過去に学び、未来を切り開く、Purpose-Led(目的主導型)のイノベーション―防災シンポジウムin 日田 九州北部豪雨災害からの教訓 レポート
作成者:SAP編集部 投稿日:2018年11月22日
地域における防災・減災力の向上を目指し、大分大学が過去8 回に渡って県内各地で開催をしてきた「防災シンポジウム」。これまでの歩みの中で、大分県には集中豪雨や地震、土砂などによる大きな災害が頻発していることから、県民個々の災害に対する意識は、以前よりも高まりつつあると言えます。
しかし、発災直後には頻繁に取り上げられた報道や防災意識は時間の経過と共に低下していき、その記憶も次第に過去のものに。復旧には3年、復興には10年の月日を要することから住民や自治体には今もなお向き合わなければならない問題が多く残っています。だからこそ被災から受けた尊き教訓を次代に継承し、いかにして今後の県民生活に反映をさせていくべきか。
SAP も“Help the World Run Better and Improve People’s Lives.”という企業ビジョンのもと、「Purpose-Led(目的主導型)」でテクノロジーを使ったイノベーションと企業変革を推進しています。
これは自己の競争力に基づくビジョンと商品やサービスを通じた持続的な経済の発展や社会問題の解決のため、サプライヤー、顧客、従業員など組織を超えたエコシステムを構築し、イノベーションや変革と社会的課題解決を目標とした取り組みです。
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そしてSAP ジャパンは大分県唯一の国立大学として“大分創生”を掲げ、学術的見地から防災・減災に関する調査研究や教育活動を行う同大学の「減災・復興デザイン教育研究センター(以下CERD)」と共に、防災・減災活動に取り組んでいます。
終わらない、地域再生への歩み
8 月17 日・18 日の2 日間に渡って行われた今年度の防災シンポジウムの舞台は、平成24 年、29 年に発生した「九州北部豪雨」により、大きな被害を受けた大分県日田市。初日は参加学生らと被災地を巡るフィールドツアーを行い、翌日のシンポジウムを迎えました。
初日に参加したのは、院生を中心とする大分大学の学生と、日田市内の県立高校に通う高校生。引率する教諭らと共に被災地へ向かうべく、全員で1 台のバスに乗り込みます。今ツアーの位置付けは、翌日に控えたシンポジウムにて行われる学生提案の事前準備。本番で学生たちが担う役割は大きく、パネリストとして多くの有識者が壇上する中、フィールドワークにより自らが体感した現地の状況や対策、今後起こりうる災害との向き合い方を、学生の視点から一般の参加者へ問い掛けねばなりません。その提案を導き出す手法は、デザインシンキング。ただし今回は、本来のように十分な時間を割くことができないことから、被災地へ向かう車内にて簡易版デザインシンキング用のシートを学生全員へ配布。ツアー終了後、短時間でのアイディア創出を目指します。
アイディア創出は、大分大学の客員研究員でありSAP ジャパンでイノベーションを推進する吉田 彰がリードを行い「地域で起きた事実を自らの目で確認し、なぜ災害が起きてしまったのか。その理由を考え、若い世代が地域に対して果たせる役割とは何か。災害に強いまちづくりとは何か、という答えを自分なりに導き出してほしい。」と学生らに語りかけました。
バスの窓から覗く風景は、次第に被災地へ。たどり着いた先には、清流に恵まれた“水の郷”として愛され、江戸の面影を現在まで残す観光都市・日田市の顔がありました。訪ねたのは、集落のそばを流れる大肥川の氾濫により大量の巨石や土砂が流れ込んだ大鶴地区の瀬部・大肥集落のほか、大規模斜面崩壊が発生した小野地区、多くの観光者を迎え入れるも、内水氾濫により店舗・家屋が床上浸水などの被害を受けた豆田地区。
各エリアでは実際に被害を受けた住民や、復旧作業に従事した行政・土木関係者が案内人を務め、学生らに当時の被災状況や、現在の復旧状況を説明していきました。1 年の月日が経過してもなお、当時の爪痕を深く残す被災地の現実に驚きを隠せない学生は多く、なかには今回の視察により初めて被災地を訪ねたという地元高校生も。しかし“我がまちのため”という意識は、10 代の彼らの心に確実に芽生えており、大学生が主体となって行ったインタビューでは「災害を風化させず、継承する役割を果たしていきたい」、「将来は建設業に従事し、安心安全な暮らしを提供したい」といった前向きな声がみられました。
誰もが社会の一員。災害復興に若者の視点を
ツアーを終えると、高校生は早速自らの考えをデザインシンキング用のシートに落とし込み、相互レビューとプロトタイプ化を進めます。大学生は、高校生の意見を取りまとめ、また自らの考えも踏まえながら、翌日の学生提案に向けて発表の内容を固めていく最終作業へ。社会の変化を的確に捉え、徹底した顧客視点を持つことからスタートするデザインシンキングの思考は、今後様々な場面で応用でき、彼らの発想の幅を広げていくことでしょう。
「CERD」センター長の小林祐司氏は、シンポジウムで初めての試みとなるフィールドツアー・学生提案実施の経緯について、以下のように話をしてくれました。「防災活動やまちづくりの現場において、いつの時代も中心となるのは大人です。しかし、そのような地域課題に取り組むにあたり、本来は未来を担う若者の視点がとても重要だと思うのです。人口減少の時代に入り、若者に発言の機会を提供することこそ大人の使命ではないでしょうか」。
一般の参加者により、シンポジウム当日の会場は満席。講師による特別講演が終わると、いよいよ大学生チームによる発表がスタートしました。会場内のスクリーンにまず映し出されたのは、フィールドツアーに参加をした高校生たちのインタビュー映像。地域の明るい未来を願い、ときに戸惑いながらもストレートに自らの思いを言葉にする彼らの姿は、会場にいる大勢の観客の心を打ったことと思います。
そして、次に映し出されたのは、フィールドツアーとデザインシンキングを通じた学生の意見や、調査報告などが落とし込まれたESRI ジャパン提供のストーリーマップ。「九州北部豪雨」発生直後から継続するドローンを活用した現地調査の様子や、各地区の被害状況を詳細に伝える地図映像などにより、会場内に再びあの日の出来事が鮮烈に蘇っていくのがわかりました。
高校生と共に大学生が導き出した“災害に強いまちづくり”という提案は、デザインシンキングを組み合わせた事で災害状況や復旧の現状を住民視点で捉え、共感とプロトタイプによって短時間で多くのアイディアが創出された事を物語っています。
そのアイディアは、世代を超えた住民間の協力と行政との連携による「地域コミュニティ」の形成、河川等の整備を早急に実施する「ハード整備」を始めとした防災強化、迅速な情報発信を求める「情報化」の3 つに分類され、若者の視点が重要である事を印象付けました。
今回のシンポジウム参加を通じて感じたのは、会場には温かな2 つの思いが交差していたということ。それは、人口減少が進む中、地域に半世紀以上も寄り添う地元の方々が故郷へ抱く強い使命感。そして、物理的に離れた場所にいようとも、地域に安全安心な暮らしを提供するべく、最善の方法を模索する若者の願いでした。それらの声に互いに耳を傾け、手を取り合った先にこそ、防災・減災へと続く新たな未来図が待っているのだと思います。
多発する災害と被害の軽減を目的とした防災・減災と呼ばれる社会的課題解決は大きなチャレンジです。そしてチャレンジを支えるのは目的やビジョンを共にするSAP ジャパンと大分大学の連携です。Purpose-Led(目的主導型)のイノベーションの一つとして、デザインシンキングは組織や世代を超えた人々のマインドセットの変化を誘発します。
そして大分大学の学術的な見地とSAP の持つテクノロジーを組み合わせて、この社会的課題解決に向けてチャレンジを進めています。
平成 30 年度防災シンポジウム in 日田フィールドツアー動画