シリコンバレーで戦う老舗企業が、スタートアップとのオープンイノベーションを行うSAP.ioプログラム


14,000社のスタートアップがしのぎを削り、アメリカの年間新規上場株式評価額の86%を稼ぎ出す土地。シリコンバレーはそのおおらかではつらつとした見かけと異なり、実に競争が激しい「砂上の楼閣」と表現されます。

その名も「Sand Hill Road」名だたるベンチャーキャピタルがこの通り沿いに集結し、しのぎを削る(出典:Google)

その名も「Sand Hill Road」名だたるベンチャーキャピタルがこの通り沿いに集結し、しのぎを削る(出典:Google)

シリコンバレーの出自は移民文化だと言われています。50%の家庭で英語以外の言語が話されており、シリコンバレーに根差す51%のユニコーン企業経営者が移民です。これが多様な文化の融合を促し、ダイナミックなスタートアップ文化が醸成される由来の一つになっています。
こうした熾烈で多様な競争社会の中で、かつてモノポリーの象徴とされた日本企業はどう戦い、協調し、吸収することができるのでしょうか?当地最大の外資系企業として、シリコンバレーに4,000人の従業員を抱える独SAPにて、スタートアップ支援プログラム「SAP.io Fund&Foundry」を運営するBalaji Gopinath氏に、外様の企業がローカルのスタートアップ企業と自律的に交わるためのヒントを伺いました。

スタートアップ文化が随所にみられるSAP.ioサンフランシスコオフィス(出典:SAP)

スタートアップ文化が随所にみられるSAP.ioサンフランシスコオフィス(出典:SAP)

SAPのスタートアップアクセラレーションプログラムを運営

Gopinath氏は、自身が8回の起業を経験し、うち2社はIPOに成功している起業家です。その後、Nike社のDigital Strategy部門やTime Warner社のCorporate Acceleratorの運営を経て、2017年4月にSAP.ioに参画しました。SAP.ioはSAPが持つスタートアップアクセラレーションプログラムです。Gopinath氏は現在、35百万ドルを運用する「SAP.io Fund」プログラムと、テクノロジーインキュベーターの「SAP.io Foundry」プログラムのグローバル総責任者として活動をしています。

SAPシリコンバレーで運営するスタートアップ支援プログラムの一覧(出典:SAP)

SAPシリコンバレーで運営するスタートアップ支援プログラムの一覧(出典:SAP)

女性CEOが経営するスタートアップに限定したインキュベーションを提供

Gopinath氏が運営するFoundryプログラムは、女性CEOの会社ばかり7社を集めてメンターを行っている点がユニークです。Foundryプログラムを運用するにあたり、ベンチャーキャピタルに15社、エンジェル投資家に100人、有望な起業家に100人ほどインタビューをしました。もともとテーマを絞ったインキュベーションを行おうと考えていたところ、次第に女性が経営するスタートアップに対する投資環境が未成熟であることに気づいた、とGopinath氏は語ります。これをチャンスと捉え、女性CEOに限定したインキュベーションプログラムを立ち上げました。

SAP.io Foundryの支援先スタートアップ一覧(出典:SAP)

SAP.io Foundryの支援先スタートアップ一覧(出典:SAP)

スタートアップの歴史的大移動に合わせてサンフランシスコに事務所を開設

SAP.ioはサンフランシスコ中心部のSouth Parkと呼ばれるエリアに入居しています。シリコンバレーの中心地と言われ、SAPも広大なラボを持つパロアルトから40分ほど北上した場所にあります。なぜシリコンバレーから離れた土地でインキュベーションプログラムを運営しているのでしょうか。
Gopinath氏は、シリコンバレーからサンフランシスコへと、スタートアップの歴史的な大移動が始まっていることを指摘します。理由の1つは高騰するシリコンバレーの地価にあります。現在、パロアルト市の2ベッドルームのアパートの平均賃料は4,000ドルを超え、ニューヨークを超えてアメリカ最高値の土地となっています。経験の浅いスタートアップにとって、オフィス賃料は死活問題です。
また、もう1点にデジタルテクノロジーの発展がもたらした交通手段の選択肢の広がりもあります。起業家はすでに車を持たず、都市部でUBERやLyftといったテクノロジーを用いて容易に通勤できる時代に差し掛かりました。
パロアルトの中心値のおよそ半値の賃料に収まり、都市交通も発展したSouth Park地区にあらゆるスタートアップが集積し、これに伴ってSequoia Capital、Alchemist Ventures、Google Investorsといった大手ベンチャーキャピタルが移動を始めました。SAP.ioもこの流れに先手を打ち、2017年2月にサンフランシスコオフィスを開所しました。

35万社の顧客とのネットワークを求めてスタートアップが殺到

SAPは創業45年を過ぎた老舗テクノロジー企業で、実に26業種、35万社を超える顧客とのネットワークを誇ります。大企業が運営するSAP.ioプログラムには、その広範なネットワークを求めるスタートアップが殺到しています。
また、B2B領域のソリューション開発がスタートアップにとって敷居が高いことも、SAPがこのプログラムで競争力を保つ別の要因です。SAPと協調することにより、B2B領域のソリューションの実証性が担保されることを多くのスタートアップが期待しています。
反対に、SAPの組織でありながら先進性を保つため、スタートアップ文化の保全には最新の注意を払った運営を行っています。役席に拠らず全員が対等な従業員というマインドを持ち、広大なパロアルトのラボから拠点を切り離すことで、まるでスタートアップの一員であるかのような働き方を可能にしています。

自社の臨界点を認識しているスタートアップを選ぶこと

ここで、スタートアップの評価において重要な点をGopinath氏が指摘しました。いわく、自らの「Point of Failure(臨界点)」を認識しているかどうかを最重要項目として評価を行うということです。シリコンバレーでは「Fail Early, Fail Often」という言葉が独り歩きしていますが、これはスタートアップが自社の責任を軽んじるための言い訳ではない。一度失敗したらもう次はない、という危機感で臨界点を確かめているスタートアップに本気を感じ、また自らもそれに勝る本気で付き合うべきスタートアップを選ぶもの、とGopinath氏は語りました。
最後にGopinath氏は、SAP.io FoundryプログラムがSAPの顧客に提供できる価値について言及しました。SAP.ioでは、「Corporate Partner」という法人メンターを募集し、SAP.ioと同じオフィスに入居し、特定のテーマでスタートアップを精査するパートナー企業を求めています。PoCの実施や共同開発にとどまらず、発展的に共同出資を行い、「Joint Foundry」としてJoint Ventureの運営に参画する可能性を求めるパートナーであるということです。要件として、SAPとビジネスを運営した経験のあるよきパートナーであること、イノベーションマインドに長けていること、そしてイノベーションのフォーカスエリアが定義された企業であることを挙げていました。

Balaji Gopinath氏

Balaji Gopinath氏(Global Vice President, SAP.io Fund & Foundry, SAP SE)(出典:LinkedIn)

スタートアップが自社を変革する、オープンイノベーションを目指して

Gopinath氏のインタビューには、古くて重い既存事業を抱える老舗企業が、スタートアップカルチャーを取り込みながら成功するためのヒントが多くみられました。本業ではなく、スタートアップ支援に経験のある起業家を事業のトップに据え、裁量を移譲すること。スタートアップが生まれてからExitするまでの一連の支援プロセスを体系的に提供すること。本丸から敢えて拠点を離し、スタートアップ文化を保全するプログラム運営を心掛けること。
昨今、日本企業にもスタートアップ支援のプログラムを運営する動きが出てきました。ただその多くは既存事業の手の内にスタートアップを子飼いしようとする動きにとどまっており、中には技術の搾取と見紛うばかりの上下関係を強要するものも見て取れます。時代の変換点にあり、危機感にあえぐ日本企業の経営者は、今一度「自前主義」からの脱却を見据え、スタートアップとオープンに交わる体系の運用に着手されてはいかがでしょうか。