San Francisco 49ers:顧客体験の向上に向けたリアルタイムなスタジアムオペレーションの見える化

作成者:佐宗 龍 投稿日:2019年6月20日

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

1980年台から1990年台にかけて、ジョー・モンタナ、スティーブ・ヤングという名クウォーターバッグを擁して、通算5度のスーパーボール優勝経験があるSan Francisco 49ers (以下 49ers)。49ersは、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ・ベイエリアのサンタクララ、いわゆるシリコンバレーに本拠地をおくアメリカンフットボールのチームです。

本拠地としているリーバイス・スタジアム(以下 Levi’s Stadium)は、2014年のオープン以来、「スマートスタジアム・コネクテッドスタジアム」の先駆けとして非常に大きな注目を世界中から浴びています。Levi’s Stadiumには、IntelやSonyのようなハードウェアメーカーから、Yahoo!やSAPのようなソフトウェアメーカーがテクノロジーパートナーに名を連ねています。

Stadium

スタジアムにおける観客へのデジタルサービス

近年「顧客体験 / Customer Experience (CX)」という言葉が注目されています。Levi’s Stadiumではデジタルを活用した様々な顧客(観客・ファン)体験を提供しています。主要な取り組みとしては、当時としてはかなり最先端の取り組みであったスマートフォン向けのスタジアムアプリケーションがあります。スタジアムアプリケーションを通じたデジタルチケットはもちろんのこと、入場ゲートから自分の席までの経路案内、トイレの混雑状況の見える化、さらには座席から飲食の注文ができたり、追加料金を払うことで自分の座席まで運んで来てくれるサービスも提供しています。

これらのデジタルを通じたサービスを提供するためのWi-Fi設備も、観客全員が快適に利用できるバックボーンを備えています。特に近年はSNSの浸透により、観客がスタジアムでの体験を写真や動画で共有することが増えているという点においても、Wi-Fi設備の重要性は増しています。2016年2月にLevi’s Stadiumで開催された第50回スーパーボウルでは、無料Wi-Fiを利用したデータ転送量は、10.1テラバイトにもなりました(ちなみに2019年2月にメルセデス・ベンツ・スタジアムで開催された第53回スーパーボールでは、24TBにも膨れ上がっています!)。この辺りのインフラに関しては、5Gが商用サービス化されることにより、状況は変わっていくでしょう。

49ersにおける課題

皆さんはNFLの年間のホームでの試合は何試合あるかご存知でしょうか?NFLではホームゲームは年間わずか8−10試合しかありません。ちなみに日本のプロ野球では71試合(ないしは72試合)、JリーグのJ1では17試合です(カップ戦や天皇杯は除く)。上述のようなデジタルを通じた素晴らしい顧客体験をファンに提供していても、もしそのうちの1試合でもファンが悪い体験をしてしまったら、それはシーズンの15%にもなってしまいます。49ersの場合には、観客の約95%がシーズンシートを保有しているために、全ての試合で素晴らしい体験をファンに提供することが、ファン数を維持するためには必要不可欠なことです。

スタジアムでは、数多くの顧客接点がファンの体験に大きなインパクトを与えます。例えば「チケット購入」「駐車場」「ファンショップや飲食店での買い物」「SNSでの投稿(体験のシェア)」です。多くのチームにおいて、これらは通常全て別々のシステムにより管理・運用されています。49ersも同じように別々のシステムで管理・運用されています。

49ersでは、これらの別々のシステムからデータを集約し、分析用にデータウェアハウスを構築していました。しかし運用していく中で、この仕組みにはいくつかの技術的な問題が生じていました。ひとつめの問題は、各システムからのデータが全て揃うのは、試合の2日後だったということ。ふたつめの問題は、データ分析のレポートは、スタジアムの運営担当エグゼクティブにとっては煩わしすぎるものであり、さらに見た目に分かりやすいものではありませんでした。

リアルタイムなデータ連携と見える化によるオペレーションの改善

49ersでは、ゲーム中に起こる数多くの問題を、運営担当者から運営担当エグゼクティブまでが容易に把握することができ、さらに正しい改善のためのオペレーションがリアルタイムに行えるように、全てのシステム間でデータをリアルタイムに取得・統合・見える化し、オペレーション改善に活かせる方法を必要としていました。49ersでは以下のような場面において、リアルタイムに取得したデータを活用したいと考えていました。

49ersにおける顧客体験の改善

  • チケットのスキャンデータを使用して、観客がスタジアムに入った場所と時間帯に基づいてスタッフの人員配置を最適化する
  • 駐車場入場ゲートのデータを使用して、駐車場への交通量を制御し、運転手が正しい場所に移動するのを助ける
  • 駐車場入場ゲートのデータとチケットのスキャンデータを使用して、観客の駐車場とスタジアムへの入場を早める
  • チケットのスキャンデータを使用して、VIP顧客や法人顧客が来場した際に担当営業にメッセージを送信し、席で挨拶をできるようにする
  • HappyOrNotから観客のフィードバックを入手し、スタジアムで問題のある箇所の特定と、問題の解決に使用する
  • 飲食と物販の販売データを利用し、同様のゲームでの過去の実績をベンチマークし、当日の試合での予算進捗状況の確認を行う
  • モバイルアプリと販売データを使用して、どのキャンペーン/プロモーションが有効か無効かを判断する

上記を実現するために、49ersとSAPは共同で「49ers Executive Huddle Powered by SAP Venue Analytics」(通称Executive Huddle)を構築しました。これらは大きく3つのSAPソリューションを用いて構築されています。

1. SAP Analytics Cloud
Digital Boardroomを用いて、オペレーション改善に必要な様々な切り口で、データを可視化

2. SAP Cloud Platform Integration Services
入場ゲートや駐車場の入場管理システム、飲食・物販などのPOSシステム、SNSなどの異なるシステムからデータをリアルタイムに取得
収集したデータを分析し、アクションが必要なユーザーや管理者にプッシュ通知を送信

3. HANA Database as a Service
異なるシステムのデータを仮想的に統合し、分析・可視化用モデルを作成
リアルタイムに送信されてくるストリームデータを容易に集計、分析するためのインメモリ基盤

Architecture

Executive Huddleのシステムアーキテクチャ図

 

更なる顧客体験の向上に向けて

上記の改善項目の中で非常に特徴的なものが、「HappyOrNotから観客のフィードバックを入手し、スタジアムで問題のある箇所の特定と、問題の解決に使用」です。日本ではまだあまり見かけないですが、海外旅行や出張に行かれた方であれば、空港のセキュリティを抜けたところや、トイレの中に笑顔から怒った顔の4つのボタンが付いたターミナルを見たことがある方もいらっしゃるかもしれません。このターミナルが「HappyOrNot スマイリーターミナル」と呼ばれるフィンランドのHappyOrNot社によって開発された、顧客満足度を簡単に調べるための機器です。観客はターミナルにある4つのボタンのいずれかを押し、設問に対する満足度をフィードバックします。49ersではこのターミナルをスタジアム内の100箇所に設置し、入場ゲートや駐車場、飲食や物販の売店などで顧客の声を収集していました。例えば飲食の売店における顧客の満足度が低いのであれば、レジでの待ち時間が長かったのかもしれないですし、飲食が提供されるまでの時間が長かったのかもしれません。トイレでの顧客の満足度が低いのであれば、トイレが掃除されていなかったり、トイレットペーパーが無くなっていたのかもしれません。49ersでは、このようにHappyOrNotから顧客満足度を収集していたものの、改善活動に効果的に利用することができていませんでした。HappyOrNotをExecutive Huddleとリアルタイムに連携することにより、設置場所における顧客満足度をリアルタイムに知ることができ、売店での不満が高ければ、スタッフの増員を行ったり、トイレでの不満が高ければ、見回りの順序や頻度を変えるなどの対応を行い、顧客満足度の改善を続けています。

(SAPとは)リアルタイムアナリティクスによって私たちの問題のいくつかを解決に導く革新的なソリューションの開発に向けて連携しました。
Moon Javaid (Vice President of Strategy & Analytics, San Francisco 49ers)

日本では「日本再興戦略2016」において「スポーツの成長産業化」が官民戦略プロジェクトのひとつに取り上げられ、その中のひとつとして「スタジアムの・アリーナ改革(コストセンターからプロフィットセンターへ)」が打ち出されました。さらに「未来投資戦略2017」において、「全国のスタジアム・アリーナについて、多様な世代が集う交流拠点として、2025年までに新たに20拠点を実現する」ということが、KPIとして設定されました。まさにこれから新たにスタジアム・アリーナの新設・建替が行われていきます。日本は欧米とは異なり、スタジアム・アリーナが地方公共団体で運営されていることが多く、マネタイズをあまり意識してこれていませんでした。ただ日本再興戦略2016での定義を実現するためには、効率的な運営を行うための仕掛けと、コト消費であるスポーツにおける観客の体験を把握し、効果的にビジネスに生かしていくことが重要ではないでしょうか。

2018年11月にSAPは、エクスペリエンスマネージメント(XM)ソフトウェア分野の世界的パイオニアであるQualtrics社の買収を発表しました。今回の買収により、業務データ(49ersの例で言うと顧客属性データや来場データ、購買データなど)とQualtrics社のエクスペリエンスデータ(49ersの例で言うとHappyOrNotのデータ)が組み合わされることで、この新しいXM分野の成長が更に加速し、より良い顧客体験と更なる収益の改善が期待されています。

なおこの取組は本年度のSAP Innovation Awards 2019を受賞されました。ご興味のある方は、こちらの詳細資料も合わせてご覧ください。

※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、49ersのレビューを受けたものではありません。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

連記事

SAPからのご案内

SAPジャパンブログ通信

ブログ記事の最新情報をメール配信しています。

以下のフォームより情報を入力し登録すると、メール配信が開始されます。

登録はこちら