真に医療情報を生かす者 — マーシー・ヘルスケア・システムの躍進から学ぶ


実はマーシー・ヘルスケア・システム(以下Mercy)については、201510月に一度ブログでご紹介しています。Mercyがその年のSAPPHIRE NOWで注目を集めたことを受け、私のデジタルヘルスケアブログ第1回として取り上げました。もしもまだMercyの概要や初期の取り組みをご存知ない方はぜひお読みいただけると幸いです。>>先駆者のDNAを受け継ぐ医療管理機関マーシー・ヘルスケア・システムの挑戦

図1その後Mercyは、2016年にHealthcare Information and Management System SocietyHIMSS: 医療情報システム管理協会)より、電子カルテ記録(EHR)システムおよび業務プロセスの価値を最大化させ、コストと治療双方にとってよりよい結果を得るための診療データ活用を最適化させたとして、Davies Enterprise Award を受賞しました。>>Mercy | Davies Enterprise Award 2016

HIMSSはアフリカと南極を除く全大陸にコミュニティを展開している非営利団体。2019年にはアフリカへの進出も予定。「人の健康の最大化」をビジョンに掲げ、テクノロジーや医療情報を活用し、世界中の人びとが年齢や場所を問わず最適なヘルスケアサービスを享受できる世界を創造するための活動を行っています。

HIMSS Nicholas E. Davies Award Programはユースケース、モデルプラクティス、および情報とテクノロジーを効果的に活用して患者のアウトカムを改善する方法について学んだ教訓を認識し共有することによって、情報とテクノロジーを通じて健康を向上させるというHIMSSのビジョンを推進するものです。

出典:HIMSS ホームページ

そして2018年、再度MercyはDavies Enterprise Awardを受賞しました。 この受賞は医療情報とテクノロジーを活用して、プライマリーケアルームの再設計、ベッドサイドプロシージャーの収益を増加させる課金ワークフロー、オピオイド(麻薬性鎮痛薬)流行の影響に対して、オピオイド処方慣行の改善を目的としたプログラムの3つのユースケースを通じて患者のアウトカムを改善したことによるものです。>>Mercy | Davies Enterprise Award 2018

光栄なことに、2019年2月に行われたHIMSSの年次カンファレンスのSAP Customer Sessionでは、弊社との取り組みについてご講演をいただきましたので、本ブログでは講演内容に基づき最新動向をご紹介します。

Mercy as of Today 

Mercyは、カトリック系医療法人としては全米Top 5のひとつで、40を超える病院と800の外来診療施設を有し、ミズーリ州セントルイスを拠点にしています。その傘下にITを統括するMercy Technology Services(以下MTS)があります。前述の通りMercyITを活用し継続的に様々な改革を推進していますが、これを可能にするにはMercy同様、長い伝統と実績を持つMTSの力が不可欠でした。>>MTSの歴史

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Curtis Dudley, VP of Enterprise Analytics、Data Services、Performance Consulting, Mercy Technology Services

先日のHIMSS19の講演者であるCurtis Dudley氏はMTSにおけるEnterprise Analytics、Data Services、Performance Consulting担当ヴァイスプレジデントであり、臨床医や経営側がMercyの医療を次のレベルに引き上げるために安全にデータをアンロック(開放)する責任を負っています。MercyとMTSがSAPと提携したのはその実現のためでした。彼とその配下の80名以上のデータサイエンスチームは前回のブログでご紹介したような医療ビッグデータ活用による飛躍的な実績を挙げました。

その後Dudley氏は「私たちのすべてのデータはSAP HANAに基づいたデータプラットフォームの上にあります」とHealthcare Analytics News™に語っています。彼らがそのデータを駆使して具体的にどんなことを実現したのかを見てまいりましょう。

周術期医療データ活用による新たな価値の創出①:サプライコスト分析の成果

MTSデータサイエンスチームが周術期サービスに焦点を当て、使用する機器の評価について詳細な分析を行えるようになったとき、ふと、彼らは臨床診療におけるコストのかかる変動を見出しました。特定のケースに限ってなぜMercyにおける当該症例あたりの処置コストの平均を上回るのか。そのときDudley氏の脳裏をよぎったのは、過去にも問題とされ、議論されたものの解決に至らなかった「あること」でした。そこで彼は実際のデータを使って、ある外科医が使い捨ての先端メスを使用していたのに対して、同僚は再利用可能な機器を使用し、そこでコストの差が起きていたことを明らかにしました。無論、再利用可能な機器でも処置後の成果が得られている上で、です。

Doctors performing surgery in operating room --- Image by © ERproductions Ltd/Blend Images/Corbis

そのデータを見た外科医はこう答えました。「私も使い捨てのメスを使う必要がありません。」

アスリートと同様、プロフェッショナルにはきちんと根拠のある情報を用いて説得する必要があることが窺えます。

これはひとつの例で、Mercyの高度な医療技術とMTSのデータサイエンスをSAPソリューションがサポートし、周術期の効率性とコスト削減において新たな領域を切り開き、3年間で周術期のサプライコストだけで約3,300万ドルを削減しました。具体的にはSurgeon Scorecardを定義し、以下の5つのKPIに基づいて全ての処置の個別評価を可能にすることで周術期医療全般の改善を図っています。

  • コスト — 処置を行う全外科医の中でのランク
  • オペレーション — 誰が効率的な処置を行っているか
  • 処置の品質 1 — 再処置率
  • 処置の品質 2 — エビデンスベーストケアかどうか
  • サービス — 患者の満足度

今や周術期関連はMercyの中でも分析の進化が最もスムーズで最も有益なひとつとされています。何よりもコスト削減はMercyにとってのメリットであるだけでなく、ご存知のように医療保険制度の違いによって日本よりも個人の負担額が大きいアメリカの患者にとっても、大きなメリットがあります。

しかし、彼らの仕事はまだ終わっておらず、医療機器にさらなる焦点を合わせ始めました。

周術期医療データ活用による新たな価値の創出②:医療機器の性能評価を可能にしたことでの新たな研究コラボレーション

世界の医療機器市場は2020年には5,439億ドルに達すると見込まれており、アメリカだけでも6,500を超える機器メーカーが存在します。利用可能なデバイスの数が増えるにつれて、医療機関がそのデバイスの有効性を正しく理解することが、もはや使ってみることなしには困難になってきています。2013年、アメリカの議員たちは医療機器とその性能を把握するための独自の機器識別子:Unique Device Identification  (UDI)システムの道を開く法案を可決しました。>>アメリカUDIルールの概要

2012年、Mercyはアメリカ食品医薬品局(FDA)と提携し、UDIシステムに関するある18ヶ月のプログラムのパイロットを実施しました。この取り組みは体内に埋め込まれた冠動脈ステントがUDIシステムを介してどのように監視され、データがEHRシステムおよびFDAの有害事象報告システムに流れるかを調査することを目的としていました。

カテーテル治療、ステント治療についてはこちら。>>カテーテル治療の実際(国立循環器病研究センターホームページより)

例えばBoston Scientific社製の冠動脈ステントを使用したシナリオの場合、埋め込み時にシステムによりデバイスのバーコードをスキャンして患者の電子カルテ記録にアップロードします。その結果はデータサイエンスチームによって、Boston Scientific社製の他の患者に埋め込んだステントのみならず、他社、例えばAbbott社やMedtronic社などのステントと比較することが可能になりました。

「コスト、品質、そして患者のアウトカムを調べることができ、さらにどの機器がより良く機能しているかを知ることができます。」とDudley氏は述べています。

この取り組みにより、世界の医療機器メーカーとの新たな研究コラボレーションがもたらされ、MercyのEpicシステム、SAP HANAベースのMTSの堅牢なデータプラットフォームを用いた高度な分析技術、さらに10年以上に渡って識別されていない分も含めた診療データを医療機器の効果測定や評価に用いることができるようになりました。実際に2018年11月には、Johnson & Johnson社やMedtronic社が匿名化済みのこれらのデータを活用し始めたことが報じられています。つまり、Mercyは「医療情報」という新たな収益源を得たということです。>>Mercy Named One of the Nation’s Most Wired for the 15th Time

日本はMercyの取り組みから何を学ぶか

電子カルテ記録(EHR)は個人情報であり、それを経営情報として活用するには匿名化する前提での患者さんの同意が不可欠です。患者さんの同意を得る手続きを直接行うに当たってもっとも適切なのは医療機関であり、Mercyはオバマ大統領による医療保険制度改革施行よりもはるか前からEpicシステムの電子カルテ記録(EHR)システムを導入し、2008年までに全患者の臨床データの格納を完了、その後も歩みを緩めることなく医療におけるIT活用を推し進めてきたことが何よりも彼らの強みの源泉と言えます。やはり何事においても取り組み開始の早さが効いていると言えます。

さらに一般の企業にもヒントになるのは、やはりMTSの存在だと思います。今一度MTSの歴史をご覧いただくと、このとりくみが経済産業省DXレポートで述べられている「攻めのIT投資」の非常に成熟したモデルを示したものであることをご理解いただけると思います。

Shot of a group of colleagues using a computer together during a late night at work

IT運用を早々にアウトソーシングされている日本企業は多く、しかし社内のIT要員の役割がその契約管理やリソース管理に留まっている例もまた多く見受けられます。一方で日本企業の社員はアメリカと違い一般的に勤続年数が長く、それだけ業界や自社に関する知識を有しておられますので、この機会にIT運用管理要員としてではなく、MTSデータサイエンスチームのような役割に徐々にシフトされるのはいかがでしょうか。ビジネスや社内システムのデジタルトランスフォーメーションと同時に人材のデジタルトランスフォーメーションを推進することで、社員個々人にとっての具体的な未来が見え、それによって人材のモチベーションを高く保てると期待できます。

※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、マーシー・ヘルスケア・システムのレビューを受けたものではありません。

参考ビデオ:Mercy Health — SAPソリューションを活用して患者優先のサービスを提供 (画像をクリックすると動画に飛びます)

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出典:With SAP Data Solutions, Mercy Cuts $30 Million in Implant and Surgical Supply Costs