ヒューレット・パッカード・エンタープライズ : 待ったなしの全社IT改革

作成者:吉岡 仁 投稿日:2019年3月22日

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多くの日本企業が直面する「 」とは?

「 2025年の崖 」について、ご存知でしょうか?

図1

2018年9月に経済産業省が発表した「DXレポート」にて、焦点が当てられた日本企業の基幹系システムの危機的状況について端的に表した言葉です。

要約すると、多くの経営者が将来の成長、競争力強化のためにデジタルトランスフォーメーションの必要性について理解しているものの、これまでの部分最適なシステム構築により、全社横断的なデータ活用ができなかったり、過剰なカスタマイズにより、既存システムが複雑化・ブラックボックス化し、改革の阻害要因となっているというもので、課題を克服しなければ改革の実現どころか、2025年以降多大な経済損失をもたらすというものです。

※ 2025年の崖については、過去の弊社ブログに詳細記述しておりますので、そちらも併せてご参照ください。「2025年の崖」への一考察

データ活用のために上記のような既存システムの問題を解決し、そのためには経営改革そのものである全社業務自体の見直しも求められる中、現場サイドの抵抗も大きく、いかにこれを実行するかが日本企業にとって大きな課題となっています。

今回は、これら困難に果敢にチャレンジするグローバル企業の取組み事例をご紹介させていただきます。

ヒューレット・パッカード・エンタープライズ社のチャレンジ

hh.key

2015年ヒューレット・パッカード社が、PCおよびプリンティング事業に特化するヒューレット・パッカード社と、サーバーやストレージといったインフラ製品・サービスを主軸とする企業向けに製品やソリューションを提供するヒューレット・パッカード・エンタープライズ社(以下HPE社)に分社化したのは当時大きなニュースにもなりました。

急速にコモディティ化していたPC事業やプリンティング事業を切り離し、HPE社は自社が強みを持つインフラ製品やサービス、またそのクラウドサービス提供などで、企業向けビジネスに深みと高付加価値をもたらす差別化戦略を図ることで、この業界でのリーディングカンパニーになるというのが分社化の狙いとされていました。

New Style of Business powered by ITをスローガンに、企業のビジネス変革をサポートすることに主軸を置いたHPE社は、1年後にはエンタープライズサービス事業やソフトウェア事業の分離で自社事業の集中と選択を推し進めていく中、クラウド型ビジネスへのシフトや顧客に対する包括的な製品・サービス提供といったビジネスモデルの変化への対応や自社のコスト構造改革にスピーディに取り組んでいきました。

しかしこれらの改革に大きな障壁として立ち塞がったのが現行システムでした。10のERPシステムおよび周辺を含めると約900のビジネスアプリケーション、8個のマスターデータソースなどツギハギだらけの分散型システムが、ITコストへの負のインパクトだけでなく、ツギハギを埋めるための業務負荷の増大によって、業務コストにも負のインパクトをもたらしていました。

結果として新たなビジネスモデルへのシステム対応も困難であり、早急に抜本的な改革を推し進める必要がありました。

チャレンジへのキーワードは「スピード」と「シンプル化」

分社1年後の決算にて前年比売上4%減であったHPE社にとって、市場での成功評価を得るためにも、翌年度以降早急に結果を出さなければならない、まさに崖っぷちの状態であったのではないかと想像できます。

そんな中2017年、HPE社はベイカーヒューズ(米石油サービス大手。現在はGE社傘下)の元CIOを、全社IT改革(Next Gen IT program)の旗手としてCIOに招き入れました。

欧米企業ではCIO職の流動が比較的激しく、経営に直結するKPIに基づき自身の職務が評価されることがほとんどです。HPE社の新CIOも同様に、社長直轄で約300億円のコスト削減施策につながるIT改革を託されました。

この改革にあたっては、「スピード」と「シンプル化」が徹底して追求されました。

◼︎ シンプル化のためのルール

  •  10あった旧ERPシステムを1つに統合する  →  SAP S/4HANAを 新たなデジタル・コア基幹システムとする
  • 複雑なビジネスプロセスを標準化し、シンプルなビジネスプロセスにする →  1000あったビジネスプロセスを100に集約
  • 自社の競争優位性に関わるもののみを対象とし、不要な追加開発を極小化する → 結果的に追加開発を10%以下の水準に収める

また前述のルールに基づき、短期間での導入プロジェクトが進められていきます

◼︎ 短期間で導入するための工夫

  • SAP S/4HANAで事前定義されているグローバル業界ベストプラクティスプロセスを徹底して活用する  → キープロセスの90%以上で活用
  • 実機を用いた将来プロセス検証( Conference Room Pilot *以下CRP )をプロジェクト初期に実施し、早期に将来像を確定する → 机上検討の期間を圧縮する
  • 効果の早期享受のため、段階的にカットオーバーする → 会計・経営管理領域を最初に稼働させ、第二フェーズで販売・生産領域を稼働

プロジェクト期間・コストを圧縮するCRPとは?   – アプローチとメリット

CRP現在プロジェクト中ではあるものの、前述のルールや工夫によりCRP開始より約1年でHPEグループ全社の会計・経営管理基盤を稼働、その8ヶ月後には販売・生産領域を稼働させ、計2年弱の短期間でグローバルで一つに統合された新しいデジタルコア基幹システムを完成させます。

この困難であったチャレンジに対し、SAP S/4HANAがどれほど重要であったか、その価値をHPE社のチーフテクノロジストは下記のように語っています。

SAP S/4HANA はビジネスプロセスの刷新とスピーディな変革を支えてくれます。SAP S/4HANA に移行することはビジネスモデルの変化に、より迅速かつ効果的に対応するためには必要不可欠です。

Dave Carlisle  – CTO of IT Hewlett Packard Enterprise

日本企業は、崖にどう挑むべきなのか?

2019年2月のIR発表ではHPE社は通期利益見通しを上方修正し、経費削減策や新しいテクノロジーへの投資が、早速奏功し始めていることを示唆しています。

HPE社の取り組みは、ERPを導入する際の教科書的お作法に忠実にそして徹底的に従っていったものと言えますが、それを支えたのが”社内の人材”です。

  • CEO  :  全社改革のためには自社の抜本的なIT改革が必要不可欠と明確な指針を打ち出すとともに自らが全社改革の責任者として、プロジェクトに深く関与
  • CIO :  前職までの業務部門リーダーと密に連携した全社IT改革の豊富な経験および様々な業種でのCIO経験を通じたグローバルベストプラクティスのナレッジを買われ、変革プロジェクトの監督者および実行責任者として、プロジェクトをリード
  • プロジェクトリーダーおよびメンバー : テクノロジー視点だけではなく、自社ビジネスに対する深い理解と全社視点での将来のあるべきシステム像を描くスキルを持った人材で構成

自社にとって未経験の改革プロジェクトを成功させるには、強いリーダーシップ × 改革の経験 × 自社ビジネスおよびグローバル標準の理解といったスキルをもつ人材を組み合わせた自社の改革チームを構築できるかどうかが肝となります。

外部コンサルタントに丸投げで頼り切るのではなく、改革プロジェクトの様々な局面で自社の将来のあるべき姿や業務プロセスについて、自らが意思決定が可能な体制を構築するため、それら人材の確保または育成に努めることは殊更重要だと言えます。

いくつかの日本企業においても最近、社内外問わずスキルを備えた人材を確保・活用し、短期間のグローバル基幹システムの構築を含む全社改革を推し進めていらっしゃる事例も増えてきています。

グローバルビジネスを展開している以上、グローバル企業と同じようなことは日本企業は真似できないというのは、もはや通じない論理なのかもしれません。

HPE社と同様の危機感と覚悟を持って、情報システムとしての問題というよりは経営の問題として取り組む必要があるのではないでしょうか。

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本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、HPE社のレビューを受けたものではありません。

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