通信業界における ビッグデータを活用した収益計上漏れの把握


サービス・製品の利益率や粗利益はどんな事業にとっても重要なKPIです。例えば製造業では製造原価が重要なKPIのひとつです。しかし通信業界では慣習上、収益は収益、費用は費用と分けて管理されることが一般的でした。実際に、ほとんどの通信会社においてサービスの業績評価は、加入数とARPU(Average Revenue Per User)で管理、評価されています。

ARPUとは、1ユーザーあたりの平均的売り上げを示す指標で「Average Revenue Per User」の頭文字を取ったものです。 主に通信事業のような月額課金モデルのビジネスで使われてきたKPIですが、最近ではスマホゲームなどのゲーム事業でも企業の業績を評価する指標として普及しています。

では通信事業に粗利益は不要か

では、通信産業では粗利益を意識しなくていいものでしょうか。

Barcelona, Spain, Teenager with a fixie bike in the city.

もちろん決してそうではなく、事業オペレーションの中でよく“逆ザヤ”になる事業やサービスがよく見つかり、通信会社はその対応に追われています。大きな需要を見込んでスタートしたのに加入者が集まらなかったサービス。フラットレートのサービスを予想以上にユーザが利用しすぎてしまう誤算。想定外に重畳されたディスカウント。パートナーとの共同キャンペーンにおいて、支払われるはずのインセンティブが条件のはざまに落ち込んで支払われないアクシデント。間違った処理でかかってしまう請求コストなど、枚挙にいとまがありません。世界どの通信会社でも、1000万以上の加入者がいるため、ちょっとした間違いが膨大な金額になる可能性があります。

さらに通信事業者をデジタルサービス提供者に変革させ、様々な産業とのビジネス連携を促進させるためのフォーラムスタンダードであるTMフォーラムにおいて、2016年に上記に該当する事案を集めたところ、平均的な通信会社における収益全体の1.5%に上ると予想されました。

MarginLeakage

先進国の通信会社は1兆円を超える収益をあげていますから、150億円以上が失われている計算になります。ちなみに日本のドコモ、ソフトバンク、KDDIがこの割合で収益漏れを起こしていたら500億円以上になっていることでしょう。

さらにTMフォーラムのその後の調査で、比較的わかりやすい事案 — 請求間違いや、間違った料金設定、過剰コストなど — が46%程度あることがわかりました。これらはまず、社内の現場・各部門が注意深く対応することで対処が可能と考えられましたが、依然として、“本来収益となるはずだった”事案が50%以上もあり、収益全体から見ても8%程度失われてしまっているのです。各社で注意深く調べてみると、ディスカウントの間違い、パートナーからもらえるはずの手数料、顧客への請求額を上回るローミングコスト、払いすぎた代理店インセンティブなど、個々の事案件数としては数千件~数万件程度のものが見つかりました。1万件といっても数千万加入のうちの一部でしかありませんから、このような事案を見つけ対処するのは多大な労力と時間がかかり、至難の業といえます。

ボーダフォンとSAPとのCo-Innovation

ボーダフォンドイツ支社はこのような事態を放っておくことをせず、データ分析によって見つける手法を模索しました。分析のために考えなければならない要素はまず、加入者の条件、様々なオペレーション、代理店管理、マーケティング管理、サプライチェーン、他通信会社との相互接続条件などが挙げられます。さらに粗利益の管理を行うためには、管理会計データを分析するだけでは十分ではなく、OSSやCRMに入っている情報、キャンペーン施策などのマーケティング情報など様々な要素を取り込まなければならないということにも気づきました。

ボーダフォンはSAPとともにビッグデータ解析の環境を構築し、Co-Innovationプロジェクトでのアルゴリズム開発を開始しました。

収益計上漏れの事案は個々の現場で起きています。それを分析するには本社のファイナンス部門スタッフだけが検討するのではなく、個々の現場がセルフアナリティクスのツールで分析を行い、原因を追究する必要があります。原因がわかったとしても、そのような事案が二度と起こらないように監視体制を構築することで初めて、収益計上漏れを防ぐことができるのです。

さらにボーダフォンは、加入者ひとりひとりにまでブレークダウンして粗利益を可視化できるようにし、現場ごとのセルフアナリティクスによって、その原因を追求し、かつ継続的に解析することで早期のROIを実現しようとしました。このボーダフォンとSAPのCo-Innovationによって開発されたソリューションがSAP BDMA(Big Data Margin Assurance)です。

通信収益分析ソリューションSAP BDMA

ボーダフォンとSAPは通信の収益性分析のためのソリューションを共同で開発しました

何よりも重要な機能は、これまで使いきれていなかったデータを使って多面的な分析を実施し、クラスタリングによって分類された中から粗利益が低いグループを見つけ、その中の特定のユーザにフォーカスして粗利益が低くなるようなパターンを見つける、というビッグデータによる原因分析です。

3000万の加入者全体を相手にしていてはわからないことも、小さなグループに分けることで問題が見つかることがあります。複雑な代理店やパートナとのインセンティブスキームや、予想外のユーザの利用など、これまで理解されてこなかったことを見つけることができるようになりました。このように、“わからないことがわからない”(Unknown Unknowns)という状態を発見するツールとして、SAP BDMAは開発されています。

これによって、ボーダフォンドイツ支社は、毎月数億円の収益計上漏れを発見し、今後の料金プランやキャンペーン、加入者対策などの施策を効果的に検討できるようになりました。

通信産業の5G 開発 さらに他のサービス産業に向けてのチャレンジ

SAP BDMAソリューションを活用することで、通信事業の特殊性と複雑な料金とコスト構造を解析し、これまでマニュアルでは分析しきれなかった収益計上漏れの実態と、その主要な原因を突き止めることに成功しています。

これまでは、必ずしも理由が想定できるものばかりでなく、現状から一律に、しかもマニュアルベースでブレークダウンして判明していなかった収益計上漏れの実態に取り組まなければなりませんでした。その理由に相当する取引を抽出、あるいは、収益計上漏れに対処するためのインサイトを見つけることは、残念ながら人が一生懸命に考えても、実現しきれませんませんでした。

デジタルツールを活用することで、重要な観点を見つけることができることが実証されています。SAPはこのように収益性に寄与するアルゴリズムを世界の通信会社様とのやり取りの中から随時開発し、SAP BDMAのアップグレードにより継続的に通信事業の収益性向上を支援しています。

これから始まる5Gサービスは今まで以上に激しい競争になる可能性があります。求められる投資もより大きくなっており、通信事業各社は非常に繊細なかじ取りを求められます。5Gをスムーズに開始し、次の投資に向かうためにも、まずは確固たるデジタル基盤を築くことでより緻密な収益性把握を実現し、安定的な利益を確保しながらサービスを提供していく必要があります。

また、通信以外の設備産業、サービス産業における収益計上漏れ把握についても同様の手法によって実施することが可能です。モバイル、ブロードバンドだけでなく、電力、ガスといったインフラサービスがどんどんセットになって提供される時代、より複雑に絡み合うサービスの収益性を担保しつつ競争をしていくには、ビッグデータの力が不可欠です。

※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、ボーダフォン社のレビューを受けたものではありません。