プレシジョン・メディスン最新動向 — アメリカ臨床腫瘍学会キャンサーリンクが成し遂げたこと


アメリカ臨床腫瘍学会(以下ASCO)のキャンサーリンク(以下CancerLinQ)については、以前ブログでご紹介したことがあります。-> 患者志向の未来に向かって、SAP Connected Health Platform

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このブログでは、テクノロジーの観点よりもむしろ、デジタルトランスフォーメーションやビッグデータビジネスのお手本として、ASCO CancerLinQ LLCの成り立ちや取り組みについて触れてまいります。

 

 

はじめに:海外における医療ビッグデータ活用状況

医療ビッグデータ活用については欧米では1990年代からデータベースの構築に取り組み、DBの質や量、活用方法を着実に進歩させ、現在では国民や患者の生活向上に役立っています。

例えばアメリカではデータマイニングなどの手法を使って医療ビッグデータを活用した副作用発生の監視制度を構築し、2009年には産官学連携のパイロット事業の実用稼働が始まりました。

また、DBを活用して医療コストの最適化を図る方法として、HTA(Health Technology Assessment:医療技術評価)という仕組みが広く世界に普及しており、欧州各国では試行錯誤を繰り返しながら2005年頃からHTA導入を進め、近年では南米やオセアニア、アジアの一部の国でも導入が始まっています。

コスト面に着目して医療の最適化を目指すHTAが先行する欧州に対し、アメリカでは患者目線で最も効果的な治療方法を見つけるためのCER(Comparative Effectiveness Research:比較効果研究)と呼ばれる研究が重視されており、この分野で医療DBを活用する動きが進んでいます。ちなみにアメリカでリーマンショック後の2009年に計上された景気対策予算のうち、実に11億ドルがCER分野に投入され、既にさまざまな効果を上げています。

CancerLinQ構築の歴史

そんな医療ビッグデータ活用で世界をリードするアメリカで生まれたのがCancerLinQです。

アメリカにおけるがん治療の難しさのひとつに、がん治療に関するすべての情報が非常に限られており、臨床試験に参加するのが患者のうちのわずか3%に限られ、残りの必要な情報は電子カルテ記録の中に封印されてしまっていることがあります。これを100%にすることでがん患者から学び、治療のあり方を根本的に変えていこう、これがCancerLinQの考え方です。

この活動のために、主に大手製薬会社からの寄付による基金でASCOの傘下の非営利法人のCancerLinQ LLCが設立されました。-> CancerLinQの主なサポーター

CancerLinQへの道:

2010   エビデンスドリブンプラクティスの必要性に関する報告書

2012   プロトタイプ開発開始

2013    データガバナンス、アドバイザリーコミッティー設立

2014    機能要件定義

しかし、彼らはがん研究やがん治療の専門家であってITの専門家ではないので、初めは自分たちに必要なものがプラットフォームだとは気づいておらず、まずAIの活用を検討したようです。

しかしながらAIとは、トップクラスのサーチエンジンであり、ある意味ブラックボックスであり、システムの中で何が起きているかがわからず、ひとたびデータを放り込んだらAIはそのデータを自身が学習するために使うのでは、そもそも彼らの要件に合いません。ラピッドラーニング、学習したいのはがん専門医自身であり、かつ患者の診療データを安全に扱うことができるデータベース基盤、つまりは信頼できるプラットフォームが必要、世界においてそれを提供できるのは誰なのか。元より世界初の取り組みであり、実現できるのは長年に渡って世界中の大企業のトランザクションデータを安全に扱うソリューションを提供してきたドイツ企業SAPであると結論づけ、2015年1月、CancerLinQ LLCは彼らのプラットフォームにSAP HANAを選び、SAPとのテクノロジー領域における戦略的パートナーシップを公式発表しました。-> CancerLinQとSAPのテクノロジー分野におけるパートナーシップ

オバマ大統領によるキャンサームーンショット計画発表

さて、いくらプラットフォームをHANAにしたとしても、肝心の患者データが集まる訳ではありません。しかしそこにはCancerLinQ LLCの驚くべき戦略がありました。

他の患者データを閲覧できるのは、自分の患者データをアップロードした医療従事者だけ

共助の姿勢を貫いたのはCancerLinQ LLC首脳陣でした。元々はがん研究の専門家、いわゆる学者の集団でしたが、この頃には医療分野におけるビジネスのプロが加わっていました。

しかもこの仕組みはよくよく考えられていて、実はASCOに所属しオンコロジストと呼ばれる研究者、医療従事者は全世界に約45,000人いて、私たちのお客様である製薬会社でもがん治療薬の開発に関わりASCOに所属する方々がいらっしゃいますが、臨床医として患者に接していないので、単にASCOに所属していてもそれだけではデータを閲覧することはできないのです。そのことがCancerLinQ Discovery(後述)に繋がっていきます。

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そして2016年1月、オバマ大統領最後の一般教書演説でのキャンサー ムーンショット計画でバイデン副大統領を総責任者に指名したことが全米のがん患者の心を動かしました。 -> オバマ大統領一般教書演説動画はこちら

多くのがん患者が自ら「自分のデータを他の患者のために使ってくれ」と言ったそうです。

全米40州およびWashington DCの2,000名以上のがん専門医によって患者の同意を得、匿名化された電子カルテ記録がSAP HANAベースのCancerLinQにアップロードされました。2017年末時点で約200万人分のデータと聞いています。

2017年CancerLinQ Discovery始動!

その少し前の2016年11月、CencerLinQ Discoveryのファンディングエンタープライズパートナーとして製薬企業アストラゼネカ社の名前が発表されました。

CancerLinQ Discoveryとは、研究機関や民間企業からの依頼に応じてプラットフォームに蓄積されたデータを抽出して有償提供するサービスのことで、2017年10月サービスを開始されました。-> ニュースリリース: CancerLinQ Discovery™ Now Accepting Research Proposals

構築したプラットフォームを維持運営していくには、恒久的なマネタイズスキームが不可欠であり、データガバナンスや様々な役割を持つ各種コミッティーの立ち上げに十分な時間をかけたCancerLinQ LLCの叡智からは業種を超えて学べることがたくさんあります。

海外医療ビッグデータ活用事例からの示唆

医療に限らず、成功するビッグデータビジネスには共通するスキームがあり、弊社では「デジタルプラットフォームの4層構造」と称しています。CancerLinQが採用した弊社SAP Connected Health Platformはそのスキームを前提にしたしくみです。

 

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CancerLinQはデータ発生源としてまずEHR(電子カルテ記録)をプラットフォームに取り込みました。リーダーシップチームによる工夫やオバマ大統領キャンサームーンショット計画により出来上がったプラットフォームは、今やがんの診断や治療に不可欠なものとなり、様々な機関との提携が広がっています。-> CancerLinQ 活用事例動画はこちら:米国がん治療センター

スクリーンショット 2018-02-28 23.40.55右はASCO CancerLinQ HPからの抜粋です。

今後は患者のゲノム情報の格納も予定されており、CancerLinQの進化はまだまだ続きます。

 

 

アメリカ臨床腫瘍学会の取り組みに加えて、ヨーロッパでもがんの診断や治療のためのプラットフォームが立ち上がっています。フランスの国立がんセンターであるInstitut Gustave Roussyでは、カルテ記録だけでなくゲノム情報も合わせたプラットフォームを活用したがん患者ケアが既に始まっています。->動画 SAP Health Stories: Gustave Roussy

※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、アメリカ臨床腫瘍学会およびCancerLinQ LLCのレビューを受けたものではありません。

出典: