米国通信大手ベライゾンのデジタルトランスフォーメーションの推進力とは
作成者:久松 正和 投稿日:2019年6月20日
はじめに
ベライゾン・コミュニケーションズ(以下、Verizon)は、世界100カ国以上で事業を行い、売上1300億ドル、利益155億ドル(金額にしてNTTグループの約2倍)をたたき出し、Forbes Global 2000でも20位(Apple, Google, Microsoft などに続くグループ)に指名される超優良企業です。米国のIT企業といえば、すでに事業のデジタル化を済ませ、強力なガバナンスで事業を牽引し、昨今言われるデジタルトランスフォーメーションなど無用と思われるかもしれません。しかし、この大企業がさらなる成長を目指して大きな変革を開始しました。その取り組みについてご紹介します。
5Gはテレコム事業のターニングポイント
この1年で”5G”という言葉が頻繁にメディアに取り上げられるようになりました。4Gまでのモバイルネットワークはヒトとヒト、あるいはヒトとインターネットをつなぐサービスを提供してきました。コンシュマー向けに需要を喚起し、需要に応じてネットワーク設備を増強するというサイクルで事業資産を少しずつ増やし、競合他社との競争をしていました。しかし、IoTやAIの技術、データの利用価値についての理解が進むにつれ、あらゆる事業でモバイルネットワークを利用するデマンドが高まってきました。これまでの回線はヒトの数”人口”のせいぜい数倍の本数しか想定されていませんでしたが、これからはモノの数だけ増えていく可能性があり、2030年には全世界で現在の数百倍から千倍の”1兆回線”あるいはそれ以上の需要が生じると言われています。もはやデマンドの醸成など無用。無尽蔵の需要がそこにある様な状態になってしまいました。
5Gは、単なる通信方式というより、すべての産業、すべての業界がデータを活用した事業変革を起こす重要なツールとして議論されており、本当の意味で社会変革を起こす技術となる可能性があります。しかし、それを提供する通信事業者側は需要増にうつつを抜かしているわけにはいられません。極端な回線数の増加というボリュームに反比例して、極端な値下げも巻き起こるだろうと想定されているのです。そして、その回線価格の下がるスピードはこれまでのようなゆっくりとしたペースではないはずです。通信会社も積極的に様々な業界に浸透し、それぞれの業界における法人パートナを増やし、多種類の業界でのサービスを実現し、これまでと違ったサービス業態へと変革する必要があります。細やかで多種多様なサービスを有機的に提供してゆく体制がなければ、より厳しい事業環境を強いられることになるでしょう。
猛スピードで変化するIT業界にありながらも、通信事業はこれまでは比較的ゆったりとしたペースで成長してきました。しかし今後の5G上の各業界向けのサービス開発のためには、通信事業者だけで事業開発ができるわけではありません。5Gによって通信企業同士の競争の場は広がり、そのスピードも増します。より複雑な事業をより速いペースでマネジメントしてゆく必要があります。
日本のモバイル各社もコンテンツビジネスや、システムインテグレーション事業、IoTシステム事業など、非通信事業に注力し始めています。Verizonを含めた世界の通信事業者は、その先の事業変革を見定めようとしています。
Verizon 15万人企業の大変革
Verizonはこの変革のタイミングを2010年代の中頃から予想していました。これからフロントで多種多様なサービスを素早く開発・展開してゆくために、将来の会社のあり方としてVerizonグループ全社の事業をシンプル化し、標準化し、本社のガバナンスの元、猛スピードでサービスを提供してゆける体制を構築しました(具体的には後述)。
しかし、15万人の従業員と世界150カ国をまたぐ全世界のネットワーク資産、1億を超えるアカウントを抱える大所帯のVerizonがいきなり全社ITの入れ替えをするという判断にはなりませんでした。まずはパイロットプロジェクトとして、子会社の統合がはじまりました。Verizonは、将来MaaSプラットフォームの重要なパーツとなるとテレマティクスソリューションのベンチャーを数々買収していましたので、これらを統合し2014年にVerizon Connect社を設立しました。シンプルなストリームラインでサービスが提供できるようにするプロジェクトのパートナーとしてSAPを選択し、Verizon Connect自体の事業変革と同時に共同でサービスの開発も行ってきました。SAPのソリューションによって、複数のサービス統合と業務標準化を実施、見積もりから請求までの業務プロセスを標準化することに成功しました。
このプロジェクトでの成功を元に、VerizonはSAPとのパートナーシップをさらに進化させて全社プロジェクトへの方針を固め、Verizon 1ERPプロジェクトを2017年に発足しました。ITシステムの標準化・シンプル化・自動化をドライバにプロジェクトを推進し、Verizonの時価総額を100億ドル高めると、株主に宣言しました。この経営陣の強いコミットメントを実現するため下記の様な目標を立てました。
- Verizon Wireless, Verizon Wireline, Verizon Enterprise, Oath(旧Yahoo!)そしてVerizon Connectなどの主要事業をとりまとめ
- 70カ国以上、8個のERPを含む40システムに分かれていたものをひとつのインスタンスのERPに統合
- ITシステムのコストを20%削減し、かつグローバルの財務レポートを高速化
- 主な帳票、資産、売掛・買掛などのすべてを一括で管理
- ERP、マスターデータ、顧客管理などのシステムをGreenFieldアプローチで導入することでの早期の導入を目指す
SAP S/4HANAを選択し、Central Financeをベースのアーキテクチャとし、HANA Enterprise Cloudを採用。SAPの標準ERP導入手法であるモデルカンパニーを採用して導入の高速化を図りました。Finance領域の変革はプロセスよりもむしろマスタの整備が鍵で、個々のマスタレコード毎にプロセスの責任単位が紐付いています。そのマスタ統合に要した期間は1年(!)。具体的なプロジェクトの成果として勘定コード表(Chart of Account)、利益センター階層およびコストセンター階層のグローバル統合を挙げていることから彼らの達成感が伝わります。特にコストセンターは15,000もの数を減らしたとのこと。このことから窺えるのは3つです。
- 例外を認めず実際の組織体制や権限委譲に反映させることができる強力なプロジェクト権限(経営トップの関与)
- 変革後も滞りのないビジネス運営を担保する判断(変革経験者の関与)
- 個々の単位の責任者の説得と教育(全社プロジェクト意義の周知徹底)
これらはいみじくも同僚吉岡 仁によるブログ:ヒューレット・パッカード・エンタープライズ : 待ったなしの全社IT改革と全く同様のKey Success Factorで、多くのプロジェクトがやりたくてもなかなかできずにいることを彼らは成し遂げた訳です。
そして、無事ERPのGo Liveを迎えました。今回のSAP SAPPHIRE (2019年5月米国フロリダにて開催) の際に、最初の事例としてVerizon Connect社のプロジェクトの完了が発表されました。現在は他の7つのERPに乗っているプロセスをマイグレーションしています。
まとめ
VerizonはFinance Firstのコンセプトの元、従来サービス部門・ネットワーク部門とサイロ化されていた事業を通しで見える化し、マニュアル作業を極限に圧縮しました。すべてのデータを各部門がセルフサービスで分析し、それぞれの事業の状況をKPIに基づいて管理できるように変更して行っています。これからはBillingなどを導入し、1億加入の顧客を抱える事業をストリームラインに処理するプラットフォームを実現します。
デジタル化、IoT、AI、データエコノミーの波は、とてつもなく大きなものになります。Verizonのように大きな事業体であっても、これを乗り越えるためには大きな変革が必要と判断しています。Verizon社のビジネス変革はまだまだこれから。それを支えるITシステムの準備を完了させるのは依然急務です。
なお、本プロジェクトは本年度の SAP Innovation Awards 2019 で Digital Trailblazerに選出されています。ご興味のある方は、是非、詳細資料を併せてご覧ください。
※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、Verizon社のレビューを受けたものではありません。