デザインシンキング×IWATE―デザイン思考で岩手の強みを生かしたビジネスを発掘


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岩手の技術や産業を世界ブランドにするデザインシンキング・ワークショップが東北初開催

秋の気配が近づいてきた9月下旬、「デザインシンキング」を体験する2日間のワークショップが岩手県で行われました。これはSAPジャパン株式会社(以下SAPジャパン)協力のもと、岩手県・岩手県立大学・滝沢市が主催したもので、東北では初開催。約80名の参加者が県内外から集まりました。

会場となった岩手県は四国4県ほどの広大な面積を有し、南北に主要な流通網である東北自動車道が走っているため、内陸部には工業団地が発達。自動車や半導体など製造業大手の工場が集積していますが、従業員ひとり当たりの製造品出荷額は全国38位、付加価値額に至っては43位と、生産性の向上が目下の課題です。

一方で、農業や林業に関してはドローンやICTを導入することで生産効率を高める事例も増えており、小さな改善を積み上げていくことは「控えめで真面目」と言われることの多い岩手県民ならではかもしれません。しかしながら、オール岩手のものづくり現場を底上げしていくには、これまでの常識や価値観を覆すもっと大胆なイノベーションが求められています。

そこで岩手県は、生産性の向上や新事業創出を狙いとした取り組みを企画し、そのプロセスを一緒に走るパートナーとしてSAPジャパンに協力を依頼。同社自身が過去、デザインシンキングを実践したことで経営環境における停滞期を脱し、イノベーションに成功した経験を持っていたことも強みでした。両者は約1年にわたって視察や勉強会を重ね、岩手県にカスタムメイドしたプログラムを準備。そのキックオフとして、今回のワークショップを迎えました。

思い込みを捨てる、不完全でも書き出す…デザインシンキングは考え方のストレッチから始まる

ワークショップは、デザインシンキングのファシリテーターとして活躍する、SAPジャパンエデュケーション本部の松井大輔を中心に進行。同氏によれば、イノベーションに必要なのは「creativity(創造力)」 と「execution(実践力)」。それらを引き出す手法がデザインシンキングであり、鍵になるのは「人間を中心に考える」こと。とことん顧客の立場になって観察し、深い共感を得るため、現場に出向いて固定概念や思い込みを取り払うことから始めます。

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初日は80名の参加者が2台のバスに分乗し、畜産、農業、ものづくりをテーマに3カ所を視察。訪問先は、乳製品ブランドでおなじみの小岩井農場、ICTを駆使してミニトマト栽培をモデル事業化した株式会社ネクス、金属加工業で医療用新素材開発に取り組む株式会社小林精機の3社です。施設や工場を見学し、経営者やスタッフから熱心に説明を聞いた参加者は、移動時間ぎりぎりまで質問を重ね、翌日に向けてしっかりとインプットしていきました。

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2日目のワークショップ本番では、会場を岩手県立大学近くのイノベーションセンターに移してスタートしました。参加者は学生や社会人、勤務先など多様性を考慮してAからHの8つのチームに分けられ、前日のフィールドツアーで得た課題や気づきをチーム内で共有。専属のファシリテーターとともに、「世界に発信できる岩手ブランド」は何かを模索していきますが、考えを発散する、収束する、可視化する、一連の作業すべてが短時間で区切られ、終わらなくても次のステップに進むよう促されます。不完全でもいいので方向性を見つけて、アウトプットする。そんな考え方のトレーニングのようでもありました。

時間の経過とともに、最初は少し硬かった会場の雰囲気も、徐々に変化。ペルソナを作り込み、岩手ブランドを利用する架空の人物になりきって顧客体験「カスタマージャーニー」を描く頃には、想像力豊かに意見を言い合っては笑う声があちこちから聞こえてきました。チームでアイディアを出し合うにあたり和やかな雰囲気は必要不可欠ですが、全国各地でデザインシンキングのワークショップを見てきたSAPジャパン常務執行役員の牛田勉によれば、まだ序の口のよう。「今回は1日だけですが、本来は3日間かけてやるワークショップ。その時はペルソナも2人、3人と増やして精度を高めていきます。参加者も長時間一緒に過ごしますから、今以上に笑い声も増えますし、チームの一体感も高まっていきますよ。」と語ってくれました。

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畜産、農業、林業、ものづくり、それぞれの課題解決に向けて個性豊かな8つのアイディア

2日目の最終発表では、1日かけて選び抜かれた8つのアイディアが披露されました。ものづくり業界の課題解決に取り組んだチームからは、岩手のものづくりビジネスに県内外の学生を授業の一環として巻き込み、新規事業立ち上げをサポートする案が、畜産業界の課題解決に取り組んだチームからは、外国人パテシィエに、岩手の酪農製品を使ったソリューションを提供するウェブサービスを立ち上げるといった案も。どのチームもペルソナによって課題や状況が明確になっているので、楽しみながら聞くことができました。

その後の審査は、岩手県立大学総合政策学部・近藤信一准教授を審査委員長として、いわぎん事業創造キャピタル株式会社代表取締役社長・稲垣秀悦氏、岩手県庁特命参事兼ものづくり産業振興課長・伊藤浩司氏、SAPジャパンの牛田常務によって行われ、独創性・実現性・収益性を考慮して採点がなされ、講評とともに順位が発表されました。審査員からは「点数は僅差。甲乙つけ難かった」と全体講評がありましたが、社会的なインパクトなども考慮されトップが決まりました。

この優勝チームに参加していた大学4年生の女性は今回の経験で自信がついたようで、「自分にはITの専門知識がなく、人前で意見を言うのも苦手なほう。でも、どんなことでも発言していいと言われ、むしろ楽しめた。人を中心にものづくりを考えるというのが新鮮。来年からは社会人なので、仕事にも活かしたい。」と話していました。

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参加した大学職員の男性は、「産学連携を推進する立場にあり、ワークショップに参加することも多いが、振り返るといつも目の前の問題だけを解決しようと動きがちだった。今後は課題へのアプローチを変えてみようと思う。」と、充実した様子。

普段はエンジニアとして働き、岩手から離れたことがなかったと語る男性会社員は、「県外の人とこういったグループワークをすることで、岩手らしさとは何かを知ることができた。今日の経験は会社で新規事業を始める時にも役立ちそうだ。」と、手応えを感じていたようです。

審査員のひとりである稲垣社長は、「今日で終わりではなく、このような取り組みが始まったこと自体が画期的。ビジネスモデルというより、岩手から世界に向けて“何かが生まれる”予感があって楽しみだ。」と、次の展開に期待を寄せています。

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今後はワーキンググループが結成され、事業化に向けて動きだします。
その際は今回のメンバーに限らず、参加者も公募されますが、事業化に向けては簡単ではないはずです。
このワークショップから生まれたアイディアが事業に昇華していくのか、楽しみながら行方を見守りたいと思います。