最新テクノロジーによる新たな金融テロリスト対策への取り組みがいよいよ米国で始動


はじめに

マネーロンダリング(Money Laundering:資金洗浄)、犯罪や不当な取引で得た資金「汚いお金」を「きれいなお金」にするという行為は、現代社会においてその手口・手段も巧妙化、さらに地理的・国際的な拡大を続け、国連薬物犯罪事務所(UNODC:United Nations Office on Drugs and Crime)によれば、毎年8000億ドルから2兆2000億ドル(世界のGDPの2〜5%)相当が資金洗浄されていると公表されています。またBasel AML Index(Anti-Money Laundering)129カ国を対象としたランキングにおいては、マネーロンダリング活動に対し有効的な対抗措置などの大きな進展はなく、42%の国が2017年から2018年にかけてそのリスク・スコアを悪化させ、37%の国が2012年よりも悪いリスク・スコアを持っていると公表しています。

米国の動向

米国では以下5つの政府機関より2018年12月3日に共同声明が発表されました。政府機関は銀行秘密法とマネーロンダリング防止(BSA:Bank Secrecy Act/AML:Anti-Money Laundering)の要件を遵守するために、銀行に特定の方法や技術を主張することはありませんと前置きした上で、銀行による新たな人工知能(AI)やその他の革新的なアプローチによるパイロットプログラムの利用などを歓迎する。例えば、銀行がAIベースの取引監視システムをテストまたは実装し、現行システムのプロセスでは特定できなかった不審な活動を特定した場合などでも、当局は銀行の現行プロセスに欠陥があるなどとして追加制裁や批判を必ずしも行なわないとも発表しています。これらは今後、官民一体となりイノベーション技術を取り入れる協力をし、新たなテロリスト対策に取り組むという方向性を示したものと言われています。

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  • 連邦準備制度理事会(FRB:Board of Governors of the Federal Reserve System)
  • 連邦預金保険公社(FDIC:Federal Deposit Insurance Corporation)
  • 金融犯罪捜査網(FinCEN:Financial Crimes Enforcement Network)
  • 全米協同組織金融機関監督庁(NCUA:National Credit Union Administration)
  • 通貨監督庁(OCC:Office of the Comptroller of the Currency)

 

日本の状況

2018年に金融機関などが犯罪収益やマネーロンダリング(資金洗浄)の疑いがあるとして国に届け出て受理された取引は41万7465件(前年比4.3%増)で過去最多。内訳は、銀行や信用金庫・信用協同組合など「預金取扱機関」からの情報が全体の87%。仮想通貨交換業者は、前年の10倍以上の7096件の届け出があったと警察庁から発表されています。警察庁では、国境を越えた資金洗浄対策として2018年末時点で104カ国・地域の資金情報機関(FIU: Financial Intelligence Unit)と情報交換しており、2018年に各機関に情報提供を要請したり、要請を受けたりした件数は327件だったとも公表しています。

折しも、我が国においてはマネーロンダリングやテロ資金対策審査をする国際組織であるFATF(Financial Action Task Force、金融活動作業部会)の第4次対日相互審査が今秋に迫っています。それに向け金融庁でも国内金融機関にマネーロンダリングおよびテロ資金供与防止対策(AML/CFT:Anti-Money Laundering/Countering the Financing of Terrorism)強化を求めています。対象は銀行や信用金庫・信用組合のみならず、証券会社、生命保険会社、損害保険会社、貸金業者、資金決済業者、仮想通貨交換業者に至るまでとなります。現在、改正後の犯罪収益移転防止法にて「疑わしい取引の届出」の対象事業者は、貴金属取り扱い事業者や宅地建物取引事業者などへも拡大された結果、FIUも金融庁から国家公安委員会・警察庁、犯罪収益移転防止対策室(JAFIC:Japan Financial Intelligence Center)に移転されています。いずれにしても、我が国の金融機関はAML/CFT態勢の厳格化・高度化が強く求めているという状況にあります。

それに対し、大手銀行などでは金融犯罪対策室、コンプライアンス(法令順守)部門などに多くの専門家人員を配置していても容易に対処ができず、その対策の難しさも顕著化しています。そんな中、邦銀大手では米国にてOCCからマネーロンダリング防止の内部管理体制が不十分との指摘を受け、改善措置を命じられ、制裁金こそは科されていないがテロ組織などに資金が流れるのを防ぐ対策強化を進めるというニュースや、新たに今後はマネーロンダリング対策強化の一環として、新たに店舗窓口での海外への現金送金を停止、手数料の低いインターネットバンキングなどへ誘導するなどのニュースも流れている。そもそも極めて専門性が高いAML/CFT対応ができる人材育成は限界、かつ外部に人材を求めるにしても、決して簡単にはいかない深刻な問題を抱えることになるでしょう。一部の大手銀行ではマネーロンダリング対策で疑わしい取引を収集するなどの業務へロボティック・プロセス・オートメーション(RPA:Robotic Process Automation)などの活用も始めていますが、いずれ海外の革新的な金融機関が取り組みを始めているようなAI活用、情報対象範囲の拡大、リアルタイムモニタリングなどへ取り組むことも避けては通れないのでないかと思われます。

AIおよび機械学習を活用したソリューション

Quantiply社(https://www.quantiply.com/)は、SAP.iO(SAPのスタートアップアクセラレーションプログラム)からスタートしたパートナー企業です。不審な金融取引の識別と分析が可能なマネーロンダリング対策および顧客確認(KYC:Know Your Customer)などを支援するRegTechソリューションです。またSAP HANAとプラットフォームにデータを格納しており、共同でお客様への提案を行うなど緊密に連携しています。Quantiply社は金融機関や規制当局とも緊密に連携することで、金融犯罪をストップさせることができると考えています。

米国では銀行は10000ドルを超える現金取引について、規制当局に報告することを義務付けられていますが、問題は銀行は高額の現金取引が行われたことは知ることができるのにそれを行ったのが善良な人なのか、悪い人なのかがわからないことです。Quantiply社は従来の古典的なルールベースとスレッシュホールド(閾値)によるAMLソリューションに代わるものとして、Quantiply Sensemakerを開発しました。それは人工知能(AI)と機械学習アルゴリズムを使用して、潜在的な犯罪者や高リスクの取引を識別し、金融機関や規制当局が不審な活動により精度の高いフラグを立てられるようにしています。具体的にはQuantiply Sensemaker 内にて、顧客をGenome(遺伝子)、Finger Print(ハッシュ値)で表現し顧客の行動をFACTベースで認識、現在5つのモデル(リスクトポロジ)と100個のシナリオがプリセットされているとのこと。これらはBehavior(ふるまい、行動、挙動)として捕捉されるようです。

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これまでのルールベースアプローチでは、フラグが立てられた取引の最大95%で誤検知(False Positive)が生成され、そのケースを確認処理するのに約3~5時間を要するが、AIベースのQuantiply Sensemakerシステムでは顧客の行動をベースに学習、結果はSAP HANAプラットフォームに格納しており、ユーザーはそれぞれのシナリオケースについてリアルタイムで判定を行うことができるようになります。導入したその日から最大で65%の誤検知を削減したということもあるようです。しかし実際のところ、問題は誤検知や検知漏れ(False Negative)ではなく、リスクを解決するというよりリスクをいつ防止できるかの方が重要だと考えられています。銀行は、常に顧客に優れた体験を与えたいと考えていますが、相手がもし犯罪者であれば誰しも取引をしたいとは思いません。Quantiply社の目標は銀行がより良い金融機関となる支援をするだけでなく、ディープラーニングを組み込んだ最新のパターン認識とネットワーク検出により、新しいアップセルやクロスセルの機会を生み出せると考えています。結果的に同じしくみで顧客離反リスクまでも減らせるものと考えています。

従来のシステムにおける取引モニタリングで起こっている主な問題

  • 古典的なルールベースのモニタリングは生産性が低く、大部分のルール検出において報告されるアラートは1%未満
  • 誤検知率が非常に高く本当に疑わしい取引を見つけるための専門家の人件費、管理コストは増加するばかり
  • 専門家による調査時間とその労力の70%以上が、複数システムから基本的な顧客情報履歴などを収集する程度に留まる

Quantiply Sensemakerソリューションの特徴

  • 既存のAMLソリューション(SAS、NICE Actimize、Oracle Mantas、BAEなど)と連携、共存が可能です
  • 現在5つのモデルと100以上のシナリオ生成を組み合わせて利用できます
  • ハイパフォーマンスのインメモリーデータシステム (HANA)、Hadoopデータレイク環境を利用
  • 過去データに対する分析ではなくリアルタイムの取引データ分析を実施
  • AI ベースのエンジンが、取引を分析および分類し、疑わしい取引をリアルタイムで特定できる機能を提供
  • リスク指標および取引者の疑わしい振る舞いを特定し、不正行為者に対するリンクを自動設定するアルゴリズム
  • 誤検知や検知漏れを大幅に削減
  • 機械学習機能により誤検知や検知漏れを継続的に学習し、システム機能を改善し続ける
  • 疑わしい取引報告(SAR:Suspicious Activity Report)などのコンプライアンスレポートを自動的に生成

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先日Quantiply社が来日し、国内の金融機関やパートナー企業などと面会した際、現状は従来のルールベースシステムを用途別に複数ソリューションが併用され、業務フローも個別、それなりの規模の専門チームにて対応し、誤検知件数は平均すると80%程度。そして月間アラート数は、数千~数万件のレベルにあり、そのノイズには人が対応することになり、範囲や閾値次第では今後ますます人手がかかり、対応コストが逼迫することは問題視されていました。Quantiply社のソリューションは現行システムを一気に変更するよりは、まず45日程度のPoV(Proof of Value)サービスにて本格導入に先立って現状システムとの比較を行うことで、その価値を評価いただくフェーズを経ることが通例となる模様です。本番導入後は平均して約90日~120日の運用で運用定着化が図れるケースが多いとのこと。また、彼らは積極的に海外の規制当局ともコミュニケーションをとっており官民にとって有用となる製品ベンダーを目指しているようです。

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最後に

特に我が国の人口減少に伴う企業の雇用問題は喫緊の課題となりつつある中、AMLなどの専門領域における人材確保・育成は著しく厳しくなることが容易に想像できます。近い将来に日本政府でもイノベーション技術、自律型AIベース、リアルタイムモニタリングなどと言った革新的な手法・アプローチを受け入れると同時に、新たな挑戦に速やかに挑む日本の金融機関がいずれ現れることを期待したいと思います。

出典:

Joint Statement on Innovative Efforts to Combat Money Laundering and Terrorist Financing

https://www.occ.gov/news-issuances/news-releases/2018/nr-occ-2018-130a.pdf

 

Leveraging AI and Machine Learning to Fight Financial Crime

https://news.sap.com/2018/11/quantiply-ai-machine-learning-fight-financial-crime/