総合商社の業態変革と収益・リスク管理の変遷に於けるCFOの役割


2017年3月8日に開催されたセミナー「SAP Finance Day デジタルエコノミー時代に求められるファイナンスの展望」は、三菱商事株式会社で2013年から2016年まで代表取締役常務執行役員CFOを務めた、顧問の内野州馬氏によるゲスト基調講演で幕を開けました。内野氏は、長い歴史の中で総合商社の業態がどのように変化し、それに伴って生じるビジネスリスクもどう変化したか、そしてそれをどのようにマネジメントしてきたかについて、具体的な数字や手法を交えて語りました。

2000年代初めに“何か”が起きた

まず内野氏は、ここ30年ほどの三菱商事の連結純利益の推移を表すグラフを示しました。1980年代から1990年代は平均300~400億円でしたが、直近の十数年は平均3,000~4,000億円になっています。「30年間の前半と後半で、連結純利益が急に1ケタ変わっています。同じビジネスモデルを続けていては起こりえないこと。1990年代から2000年代初めごろに、“何か”が起きたことを表しています」と内野氏は話します。

これがまさに、業態の変革だったのです。「“川上”の、原料の採鉱や生産、素材の製造、加工から、“川下”の小売へという、一連のバリューチェーンの中で、かつての総合商社は、仲介トレーディングや仲介卸売りを担う『ミドルマン(中間業者)』でした。それが今は、権益保有や事業投資に変化している。つまり、卸売りから事業投資へ、自らの任務を変えてきたのです。バリューチェーンを川に例えると、以前は川岸に立って釣り糸を川の中へ垂れていたのが、今は自ら川に入り、流れの速さやよどみの場所、温度を実感するようになったと言えます」

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こうした業態の変化は、バランスシートにも表れています。

1989年度末の三菱商事のバランスシートを見ると、総資産が約11.7兆円で、資産の部は、流動資産が8.1兆円。これは売掛債権や商品在庫が中心でした。そして、商品の運送手段や倉庫などを中心とした投資・固定資産が3.6兆円です。一方、負債の部は、短期借入やコマーシャルペーパーを中心とした有利子負債が、流動資産とほぼ同じくらいの8兆円でした。「この時の流動資産が抱えるリスクプロファイルは、『売った債権を回収できるのか』という信用リスク、貸し倒れリスクが中心で、貸倒率は1%以下。発生するリスクは非常に低かった。株主資本は7,000億円で、デット・エクイティ(D/E)レシオは10倍を超えていたにもかかわらず、リスクプロファイルが低いということでトリプルAの高格付けを維持していました」と内野氏は説明します。

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業態の変化でリスクも多様化

一方、直近2015年度末のバランスシートを見ると、流動資産は6.5兆円に減っています。中身は引き続き売掛債権が中心です。その一方で、投資・固定資産は2倍以上の8.4兆円に大きく増えています。商品の運送手段や倉庫に代わって増えたのが、事業投資、投資性の資産です。調達側は、有利子負債が6兆円に減っていることに加え、その中身の構成も、短期から長期が中心になっています。内野氏は、「資産サイドで、長期性の投資性資産が増えたことによって、リスクプロファイルが変化。リスクの種類が増え、リスクの度合いが高まっています。このため、株主資本を厚くし、借入の長期性を高めました」と話します。

「こうしたリスクが顕在化したのが、2015年度の赤字決算」。三菱商事は2015年度に、有史以来初めての連結赤字決算を出しており、連結純利益は1,327億円の赤字でした。翌年の2016年度連結純利益見通しは、2007年度の最高益4,700億円に迫る4,400億円の黒字となり、V字回復を果たす見込みですが、2015年度は、資源価格の暴落が大きく影響したのです。

独自の“実質リスク”で、さまざまなリスクをマネジメント

このような、市場リスクを含めたさまざまなリスクを、三菱商事ではどのようにマネジメントしているのでしょうか。内野氏はここで、三菱商事が独自に開発した「実質リスク」のコンセプトについて説明しました。実質リスクとは、リスクポートフォリオ管理を目的に、多岐にわたる資産ごとのリスク(想定される最大損失)を一定の手法で定量化したもので、エクスポージャー(損失が発生する可能性がある資産残高)とリスクウェイト(最悪時の損失率)を掛け合わせて算出します。

例えば、売掛債権を100、投資資産を100持っているとします。売掛債権の貸し倒れ発生率が1%だとすると、もし貸し倒れが発生したら1の損が発生します。一方、投資リスクとしては、倒産の可能性が10%の場合、本当に倒産すれば10の損が発生します。この場合は、1と10を足した11が実質リスクになります。

実質リスクには、事業リスク、信用リスク、市場リスク、カントリーリスク、外貨投資元本リスク、オペレーショナルリスク、その他のリスクの7種類があり、それぞれ対象となる資産が決まっています。「2015年の14.9兆円の総資産を、7つのリスクで切り分けて、統計学的な手法も踏まえて計算し、足し合わせて実質リスクとしています。そして、すべてのリスクが一斉に発生したとしても、株主資本の中に納まるよう、コントロールするというリスクマネジメント手法を採ってきました」と内野氏は話します。これは、会社全体だけでなく、7つの営業グループ単位でも、グループを構成する本部単位、本部を構成する150~160あるビジネスユニット(いわゆる営業部)単位でも算定しています。

「しかし、そうしてリスクをコントロールしていたにも関わらず、2015年度は想定を超えて市場が動き、市場リスクが顕在化してしまった。問題は、なぜそれが想定できなかったのか、ですが、市場変動に対する予測の更なる精緻化が図れないか、など、マネジメント手法の改善が課題と言えます」

実質リスクも織り込み、収益も管理

収益サイドのマネジメント手法としては、これも三菱商事が独自に開発した「MCVA(Mitsubishi Corporation Value Added)を使っています。「これは、EVA(Economic Value Added:経済的付加価値)を応用したもの。EVAは、投下資本や株主資本に資本コストを掛けたものを、収益から引いて算出します。これがプラスなら、経済価値を生み出しているということですし、下回っていれば経済価値を毀損しているということになります。三菱商事の場合は、7つのグループや多数のビジネスユニットそれぞれに株主資本を配布しているわけではないので、株主資本の代わりに、実質リスクを使用します。そして、配布した実質リスクに資本コストを掛けて、連結純利益から引くのです。赤字が3年続くとEXITルールが適用され、黒字改善プランが求められて事業の見極めが行われます。うまくいかなければ、撤退の可能性もあります」

ここで内野氏は、事前に参加者から寄せられていた「CFOとしてどんなKPIを重視してきたか? そして、それをどうマネジメントし、達成してきたか?」という質問に、次のように回答しました。

「1980年代ごろトレーディングや仲介卸売りを中心とした事業モデルでののKPIは、『売り上げを上げろ』『コストを減らせ』『在庫を減らせ』『貸し倒れを減らせ』といったものだったでしょう。ROE(Return on Equity:自己資本利益率)やROA(Return on Asset:総資産利益率)といった指標よりもむしろ、個々の営業部員が売ることに専念できるKPIや、モノ作りに専念できるKPI、つまり、現場での日々の具体的な行動につながるものでないと、機能しませんでした」

「しかし業態が変わって、権益保有や事業投資がメインになり、営業部員自身がMCVAをモニターしたり、どうしたら実質リスクを下げられるかを考えるようになってきました。誰もが日常的にMCVAについて論じられるようになってきましたし、EXITルールもあるので、KPIとしてのMCVAを強く認識するようになっています」

さらなる変革「事業投資から事業経営へ」

これまで三菱商事は業態を変化させ、ミドルマンから権益保有・事業投資に役割を変えてきました。今後もさらに、その役割は変わると内野氏は説きます。「垣内威彦社長は昨年2016年、新しい中期経営計画の中で、事業投資から事業経営へという方針を打ち出しました。単に出資するだけでなく、経営にも携わるとなると、さらに事業へのコミットメントは高くなる。すると、事業リスクの度合いが高まり、それに伴ってリスク管理手法の高度化が必要となります」

また、「業種を問わず、CEO、CFO、COOなどの役割を果たせる、事業経営を担える人材を育成するための人材開発プログラムの充実も必要です」と内野氏は話します。

次に内野氏は、時代とともに変化してきた、企業が追求する価値に触れ、「かつては、業績を上げて利益を高める、“経済価値”を追求していましたが、業態が変わり、事業経営に視点が移ると、追求する価値も変わってきました。事業経営を担うのであれば、“経済価値”だけでなく、“環境価値”、“社会価値”も合わせて達成しないと、コーポレートシチズンとしての責任が果たせません。三菱商事は、この3つを同時に成り立たせる企業価値の創造を、継続的に追及することを理念としています」と述べて、講演を終えました。

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