新たなオープンエコシステム構築を目指すSAPジャパンの挑戦


多様な参加者が紡ぐオープンイノベーションの種

SAPジャパンは2018年6月8日(金)、SAPシリコンバレーにて、「SAP Japan Executive SDGs Ideathon」と題したエグゼクティブイベントを開催しました。イノベーションを志向する20名超の日本企業の役員層に加え、スタートアップ、投資家、アカデミア、デザイン企業など、多様なバックグラウンドを持つ参加者が、社会課題の解決のためにオープンにアイデアを紡ぐ様子が見受けられました。

本稿では、この活動に代表されるSAPジャパンの新しいエコシステム構築の取り組みと、その背景にある日本企業に求められるイノベーションの必要条件を解説していきます。

「社会的意義のない企業は消え去りますよ」

「Purpose-Led」という標語をどれくらいの方が普段意識しているでしょうか?

私たちを取り巻く世の中の動きはますます加速しており、Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)を総称して「VUCA時代」と呼ばれるのを耳にすることも増えてきました。これだけ複雑な競争環境の中で、企業の存続性はどう図られるべきでしょうか。

ここで注目されているのが冒頭の「Purpose-Led」という新しい企業の経営スタイルです。これまでのリスクベースの積み上げ式な事業の立て方から、自己の競争力に基づくビジョンと価値提供先の顧客の定義をベースにした逆引きの事業計画が成功を収めるケースが増えています。

代表例が建設機械の大手メーカーであるコマツです。コマツの大橋徹二社長は、SAPジャパンとの合弁事業LANDLOG(リンク)の設立にあたり、これを自社の利益追求のための独りよがりな新規事業ではなく、かつてのエコシステムの裾野に広がる零細企業を救うための事業戦略のピボットと表現しました。このインタビュー映像の中でも「社会的意義のない企業は消え去りますよ」と断言をしています。

SAPジャパンが手掛ける新しいエコシステム構築の挑戦

SAPは今年度のRadley Yelder社の「Fit for Purpose Survey」で「世界で12番目にPurpose-Ledな会社」として表彰をうけました。高い視座をもった社会課題の解決と利益追求活動が高次元に共存し、これが正しく社会にアナウンスされているという評価です。

fit for purpose

SAPは2018年、世界で12番目に「Purpose-Led」な企業という高い評価を受けた(出典:Radley Yelder社「Fit for Purpose Survey 2018」)

 

国連では、こうした企業の利益追求活動を2030年時点の社会問題の解決につなげるベンチマークとして、2015年に「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)」を制定しました。下記にある通り17の社会課題を定義しており、この背景には169の「Indicator」とよばれる定量的なKPIが紐づいています。これは従来のCSR的、慈善事業的な社会課題の解決に対するアプローチではなく、あくまで企業の営利事業のベンチマークとして分かりやすいように制定されているのが特徴で、前述の「Purpose-Led」な事業開発、イノベーション開発をこうした公的機関も後押ししているということです。

出典:SAPジャパン

国連は2030年までに解決すべき社会課題を17のゴールとして定義し、169のKPIを紐づけて民間企業の意識改革を仰いでいる(出典:SAPジャパン)

 

SAPジャパンが2018年3月に設立したオープンイノベーションコミュニティ「Business Innovators Network」の活動でも、国連のSDGsを座標に、参加企業の「Purpose-Led」な事業開発を支援するスキームを構築しています。本コミュニティが行う日本企業の支援の特徴は、オープンかつ治外法権的な「出島」としてコミュニティ自身が機能することです。現在、40社超の企業パートナーが集い、日本企業の変革を体系的かつオープンに支援するための活動を行っています。

SAPジャパンが2018年3月に発足したオープンイノベーションコミュニティ「Business Innovators Network」(出典:SAPジャパン)

SAPジャパンが2018年3月に発足したオープンイノベーションコミュニティ「Business Innovators Network」(出典:SAPジャパン)

以前の投稿(こちら)でもご紹介しましたが、SAPシリコンバレーには日々多くの日本企業の変革リーダーが訪れ、伝統的で重いドイツ企業であったSAPが近年ドラスティックに事業変革を行った事実から、イノベーションの型としての再現性を求めています。こうしたリーダーの多くは、正しく変革に対する危機感を抱いています。ただ、これだけ変動性の高い社会で自己変革を追求していくためには、同時に「レディネス(準備の網羅性)」を担保することも重要です。トップのコミットメントを得る、自前主義を脱却して広範なエコシステムに事業の革新性とアジリティを求めていく、変革を起こすべきビジョンを的確に定義する etc.. 必要な準備は多岐にわたりますが、Business Innovators Networkは「危機感はあるがレディネスが低い」日本企業に対して、この準備を網羅的に外から提供していく「出島」コミュニティであるとも言えるわけです。

冒頭でご紹介した6月のイベントは、こうしたオープンで多様性に富んだコミュニティ活動の機会を提供する目的で実施した、SDGsをテーマにしたアイデアソンでした。多様なバックグラウンドを持つ参加者が計35名参加し、4つに分かれたチーム間でSDGsの達成に繋がる事業アイデアを競いあいました。ここからは、この取り組みのフィードバックをしていきます。

35名の参加者が所属を超えてSDGsの達成の方策を議論したSAP Japan Executive SDGs Ideathon (出典:SAPジャパン)

35名の参加者が所属を超えてSDGsの達成の方策を議論したSAP Japan Executive SDGs Ideathon (出典:SAPジャパン)

1. アイデアソンの趣旨とデザイン思考の大義(SAPシリコンバレー 坪田 駆)

はじめにSAP シリコンバレー 坪田より、この取り組みの趣旨説明を行いました。同じ未熟児の低体温症という課題を扱う上で、MITとスタンフォードの学生がそれぞれアプローチをとったことをお話し、「解くべき問題が変われば解決手段も異なる」というデザイン思考の本質を用いて、本日は「問題発見」にフォーカスするようにガイドしています。

年間400万人の未熟児が生後1年以内に低体温症でなくなっている事実を取り上げ、世の中に残る課題を解決する際のアプローチを投げかけました(出典:SAPジャパン)

年間400万人の未熟児が亡くなっている事実から、未解決の社会課題を捉える際のアプローチを投げかけました(出典:SAPジャパン)

新しい問題を解く際により重要なのは、正しい問題を解いている確証です(出典:SAPジャパン)

新しい問題を解く際により重要なのは、正しい問題を解いている確証です(出典:SAPジャパン)

 

 

 

 

 

 

その後、デザイン中心の経営を行っている企業は平均より228%業績の伸びがみられるというDesign Value Indexの研究成果や、SAP自身のデザイン思考を中心とした変革のストーリーに基づき、前述の「Purpose-Led」な事業開発の重要性を参加者に伝えてSDGsアイデアソンへの導入としました。

2. スタンフォード大学の産学連携への取り組みとデザイン中心の事業開発の意義(スタンフォード大 Larry Leifer教授)

次に、産業デザイン界の50年に渡る歴史の生き字引と言われる世界的権威、そしてIDEO創業者のDavid Kelley氏や前SAP シリコンバレー責任者のSam Yen氏の指導教官でもあったLarry Leifer教授をお招きし、デザイン思考やスタンフォード大学の産学連携プログラム「ME310」に関するレクチャーをいただきました。スタンフォード大学の校外での講演は非常に珍しく、参加者も貴重で重みのある彼のレクチャーに聞き入りました。

スタンフォード大 Center for Design Researchの創始者であり産業デザインの世界的権威 Larry Leifer教授(出典:SAPジャパン)

スタンフォード大 Center for Design Researchの創始者であり産業デザインの世界的権威 Larry Leifer教授(出典:SAPジャパン)

 

デザイン思考の企業における適用の肝を「T型人材の行動規範(Behavior)」であることと位置付けていたほか、途中で近くにあったポストイットを投げ捨てるパフォーマンスも見せ、「ポストイットにアイデアを書いてデザインした気になるな。とにかくプロトタイプ(手に触れる物理的なもの)を作れ!」と発破をかけていました。また、近年のME310の研究成果にも触れており、日本企業の存在感が年ごとに薄くなっている現状に嘆く様子も見受けられました。d.schoolならぬ「d.Japan」の建設とスポンサーシップを参加企業に投げかけており、非常に営利企業とのパートナーシップを重要に捉えている様子が見受けられました。デザイン思考が実践的な学問体系であることを再認識しています。

3. SAPのオープンイノベーションコミュニティとSDGsをサポートする取り組みの紹介(SAP Next-Gen Victor Taratukhin)

続いて、SAP自身の産学連携の取り組みであるNext-Genの北米西海岸統括のVictor Taratukhinが登壇しました。オープンイノベーションにおいてアカデミックの存在は非常に重要で、学生のダイバーシティや発想力を活かせること、ならびに体系的にまとめられた理論や過去の実践を新しい取り組みに適応することを担保する点を強調しました。前述のスタンフォード大 ME310の今年のグループの取り組みを共有したほか、#sheinnovatesという国連の女性活躍推進の取り組みを例に、産学連携においてもSDGsをベンチマークしつつ、目的あるイノベーションが志向されていることを意味付けし、本会の趣旨を強調しました。

SAP北米西海岸のアカデミックアライアンスを統括するVictor Taratukhin(出典:SAPジャパン)

SAP北米西海岸のアカデミックアライアンスを統括するVictor Taratukhin(出典:SAPジャパン)

 

なお、ME310(リンク)とはスタンフォードの機械工学部が誇る名物授業で、毎年9カ月間を1タームとした産学連携プログラムです。スタンフォード大以外にも世界中の有望な大学がコミュニティを形成し、各年のスポンサー企業の事業課題(お題)をデザイン思考のアプローチを使い、機械工学的なプロトタイプを使って解決を目指していくものです。毎年SAPもスポンサー企業に名を連ねています。今年のSAPチームの学生はEコマース事業での返品率の高さを課題認識し、返品者と別の購入希望者をつなぐC2Cプラットフォームを構想しました。スタンフォード大のほか、マンハイム大の学生がSAPの課題解決を支援しており、例年実際に事業化するアイデアも少なくありません。

本年のME310プログラムにおける、SAPとスタンフォード大、マンハイム大学の共同研究の成果発表(出典:SAPジャパン)

本年のME310プログラムにおける、SAPとスタンフォード大、マンハイム大学の共同研究の成果発表(出典:SAPジャパン)

4. SDGs アイデアソン

2時間の講義に続いて、SAPジャパン社員のファシリテーションに基づき、4チームに分かれたアイデアソンが始まりました。冒頭、SAPジャパン 竹川 直樹より、SAPの社内起業家養成プロジェクトでの自身の経験を通して、SDGsの達成を目指す活動がCSR活動や慈善事業の延長線上ではなく、各企業の利益追求活動の一環としてのブレークスルーを追求すべき活動であることを強調しました。今回のワークショップも、単なるデザイン思考の体験を超えた、本気かつスケーラブルな事業構想の第一歩となることを想起して企画しています。

SAPの社内企業家養成事業の経験を通して、SDGsの解決が企業の利益追求活動と相関することを強調するSAPジャパン竹川直樹(出典:SAPジャパン)

SAPの社内企業家養成事業の経験を通して、SDGsの解決が企業の利益追求活動と相関することを強調するSAPジャパン竹川直樹(出典:SAPジャパン)

その後、社会ですでに取り組まれているSDGsの達成に向けた活動の数々を事例とし、各グループが解くべき課題の特定に移っていきます。

デザイン思考のプロセスに倣い、各自が解くべき社会課題の特定から始めていきます(出典:SAPジャパン)

デザイン思考のプロセスに倣い、各自が解くべき社会課題の特定から始めていきます(出典:SAPジャパン)

グループで解くべきSDGsのゴール設定を終えた後は、グループに戻りペルソナや現存するソリューションを考えた上で、世の中に未だかつて存在しないが課題解決に有効なソリューションのアイデア出しに移っていきます。はじめはこれまで話したことのない多様性に驚いた参加者が多く、グループ内での意見にもばらつきがみられたものの、切迫したタイムリミットとSAP社員によるファシリテーションをもとに、次第に議論にも調和が取れていく様子が見受けられます。年齢も職業もバックグラウンドもバラバラな参加者が一様に真剣に討議しています。

出典:SAPジャパン

異なるバックグラウンドを持つ参加者が、共通のテーマと進行プロセスを元に、次第に共通のアイデアを固めていく(出典:SAPジャパン)

最後に、討議の結果やアウトプットをまとめたプロトタイプを各グループが作り、3分間のプレゼンテーションを行っていきます。参加者が真剣に、かつ普段の発想をスケールした状態で適切な問題発見とプロトタイプを実践している様子が見受けられました。特に大企業の役員層にとってデザイン思考の実践は普段自分が取り組むものではないため、限られた時間の中で修正を重ねながら成果を出し切るところのダイナミズムが強く印象に残ったようです。

発表されたアイデアの例.

  1.  「見守りドローンが繋ぐ社会のセキュリティの輪」(SDGs 11: 住み続けられるまちづくりを)
  2.  「プロフェッショナルが支えるオープンな教育ネットワーク」(SDGs 4: 質の高い教育をみんなに)
  3.  「性別や所得の格差を乗り越える産学連携の教育プラットフォーム」(SDGs 4: 質の高い教育をみんなに)
  4.  「貧困をこえたサステイナブルな教育エコシステムの実現」(SDGs 1: 貧困をなくそう)

これらのアイデアについては、Business Innovators Networkの今後の活動の中でベンチマークし、広いステークホルダーを巻きこんだ実現性の検証を進めていきます。

本イベントの趣旨と今後のコミュニティ運営の展望

本イベントの趣旨は、多様性に富むコミュニティ活動として、オープンイノベーションの機会を日本企業に提供することにありました。一方で、こうした体系をサステイナブルに続けていくためには、Business Innovators Networkのように機会創出を増やしていく活動、ならびに個別の活動の参加者が自律的にフォローアップを行い続けるための行動規範とガイダンスの提供が重要です。

SAPという単一のステークホルダーが企業変革を訴え続ける限りにおいて、この成否は企業自身の意識改革を加えた双方向から語られるべきであり、これが特定の誰かの意識には依存せず、見守り続けられる体系を提供することが肝要です。今回、改めて日本企業に対する多様なコミュニティ提供の可能性を強く実感すると同時に、参加者自身が主体性をもつためのリアルな現場と体験づくりの重要性を再認識しました。

こうした知見をもとにした次なる活動として、SAPジャパン、ならびにBusiness Innovators Networkは、2018年7月2日に東京・大手町でのビジネスイノベーションスペース「TechLab(仮称)」の建設計画を発表しました。本コミュニティに参画する多様なステークホルダーが一堂に会し、日本企業の変革のレディネスを支援するための各種活動を展開する常設型のコミュニティスペースで、2018年11月のグランドオープンを予定しています。

SAPジャパンプレスリリース(2018年7月2日):ビジネスイノベーションスペース「(仮称)TechLab」を開設(リンク

2018年11月にオープンするビジネスイノベーションスペース「TechLab(仮称)」

2018年11月にオープンするビジネスイノベーションスペース「TechLab(仮称)」(出典:SAPジャパン)

 

TechLab(仮称)では、2000㎡の空間にBusiness Innovators Networkのコミュニティメンバーが常駐するためのスペース、デザインシンキングを行うためのコラボレーションエリア、イベントスペース、デザインシンキングのアウトプットを形にするための工房など、広範で通り抜けのいい空間を確保していきます。

従来の「洒落た仕事場」としてのコワーキングスペースとは一線を画し、変革を志す企業が新規事業を創出するための、リアルかつ等身大なコラボレーションスペースです。物理的な「出島」としてのスペースの提供はもちろん、本コミュニティに参画する多様なステークホルダーが一堂に会し、デザインシンキングを中心としたイノベーションフレームワークに沿って迅速、かつ実践的な新規ビジネスの構築と検証を行う「ソフト面」に注力したスペースであることが特徴です。SAPジャパンからも、イノベーション創出のためのきっかけとなるマッチングを行うコミュニティマネージャーや、デザインシンキングファシリテーターなどのスタッフが常駐します。

具体的には、「Inspire」「Ideate」「Develop」という1カ月単位のサービスを設け、参画企業の成熟度やフェーズに合わせたオープンイノベーションの支援を行っていきます。

TechLab(仮称)で提供されるイノベーション支援メニューでは、変革を志す日本企業に向けたソフト面の提供を行う(出典:SAPジャパン)

TechLab(仮称)で提供されるイノベーション支援メニューでは、変革を志す日本企業に向けたソフト面の提供を行う(出典:SAPジャパン)

 

  • Inspire: 参画する新規事業リーダーの変革マインドを刺激するため、「SAP.iO」や「SAP Academy」といった、グローバルで実績のあるイノベーター養成プログラムを日本に展開していきます
  • Ideate: デザインシンキングの実行を軸に、多様な参加者が高速に新規事業のプロトタイプとイタレーションを回せる環境を提供していきます
  • Develop: ビジネスのアクセラレーションを図るために、多様なビジネスパートナーが新規事業の立ち上げのスキームやパイロット環境を整備し、事業アイデアが形になるプロセスを支援していきます

ドイツ企業であるSAPが、日本国内でコミュニティ活動を展開する動機はどこにあるのでしょうか?それは、SAP自身が古くて重い企業が変革した好例と見られることと、本業であるデジタル事業の市場におけるコンテクストが変移し、より企業変革のドライバーとしての役割を求められるようになってきたことです。

多くの日本企業が、長年培ってきた自前主義に基づく均質な「いいモノ」「いいサービス」の大量生産だけでは市場価値を担保できずに苦しんでいます。一方、多くの企業は企業競争力におけるデジタル能力の位置づけを見直し、ITコストの削減やオペレーショナルエクセレンスの追求から、日本企業の社運をかけた大変革の支援にデジタルの価値が推移しています。

短期的な収益に根差した活動から、顧客の本質的な事業変革に最も貢献する企業であること、そして何よりその効果を勝ち取るのが再現性を持った日本企業自身であることを担保すべく、SAPジャパンは日本企業の変革のレディネスを高めるためのオープンコミュニティ活動を強化していきます。