マクラーレン・ホンダのレーサー、ジェンソン・バトンがSAPジャパンに登場
– F1レースに起きたデジタル変革とは –


世界の先進企業の間でスポーツビジネスへの関心が高まる中、SAPではスポーツ&エンターテインメントを25番目の業種と位置付け、3年前から注力しています。その中でも、F1グランプリの名門チーム、マクラーレンとは1997年から長期的な共同技術革新パートナーシップの関係にあり、さまざまな分野でSAPのソリューションを活用してきました。今回、2016年10月9日に開催される自動車F1シリーズの日本グランプリに合わせて、マクラーレングループのマーク・ノリス氏が来日。東京のSAPジャパン本社で「F1レースに起きたデジタル変革」について講演しました。さらに、特別ゲストとしてマクラーレン・ホンダチームのレーサー、ジェンソン・バトン氏が登場し、日本グランプリにかける思いを語りました。

SAPのDNAはスポーツにあり

f1_saso

最初にSAPジャパン ソリューション統括本部 デジタルプラットフォーム・アーキテクト部の佐宗龍が、SAPとスポーツビジネスの関係を紹介しました。「SAPのDNAはスポーツにある」としてSAP創始者のディートマー・ホップがドイツのサッカークラブのホッフェンハイムの選手であったこと、ハッソ・プラットナーが現役のセイラーであることを明かし、「スポーツはSAPのテクノロジーやイノベーションを体現する大きなステージであり、世界10億人にリーチする有効な手段です」と語りました。

SAPは現在、スポーツを「チームと選手の強化」「ファンエンゲージメント」「ビジネス&ベニュー(会場)オペレーション」の3つのカテゴリーに分け、それぞれのカテゴリーにテクノロジーやソリューションを提供しています。

「チームと選手の強化」では、2014年のサッカーのワールドカップで優勝したドイツ代表チームをSAPがサポートして一躍知られるようになったことに触れ、「SAPは、SAP Match Insightsというサッカー向けのソリューションをドイツ代表チームと開発し、選手の位置情報やボールタッチの情報を取得してビッグデータを用いて分析しています」と話しました。さらに2016年7月にはサッカー欧州選手権(UEFA EURO 2016)に向けてペナルティーキックのシュート位置を分析する「SAP Penalty Insights」を開発し、分析データをPK戦の前に提供することも始めており、すでに実戦でも採用されました。

さらにSAPは、女子のプロテニス協会(WTA)もスポンサーとして後援しています。選手とボールの軌跡をトラッキングしてSAP HANA Cloud Platformにデータを蓄積し、コート脇にいるコーチのiPadに対してデータを配信。コーチはデータをリアルタイムに分析しながらコート上の選手に指示を送っているといいます。このモバイル支援システムは見やすいインターフェースが高く評価され、デザインアワードを受賞しています。

「ファンエンゲージメント」の分野では、NFL、NBA、NHL、シティ・フットボール・グループなど世界有数のチームに向けて、デジタル&ソーシャルプラットフォーム、マーチャンダイズ、チケット販売などのサービスを開発。SAP HANA Cloud Platformを活用して、各種の情報サービスを提供しています。その一例として佐宗はNBAの公式サイト上で、試合会場に足を運べないファン向けに過去の試合データや映像を提供していることを紹介しました。その他にもセイリング競技向けに過去の風のデータとレースの結果を元に、今のレース(もしくは練習)で最適なコースを導き出す機能を提供しているなど、その適用範囲は拡大を続けています。

「ビジネス&ベニューオペレーション」では、“コネクテッドスタジアム”のコンセプトのもと、IoTを活用したスタジアム管理、Wi-Fiネットワークやモバイルデバイスを用いた来場者の動線管理、駐車場の管理などにSAPのテクノロジーを使ってあらゆる状況を可視化する実証実験を、ドイツで行っています。

「スタジアムで試合が終わると、帰路を急ぐ観客の流れで混雑が発生します。そこで各サービスを使って観客のストレスを和らげると同時に、マネタイズに結びつけることを実験しています。例えば、S席の観客には50ユーロの追加料金でレジェンド選手が試合の振り返りを解説するサービスを提供しています。また、観客の駐車情報を活用すれば、自動車での来場者にはノンアルコールのコーヒーやスイーツなど、電車での来場者にはビールやソーセージをレコメンドすることも可能になります」(佐宗)

 

リアルタイムに走行データをシミュレーションしてレース中のドライバーに戦略を指示

f1_mark

続いて、マクラーレンのマーク・ノリス氏が登壇し、SAPソリューションの活用について講演しました。同氏はまずマクラーレングループについて「レースだけでなく、自動車製造、応用技術、マーケティングなどの複数の関連部門があり、自動車の設計から調達、製造、納品まですべての工程でSAPシステムを活用しています」と説明しました。F1レースについては、日本のホンダをはじめ多数のテクノロジーパートナーのエンジニアがマクラーレンのレーシングカー作りに参画。世界のサーキットでレーシングカーをアセンブリし、必要であればスペアシャーシを用意して、各グランプリ会場を転戦しているといいます。

続けてマーク氏はF1レースにおけるデータの活用について説明しました。マクラーレンでは1997年から19年間にわたるSAPとのパートナーシップの関係から、1兆件のデータをSAPシステム内に蓄積。グランプリが開催される週末には200万から400万件のデータを、SAP HANAを用いて処理してレースカーのチューニングを行っています。また、膨大な履歴データを活用してブレーキの摩擦や温度の状況を把握し、レーシングカーの開発に役立てることもしています。

興味深いのはレースのシミュレーションでのデータ活用です。マクラーレンでは、レース中に2台のレーシングカーから位置情報や、ハードウェアデータなどを取得。1秒あたり120個のシナリオを使ってSAP Predictive Analysisを用いてタイヤの交換時期などを予測しています。さらにデータはレースの戦略の立案にも利用されています。マーク氏は「サーキットを走行する2台のレーシングカーからは、レース中に100GBのデータがレース情報としてイギリスのマクラーレン・テクノロジーセンターにリアルタイムに送られ、履歴データをもとに解析が行われてチームの戦略が決定されます。そしてレースの最適なプロセスや改善点の指示をレースチームに送り、トラックでの位置取りなどをレーサーに伝達してレーシングカーの調整を行っています」と説明しました。

さらにマーク氏は、マクラーレングループで応用技術を扱うマクラーレン・アプライド・テクノロジー社について話を進めました。同社ではグループがF1レースで培った分析ノウハウを、モーターレース以外の分野に応用し、ヨットレース、サイクルレース、カヌーレースでその技術を利用しています。

「例えばカヌーレースの場合は、カヌー本体やパドルにSIMカードを埋め込み、その情報をリアルタイムに取得して、アスリートの座り方、漕ぎ方を分析しています。サイクルレースについても同様で、座席、ペダル、サドルのすべてにSIMカードを取り付けて約120万のデータを分析していますし、車椅子ラグビーでも競技者がぶつかり合う時の衝撃度を分析しています」(マーク氏)応用範囲は医療やヘルスケアの分野にも拡大し、ぜんそく用の吸入薬の適量コントロール、病院内の患者のモニタリング、救急車内で処置した情報のICUへの転送などに採用されていることをマーク氏は説明し、F1で培ったセンサーとデータの活用ノウハウを役立てていることを付け加えました。

F1通算300戦の出走を果たした「鉄人」ジェンソン・バトン氏が登場

f1_jenson

マーク氏の講演の後には、ジェンソン・バトン氏が登場し、レーサー側から見たデータ活用についてマーク氏と会話を交わしました。バトン氏は「レースがある週末にはシミュレーションシステムで実際に走るレースコースを仮想的に走行してみて実際の走行でどのようなチューニングを行うかを考えています。特に鈴鹿の場合は2コーナーから8コーナーまでが難所となるため、車を安定させるための練習をシミュレーション上で行います。サーキットの状況は常に変わっていくため、自分のスタイルにレースカーを合わせていく作業は興奮します」と語りました。また、レーシングカーの進化やレギュレーションの変化にも触れ「来年になるとレーシングカーは今より数秒は速くなり、レギュレーションの変化で大きなタイヤも使えるようになります。するとグリップも高まり、ダウンフォースも上昇し、コーナースピードも速くなります。重力もさらに上がるためドライバーはフィットネスレベルを高めなければならないでしょう」と付け加えました。

来日初日から忙しく各所を回ってきたバトン氏は、改めて日本の印象を尋ねられると、「東京が好き。礼儀正しい日本人が好き。和食も景色も日本文化も好き」と笑顔で語り、「熱狂的な声援を送ってくれる日本のファンのために、F1鈴鹿グランプリではベストを尽くしたい」と意気込みを述べました。

また、前週のマレーシアグランプリでF1通算300戦の出走を果たし、前人未踏の記録に達したことについて質問されると、「2000年のデビューから休むことなくレースに出場し続け、17年目の36歳で過去2人しか達成していない大記録に到達できたことは、すばらしい経験になりました」と感慨深く語りました。

最後にマーク氏が、バトン氏が来年のF1レースには参加しないと表明していることに触れて「来年は寂しくなる」と語りかけると、「8歳の頃から車に関わり、19歳からF1の車に乗っているので、時速360キロのエンジン音は自分にとって安らぎを与えてくれる存在です。それが聞けなくなくなるのは確かに寂しいものの、F1以外の人生にも興味があるので、来年1年間はトライアスロン、サイクリング、ランニング、水泳など、レース以外の分野に挑戦し、楽しんでみたいと思います」と語って対談を終えました。

f1_q__a