SAP S/4HANAおよびSAP IBPの需要主導型補充(DDMRP: Demand Driven MRP):納期対応とサプライチェーン全体の在庫最適化を実現
作成者:斉藤 文徳 投稿日:2018年12月3日
消費者の好みの多様化とそれに伴う製品バリエーションの増加、インターネットやソーシャルネットワークでの情報拡散による消費者需要の大きな変動など、需要を予測することがますます困難になってきています。加えて、グローバル化の進展や配送要求の短縮化、調達品目の供給量制約などモノを供給するためのサプライチェーンの複雑性や供給リードタイムの変動性も増しています。顧客満足度を維持しながら在庫量を最適なレベルに保っていくことはどの企業にとっても一段と難しい問題になっていることでしょう。
この問題への対応策の一つに需要主導型補充、DDMRP(Demand Driven MRP)という手法があります。SAPではこの需要主導型補充(DDMRP)に対応する機能をSAP S/4HANAやSAP Integrated Business Planning(SAP IBP)ソリューションで提供しています。今回はこのDDMRP機能についてご説明します。
DDMRPは予測(フォーキャスト)ではなく実需要の変動に基づいて補充を計画・実行する手法です。通常、多くの製品は実注文から納期までの期間より製造・購買を含む総リードタイムの方が長いため、従来のMRPでは予測・見込に基づいて計画を行います。そしてすべての部材・拠点がつながっていて依存関係があるため、需要の変動が製品から構成部品とその製造拠点に対して大きくなって伝わってしまう事が発生します(ブルウィップ効果)。一方でリーン生産は製品・部材の依存関係によらず独立させて必要な時に必要なだけ供給することで様々なムダを減らす優れた仕組みですが、需要やリードタイムの急な変動によって在庫切れ、生産の遅れや停止が発生する可能性もあります。DDMRPはこの2つを組み合わせて補完し、課題に対応しようとした理論です。
DDMRPは以下の5つのステップから構成されます。変動性とリードタイムを考慮してサプライチェーンのどの拠点とどの構成部品で在庫を保持すべきか(デカップリングポイント=依存関係を分離するポイント)を決める「1.戦略的在庫配置」、最大在庫量や安全在庫、発注点等を決める「2.バッファプロファイルとレベル」、実需の変動に基づいて在庫量を見直す「3.バッファ(在庫)レベルの動的調整」、MRP機能を中心に実際の補充計画と実行を行う「4.需要主導計画」および「5.可視化と実行」の5ステップです。
特に、単一拠点ではなくサプライチェーンを包括的にみて在庫配置を決める点や安全在庫・発注点・最大在庫等の保持する在庫数量(バッファレベル)を需要変動に合わせて動的に見直していく点などが大きな特長です。以下に5つのステップについてSAP S/4HANAやSAP IBPの画面イメージも交えながらもう少し詳細に説明します。
1.戦略的在庫配置 : まず最初にどの製品および構成品をDDMRPの対象として管理するか、BOM(Bill of Material)構成品およびサプライチェーンのどの段階で在庫を保持すべきかを決めます。顧客要求に対応し市場での優位性を保つためのリードタイム(顧客はどれだけ待てるか?リードタイムを短くすることが競争優位か?)、需要の変動幅、 価格と数量から見た売上貢献度(ABC分析)、多くの製品に共通して使用されている頻度等が判断材料となります。
例えば以下の図のようにAという製品の構成品目がBとCで、Aの組立に1日、Bの製造に3日、Cの製造に2日とします。顧客は3日しか待てないとすると、Bを在庫としてバッファするという考え方です。
また一般的には大きい需要変動幅、高い売上貢献度(カテゴリA)、多種類のBOMの構成品となっている等の特徴を持つ品目がDDMRPを使用した補充計画と実行管理の対象として適しています。システムが事前に定義された閾値を用いてそれぞれの属性について品目を分類しますので、その情報を基に品目をDDMRP対象として設定します。
以下はSAP IBPの場合の画面イメージですが、デカップリングポイントの配置をグラフィカルに確認、シミュレーションを行うような機能も提供しています。デカップリングポイントの追加や変更によるリードタイム、在庫数量、金額等への影響をシミュレートし、サプライチェーン全体での戦略的な在庫配置の判断を支援します。
2.バッファープロファイルとバッファーレベルの決定 :2つ目のステップではリードタイム、日次の平均使用量(Average Daily Usage)、変動性等のプロファイル(マスタ)情報に基づいて在庫バッファのサイズを決定します。 DDMRPではバッファ(在庫量)レベルを、レッド、イエロー、グリーンの3つのゾーンに分けて管理します。レッド、イエロー、グリーンゾーンの累積合計が最大在庫量になります。推奨される最大バッファレベルであり、これを超えると格納された在庫量を過剰と見なします。イエローとレッドゾーンの累積合計が補充の手配をかける発注点となります。イエローの在庫量は平均日次利用量とデカップルドリードタイム(DLT)によって計算されます。デカップルドリードタイムとは在庫品目自体のリードタイムと、在庫品目の構成品の中で在庫を持たない品目の供給リードタイムを合わせたものです。レッドゾーンは安全在庫です。リードタイムの変動(供給が遅れる可能性)や消費量の変動を考慮して設定します。S/4HANAおよびIBPは、これらの各ゾーンの在庫量を指定された期間に基づいて計算する機能を提供しています。
3.動的調整(ダイナミックバッファ) : 2のバッファ(在庫)レベルを計算、決定する機能によって各ゾーンの在庫量が設定されます。その後、時間の経過とともにバッファの初期設定時から様々な現実環境が変化していきます。平均日次使用量の変化や、季節変動、新製品投入による急な変動等に基づいて在庫数量の再計算を行い推奨レベルを提示します。担当者はこの再計算の内容を確認し在庫量設定の再調整を行うことができます。固定された発注点ではなく、需要の変動を感知して在庫レベルを動的に調整していくことがDDMRPの特長です。
4.需要駆動型計画および5.可視化と実行 – 冒頭に記述した在庫レベルがイエローゾーンの最上部である発注点を下回ると補充の計画手配が作成されます。システムは現在庫(On-hand Stock)、手配済み(Open Supply)等を考慮して補充計画を行います。補充の計画数量はグリーンゾーンの最上部つまり最大在庫量になる数量が基本です。加えて現在の在庫状況から優先度(緊急度)をつけて計画結果を担当者に表示します。担当者は専用のアプリケーション画面で状況を確認し、迅速に補充実行を行ことができます。
このように需要主導型補充、DDMRPを活用することで、市場・顧客の実需変動に基づいて効果的にサプライチェーン全体の在庫管理と補充を行うことができます。サプライチェーン全体を俯瞰して在庫配置を可視化・管理し、顧客需要や供給リードタイムの変動をとらえて定期的に在庫数量を調整することによって、顧客サービスレベルと在庫レベル両方の最適化を実現します。DDMRPは日本ではまだあまり知られていませんが、今後も複雑化する需要とサプライチェーンに悩む企業様の一つの対応策として期待できます。
今回はSAP S/4HANAとSAP IBPの需要主導型補充、DDMRPについてご紹介しました。今後も引き続き新しいソリューションの情報をお伝えしていく予定です。
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