公共交通機関、利用客、近隣ビジネスの「三方よし」を実現、グリーン化にも貢献するモントリオール交通局


※2013年6月追記: 新しくプロモーションビデオ(日本語字幕つき)がアップされました。
■外出中のお客様に「全自動でおもてなし」を提供するモントリオール交通局
http://www.youtube.com/watch?v=udGDsK-liDY

カナダ第二の大都市であり、1976年のオリンピック開催やシルク・ド・ソレイユの本拠地としても知られるモントリオール

都市圏人口370万人の2/3はフランス語を第一言語としており、パリにつぐ世界第二位のフランス語都市であることから「北米のパリ」とも称される美しい街である。

モントリオール港の秋

モントリオール観光局(http://www.tourisme-montreal.org/)

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モントリオール交通局 Société de transport de Montréal (STM)は、モントリオール都市圏の公共交通機関である。地下鉄4路線86駅、バス186路線などを運営し、地下鉄だけで1日あたり約120万人、年間4億人の旅客に足を提供している。北米ではニューヨーク、トロントに次ぐ第三位の規模にあたる。

STMが運用している2台連結バス(上)、地下鉄路線図(下)

そのSTMが、SAPプレシジョン・マーケティングを採用し、利用客に対してあらたなユーザー・エクスペリエンスを提供しているという。地下鉄とプレシジョン・マーケティングの関係は?

SAPプレシジョン・マーケティングについてはこちら。

リテールの歴史を塗り替える!? SAPプレシジョン・マーケティング~その1

チラシ・値引きなしで売る!SAPプレシジョン・マーケティング~その2

「費用対効果のはっきりしないO2O」はもう古い~SAPプレシジョン・マーケティングその3

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以下、STMのCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)、ピエール・ブルボニエ Pierre Bourbonniere 氏の講演を中心に構成した。

STMのCMO、ピエール・ブルボニエ氏

STMのマーケティングの基本戦略は、旅客数を増やして運賃収入を増加させることと、非運賃収入を増やすことの両輪です。

運賃収入については、STMは年間4億人の旅客を運んでいますが、これを2020年までに5.4億人へ、約40パーセント増やすという非常にアグレッシブな目標を立てています。しかし人口はそんなに増えるわけではありませんから、利用回数を増やす必要があります。具体的には、クルマで移動しているモントリオール市民に、地下鉄やバスの魅力(利便性、低コスト、環境負荷が低いことなど)をアピールして、公共交通機関に切り替えてもらうことです。

非運賃収入については、従来からの広告料や、駅などの施設の利用料などがありますが、これについても増やしていきたい。

そのためのひとつの施策として、STMでは2008年にOpusカードという非接触型スマートカードを導入しました。

モントリオール近郊の6つの公共交通機関に共通で使うことができ、また定期券や1日券の機能も兼ねているため、お客様の利便性の向上と利用頻度のアップに寄与しています。Opusカードは現在までに約300万枚が発行され、うち100万枚はほぼ毎日利用されています。

さて、Opusカードをベースにさらなるお客様サービスの向上を図ろうと考えたとき、STMは、航空会社のマイレージのようなありがちなポイントシステムとは一線を画したいと考えました。各社がそれぞれにポイントカードを発行し、サイフがぱんぱんに膨らんでいる状況に消費者はうんざりしています。そういったものではなく、環境にやさしい公共交通を日々利用していただいていることに対する謝意を示し、そしてメリットを還元するシステムです。

具体的には、お客様の好みや履歴にあわせてパーソナライズされた魅力的なオファーを、位置情報を加味して、リアルタイムにスマートフォンに送り込むことです。

お客様は関心がないのに勝手に送られてくるオファーにはうんざりしています。いかにしてお客様の関心に合わせるか?そのカギを握るのが位置情報です。今どこにいるのか?どこに向かっているのか?をリアルタイムに把握することで、お客様の今現在の関心事に合わせたオファーを選ぶことが可能になります。

オファーの提供者については、STMの100社以上の既存パートナーをまず取り込みました。パートナーには、広告を出してくれている商店(日用品、食品、ドラッグストアなど)、グリーン化推進のため手を組んでいる交通パートナー(カーシェアリング、カープール(乗合通勤)、タクシー、自転車シェアリングなど)、そして市内で開催される各種イベント(オペラ、オーケストラ、ダンス、映画、見本市など)があります。

外出先にいるコンシューマをこうしたパートナーとダイレクトに結び付ける、のがこの施策の根幹です。

この戦略を実行するため、STMはSAPとのCo-innovation(共同イノベーション)を選択しました。SAPプレシジョン・リテーリングはモバイル顧客とのワン・トゥ・ワンのコネクションを築くための心臓部です。

まず利用者2万人をパイロットプロジェクトに参加してもらい、2012年秋からテストを続けています。パイロットではiPhone限定でしたが、今後Android等にも拡大する予定です。2013年2月には本番稼働させ、2013年後半には20万人から100万人に広がっているものと期待しています。

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では、デモをご覧いただきましょう。

メラニーはiPhoneのSTMアプリを開きました。

右→の「設定 Parametres」画面ではさまざまな情報が設定できますが、まずは「Opus登録 Enregistrement OPUS」画面で、氏名、Opusカード番号、郵便番号、生年月日などを登録します。

また「好み Preferences」についても入力を求めます。「アート」「健康」「フード」「ファッション」「家族でお出かけ」などから興味のある項目を選んでおくと、それに関連したオファーが届きます。

 

←オファーは、さきほどご説明したようにさまざまな種類がありますが、左の「交通 Transport」では

■ Communauto(カーシェアリング)

Bixi(自転車シェアリング)

■Taxi Diamond(タクシー)

Velo Quebec(ケベック自転車協会)

などの交通パートナーからのオファーがあります。

 

 

右→の「商店 Marchands」では、

■IGA(スーパーマーケット)

■Jean Coutu(ドラッグストア)

■St-Hubert(レストラン)

■Pain Dore(パン屋)

などのパートナーが出ています。

たとえば、ある乗客が下車予定のバス停まであと10分のところにいるとしましょう。すると、バス停のところにあるスーパーマーケットIGAから「夕飯に牡蠣(オイスター)はいかがですか?今なら無料で配達しますよ」というオファーが入ったり、その隣の酒屋から「白ワインもいかがですか」というオファーが来たりするわけです。

←左図の左の「イベント Evenements」では、たとえばモントリオール・オペラから、最初の5人は無料、次の5人は1枚買ったら1枚無料、次の5人は20%オフ、などの”早い者勝ち”オファーが届いています。

オペラ会場に着いたら、チケットブースに行ってクーポン(←左図の右写真)を提示すれば、オファーが受けられます。

 

 

 

 

さらに、オペラ会場への行き方と時間も検索できます。右→「ルート検索 Trajet」では、いくつかのルートの所要時間と運賃、そしてそのルートを選ぶことでセーブできる木の本数が表示されます。

 

 

 

 

 

また、左←のように、公共交通機関を使うことでどのくらい環境に貢献したか?を樹木に換算して表示しています。都心への往復は樹木1本分に相当するとされています。

この画面では、メラニーは1ヶ月で42本、コミュニティ全体では5,213本分の二酸化炭素排出を抑えることができ、またコミュニティ内でのメラニーの”環境ランキング”順位は73位となっています。このようにゲーミフィケーションの要素を取り入れ、コミュニティ意識と多少の競争意識をも根付かせることを狙っています。

 

 

 

 

このパイロットはお客様とパートナー企業の両方に、野火のように広がっていくだろうと想定しています。もちろんパートナーはSTMの戦略目標に合致し、かつターゲットとする顧客属性が合致しなくてはなりませんが、そうした企業は既存パートナー以外にもたくさんあります。

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SAPプレシジョン・リテーリングは、コンシューマが持つスマホアプリに対して、パーソナライズされた「オファー」をリアルタイムに送り込むことによって、全自動で”おもてなし”を実現していく仕組みである。

これを利用する企業は、主にスーパーマーケットなどの小売業者が想定されていたが、STMはこの仕組みをそのまま鉄道事業者の文脈に持ち込むことに成功している。「オファー」は、なにも事業者自身が出さなくてもよいのである。駅の周辺にあって、駅の利用客に対してアピールしたい商店やイベントはたくさんある。鉄道事業者は、その集客力・旅客に対する影響力を行使して、「場」を仕切っていけばよい。

※前稿での仮想事例「沿線ナビ」とまったく同じユースケースである。

スーパーマーケット文脈では、「お買い物リスト」アプリに、これから買いに行く商品を登録してもらうことで、より買い物客の関心(=買おうとしているもの)に近いオファーを選び、パーソナライズを実現していたが、鉄道事業者の場合はまた違った形でのパーソナライズが可能だ。定期券を持った乗客は、住所や年齢などの属性情報が登録されていることに加えて、「どの駅へ」「何時何分ごろ」到着するかがほぼ読めるから、それにタイミングを合わせて、その駅周辺のオファーを提示すればよい、というわけだ。

さらにSTMの仕組みの優れたところは、これを営利目的でなく、むしろ環境への配慮(グリーン化)のため、と位置付けて見せたところにある。あなたに鉄道・バスを使ってほしいのは、(ウチの売上が増えるからではなく、)そのほうが環境にやさしいからです、というわけだ。

もっとも、環境先進国カナダのこと、こうしたグリーン化についてはすでに多種多様な取り組みが実践されている。

たとえば、上記で「グリーン化推進のため手を組んでいる交通パートナー」として紹介されている コミューノート Communauto は、カナダ最古参のカーシェアリング会社。1994年モントリオールで創業、現在オタワを含む5都市において、約1,300台の車両を運営している。2012年10月にはSTMと連携し、Opusカードでカーシェアのドアロックを開錠できるというパイロットを開始。2013年2月からはすべての車に適用する予定、とのこと。

また同じく紹介されている ビクシー Bixi は「自転車シェア」システム。2008年にモントリオールで創業、現在ではボストン、ロンドン、メルボルン、ミネアポリス、ワシントンDCなど各地に活動を広げている。モントリオール市内では自転車約5,120台を運用。ビクシーも、OpusカードやSTMとの連携で、地下鉄・バス+自転車、の利用を推進している。

「あなたは〇ポイントゲットしました」より「木を〇本セーブしました」のほうがウケるお国柄だからこそ、「ユーザーエクスペリエンスの改善」が「グリーン化」とごく自然に結びついたのであろう。

しかし日本でも、とくに原発事故以降、節電や環境配慮への関心はかつてなく高まっている。この方向性を応用することは日本でもできるはずだ。

また、STMのOpusカードは運賃支払い用途に限定されており、日本の交通系ICカード(Suica、Pasmoなど)のように一般の商品の購入に使うという機能はない。逆に言えば、日本の交通系ICカードなら、商品の購買履歴まで取れるわけで、さらにやれることは増えそうだ。

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※この記事は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、STMのレビューを受けたものではありません。

【参考リンク】

■外出中のお客様に「全自動でおもてなし」を提供するモントリオール交通局
http://www.youtube.com/watch?v=udGDsK-liDY

■STMのCMO、ピエール・ブルボニエ Pierre Bourbonniere 氏のプレゼン
http://www.sapvirtualevents.com/sap-retail-forum-north-america/sessiondetails.aspx?sId=3631

■同講演の資料(PDF)
http://sapvod.edgesuite.net/SAP_Forum/retailforumna/2012/pdfs/STM.pdf

■Chain Store Age誌の記事
http://chainstoreage.com/article/building-relationships-0

■Using Customer Data to Reward Customers Daily (マーケティング・マガジン)
http://www.marketingmag.ca/news/marketer-news/using-customer-data-to-reward-customers-daily-65664

■STMのプレスリリース
http://www.stm.info/English/info/comm-12/a-co120921.htm

■STMについて(Wikipedia)
http://en.wikipedia.org/wiki/Soci%C3%A9t%C3%A9_de_transport_de_Montr%C3%A9al

■ピエール・ブルボニエ氏へのインタビュー
http://www.youtube.com/watch?v=nWA-t0uP0pg

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