MLBアストロズ球団に見るデータドリブン経営に向けた日本型変革モデル


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今年5月に発表されたIMD国際競争力ランキングで、日本は対象国63国中、97年以降最低となる30位となりました。

評価基準の一つであるビジネスの効率性の評価が低く、その中でも企業の意思決定の機敏性、ビッグデータの活用や分析といった項目については63位と最下位の評価でした。順位付けには日本の経営者へのアンケート調査が反映されていることから、日本企業の経営者自らが、データを活用した経営の高度化への取り組みに大きな問題を感じていることがわかります。

今回のブログでは、なぜ日本企業ではデータ活用型経営が上手くいかないのか、その処方箋は何なのか? について述べさせていただきたいと思います。

そのため?にも、まずはある海外のスポーツチームの例からスポットを当ててまいります。

ヒューストン アストロズのデータドリブン・トランスフォーメーション

スクリーンショット 2019-06-18 10.54.28今やスポーツ界では野球やサッカーなどの球技はもちろんのこと、陸上やモータースポーツなどあらゆる競技でパフォーマンス向上のためのデータ活用が当たり前の時代になっています。

SAPもドイツ代表サッカーチームや今治FC、女子テニス協会、セーリングワールドカップなど様々なスポーツ団体・大会に対し、弊社テクノロジーを活用したデータドリブン・トランスフォーメーションのご支援を活発にさせていただいております。


今回のブログ趣旨から外れますので、スポーツ業界におけるSAPの取り組みのご紹介は割愛させていただきますが、ご興味あれば下記より関連情報をご参照ください。


映画マネーボールでは、2000年代始め貧乏球団だったアスレチックスが、野球に関するデータを統計的に分析して選手評価や戦略に応用する「セイバーメトリクス」を活用して、お金持ち球団ヤンキースをはじめ並み居る強豪球団を相手に最高勝率をとったノンフィクションのサクセスストーリーが描かれていました。

それ以降、MLBでのデータ活用は活発となり、4年前には全球場に「スタットキャスト」と呼ばれるデータ収集システムを導入し、あらゆるプレーに関するデータが最新技術によって集められ、瞬時に表示できる項目は実に80以上に渡るそうです。軍事用レーダーが使用され、球速、ボール回転数や向き、打球速度や角度などのデータに加え、グラウンド内での野手全員の動きが捕捉され、守備位置や打球までの距離、走った速度やルートの効率性など守備データまで数値化されるようになっています。

強弱あれどどの球団でも、これら詳細化された新しいライブデータを活用したチーム運営を行なっていますが、データ活用をチーム運営のコアとし、2015年以降のシーズンで大いなる成果を出したのがヒューストン アストロズです。

遡ること8年前、2011年のオーナー交代を機に、元マッキンゼーのジェフ・ルーノーをGM(一般企業でいう社長)に招聘することから改革が始まりました。2003年から別球団のフロントで主にスカウティングと育成に尽力し、2011年のワールドチャンピオン獲得に大きく貢献した実績を買われたルーノーは、マッキンゼーでのキャリアを含めデータ活用経営およびチェンジマネージメントのプロフェッショナルとしてヘッドハンティングされました。

2005年のワールドシリーズ(以降WS)出場を最後に一度もプレーオフにすら進出できず、2011年からの3年間は連続でシーズン100敗以上(メジャーリーグは年間162試合)するなどチームはどん底の状態にありました。しかし、スカウティングやマイナーリーグでの育成を含む、地道なデータドリブン・トランスフォーメーションにより、2015年には久しぶりにプレーオフに進出、2017年には年間100勝以上を果たした上でWS制覇。翌年もWSには出場できなかったものの年間勝ち数は前年を上回る成績を残し、今年も独走で地区優勝を決め、常勝球団に上り詰めることができました。ここでいくつかアストロズが行なったデータドリブン・トランスフォーメーション例をご紹介したいと思います。スクリーンショット 2019-09-30 15.46.30
ルーノーがGM就任直後、高年俸の選手獲得を敢えて控え、その資金を「グラウンドコントロール」と呼ばれる自前の分析システムの構築費用にまわすという戦略は大成功だったわけです。

今回のブログにおいて、アストロズの輝かしいデータ分析改革の事例を先ずお伝えしたかった意図は、素晴らしい分析システムそのものにあるのではなく、トランスフォーメーションの過程や体制にあります。野球選手やスタッフといった「マッチョ」な世界に異文化の変革を納得させ、定着化させたところに、日本企業型変革のためのヒントが隠されていると思っています。

日本企業に合致した変革モデルとは?

日本のお客様に海外欧米企業の先進変革事例をお伝えした時に、「 欧米企業のようにトップダウン型でないので、変革はスムーズに進まない 」という悩みをお聞きすることが多々あります。欧米の先進モデルを単純に輸入しただけでは上手くいかず、変革が浸透、定着化するための日本企業型変革モデルを考慮する必要があるのです。

ここで、2018年7月にマッキンゼー社により発表されたレポート『日本企業に合致した変革モデルが普及すれば、経済成長は加速する』で挙げられた、チェンジマネジメントにおける5つの主な原則およびこれらが日本企業において失敗する理由 をご紹介したいと思います。

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どれも納得のいく考察であると感じます。つまりは、上記のような原則や問題点を理解した上で対抗する手立てを整えないと日本企業における変革は成功となるのは難しいということなのです。

日本企業型変革モデルにヒントを与えるアストロズのチェンジマネージメント

ルーノーGM就任時は、アストロズのアナリティクスの能力はMLBでも相当下位であったため、NASAのエンジニアやコンサルタント、データサイエンティスト、物理学者など、これまでの球団経営とは異なるスタッフを集め、ツールとしての分析システムを整備していきましたが、スカウトチームを除いて、すぐには効果を発揮できませんでした。マイナーリーグを含めたコーチや選手達の納得がすぐには得られなかったからです。つまり現場・中間管理層のチェンジマネージメントが必要な状態でした。

初めのうちは選手やコーチたちも多少耳を傾けるものはいるものの、それによるポジティブな結果よりもネガティヴな結果の方が記憶に残りがちで定着しませんでした。しかし、3年目には球団の全ての投手・野手を集め、球団が保持しているデータ分析の内容やフィールドにおける意義・効果を丁寧に説明し、選手やコーチの間に少しずつ理解者が現れ始めたことで、「文化」が変わっていったと後にルーノーは述べています。つまり、現場を巻き込み、現場に対しきちんと新しいモデルの下で目指す「野球」の詳細を示していったのです。

スクリーンショット 2019-06-18 10.54.54また下部組織では、ノックが打てて、バッティングピッチャーができ、SQLが書けるコーチを追加で雇いました。試合前後に選手と一緒にコンピューターの前に座わり、彼らの投球や打撃の分析結果を見せ、なぜスイングする前に手を上げろと要求しているのか、なぜマウンドプレートでの立ち位置を変えろと言っているのか、なぜボールの投げ方を変えろと言っているのかを詳細に説明していく- 同じユニフォームを着て、同じバスで移動し、同じ食事をとる「同士」だからこそ、それらが受け入れられ、選手たちの信頼を獲得していきました。

野球の言葉を使って、データ活用の仕方や意義を伝え、成果を出していく。それがこの変革過渡期には必要なことでした。今となってはバッティングコーチ、ピッチングコーチ、監督ら全てのスタッフが新しいテクノロジーを使いこなせるようになっているそうです。

このコーチ達 (後にこの功績を分析したマッキンゼー社は「トランスレーター」と呼ぶ) の役割がアストロズの変革 – ひいては日本企業におけるデータ活用経営への変革に必要不可欠なものだと思っています。

一般企業における「トランスレーター」は必要と思われるデータを抽出し、見せるといったデータを使いこなす能力とそれをビジネスの言葉を使って、データとしての意味や取るべきアクションに咀嚼、変換できる能力が求められます。よく見える化プロジェクトと称してとりあえずデータを格納した分析基盤を構築するケースがありますが、効果を発揮しないことが多く、その原因はビジネス視点でのデータの咀嚼や変換が、ユーザーに一任( ≒ 放棄)されていることにあると感じます。

データ活用が施策の一つとなっているような改革プロジェクトにおいては、その役割をプロジェクト体制の中に配置することを考慮すべきですし、もしそのような人材がいないのであれば、中長期的な視点で、育成・確保していく戦略を今すぐにでも立てていくべきでしょう。

AIが補助するデータを使いこなす能力

「トランスレーター」に求められるスキルのうち、データを使いこなすために必要な能力は、要約すると以下の二つと考えられます。※ データサイエンティスト協会のデータサイエンティストに必要なスキル定義より

  • データサイエンス力:情報処理、人工知能、統計学などの情報科 学系の知恵を理解し、使う力
  • データエンジニアリング力:データサイエンスを意味のある形に使えるようにし、実装、運用できるようにする力

これらに加えて、ベクトルが異なるビジネス力(課題背景を理解した上で、ビジネス課題を整理し、解決する力)が必要となるので、そのような人材を育成・採用していくのは相当ハードルが高いことは、想像に容易い事でしょう。

では、もし最新テクノロジーが”データを使いこなす能力”を補助してくれるとしたらどうでしょうか。つまり、機械学習やAIを組み込んだデータ分析、Augmented Analytics(拡張分析) の活用です。

それら技術を用いることで、必要なデータの自動収集や欠損値の補完を含む加工・編集の自動化、予測や判別に資する分析アルゴリズムの自動化やデータの潜在的傾向や相関関係の発見の自動化といった点において、”データを使いこなす能力”を補ってくれることになります。

SAPのデータ分析クラウドソリューションであるSAP Analytics Cloudには、わずか数クリックで、機械学習エンジンを利用したデータセット全体の相関関係を検知し、最適なダッシュボードを自動生成するSmart Discoveryという機能があります。

 

ご覧いただいた動画の例では、分析対象として選定した粗利益というデータに対して、予測を含む時系列の推移や予実差異が自動的に計算され表示されるとともに、粗利と相関関係の高い影響項目(例では商品分類や地域)などの情報が機械学習が指定したおすすめグラフとして自動的に表示されています。①スマートディスカバリー画面の立ち上げ、②データソースの選択、③分析対象項目の選択というたった3つのクリックによって、分析者はこれを起点にして、深掘りや肉付けをして精度の高い洞察を行っていくことができます。

またSAP S/4HANAには、機械学習が組み込まれた分析機能が事前に具備されています。オペレーション担当や管理者はそれらを活用して、日々の業務の中で、データドリブン型経営を実践していくことが可能となります。

では、データドリブンでどのように経営・業務が変わるのでしょうか?その一例をご覧ください。

財務変革責任者であるサラは、自身がデータドリブン型のオペレーションおよびマネージメントのスタイルに変わることで、会社の重要な意思決定に必要な判断材料やアドバイスをリアルタイムに提供できるようになりました。まさに会社にとっての「トランスレーター」になったのです。

日本企業がデータ活用型経営を取り入れていくために必要な3つのこと

1.  データ分析・活用のための仕組みはやはり必要

そもそもデータの収集や加工に時間を取られているような状態では、データ活用型経営に移行しているグローバル競合企業とは勝負にはならないでしょう。AIや機械学習の機能を分析の仕組みに持たせることで高度人材不足を補完するとともにデータ活用の高度化を図ることが可能となるでしょう。

また、前提条件として重要なことは、源泉となるデータの質が分析に必要なレベルに達していることです。いくら分析の仕組みが高度なものであっても、基幹システムを含む様々な源泉のデータが、バラバラでアンタイムリーかつ最大公約数的なデータの集まりであるならば、最新テクノロジーを活用したとて、ビジネスシーンにおいて意思決定に資する分析結果を手に入れるのは困難だと思われます。

2. 「トランスレーター」人材の育成/確保

キャリアを通じて取得できるスキルセットという観点で、ベクトルのやや異なる”データを使いこなす能力”と”ビジネスを理解し活用する能力”を持った人材は、データ活用型経営を推進する上でも、それを定着化させていく上でも必要不可欠です。人材に限らずアセットを手に入れる手段は、3つしかありません。「借りる」「買う」「作る」

ダイキン工業株式会社は、「借りる」と「作る」のコンビネーションでこれら人材の育成/確保を進めています。2年前より、大阪大学と連携することで適切な教育を提供する人材を「借り」つつ、社内大学であるダイキン情報技術大学で、AIやIOTといった最新テクノロジーを使える”トランスレーター”を自社で「作る」。新入社員を含む40代までの若手社員を中心に選抜し、約2年間この大学で学ぶことに専念させ、これら人材を3年間で約7倍に増やすプランを着実に進めています。(ダイキン工業株式会社  ニュースリリース ご参照)

また、「社内でトランスレーターを育成していくのだ」という中長期の人材育成視点に立った業務部門とIT部門間での戦略的ジョブローテーションも効果的に作用すると思われます。

3. トップダウン + ミドルアップで日本企業に合致した変革モデルを実践

前述の通り、多くの日本企業においてはトップダウンだけでは、変革は思ったように進みません。しかし、トップダウン自体に意味がない訳ではありません。それがない状態では、現場からの忖度をベースとしたボトムアップ案を作り上げていくことに多大な時間と工数をかけつつも、経営層が欲しかったものとは違うものが出来上がっていくといった二重の不幸が訪れるケースが多いのではないでしょうか。そのためにも、経営層は、自らデータ活用に関するビジョンやハイレベルニーズを伝える必要があるのです。

現場、中間管理職層に対しては、経営層のビジョンに基づく新しいデータ活用型ビジネスの意義や詳細なプロセスを、実機を活用したプロトタイプ検証やPoC(概念検証)を通じて、確認と手直しのクイックなサイクルを高速に回して、合意形成を図っていくことが、多くの日本企業に受け入れられやすい変革の道筋と言えるでしょう。

パッケージソリューションを活用したアジャイルな導入方法は、実は日本企業にこそ適するアプローチなのかもしれません。

経営とIT間のトランスレーション

また、企業全体視点で見た場合、経営とIT間での「トレンスレーター」が必要なのは言うまでもないでしょう。役割で言うとCIO(Chief Information Officer)となるでしょうか。

経営計画や戦略に沿ったあるべきITの姿は ? (経営からITへの翻訳)、新しいテクノロジーが経営や業務にどのような価値を提供できるのか?(ITから経営への翻訳) といった構想を取りまとめ実行にうつすことが求められ、社内システムの管理総責任者という旧態の役割から、経営に直結する戦略的な役割への変貌が望まれています。

果たして多くの企業がこのようなCIO人材を確保できているのでしょうか? そうでなければ、「借りる」「買う」「作る」 ー どの戦略をとるのか早期に着手した方がいいのかもしれません。

 

本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、ヒューストンアストロズ球団およびダイキン工業社のレビューを受けたものではありません。