イノベーションを生む会社の経営戦略


7月28-29日にわたって開催されたSAP SELECT、SAP Forumの締めくくりとなる特別講演「イノベーションを生む会社の経営戦略」は、星空のもとキャンプ場でたき火を囲んで対話するようなセットが組まれたステージに、株式会社スノーピーク 代表取締役社長の山井太氏と、元サンリオ常務取締役で現鳩山総合研究所 代表の鳩山玲人氏を迎え、SAPジャパンのチーフ・イノベーション・オフィサーの馬場渉がモデレーターを務める形でパネルディスカッションが行われました。アウトドアとキャラクタービジネス、それぞれの世界で活躍してきた両氏が展開する話題は、満場の参加者の高い関心を集めました。

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はじめにモデレーターの馬場が取り上げたのが、「イノベーター」の定義です。
「社会課題を見据えながら常識を疑い、新しい切り口を見出し、埋もれている潜在価値を引きだして、それを事業として創造し、やりきり、進化させ、最終的に社会に驚きや感動を生み出す人」がイノベーターであり、登壇いただいたお2人はまさにバランスの良いイノベーターだと強調しました。

デジタル時代の「人間性の回復」という市場を創造

「日本の100人の革新者」にも選ばれた山井氏は、多くのユーザーに支持されるSnow Peakブランド製品を提供するアウトドアの総合メーカー、スノーピークを率いています。2011年に5万坪の広大なオートキャンプ場の敷地内に本社機能・工場・直営店を併設したSnow Peak Headquartersを建設。Snow Peakブランドの可視化を意識したHeadquartersの建設をきっかけに、業績の拡大は一段と加速し、2015年の売上高は前年比約43%アップで、年商約95億円規模(2016年12月期業績予想)のビジネスを展開するまでになっています。

他のアウトドアメーカーとの決定的な違いは、製品品質の高さと、「スノーピーカー」と呼ばれる熱狂的なコアユーザーの存在です。値段は若干高めでも、永久保証が付いたキャンプ用品を末永く使ってもらうという企業方針、スノーピークのスタッフ総出でユーザーと焚火を囲むキャンプイベント「Snow Peak Way」を通じて拡大する顧客ベースを背景に、業績は継続して右肩上がりとなっています。

自社を典型的な「市場創造型」企業と山井氏は語ります。

「アウトドアを通じて、文明に対する『人間性の回復』を提案したいと常に考えています。デジタル化が進むほど、大自然の中に自らを置いてみるといった体験を必要としている人は増えているようです。マーケットの規模を考えると、アウトドアを100とするなら、『人間性の回復』は100万にもなるはずです」

「人間性の回復」にも通じる他社との協業も活発です。マンションデベロッパーや住宅関連メーカーと共に、居住空間(日常)の中にアウトドアライフ(非日常)を取りこむ「半ソト空間」という提案を行ったり、IT企業と連携し、職場環境や会社の社員教育等にアウトドアを取り込む「アウトドアオフィス」を提案するなど精力的な活動を行っています。

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イノベーションは身近なところで起こっている

一方、鳩山玲人氏は、前職であるサンリオ常務取締役時代に、「Hello Kitty」を世界に広め、大人が携えるブランドとして開花させた立役者として知られます。現在は、自身が代表を務める鳩山総合研究所を立ち上げ、グローバル化の研究や社外アドバイザーという形で多くの企業を支援しています。

鳩山氏は身近なイノベーションの例として、「釘」の市場について言及しました。

「釘にイノベーションがあると想像する人はほとんどいませんが、このマーケットは激変しています。以前の釘は箱に入って売られており、さまざまなメーカーの製品が市場に流通していました。しかし、今は1本1本手で打つ形ではなくガンタイプの釘打ち機(ネイルガン)が主流となり、釘もシリンダータイプで供給されるようになりました。これにより小規模な釘メーカーは駆逐され、特定の大手ブランドが多くのシェアを占めるようになっています」
従来のビジネススタイルやマーケットそのものを変えてしまうようなイノベーションは、気付くか否かに関わらず、身近で起こっていることを鳩山氏は強調します。

サンリオに常務取締役として迎えられた際、鳩山氏は、主力ブランドの1つであったHello Kittyの扱いに着目しました。欧米ではレディー・ガガやパリス・ヒルトンがファッションに取り入れているのに、日本国内では子供向けのキャラクターという扱いのままでした。そこで欧米で大人を対象に展開することを鳩山氏は提案しますが、社内の反応は、「敢えてそこまでやらなくても良いのでは」という意見が主流だったといいます。このような抵抗感を抑え、アメリカ人スタッフチームを編成してローカライズするなどの努力が実を結び、最終的にHello Kittyの海外展開は大成功を収めています。

他の業種から参入した鳩山氏は、違う視点でモノを見ることで、これまでにない価値を見出しました。さらに逆風の中「会社の考えを理解はするが、合わせるわけではない」という強い意思を持って変革を進める役割を果たしました。

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現代のイノベーションにはデジタルが不可欠

次に馬場が質問したのは、人間のエモーショナルな部分に訴えてきた立場(鳩山氏)と都市生活のアンチテーゼ的な立場(山井氏)から、デジタルについてどう思うか?ということでした。

スノーピークでは、ユーザーとつながるためにSNSを積極的に活用しています。「直接顔を合わせて対話できれば良いですが、世界中のユーザーと毎日焚火を囲めるわけではありません。そこで、Facebookを通じて多くのユーザーとの接点を維持しています」と山井氏が語るとおり、ユーザーとスノーピークをつなぐ「目」や「耳」としてデジタルを活用することで、物理的、時間的な制約を超える顧客エンゲージメントを実現しています。「デジタルを含めた共感人口は私達のKPIである」と語る山井氏の言葉通り、各店舗の店長が日記を投稿するスノーピークのFacebookページは、16万8,000もの「いいね!」を獲得。同社は、以前紙媒体に掲載していた広告を一切辞め、現在はSNSを含めたデジタルでの情報発信に完全シフトしています。

さらに、18万人の会員数を有するポイントカード情報とSAPソリューションを連携し、情報活用を進める方針です。「お客様への商品提案の過程で、店舗や担当者のスキルによる格差をできるだけなくして提案の品質を高めていきたいと考えています。個々のお客様に合致した商品を必要なタイミングで提供するためのシステム活用を促進していきます」(山井氏)

鳩山氏は「見える化」という面でデジタルを評価しています。

「たとえば健康診断は、相当な部分が見える化されています。以前は難しかった歯や歯茎、内臓、脳の状態までリアルに見られるようになると、健康への意識が変わってきます。これは非常に重要なことで、企業のビジネスに置き換えてみると、以前は見ることができなかった消費者の反応がダイレクトに確認できるなどの効果があります」

一方、企業経営においてデジタルを使わない意思決定が行われていることに鳩山氏は危機感を覚えるといいます。「経営の意思決定にはスピードが要求されますが、デジタルを使えば5秒でできることを、未だに1年かけてやっている会社があります」

Jリーグの社外役員も務めている馬場も、この点に同意しました。「Jリーグの役員には多様なジャンルから人材が集まっていますが、驚くほどデジタルを知らない人も確かに存在します。デジタルイノベーションは、経営層がその価値を理解していないと進みませんが、いまや人・モノ・カネのリソース配分といった経営の意思決定は、デジタルの要素なしでは成り立たないと思います」

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新たな視点とオリジナリティで勝負する時代に

ディスカッションを締めくくる話題となった「企業経営におけるイノベーション」について、山井氏は他社との競争だけにとらわれることなく、自社の特性を打ち出すことがこれまで以上に重要だと語ります。

「これまでの資本主義経済は、イノベーティブな会社が創造したものを後発の会社が真似して、それが広まるにつれてコモディティ化するということを繰り返してきました。しかし今後は、個々のオリジナル性や企業性が問われてくる時代になります。そして、イノベーションを実現するにあたってデジタルは不可欠ですが、人の感覚とデジタルを対立概念として捉える必要はなく、五感で感じた内容とデジタルの情報の両方を活用することが重要になると考えています」

鳩山氏は、数字にすると全然見えないものが見えるようになると言う意味で、経営におけるイノベーションにはデジタルが不可欠と強調しました。

「企業競争における優位性確保やグローバル対応を考えると、デジタルな情報はむしろ経営層、つまり社長や取締役にとって不可欠な要素となります。今日と明日は同じようでいて、違う1日です。それを見逃さないよう、感度を上げていくことが重要だと思います」

まさしく現代のイノベーターと位置づけられる山井氏、鳩山氏から出されたさまざまな意見は、SAP Forumの参加者に新たな気づきやヒントを与えるものとなりました。