イノベーションのためのリノベーション(ヴァンシ・エネルギー社)


We want to harness digitization to run our business without limits and to be “future ready.”

これは、フランスの総合建設会社で有名な「ヴァンシ(VINCI)グループ」でエネルギーインフラ事業を担う「ヴァンシ・エネルギー社:VINCI Energies」のCIOのコメントです。

同社は、2013年にグループ統一のERPを立ち上げた4年後に、SAP S/4HANAへの準備に着手しています。

これまでも、カテラ社(米)やシーメンス(独)のビルテクノロジー部門と(広義の意味での)建設業におけるデジタルトランスフォーメーションを何度か取り上げてきました。「カテラ社(米)」は、圧倒的な生産性を実現するためにビジネスプロセスを垂直統合(Vertical Integration)させ(過去ブログ)、「シーメンス(独)のビルテクノロジー部門」は、従来ビジネスから得たノウハウを活かし革新的なソリューションやサービスを展開(Value Added Services)(過去ブログ)と言った内容でした。また、これらのサービスはスケールさせることが前提であり、そのためにICTを活用したという点が両社の共通事項でした。

ただこれらのビジネスモデルをスケールする点においては、「共通要素の統合(効率性)」と「ローカルへの適合(柔軟性)」という一見トレードオフな問題を解決する必要が出てきます。今回、「ヴァンシ:VINCI」を取り上げたのは、彼らも同じ文脈を持ちながらも、「デジタル技術を用いて次世代の準備をする」と発言できたのはなぜでしょうか?私自身の興味もこの点から始まり、彼らの文脈や背景を紐解いてみることにしました。

About VINCI Group

VINCI picture

ヴァンシ:VINCI」自体を知らない方も多いかと思いますが、ベルサイユ宮殿やルーブル美術館、エッフェル塔など芸術的建築を得意とし、地下鉄や橋梁、道路などインフラ建築など日本の総合建設会社に近い事業ポートフォリオを持つ企業グループと言えます。

  • 3,200もの事業を100か国以上に展開する企業で、
  • グループ全体で €43.5 billion (日本円で約3兆円:€1=122円で試算)もの売上を誇る
  • 主な事業は、建設事業/エネルギーインフラ事業(ヴァンシエネルギー:VINCI Energies)/土木事業/高速道路事業/空港運営事業/不動産事業

ここまでは複数の事業体を持つコングロマリット企業グループなのですが、彼らの戦略を見てみると以下のことが分かります。

  • 常にグローバル
    • 視点は常にグローバル(約43%の売上を国内以外で稼ぎ、2014年からは27%増とその割合を確実に伸長)
    • 積極的なM&Aを実行する一方で、(普遍的な価値として)グループ共通のDNAを持つ(彼らは”マルチローカルビジネスモデル”と表現していますが、様々な多様性の中でも、共通の企業文化や価値観を共有し、本的な組織と管理の原則を統一)
  • コンセッション事業の積極展開
    • コンセッション事業にも積極的に展開しており、68.6%(Ebitベース)の利益がコンセッション事業から構成(従来方式(コントラクティング方式)のEbit/Revenueは4.1%なのに対し、コンセッション事業は47.2%)
    • 日本でも関西国際空港、大阪国際空港または神戸空港の運営権が「ヴァンシ・エアポート社:VINCI Airport(空港運営事業を担うグループ会社)」とオリックス社などでつくる企業連合に移管したことが大きな話題に
  • イノベーションの推進
    • イノベーションを成長のドライバー役に位置付け、グループ全体に定着:”Intrapreneur incubator for VINCI’s future business
    • ”The fully recycled road(高速道路事業)”、”Developing next-generation concretes(建設事業)”、”From smart lighting to smart cities(エネルギーインフラ事業)”

Source: VINCI Combined Shareholders’ General Meeting 17 April 2019, VINCI 2019 ESSENTIALS

About VINCI Energies

VINCI ENERGIES picture

ヴァンシグループの約29%の売上を占めるのが、エネルギーインフラ事業を担う「ヴァンシエネルギー:VINCI Energies」です

  • 1,800もの事業を持ち、53か国以上に展開する企業で、
  • 売上は €12.6 billion (日本円で約5兆円:€1=\122で試算)
  • 売上の51%がフランス国内、39%をフランス以外のヨーロッパ、残り10%をその他地域から構成

ビジネスの大半がスクラップ&ビルド型のインフラ事業と思いきや、設計・施工技術をベースとするインフラ事業に加え、ビルや工業用地、インフラをつなぎ、パフォーマンスやエネルギー効率を改善できる革新的なソリューションやサービスを展開していたのです。この発想は、ヴァンシグループの持つコンセッション事業も同様なので、”世界中のエネルギー効率化とデジタルトランスフォーメーションを加速”をビジョンに掲げる彼らに取っては当たり前なのかも知れません。

そして現在の事業ポートフォリオは以下から構成されています(括弧内の数字は、2018年の全体売上に対する事業売上の比率)。

  • インフラ事業(27%)
  • ビルディングソリューション事業(26%)
  • インダストリー事業(29%)
  • ICT事業(18%)

Source: VINCI 2019 ESSENTIALS

Our business lines

 

彼らの強みは、”従来ビジネス(設計・施工)で得たノウハウをパッケージ化し、ICTを用いて運用・保守ビジネスへとカバレッジを広げ、スケール可能なビジネスモデルにし続けている”ことでもあります。ただ、彼らの業界は単一製品を展開できるほど容易ではありません。加えて、彼らはM&Aを軸に「地域/事業領域」を拡張させているため、「全体効率とローカル適合」の問題は常につきまといます。

今でこそ 5つのインターナショナルブランドを中心に組織化し、そこにローカルブランドに加えたビジネスプロセスが確立できていますが、彼らはグループ全体で”マルチローカルビジネスモデル”を適用し、地域や事業特性を加味した多様性を維持しながら、共通の企業文化や価値観を共通化し、基本的な組織と管理の原則を統一する必要があったのです。

Codex(コーデックス)プロジェクト」の開始

”ほんの数年で、何百もの企業がこのグループに加わりました”

Dominique Tessaro, CIO of VINCI Energies.

このCIOの発言は、「グループ共通のDNA」はありながらもそれらを維持するための苦悩が表れています。当時の彼らも例外なく 約15もの異なるERPシステムが並行して稼働している状況で、グループレベルでのビジネスプロセス自体の標準化の必要性がありました。この様な背景から、グループERP(Enterprise Resource Planning)戦略を検討し、グローバル規模で単一のシステムを展開する「Codex(コーデックス)プロジェクト」が2013年に開始されました。

2013-2015

  1. グループ全体のビジネスルールを再定義に着手
  2. グループ会計基盤を整備(グローバル共通のマスタ整備と管理統一を実現)
  3. 1の結果から生まれた「コアモデル」は2015年初めには100社への展開が完了
  4. その後、SAP Fioriを用いて UI(ユーザーインターフェース)を進化

この3年間でのポイントは「ビジネスルールの再定義」であることは言うまでもありません。この取り組みは、(仕組みとしての)地域や企業を超えた「基本的な組織と管理の原則を統一(グループ会計基盤)」から始まり、「(グループ全体でのビジネスプロセスの再定義による)コアモデル」の構築と展開、生産性向上に向けたUI変革へと段階的に、グループERPを整備していきました。

Landscape picture SAP S/4HANAへの道のり

顧客の変化と共に常に革新的ソリューションやサービスを提供し続けているビジネスモデルを持つ彼らですが、「Codex(コーデックス)プロジェクト」の資産は、660社で1,800を超える事業を単一システムで実現させていたのですから、あまりにも巨大でした。常に進化が求められると言えど、この超巨大なシステムをリノベーションすることは簡単なことではありませんでした。当時、彼らとして以下のような文脈を持っていたのも事実です。

  • 11か国、660社で1,800を超える事業をシングルインスタンスで管理(同規模レベルでのマイグレーション実績)
  • 既に26,000人ものユーザが利用ダウンタイムは3日以内
  • 450万コードラインのアドオン資産
  • システムの拡張は継続(80%のコアモデルは完成しているが、残り20%は2021年まで続ける)など
  • そして、システムとしての成熟度 など

それでも決断したのは、常に進化が要求されていたからだと当時を振り返ります。

”新たなイノベーション能力を維持したいのであればこの移行は不可欠です。むしろ問題は、我々がそれを行うべきかどうかではなく、いつ・どのようにして実行するのか?ということでした”

Dominique Tessaro, CIO of VINCI Energies.

2016-2017

既存グループERPのデータベースマイグレーションをキッカケに、複数バージョンでのプロトタイプ作業を経て実施することにしました。

  1. グループERPのデータベースをSAP HANAにマイグレーション
  2. SAP S/4HANAの1st プロトタイプ(1511)
  3. SAP S/4HANAの2nd プロトタイプ(1610)

2017-201810カ月)

  1. SAP S/4HANA(1709)へのマイグレーション
  2. 予定通り2018/7末に本番稼働(600社、26,000ユーザー)
  3. 2018/8には稼働後の問題を修正し
  4.  2018/9には安定稼働
  5. 2018年末までに残りの展開も完了(+60社、+5,000ユーザー)

トランスフォーメーションを支えるコアモデル基盤の進化

この稼働により、2018年末までにグループ全体オペレーションの80%が補完されグローバルレベルでの可視性を実現しています。また、今回のコアモデルには、お客様のサポートビジネスをカバーするSAP C/4HANAやSAP Cloud Platformを中心としたカスタマーポータルの再設計も含まれ、SAP S/4HANAとの統合により、業務側が要求するエンドツーエンドのプロセスを確立できるようになりました。それまでは、「これらのビジネスプロセスの実現には、個別プロセス毎に様々なテクノロジーを採用していたため、データを再入力したり、仕組みをつなげたりと多大の時間をロスしていた」と振り返ります。

イノベーションを支える新たなITロードマップ

今回の取組みを通じ、従来のERPアプリケーションの利用方法を大きく変えていくつもりです。

  • グループ内のキャッシュフローを最適化し、エンドツーエンドのプロセスを管理(SAP Cash Management)
  • 新たな標準機能の採用
  • UIの変革(現場従業員へのモバイルApp展開やそれによるサイトオフィス内の業務シンプル化)
  • ビジネスプロセス横断でのリアルタイムモニタリングによるプッシュ型での情報発信

また、上記以外にも、(SAP CoPilotを使用した)音声認識機能付きアシスタント機能を社内・社外へのリリースを予定していたり、(SAP Leonardo Machine Learningを用いた)請求書照合など特定プロセスの自動化を検討中だったりと積極的な展開を図っています。

”ERPとの対話は将来的に、音声がキーボードに取って代わると確信しています”

Dominique Tessaro, CIO of VINCI Energies.

労働集約型のビジネスでもある彼らのビジネスを考えると、彼らのインテリジェンス・エンタープライズを考える上では、”チャットボット”と”AI”、”音声認識”の組合せは非常に重要になることが、この発言から理解できます。

まとめ

今回は「イノベーションのためのリノベーション」と題し、「ヴァンシエネルギー社:VINCI Energies」のトランスフォーメーション・ストーリーをご紹介してきましたが、私自身、企業としての成熟度レベルに驚かされた事例でもありました。

  • 1,800事業から構成されるビジネスプロセスの再定義に着手

彼らが「コアモデル」と呼んでいる定義には、「事業プロセス全体の最適化(垂直統合)」と「地域や事業を跨るプロセスの共通化(マルチローカル戦略)」が含まれています。グループDNAの存在があるとは言え、これら2つを同時に実現することは容易ではありません。2013-2015年の3年間で、これらの定義を実行しながら、段階的にでもITシステムに変換できてきた事実は、企業としての”成熟度の高さ”を強く感じさせられます。

  • イノベーションの対する意識の醸成

彼らの事業ポートフォリオからしても提供しているのは「インフラ」ではなく、それらをつないだ「革新的なソリューション」であり「サービス」です。これらは、彼ら自身が 顧客や市場の変化、新たなテクノロジーにアンテナを立て、常に進化させていく必要があるのは明らかですので、企業のDNAレベルで「イノベーション意識」を醸成していかないと、このスピード感についていけないのかも知れません。

  • 変化に対するICTの位置付け

「グループERP構築」からの「SAP S/4HANAへのリノベーション」を、息をつく暇もなく実施した実行力は、私自身の想像をはるかに超えた内容でした。また、SAP S/4HANAへのリノベーションを決めた際のCIOの発言をみても、「ビジネスとITの融合」は高いレベルで実装できている表れかもしれません。

ヴァンシエネルギー社の取り組みは、「(企業の持つ成長戦略に対し)グループ共通の価値観を描き、それに必要な能力を補完する計画作り、実行していく」という当たり前の話かも知れません。また、1年前から始めたこのブログで取り上げたどの企業も、デジタルトランスフォーメーション自体を”シンプルに成長のための必要条件”としてとらえていました。

「やりたくてもできない企業とは何が違うのでしょうか?」

これからもこのブログを通じて、皆様と一緒にこの解を見つけていきたいと思います。

また、今回の内容で共感いただける皆様がいたのであれば幸いです。今後も筋の良いネタを発信し続けようと思いますのでよろしくお願いします。

※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、ヴァンシ・エネルギー社のレビューを受けたものではありません。