デジタルトランスフォーメーション — 2019 SAPPHIRE NOW で見えたこれからの世界

作成者:森川 衡 投稿日:2019年6月24日

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2019年5月7-9日にUSフロリダ州オーランドにて恒例の SAPPHIRE NOW が開催されました。今年のハイライトをまとめると以下の 3 つになります。

  • X データとO データが融合した Experience Economy
  • Purpose Led(社会的意義)
  • IT ソフトウェアベンダーからエコシステムパートナーへの脱皮

SAPPHIRE NOW の前の 3 月に毎年 SAP Innovation Awards の受賞者が発表されます。受賞企業およびその取り組みの盛大なお披露目も 例年の SAPPHIRE NOW の風物詩のひとつです。

今回のブログは今年の SAPPHIRE NOW の基調講演および SAP Innovation Awards 受賞の取り組みにみる最新デジタルトランスフォーメーション動向から今後の世界が向かう方向を推察し、さらに日本のリアルな状況を踏まえ、今後の世界が向かう方向の中での我々のなすべきことについて考察していきます。

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2019 SAPPHIRE NOW 基調講演よりXデータとOデータの融合

基調講演の様子は以下から動画でご覧いただけます(日本語字幕なし)。

SAPPHIRE NOW Keynote Highlights

初日の基調講演で SAP CEO Bill McDermott に紹介されてまず登壇したのは、SAP が提唱する Experience Data(Xデータ)の担い手である Qualtrics 社の共同創業者であり CEO Ryan Smith。彼は、Starbucks や Uber を例に、顧客が潜在的に抱えている不満(Experience Gap)を種に破壊者が出現する歴史を振り返り、Experience Data の重要性を明確に説明しました。SAP が従来から有する Operational Data だけでなく、Qualtrics の Experience Data も手に入れたことにより、SAP および SAP のお客様が今後も破壊する側に居続けられる安心感を持ちました。ここではアメリカの LCC ジェットブルー航空が Qualtrics ソリューションを使って顧客や従業員の生の声を取り込み、顧客の満足度向上に成功した例をご紹介します。

ジェットブルー航空: XデータとOデータの統合によるエクスペリエンス革命(吉岡 仁)

一方、40年の長きに渡ってSAPのお客様である Royal Dutch Shell の EVP & Group CIO の Jay Crotts 氏が Operational Data(O データ)の担い手役として SAP Executive Board Member の Adaire Fox-Martin と共に登壇。客視点による効率化を目指した業界レベルの標準化に言及しました。結果として起きるであろうダイナミックな変革を想像すると思わず興奮を覚えます。

シェルと石油・ガス業界が目指すビジネスプロセスの「業界標準」(竹川 直樹)

 

SAP Innovation Awards から見えてくる未来像

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2019年の SAP Innovation Awards は Digital Trailblazer / Process Innovator /Social Hero / Next-Gen Innovator / Industry Disrupterの5つのカテゴリーのエントリから選出された全部で38の取り組みが受賞しました。

なお、今回全てをご紹介するのは難しいため、その中から特に日本のお客様の示唆となる取り組みを抜粋してお届けします。

Digital Trailblazer

ビジネス変革を推進するためのテクノロジーの使用を最もよく示すエントリに授与され、受賞者はいずれも劇的にビジネスを変えるために SAP の製品とテクノロジーを使用しています。例として新しいビジネスモデルの実現、新たな市場の開拓、製品やサービスの作成方法や提供方法の大幅な変更などがあります。

長年の SAP Ariba ユーザであるコンサルティング業界の雄アクセンチュア。従来のオンプレミスソリューションでは不可能だったあるべき姿のその先」の購買戦略を実現するために新たなクラウドソリューションへの移行を決め、全ての購買を SAP Ariba 上で行うことでの不正の完全排除を実現し、更なる高みを目指しています。

アクセンチュアが示した SAP Ariba を活用した購買改革の可能性(小野寺 富保)

元々SAP ソリューションを活用した顧客の購買データの分析に長けていたスイスの巨大小売業コープ(COOP)は、販促品の最適な数量を割り出すことで商品の過剰在庫を減らすことに成功し、今や世界的な課題である食品ロス問題解決への道を拓いたことで Digital Trailblazer のタイトルを手にしました。

コープの持続可能な買い物と”廃棄ゼロ(ゼロ・ウェイスト)”の取り組み(熊谷 安希子)

元々ミュンヘン再保険が地理空間解析に必要なデータを持ち、その顧客の保険会社それぞれが独自のリスクデータを使って評価を行っていたためにタイムラグが生じていたところを、彼らとSAPがタッグを組み、SAP Could Platform 上での統合されたリスク評価を実現したことで、スピードという付加価値のあるデータドリブンな意思決定が可能になりました。

ミュンヘン再保険のロケーションリスクインテリジェンス(前園 曙宏)

先進的なテクノロジーを活用していることで既に名高い San Francisco 49ers が新たに取り組んだのは、ファンの声をリアルタイムに吸い上げ、すぐに手を打つ体制とそれを支えるしくみの構築です。提供側にとっては日常でもファンにとっては非日常の時間にとびっきりの体験をしてもらうための具体的な努力、我々が日々無意識に提供側の視点に立っていることを否が応でも気づかせてくれる示唆に富んでいます。

San Francisco 49ers:顧客体験の向上に向けたリアルタイムなスタジアムオペレーションの見える化(佐宗 龍)

ひとつ例外を。医療分野で Digital Trailblazer に選ばれたのはミュンヘン工科大学によるがん治療のためのプロテオミクス研究でしたが、ここでは「よりがん患者に近くより新しい取り組み」としてドイツの DataBox の取り組みを紹介します。これまでの医療におけるデジタル活用の試行錯誤を元に立ち上げられたのは、医療データが患者に帰属するという根本的かつ普遍的な点に着目した取り組みで、産官医だけでなく実は民にも変革が求められています。

患者の意思に基づく個別化医療 — ドイツ産官医連携 DataBox によるがん治療の取り組み(松井 昌代)

グローバルにビジネスを展開する大手通信会社にとっての損益把握の難しさの理由のひとつとして、マスタやプロセス統合の未整備があります。ベライゾンは来たる 5G 時代に向けた短期間での基幹システム基盤構築を機にパンドラの匣の中を整理しました。おそらく今後は業界標準になっていくでしょう。アプローチは基本に忠実。しかしそのことが彼らを通信業界における紛れもないTrailblazer(先駆者)たらしめたのでした。

米国通信大手ベライゾンのデジタルトランスフォーメーションの推進力とは(久松 正和)

Process Innovator

ビジネスプロセスを再定義し、現在の業務を大幅に改善するためのテクノロジの使用方法を最もよく示すエントリに授与され、これらのプロジェクトにはビジネスと社会の両方の成果が含まれ、測定可能な結果と価値の創造があります例としてはサイクルタイムの短縮、製品化までの時間の短縮、全体的なテクノロジコストの削減、必要なリソースの削減などがあります。

インダスモーターはトヨタ自動車のパキスタン生産販売会社です。爆発的な人口増加に伴い自動車市場が急成長したパキスタン。10年20年後を見据えた基幹システムの全面刷新を行い、あらゆる部門で仕事の仕方が変わり生まれた顕著な KAIZEN がこのカテゴリーに相応しいと評価されました。

インダスモーター:自動車生産販売会社のインテリジェントエンタープライズへの変革(山﨑 秀一)

インダストリー4.0の代表的事例として名高いケーザー・コンプレッサー。今回の受賞は機器の稼働状況のデータの集約による顧客との間のサービス契約のプロセス改革に対するものです。先を行く企業は誰よりも先に新たな難題に直面し、それを果敢に解決していきます。そして経験によって身につく体力はその企業だけのもの。自信と誇りに満ちた彼らを憧れているだけではもう済まされません。

ケーザー・コンプレッサー社のSAP Data Hub活用(古澤 昌宏)

例外ふたつめ。Mill & Mining 業界から Process Innovator に選ばれたNewcrest 社のモバイルを活用した生産性・安全性向上の取り組みに替えて、前回に引き続き、鉄鋼業界を牽引するアルセロール・ミッタルの取り組みを紹介します。ECサイトは顧客体験に変化をもたらし、ひいては業界標準を変えていくポテンシャルを秘めており、まさにProcess Innovatorの名にふさわしい取り組みです。

世界No.1鉄鋼メーカー アルセロール・ミッタルの取り組み 第2回:顧客ロイヤリティ向上を目指した EC サイト(鹿内 健太郎)

Social Hero

重大な社会的影響のためのテクノロジーの使用を最もよく示しており、その結果、説得力のある利他的、慈善的で、意義のある結果がもたらされた取り組みに対して一社のみに授与されます。Social Hero プロジェクトは社外の、企業だけでなく個人に多大な影響をもたらした取り組みが対象です。

フェアトレードの条件下での持続可能な漁業を実現するためにブロックチェーンを活用 — ハイテク技術が美しい漁場、荷捌所、試験所、それぞれの場所で働く人々の笑顔と仕事に対する誇りを支え、消費者には確かな安心を届けています。さすが、Social Hero と呼ぶに相応しい圧巻の取り組みです。

海から食卓へ – Bumble Bee 社:ブロックチェーン活用で「食のトレーサビリティ」を実現(大滝 明彦)

Next-Gen Innovator

重要な成果を既にあげている、もしくは将来的に重要な成果をあげるポテンシャルを有している革新的な次世代アプリケーションの開発を行ったエントリに授与されます。

既にこのデジタルトランスフォーメーションブログシリーズでご紹介済みのシグニファイ。電球ではなく”明かり”を売るというビジネスモデルに革新性を感じたのは 我々だけでなくSAP Global も同様でした。日本の製造業のお客様が新規事業としてコト売りに着目してもなかなかカタチになっていないのは何故なのか。技術力では決して海外企業に引けを取らないなら違いはどこにあるのか、シグニファイから学んでみましょう。

シグニファイに学ぶモノ売りからコト売り(柳浦 健一郎)

地下に埋設されたガスパイプラインの管理をより安全でより信頼性の高いものにするために、3 つの最先端技術を活用し実証実験をおこなったアバングリッド。果たしてどんな技術をどう組み合わせたのか、その結果どんな成果を得たのか、何よりその姿勢からは公益事業だけに留まらない、広く次世代に向けたビジネスのヒントを得ることができます。

アバングリッドのインテリジェントパイプライン(田積 まどか)

Honorable Mention

Honorable Mention は受賞ではなくいわば「次点」の扱いですが、いずれも日本のお客様に注目していただきたい取り組みが揃っています。この中からふたつを抜粋してご紹介します。

タクシー業界に変革をもたらした Uber がトラック輸送業界にも革新の波を起こしています。組織による慢性的な人手不足や労務管理の問題の解決を待つことなく、自らの生活や働き方に重きを置きたいトラックドライバーにとって、強の味方になってくれるのがテクノロジーなのかもしれません。

トラック運転手の働き方改革- Uber Freight とSAPの協業(桃木 継之助)

Business as Usual がイノベーション。ヴァンシグループのカルチャーを知れば知るほどそう感じます。例えば彼らが選んだ前例のないマイグレーションアプローチ。それを可能にしているのは普段の努力で生まれた社員全員の変化に対する受容度の高さにあるのでしょう。何か新たな”コト”を起こすことのみがイノベーションではありません。むしろ普段から当たり前にイノベーティブな企業にとって、エントリするのにちょうどいいカテゴリがなかっただけなのかもしれません。

イノベーションのためのリノベーション(ヴァンシ・エネルギー社)(土屋 貴広)

今年の SAPPHIRE NOW の 3 つのハイライトを象徴する 16 の取り組みの俯瞰によって、今後の世界のイメージが浮かび上がってくるような気がします。さまざまな最終受益者の声に真摯に耳を傾け、標準化可能な領域は業界をあげて標準化を図り効率化を高めることで顧客ひいては個々人を尊重し、既に成功したビジネスのみに頼り切ることなく限られた資源そのものである地球の上で持続可能なビジネスを創造し、組織の枠組みや従来の力関係に捉われずに人と人が繋がり合う、そのことにデジタル技術が最大活用されている・・・。そんな未来の何処で何に対して自分は貢献しながら生きていくのだろうかと、考えずにはいられません。

 

リアルな日本の状況から

このデジタルトランスフォーメーションブログシリーズは今回で 5 回目。始めてからちょうど1年になります。四半期ベースで配信を続けていますが、昨年 9 月 7 日に経済産業省がデジタルトランスフォーメーションに関する報告書を出して以降、特にお引き合いが多く、中でも実は「2025年の崖への一考察」ブログへのアクセス数がずば抜けて多く、やはり官の影響力の大きさを実感します。それに伴い各企業の「デジタルトランスフォーメーションを起こす」機運の盛り上がりも感じます。しかしデジタルトランスフォーメーションはあくまでも経営課題解決の手段であるにも関わらず、やはり経済産業省のレポートにあるように、経営者のデジタルに対する理解不足のせいか、個社内に閉じた形で、しかもデジタルトランスフォーメーション自体が目的になってしまっている例がまだまだ見られ、残念ながら世界と日本の差が縮まっていく気配を感じるにはもう少し時間がかかりそうです。

既に SAP ジャパンはエコシステムパートナーとして既存の枠組みを超えた取り組みをご支援しています。ご紹介する取り組みは官がコアとなっているところが日本の特徴でしょうか。産官学からのメンバーが集ってのオープンデータを利用したイノベーションの創出。官がどんなデータを持っているのかを知るところから始めて、知らず知らずのうちに築かれた垣根をお互いに乗り越えて、具体的な社会課題解決のために同じ方向を向き始めました。

オープンデータを利用した官民協創によるイノベーション創出~社会課題の解決に向けた取り組み(横山 浩実)

我々の組織は少数の各インダストリーエキスパートが密に連携し、上述のような産官学の垣根や業界の垣根を超えて協力し合うことを得意とし、例えばお客様が従来とは異なる新たなビジネスモデルに取り組まれる場合には我々のチームワークでご支援します。未だこの世にないことをカタチにするにはそれに近い経験を持つエキスパート同士の連携が最も現実的。こうして発信することでお客様に我々を知っていただき、また我々もさまざまな経験を積むことで、いつでも皆様に頼っていただける SAP ジャパンインダストリーバリューエンジニアとしてますます尖っていこうとしています。

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