わずか7週間で「在庫・仕入・需要予測データベース」を構築、ロングテールな在庫の回転率を単品レベルで最適化、数十億円を節約するキングフィッシャー


キングフィッシャー Kingfisher は、ロンドンに本拠を置く、欧州最大のホームセンター(DIY)事業者である。

キングフィッシャーのホームページ

売上は約108億ポンド(約1.58兆円)で、世界でもホームデポ、ロウズに次ぐホームセンター業界第3位。イギリスをはじめ、アイルランド、フランス、スペイン、ポーランド、ロシア、トルコ、中国の8か国でB&Q、Castorama、BricoDepot、Screwfixなど9つのブランド、1,002店舗を展開している。従業員は約8万人である。

ちなみに日本DIY協会によれば、日本国内のホームセンター市場4兆円強、店舗数は4,000店強なので、キングフィッシャー1社は日本の1/4程度の大きさということになる。

あるいは国内のDIY業界トップ5社(DCMホールディングス、ニトリ、コメリ、コーナン商事、ナフコ)の売上高を合計すると、キングフィッシャーとほぼ同じである。

■「ロングテール」と「在庫負担」のバランス

ホームセンターは、典型的な「ロングテール」ビジネスである。

材料になる木材やパイプ、木ネジやクギやボルト、ペンキや塗料、多種多様な工具、家具や収納、カーテンにカーペットに、、、とすべてのカテゴリにおいて数百種類のバリエーションがある。

キングフィッシャーのフランスでの事業ブランド Brico Depot 。同社 Image libraryより。(http://www.kingfisher.com/index.asp?pageid=115&category=28)

広大な店舗に圧倒的な品揃えを持ち、DIY愛好者のありとあらゆるニーズにワンストップで応えること、これこそがまずホームセンタービジネスの生命線であると言ってよいだろう。

ちなみに筆者も、まさにDIY愛好者なので、ホームセンターへ行くと、無条件にワクワクする。買わなくても、見て歩くだけで、純粋に楽しい(笑)。

しかしそうした消費者視点から離れて、ビジネスとしてホームセンターの店内を見渡すと、、、この少量多品種な品揃えの在庫回転率は、いかにも低そうだ。

実際、経済産業省の平成19年商業統計(5年ごとの統計なので現時点ではこれが最新)をみても、日本の全小売業の平均が11.0回転、百貨店が15.4回転、総合スーパー12.9回転、食品スーパー31.4回転、終日営業のコンビニ30.4回転なのに対し、ホームセンターはわずか5.2回転しかない。

販売している商品に生鮮品など腐るものはほとんどないので、廃棄ロスも低いのだろうが、それにしてもこの在庫回転率の低さは、そのまま運転資金負担として跳ね返ることになる。

この、ロングテールな在庫を保ちつつ、いかに在庫負担を改善するか?という業界の宿命ともいえる課題にキングフィシャーはビッグデータをもって取り組んだ。

以下、2012年11月のSAPのイベントSapphire Now における、キングフィッシャーのCOO、イアン・サザランド氏のプレゼンを要約する。

■オリジナルはこちら。25分00秒~40分00秒の間。
http://www.sapvirtualevents.com/sapphirenow/sessiondetails.aspx?sId=3894 

キングフィッシャーのCOO、イアン・サザランド氏。以下、断りのない画像はすべて、同氏の講演より

■ローカルと共通化のバランス

キングフィッシャーは、8か国、9つのブランドで運営しています。現在はそれぞれがほぼ独立した企業のように運営されていますが、「共通化」することで効率性を大きく改善するチャンスがあります。たとえば、ブランドを横断した「共通購買」です。

しかし同時に、DIYのビジネスを支えているのは、現場にいる店舗の従業員です。売っているのが最終製品というより「資材」ですから、来店客のニーズをすばやく的確にくみとり、適切なカウンセリングを提供しつつ、必要なものを売っていく、という現場社員のスキルとやる気が不可欠です。また国・地方ごとの風土や文化の違いも無視できません。

したがって、そうした「マーケットごとの特性」と「ITや共通購買などの共通化」のバランスこそがポイントになるわけです。

■全社横断の在庫・仕入・需要予測データベース

この課題に対し、キングフィッシャーとSAPは共同で、SAP HANAをベースとした「全社横断の在庫・仕入・需要予測データベース」を開発しました。

わずか7週間のうちに、キングフィッシャーのITチームは、5つのことを成し遂げました。

  1. ブランド横断での需要/売上予測を、共通購買チームに提供する。これは以前から要望されていましたができなかったことでした。
  2. 主力の2事業会社に共通なKPI、130種類をリアルタイムに把握し、
  3. こうした情報を、タブレット端末上でひとつのダッシュボードとして表示、
  4. 各ブランドはこれを明細レベルまでドリルダウンするなど、これまで持ちえなかった分析機能を持つことができました。
  5. さらに、こうした需要/売上予測データを、主要な供給ベンダーにも共有できるようになりました。こうした情報はベンダーにとっても非常に有益であり、それがひいてはさらなる調達価格の低減にも寄与するのです。

この5つの成果がもたらす効果は驚くべきものです。われわれの取扱いセグメントのたった一つをとっても、何千万ポンドもの運転資金を節約し、利益につながると想定しています。

では、私たちの成果の一端をご覧いただきましょう。このデモでは実際に、数億件のデータにリアルタイムにクエリをかけています。

たとえば2つのブランド、イギリスのB&QとポーランドのCastoramaを選んで、供給ベンダーごとの在庫日数を見てみましょう。

デモ画面。iPad上で地図をクリックすると赤く反転している。

このように、両ブランドともに、在庫日数が突出して長いベンダー(FUKU、赤枠)があることがわかります。

ベンダーごとに集計した在庫日数。赤枠は筆者追加

このベンダーをタップすると、ただちにドリルダウンして一段掘り下げることができ、さらにこのベンダーのSKUごとの在庫日数も見える化されます。

ベンダーごと、SKUごとの在庫日数。赤枠は筆者追加

さらにこのFUKUというベンダーをタップすると過去の仕入および在庫のトレンドが表示され、加えてSAP HANAが算出した将来の需要予測もあわせて見ることができます。

下記の画面は、緑が週次の在庫量、青が発注(新規入荷)ロットの実績を示しています。またタテに入っている赤線が現在時点(12月末)で、それより右側はSAP HANAが算出した将来の需要予測です。もちろんこれは、過去実績と違って簡単に表示できるものではなく、裏側では膨大な計算が動いているのですが、ユーザーにはまるで一連のもののように見えるでしょう。

週次の在庫量(緑)および発注ロット(青)。オレンジの折れ線グラフは週次の売上で、中ほどで売り上げがピークになっているのはクリスマス前のシーズン。現在時点(赤のタテ線)は12月末。

この例では、どこに問題があるかは明らかです。この商品は最低発注ロットが10週間分ほどと非常に大きく、そのぶん運転資金を食っているわけです。

この画面をベンダーに見せて交渉しロットを下げれば、(より小口での発注を繰り返すことにより、)在庫水準を適切に抑えることできるわけです。

こうしたレポーティングは、各事業会社ごとには可能でしたが、これを全社横断で見ることは従来の情報システムでは不可能でした。SAP HANAとSAPがこれを可能にしてくれたわけです。

■デザインシンキングと超アジャイル開発

これらをわずか7週間でどうやって実現したのか?その秘密は、基本的に3つです。

  • まず、デザインシンキング。これはきちんと体系化され、使いやすい、皆が参加できる手法で、キングフィッシャーの小売業の知識と、SAPのテクノロジー力をすばやく結集することを可能にしました。
  • 次に、SAP HANA。インメモリーの圧倒的スピード。
  • そして、超アジャイル開発。我々は小売業ですからもともと変化への対応速度を高めようと努力してきてはいますが、これをさらに違う次元にまで速めることができました。

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■スピードが命、な時代に

在庫回転率が低い業態の企業が、在庫水準を単品(SKU)レベルで把握し、運転資金を抑制しようとする。一見、ごく当たり前というか、何の変哲もない話にも聞こえるかもしれない。しかし実際には、それが単品レベルはおろか、店舗レベルやベンダーレベルですら、実現できている企業は多くない。多品種であるホームセンターはさらにハードルが高いが、そこにキングフィッシャーはチャレンジした。

ちなみに、キングフィッシャーが採用したSAP HANAのサイズは、現時点で欧州では最大、世界でも第2位。詳細を公開することはできないが、相当に巨大なインメモリーマシンなのである。当然、投資額もそれに見合った大きさなのだが、キングフィッシャーによれば「グローバルでの調達の共通化、自社ブランド商品(PB)の売上拡大、在庫の削減」の3エリアにおいて、SAP HANAへの投資額を何倍も上回る、高いROIを見込んでいるとのことである。

そしてこの事例で特筆すべきことは、着手から稼働までの期間の短さである。わずか7週間、つまり2か月かからずに、本番稼働まで持っていってしまった。IT業界の従来の感覚では到底信じられないかもしれないが、事実である。

これを実現しているのが、SAP HANAというテクノロジーに加えてデザインシンキングという方法論をあわせて提供するというスタイルであることは、上述のようにサザーランド氏も述べているとおりである。

世の中のすべてのビジネスが、ひたすらスピードを追い求め、変化する世界への対応を競っている中、IT業界のシステム開発だけが昔と同じように「年」という単位で考えていられるはずもない。いまや「月」さらには「週」でカウントする時代なのである。

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※この記事は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、キングフィッシャー社のレビューを受けたものではありません。

【参考リンク】

■Kingfisher plc のサイト(英語)
http://www.kingfisher.com/

■社団法人日本DIY協会
<日本のDIY産業/年間総売上高とホームセンター数の推移>
http://www.diy.or.jp/members/members/sangyo01.html

■経済産業省 平成19年商業統計表(二次加工統計表)
5.業態別にみた商品手持額
http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/syougyo/result-2/h19/pdf/gyotai/gaikyo5.pdf

 

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