多様な考え方こそがイノベーションの源泉となる。
日産自動車のダイバーシティ戦略


グローバル化した世界で企業が成長を続けていくには、さまざまな価値観、文化を取り入れてビジネスに活かすため、ダイバーシティの推進が不可欠です。SAPでも各国でダイバーシティ促進に取り組んでおり、SAPジャパンにおいても活動の一環として5月29日に「”Diversity and Inclusion” Special Forum」を開催しました。日産自動車株式会社 取締役/株式会社産業革新機構 代表取締役会長(CEO)の志賀俊之氏をお迎えし、日産自動車のダイバーシティ戦略について語っていただきました。セミナーの写真Shiga_sama04_S

ルノーとのアライアンスをきっかけに開眼

日産自動車に変化が生まれたきっかけは、1990年代末の経営危機でした。1999年にCOO(最高執行責任者)として着任したカルロス・ゴーン氏の発表した経営再生計画「日産リバイバルプラン」は、同社の人材マネジメントにも大きな変化をもたらしました。同プランの基本方針となる「日産マネジメントウェイ」は、社員の行動規範となる「NISSAN WAY」や課題解決ツール「V-up」、ボトムアップ型提案を実現する「クロスファンクショナルチーム(CFT)」といった要素で構成されています。それらの土台となる考え方がダイバーシティでした。

日産自動車株式会社 取締役/株式会社産業革新機構 代表取締役会長(CEO) 志賀俊之氏しかし、当時の日産自動車は典型的な日本の製造業で、ダイバーシティのあり方を明確にイメージできる社員はほとんどいませんでした。経営の要職にあった志賀氏も同様でしたが、その必要性に開眼したのは、ゴーン氏と共に着任したフランス人社員との会話がきっかけでした。その頃、経営の会議は結論ありきで議論なく終了することがほとんどで、志賀氏もそれに疑問を抱いていなかったといいます。

「ある日の会議の後、彼がやってきて『なぜあの場では誰も意見を述べなかったのに、この結論になったのですか?』と尋ねたのです。面倒だなと思いながらも『他にどんな結論があるのか』と聞くと、彼は自分なりのさまざまな考え方を挙げ始めました。いつしか夜中まで話し込むうちに、私自身、言われてみればそういう考え方もあるのではないかと思い始めていました」

この一件を通じて志賀氏は、長年の間に自分が日産自動車という“メガネ”を通してしか物事を見られなくなっていたことに気づきます。取締役全員が大卒の日本人男性という環境が日産のモノカルチャー化、硬直化を生み出したと考え、多様な見方を可能にする人材の必要性=ダイバーシティを重要課題として推進していこうと決心しました。

多様性から生まれるエネルギーがイノベーションにつながる

ダイバーシティが、日産自動車の再生における重要なキーワードとされた理由として、志賀氏は「多様な人材の最適活用」を挙げます。

さまざまな考え方を持つ人が出てくれば、従来の「阿吽の呼吸」では通じないため、はっきりと言葉やプランに表さなくてはなりません。ダイバーシティは組織、プロセス、人事の見える化を促すため、従来の同一性の高い組織では“異質”と見なされた「個」が能力を発揮する土壌を生み出します。「見える化」が進めば、多様な人材がそれぞれ能力を発揮し、より大きな価値の創造と変革に向かって進んでいく原動力になります。

「 “個” の尊重と活躍の拡がりをエネルギーとして、新しい価値を生み続ける『ダイバーシティ・サイクル』は動き続けます。それが社内で回っているかどうかで、会社の未来が決まるといっても過言ではないでしょう。かつての日本の製造業は、チーム一丸となって高い平均点を出せるのが強みでしたが、これからは多様性こそがイノベーションを生む時代です」
ダイバーシティ・サイクルの図

第一歩は女性の管理職登用や商品開発、職場づくり

ダイバーシティ促進のファーストステップとして取り組みやすいのは、女性の活躍です。志賀氏によると、ある調査では、役員の女性比率が10%を上回る企業ほどROEが高くなり、業績、株価の向上につながるという結果が出ています。男性にとって女性はもっとも身近なダイバーシティであり、女性の意見や考え方を受け入れる風土を育てることが、多様性の促進の第1歩となります。2004年当時、日産自動車の女性管理職の比率はわずか1.6%でしたが、2017年には10.1%にまで増加しました。

女性の意見を取り入れることは、多様化する顧客ニーズへの対応にもつながります。乗用車の購入の6割は女性が意思決定に関与しているという調査もあるため、日産自動車では女性のニーズを反映した商品開発が盛んになってきています。たとえばワンボックスの主力車種であるセレナの新モデル開発では、『母も父も楽しめてくつろげるミニバン』が、企画/開発のコンセプトとして採用されました。

日産自動車株式会社 取締役/株式会社産業革新機構 代表取締役会長(CEO) 志賀俊之氏また、従来の生産現場は、壮年の男性作業者を前提に作られていました。現在、日産自動車で新卒で採用される技能系社員の内、女性社員は15%にのぼっており、男性に比べて力の弱い女性でもハンディキャップを感じないことを前提とした職場づくりが進んでいます。設備の軽量化などが進むと、例えば高齢の作業者にもメリットが生まれます。

一方、女性の参加を前提とした職場作りで大切なのが、「女性自身が、自分らしく/女性らしくを大切にすること」だと志賀氏は強調します。これまでも男性に伍して活躍している女性はいましたが、そのためには男性社会に合わせた言動や行動、考え方に自分を合わせなくてはならないこともしばしばでした。

「しかし真のダイバーシティ社会では、女性が自然体=ありのままでいられることが必要であり、これはダイバーシティと共に近年言われている『インクルージョン(Inclusion=一体性)』の実現にとても大切なことです」

無意識な偏見の解消と、リーダー人材の育成

ダイバーシティ推進には、抵抗勢力も必ず現われてきます。長年日本企業の風土に慣れてきた中間管理層の多くは、経営トップがダイバーシティを促進しようと考えても、無意識に変化を拒み、変化の必要性や意味を理解しようとすらせず、部下や若手に対しても伝えようとしない。こうした人々を志賀氏は、地層の中で水を通さない「粘土層」と表現します。彼らの意識をどう変えるかが、ダイバーシティ推進の正否を決める、もう1つの重要なポイントになります。粘土層に水を通すには、上(トップ)から強くシャワーを当て続けるしかなく、つまり数値目標など断固とした改革が重要だと志賀氏は強調しました。

これらの課題を乗り越え、現在の日産自動車では人材マネジメントにおけるさまざまなダイバーシティ促進の成果が実現されています。
「女性管理職の比率アップだけでなく、男性も含めた全社員が、国籍や性別、社歴、学歴を問わず、優秀な人材が登用される仕組みになっています。トップマネジメントも多様化しており、現在の役員は13カ国の出身者から構成されています。日本人以外の役員比率が今後も増え続けていくことは確実です」

このような体験を踏まえて、志賀氏は今後日本でダイバーシティを進化させるには、「日本人のリーダー人材育成」が必要だと訴えます。日本の会社員のほとんどは、学校を卒業して就職し、配属された職場で与えられた業務をこなしていきます。一方、外国人はたとえばマーケティングならマーケティングの専門会社をいくつも経験しながらキャリアアップしているため、「ビジネスに立ち向かい、課題を克服し、目標を達成する」気迫が違います。自分の意見を言わなくても済む、単一の企業カルチャーの中で仕事をしてきた日本人が伍して戦うには、相当厳しい状況です。日産自動車では、そうした力の差を乗り越えられるビジネスリーダーを育てるプロジェクトにも着手しています。

「多様性を備え、逆風下の変革を実現するリーダーは、これからの企業にとって無形の資産です。こうした無形資産を皆さんと共に育て、企業も人生も豊かな未来を築きましょう」と力強く呼びかけ、志賀氏は講演を締めくくりました。