ケーザー・コンプレッサー社のSAP Data Hub活用
作成者:古澤 昌宏 投稿日:2019年6月19日
「使った分だけ払う」サブスクリプション型ビジネスモデルの代表例として、ここ数年、Kaeser Kompressoren (ケーザー・コンプレッサー、以下ケーザー社)をよく取り上げてきました。同社が確立したサービスビジネス「シグマ・エア・ユーティリティ」については、五十嵐剛執筆のブログに詳述されていますので、まずはご一読ください。
本稿では、それから4年ほど経過したこのサービスの進捗を見ていきます。
CIO ファルコ・ラミター氏が語るこのビデオ。ケーザー社は50か国で事業を展開。パートナーを経由して100か国以上にコンプレッサーや圧縮空気システムを届けています。同社は1919年、現在の会長の祖父である Carl Kaeser Sr. によって創業され、今年で100年です。
ラミター氏が「グローバルシステム全体が私の責任下にあり、グループ内の全法人に対して一律のシステムサービスを提供している。したがって、50人ほどのCEOが私のパートナーである」と語る表情には、CIOとしての自信が見て取れます。
保守サービスを提供するにあたり
機器の予知保全を行うために、IoT技術を通して集めた稼働データを分析して、異常を検知し…とは巷間よく聞かれる文脈ですが、サービスを実運用に載せるためには、それらと同等に大切なことがあります。
その機器はお客様のどこに設置されており、どういうサービス契約がなされているのか。オペレータからメンテナンス依頼が送られてきたときには、どう対処すべきか。対象の機器は、出荷時と同じ構成で今も動いているのか、あるいは、これまでにも補修がされているのか。
メーカーの保守サービス担当としては気になることがたくさんあります。これらの情報をいちいち手作業で集めていては、素早いサービスを提供することが叶いません。
ラミター氏は「製品と顧客のマスタデータの正しい関係を維持し、そこにSAP Data Hubを介してメタデータ、ストリーミングデータ、ファイル、伝票などのトランザクションデータを加味する」ことで、「サービス部門、サービス資源 (技術者やサービス部品) の最適活用を行う」と述べています。
Hannover Messe 2019でのラミター氏の講演
今年 Hannover Messe 2019に出展したSAPのブースで、ラミター氏が本件について解説されているのを聞くことができましたので、紹介します。(以下、ラミター氏の一人称で記述)
これまでは、リモートでコンプレッサーの状況が把握できず、現地に赴いても手作業で生データを抜くために数日必要だったといいます。そして、生データから必要なデータを選別し分析可能にするまでに更に時間がかかり、かつ、データが膨大すぎて長期にわたる分析は不可能でした。
稼働データを一元的に集約するリポジトリがないことが課題となっていましたので、まずは エンタープライズ・ビッグ・データレイク を構築することにしました。これによって、データサイエンティストやサービスエンジニアの仕事が非常に楽になりました。
そこに SAP Data Hub を活用して、周辺情報を付与してやることにしました。顧客マスタ、機器マスタ、サプライチェーン情報などです。さらには、IoTを使って機器から稼働データを直接自動アップロードすることで、サービス提供までを数日単位から数分単位にまで短縮することが可能になりました。
SAP Data Hubの活用
集めた機器の稼働データはどのように処理すればよいでしょうか。
ケーザー社の場合、コンプレッサー 1台にあたり 年 10 GB の稼働データが発生し、グローバルには 8 万台が稼働しています。上述のとおり、全データが分析対象として有用なわけではないので、何らかの処理を施して分析可能データを Hot / Warm / Cold に区分してやる必要があります。
データ・パイプライン・フローのトリガーとしてメールを選びました。そのメール内容を元に、SAP Document Center / SAP IoT Services にアップロードされたデータをクロールして、関係情報を自動で集めるようにします。その後、バイナリデータを分析可能データに変換して、Hot / Warm / Cold に区分した後 SAP Analytics Cloud 上のカスタムアプリケーションで可視化します。
分析の自動化にむけて
今後数年間で、イノベーションのスピードは格段に増大すると考えています。我々も、機械学習やAIを駆使して、機器に関する新しいインサイトを獲得し続けなければなりません。また、その先には インテリジェント・プロダクツ の提供が待っています。お客様に役立つ価値を提供し続ける必要があるのです。
ビジネス上起こりうる課題を定式化し、その解決に必要なデータを特定し抽出。それを解析するための機械学習モデルを開発して発展させていく、また、このサイクルを早く回していく必要があると、私は考えています。
(以上、講演内容より、ラミター氏の一人称による記述、終り)
サービス契約とサービス提供プロセス
ケーザー社のサービス契約は Inspection (検査) / Maintenance (保守) / Full (包括) の3種類あり、細かく顧客であるオペレーターの責任範囲とメーカーであるケーザー社の責任範囲が定義されています。
サービスの実行は、会社対会社のプロセスになりますので、あらかじめ双方の責任範囲とプロセスモデルが定められていること、および、それがITサービスによって裏打ちされていることが極めて重要であると言えます。
ビジネスプロセスモデルの改善視点
ビジネスプロセスの改善・再考には、次の6つの視点を当てはめてみると良い、というのがSAPのこれまでの経験から開示されています。
今回ご紹介したケーザー社の場合、2. 予知・予測プロセスを実現するために、4. 人の介在を減らして、1. データ収集プロセスのリアルタイム化を行い、5. ERP内にある顧客や機器マスタの情報を補充・補強することで、会社対会社の 3. コラボレーションを行うプロセスを強化することに挑戦していると考えられます。
少しずつ利用可能な新しいテクノロジーを導入しつつ、常に新しいビジネスプロセスを試行し、実運用に載せていくサイクルを回すこと。それが極めて重要な「CIOの責任」の一つであると言えるでしょう。
なお、本プロジェクトは本年度の SAP Innovation Awards 2019 で Process Innovator に選出されています。ご興味のある方は、是非、詳細資料を併せてご覧ください。
——-
※本稿は公開情報およびラミター氏の講演内容をもとに筆者が構成したものであり、ケーザー社のレビューを受けたものではありません。