました。

「30年以上も続けられたのは、私立大学だったからかもしれません。学部単位で動く国立大学と比べて、近大は総長をトップとするガバナンスが効いているので、強い意志を持ってやることができたと思います」

コニカミノルタの市村氏は、同社のビジネスイノベーションセンター(BIC)が、従来と全く異なる発想から生まれたことを明らかにしました。

「取締役会のプレゼンで私は最初に『たくさん失敗します』と宣言しました。これが 『Fail Fast(フェイルファスト)』の考え方です。失敗するなら早く失敗することで、ノウハウを蓄積し、次のチャレンジに続けることが狙いです」(市村氏)

BICで進行している100近くのプログラムのオーナーは社長が務め、サービス事業の展開プロセスは、営業、IT部門、総務問わずマルチタッチで議論しているといいます。また、オープンイノベーションを推進するため、外部のスタートアップやベンチャーキャピタル、アクセラレーター、政府、研究所などを巻き込みながら組織全体で議論しています。「企業は今や1つの技術で勝てる時代ではありません。社内外とオープンに連携しなければなりませんし、今は技術だけでなくモデルとプロセスも自分たちで作らなければいけない時代なので、技術者にそのあたりのロジックを理解してもらうようにしています」(市村氏)

一方、SAPではアイデアを生み出すため「デザインシンキング」を全社で活用しています。新たな発想の実例として福田は、病院で検査に使われるMRIを挙げました。子供たちが暗くて狭く、大きな音を立てる筒型の装置に入れられることを怖がって検査が進まないため、多くの子供に麻酔鎮静剤が投与されていました。そこで子供の視点に発想を転換し、MRI装置を船のようにペイント。「冒険に行こう!」とすれば、暗さも音も冒険を盛り上げる要素となり、2/3の子供に麻酔鎮静剤の投与が必要だったある病院では、投与率が5%まで激減したといいます。

「このように従来の思い込みを排除し、物事を真っ白な視点から観察し、共感することがデザインシンキングでは重要です。そのためにはFail Fast、Fail Oftenも大事な要素となります。SAPの経営陣はデザインシンキングをSAPの企業文化の中核に据えることを5年前に決定し、数十名のスペシャリストを採用して全社員への教育を行っています。お客様との関わり方や提案内容のほか、どうやったら残業を減らせるかといった身近な業務課題にも適用を進めています。イノベーションを生み出すには?という質問への私の答えは、『新しい物を生み出す具体的な方法論やフレームワークを持つこと』です」(福田)

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イノベーターには周囲との軋轢がつきもの、周囲を巻き込む手法とは

イノベーションを起こす場合、建前はどうあれ実際は変化を嫌う人も多く、周囲との軋轢がつきものです。大西氏は「どうやって乗り越えているのか」と各社に問いかけました。

近大の世耕氏は「あらかじめ批判内容を想定しておくが、軸はぶらさないこと」と答えました。教授、職員など1万人を抱える近大は研究分野も多岐にわたり、あらゆる角度から意見が寄せられますが、批判を想定しながらも終着点には常に成功を描いておくといいます。各種広報戦略がメディアで取り上げられ、出願数も増えた結果、否定の声も小さくなっています。

コニカミノルタの市村氏は、周囲を巻き込む方法として、社員に新規事業を「自分のこととして考える」よう働きかけていると語ります。まずは自分でやってみることが重要であり、その中で「失敗するなら早く失敗する(Fail Fast)」ことで成果に近づいていくという考え方です。また、新規事業で社員に要求されるのは、「社会的意義、差別化要因、ビジネスの規模」のわずか3つです。さらに、スタートアップ企業に学ぶという姿勢を取り入れていることも同社の特長で、協業を通じて彼らの着眼点やスピードを取り入れ、脱「自前主義」への意識改革を進めています。

市村氏のコメントに対してSAPの福田は「Fail Fastの考え方は、デザインシンキングそのものですね。失敗することは恐れず、いかに早く、壊れてもかまわないプロトタイプを作るかが重要です。試作段階から完璧なものを意識する日本人の発想と真逆かもしれませんが、完璧なものを作るよりは簡単です」と付け加えました。さらに、新規事業が立ち上がるまでは既存事業とは切り離すことも重要と語ります。「確かに人は変化を嫌がるもの。これを否定して立ち向かうのではなく、むしろ受け入れている。既存組織とは切り離した事業運営を行うことで、変革への抵抗から切り離された世界で、新規事業が最速で立ち上がることを支援している」

最後に大西氏は全員に対して「イノベーションとは何か」と問いかけました。

近大の世耕氏は「常識をぶっ壊し、最後はめげないこと」と答え、コニカミノルタの市村氏は「たくさん失敗をしながら、教科書や参考書にない自分たちのモデルを作ること」と答えました。

福田は「本来、日本人は新しいことに組織的に挑戦することが得意な民族だと思っています。過度な自前主義から脱却する『オープンイノベーション』と、『新しい物を意図的に生み出すための具体的な方法論やフレームワークを持つこと』こそ、日本企業・日本人にとって鍵となるはずです」と強調し、70分を超すセッションは幕を閉じました。

SAP Select/Forum 2016に関する記事はこちらから御覧いただけます
https://www.sapjp.com/blog/archives/m_tag/sap-selectforum-2016