iPhoneアプリ「お買い物リスト」で実店舗をEコマース化――プレシジョン・リテーリングを推進するカシーノ


Grupo Casino(グルッポ・カシーノ)はフランスを中心に南アメリカ、アジアなど9か国に11,000店舗を展開し、約23万人を雇用する、世界最大の食品小売りチェーンのひとつである。売上は290億ユーロ(約3兆円)。

ちなみにイオン、7&i HDはともに5兆円前後だから、人口6500万人(日本のほぼ半分)のフランスにおいてはイオンやセブンに匹敵する存在と考えてよいだろう。

■カシーノが推進するプレシジョン・リテーリング戦略

現在そのカシーノが推進しているのが、プレシジョン・リテーリング Precision Retailing、「高精度なリテール」戦略である。

プレシジョン・リテーリングとは何か?・・・筆者としては張り切って解説したいところなのだが、これを見事に表現しきった素晴らしいデモ付きプレゼンテーション(英語)があった。正直に告白しよう。今日のポストの9割は、このプレゼンの書き下し・日本語訳に過ぎない。

英語力に自信のある方はぜひご自身でこの20分ほどの動画をご覧いただきたいが、その時間がない方のために、下記に書き下していく。

Precision Retailing Session Clip with Scott Flathers
http://www.youtube.com/watch?v=bUplxg-Kzfg

この男性はSAPノースアメリカのスコット・フラザース。このプレゼンでは、カシーノのハウスカードの会員、キャロルとして説明を進めていく。

キャロルはカシーノの店舗を一回りしたところです。買うつもりだった商品はあらかたカートに入れたとは思いましたが、念のため、「お買い物リスト」をチェックすることにしました。iPhoneアプリ「お買い物リスト」を立ち上げます。

最初に聞かれるのは、カシーノ会員としてログインしますか、それともログインせず匿名のままお買い物リストをチェックしますか?です。匿名のまま、を選ぶこともできるのです。が、今回はキャロルはログインすることにしました。

ログインするには、会員番号を手入力するか、あるいは会員カードの裏のバーコードを、iPhoneのカメラで撮影します。

これでキャロルが認識されました。このiPhone上の「買い物リスト」がキャロルの会員番号とひも付けされたわけです。このログインすることのインパクトについては、追々明らかになります。

まず最初に表示されるのは、「オススメ品」の一覧です。「13アイテムで23ドル強の節約」、と。このご時世、23ドルは少ない額ではありませんね。

しかしこのリスト、単にその時点でのセール品が並んでいるのではありません。プロモーション(販促)品に加えて、(キャロルがどの店舗にいるのかを検知して)その店舗における在庫のだぶつき状況と時刻(=早く売り切りたいアイテム)、そしてキャロルの購買履歴、および後述する「好み」を加味して、リアルタイムにキャロル向けに選び出された13アイテムなのです。

キャロルは13アイテムをスクロールしていき、ダノンのヨーグルトがあるのを見つけました。これは自宅の冷蔵庫にいつも入っている常備品です。安くなっているなら買っておいてもいい。(でもさっき売り場の前を通ったときはセールには気づかなかった。)また、ダノンのヨーグルトのひとつ上には、別のコーヒーを買うと20ポイントもらえるともあります。

このように、カシーノ側は、単に値引き品だけでなく、ポイント付与なども含めて多彩な形での”プッシュ”ができるのです。

今回、キャロルはダノンのヨーグルトを追加しました。すると左下の「お買い物リスト」に①というバッジがつき、追加されたことを示してます。もし購入点数を増やしたければ、それを開いて、数を増やしていきます。

お買い物リストは、ABC順に見ることもできますが、「カテゴリー」ごとに並べることもできます。そうしておくと、店舗の棚割りとほぼ同じ順で並ぶので、買い物にはずっと便利です。

お買い物リストをスクロールしていくと、コーヒーのところで、ピンク色の丸がついています。プロモーション(お買い得)品あり、のサインです。またカシーノ側は、セール品をプッシュするのとは逆に、「在庫切れ」の表示もプッシュすることができます。もちろん、その「代替品」についても。

このケースでは、プロモーションは値引きではなく、プライベートブランド(PB)製品でした。割安ですからキャロルにはオトクですが、販売額自体はさきほどのものより1ドル30セント増えています。つまりカシーノは利益率の高いPBを売り、しかもアップセルに成功したわけです。

さらに、「アクセサリー」タブの中を見ると、買い物リストにある商品に関連のある別のアイテムが表示されます。たとえばコーヒーのフィルター紙です。決まって買い忘れますよね(笑)。

またお買い物リストとは別に、このアプリでは、「好み」を登録しておくことができます。たとえばキャロルは、「オーガニック信奉者」で「フェアトレード」が好みだとします。他にも「森にやさしい」「海にやさしい」「健康によい」「グルメ」「エコ」などが選べます。

さて、今日はキャロルは、コーヒーをもう一種類買ってもよいかなと思っています。そこでひとつのコーヒーを手に取って、またバーコードを撮影してみます。

するとたちどころに、その商品の情報に加えて、店からの情報が”プッシュ”されてきます。このケースでは、緑ボタンをタッチすればこの商品が追加になります。が、ピンクボタン「店のお勧め」をタッチすると、また別のPB商品が表示されます。

これでまたひとつPBへのスイッチに成功しました。

そしてキャロルは、「オーガニック・バッジ」もゲットしました。カシーノとしては、このバッジを貯めたら値引きに使えることにしてもよいですが、それ以上にたとえばFacebookページに表示できるようにして「オーガニック信奉者」というキャロルの個人的な満足感を高めていくことができます。

アプリの「リワード」のところをチェックすると、これまでにゲットしたバッジ数も確認できます。このように、「値引き」でも「ポイント」でもない第三の「価値」を提供することで、会員のロイヤルティを高める工夫にも使えるわけです。

さて、iPhoneの「お買い物リスト」は、カシーノ側から見ると、単なるPOSデータよりはるかに有用な情報を豊富にもたらしてくれます。プロモーションで何をプッシュすると、どれだけ結果が出た(消費者が実際にスイッチした)か?が正確に把握できるわけですから、プロモーションの効果がデジタルに計測できます。

たとえばカリフォルニア州とネブラスカ州では、同じオファーでもどのくらい効果が違ったか?から地域ごとにプロモーションの内容を変えていくこともできます。また「プロモーション品」をプッシュした回数のうち、どのくらいの割合で実際にその情報が開かれたか?開いたが結局スイッチしなかった割合は?スイッチした割合は?も正確にわかりますから、プロモーションの設計の有効性も正確に検証できるというわけです。

とくにプロモーションの重要な要素である「スイッチ」についてはさまざまな切り口から分析できます。どのカテゴリーの商品ではプロモーションがどのくらい有効なのか?セール1週目、2週目、3週目での違いは?などなど。

さらにもうひとつ。「ヒットマップ」です。その店舗の中で、実際に「スイッチ」が起きた場所を表示しています。しかしこれがすべてリアルタイムで処理されているということを思い出してください。もし私が店長で、キャロルは上得意客だと判断すれば、その場に出向いて話しかけたり手伝ったりできるかもしれません。

このように、SAPはカシーノのプレシジョン・リテーリング戦略を支援し、顧客との距離を縮めることを可能にしています。

第一に、店舗の場所、在庫状況、時刻、顧客の好み、などを反映した1 to 1マーケティングとカスタマイズされたプロモーションを実現します。

第二に、お買い物リスト機能は、単なるリストというよりは、「買い物アシスタント」と呼ぶべき存在です。なぜならお買い物リストアプリにより、キャロルは単に値引きが受けられるだけでなく、自分の好み(たとえば「オーガニック」)を反映した”適切な”買い物ができるからです。

第三に、カシーノは売りたいアイテムをリアルタイムに「プッシュ」することができます。まさにショッピングの現場で、アップセル、クロスセル、スイッチを起こすことができるわけです。

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■Win-Winモデル

いかがだろうか。筆者が解説する必要がまったくないと感じた理由はおわかりいただけたのではないだろうか(笑)。実によく考えられたビジネスモデルである。

「お買い物リスト」をiPhoneアプリ化し、プロモーションをオンラインかつリアルタイムに行うことで、顧客には多大なメリットが生まれている。

(A) 買い物が楽になる。

① 買い忘れがない
② リストが棚割の順に並ぶので店内をひと回りするだけで済む
③ 取り込みはバーコードを読み込むだけなので簡単

(B) より良いオファーがあちらから自動的に来る。

④ より割安なものをピンポイントで教えてもらえる
⑤ 購買履歴やロイヤルティ度に従って「私だけ」に特別なオファーが来る
⑥ 一緒に使うものをリマインドしてもらえる

(C) 好みやライフスタイルを反映できる。

⑦ オーガニック、エコ、フリートレード、、、

ではカシーノ側はというと?

① 買い忘れがない、とは→要するに欲しいものを今日、すべて、自店で買ってもらえるということである

② リストが棚の順に並ぶので店内をひと回りするだけで済む、とは→買い物が効率的になり、店が混まない

③ 取り込みはバーコードを読み込むだけなので簡単、とは→売れそうなものが単品レベルで予測でき、そこに”関与”する機会が生まれる

④ より割安なものをピンポイントで教えてもらえる/⑤ 購買履歴やロイヤルティ度に従って「私だけ」に特別なオファーが来る、とは、→アップセルの機会(より大きいパックを勧める、2つ買うと値引き、、、)/より利益率の高いPBへ誘導/(在庫がだぶついている物、早く売り切りたい物へ)ポイントで誘導

⑥ 一緒に使うものをリマインドしてもらえる、とは →クロスセルでついで買い、衝動買いを誘う

⑦ 好みやライフスタイル(オーガニック、エコ、フリートレード、、、)を反映できる、とは →好みに合わせた買い物で満足感を与え、ロイヤルティup

・・・と、やり方次第ではあるが、十分にモトを取るチャンスはありそうだ。

結局のところ、人は一定量の買い物を常にしなくてはならない。そして多くの消費者は、複数の店を、用途や機会に合わせて使い分けている。しかしここで上記のように強いインセンティブがあれば、すべての買い物をカシーノに集中させるという傾向が強まるのではないだろうか。(クレジットカードやマイレージプログラムの例を引くまでもなく。)

しかし、もっとも重要なポイントは、カシーノの手元には、購買動向に関するより詳しい情報がどっさり残ることに尽きる。どんなオファーを仕掛けたらどのくらいの結果が出るか?が即座に返ってくるのだから、高速かつ大量に実験を繰り返すことができる。

・・・とここまで来て、とある類似性に気づかれている方も多いのではないだろうか。そう、Web上のショッピングサイトであれば、今や購買履歴に基づくレコメンド、クリックスルー分析、脱落分析、ポイント付与率を変えてのマーケティング効果測定、などは普通にやっている。しかしWebよりまだずっと市場規模の大きいリアル店舗ではできていなかった。これがカシーノではiPhoneアプリ「お買い物リスト」によって、ついに実現しつつあるのである。

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むろん、実際には、「いい話」ばかりではないだろう。IT面での初期投資もかかるし、インフラができたら今度はオンライン・プロモーションを継続的に回し続けなければ意味がない。リアルタイム性が命なだけに、インメモリ・コンピューティング SAP HANA のような超強力なエンジンをもってしても、ユーザー数が増えてきた後でもスムーズに回せるか?の検証も必要だろう。

それでも、カシーノのプレシジョン・リテーリングの例は実によくできたWin-Winモデルである。国内で最初に手を付けるのは誰だろう?

 

※当記事の情報は、公開情報をもとに筆者が構成したものであり、Casino社のレビューを受けたものではありません

Grupo Casino (グルッポ・カシーノ)関連情報(英語、およびフランス語)
http://www.groupe-casino.fr/en

■SAP Sapphire MadridでのCasino CIOによる講演
http://www.sapvirtualevents.com/sapphirenow/sessiondetails.aspx?sId=724
(※Sapphire Now視聴の会員登録(無料)が必要/最初の30分間はカシーノとは関係がない内容なので、きっかり30分のところから視聴をお勧め)

■Precision Retailing Session Clip with Scott Flathers(再掲)
http://www.youtube.com/watch?v=bUplxg-Kzfg
(当記事で紹介した動画へのURL)

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