境界を超えた”防災・減災社会”の真の社会実装に向けて
作成者:SAP編集部 投稿日:2019年7月25日
災害多発時代を迎えて
私たちが住む日本は世界有数の自然災害多発国です。日本の国土は全世界のたった0.25%の面積しかありませんが、世界で起こったM6以上の地震の約2割は日本周辺で発生しており、世界の活火山の約1割は日本に存在しています。
地震や火山の噴火だけでなく、黒潮海流の蛇行や海面温度などの気候変動を発端とした台風や集中豪雨による洪水、土砂崩れなどといった自然災害が日本、そしてアジア諸国で発生しています。同時に米国ではハリケーンや山火事、欧州では移民問題から来る感染症患者の増加が指摘されています。
参考:国土交通省 国土が抱える災害リスク
このような現実を前に、SAPジャパンは2018年より大分大学、大分県を牽引するIT企業であるザイナスと防災・減災のための情報活用プラットフォーム(Earth Disaster Intelligent System & Operational Network 以下、EDISON)を進めています。
このプラットフォームは多種多様なデータ統合により始めて把握可能となる災害リスクの洗い出しや早期発見、事前復興に代表されるリスク・マネージメント、災害発災時の迅速な初動対応とメカニズム解析を可能にするクライシス・マネージメントの機能を有しています。
参考:災害発生時の迅速かつ正確な初動対応を促すための情報活用プラットフォーム―減災社会の実現と協働を目指して―
2019年4月15日のドイツ連邦教育研究省アニヤ・カルリチェク連邦教育研究大臣の来日に合わせて大分大学とSAPジャパンが推進する防災・減災プラットフォームEDISONのデモが行われました。
「3.11――東日本大震災で私が痛感したのは『自分は何も出来なかった』という無力感でした。多発する災害を前に何も出来ない自分で良いのだろうか?と考えていました。大分大学は2018年に医学、教育学、社会学、経済学、理学、土木工学、都市計画学などによる学術的な視点を網羅した減災・復興デザイン教育研究センター(以下、CERD)を設置し、災害調査・減災教育・復興デザインに取り組んでいます。CERDと同じ想いを持っているからこそ、SAPジャパンとしてCERDに参画し、テクノロジーを最大限に活用したプラットフォームを構築していくことになりました」。
こう語るのは、SAPジャパンでEDISONを推進し、CERD客員研究員でもある吉田彰氏。近年、大分県では2016年に発生した熊本地震での別府市や由布市での被害、九州北部豪雨(2017年)や台風18号(2018年)による豪雨・洪水被害、中津市耶馬溪町の土砂崩れ災害(2018年)が発生し、鶴見岳・伽藍岳、九重山などの火山活動、南海トラフ地震や中央構造線断層帯の評価見直しなど、共存共栄にあった自然環境と改めて向き合い、持続可能な社会形成を考える転換点を迎えています。
2018年4月11日に大分県中津市耶馬渓町で発生した山地崩壊による土砂災害においてCERDは中津市長からの要請による災害派遣を実施。災害対応に大学も加わるなど国内では極めて珍しい対応を行いました。捜索活動が続く中、CERDでは二次災害の防止や捜索活動にドローンを活用した情報分析を展開。災害発生のメカニズムや捜索個所の推定にデータを用いたほか、災害情報を速やかに大学から公開するなどして、関係者間で情報の共有の仕組みを進めています。
一方、SAPはテクノロジーを駆使したイノベーションにより、社会問題の解決に取り組んでいます。2017年にドイツのハノーバーで開催された展示会「CeBIT 2017」ではメルケル、安倍の日独両首脳に向けて災害対策プラットフォームをデモンストレーションし、災害リスク分析の取り組みを紹介しました。しかし、このデモンストレーションを可能にする為のデータを統合・共有する仕組みは存在していませんでした。
「各省庁・自治体との情報連携や情報統合がなぜ必要なのでしょうか? それは、各種データを自治体やさまざまな組織がそれぞれに収集・管理しているからです。気象データは気象庁、地形や道路の情報は国土交通省が有しています。地域全体の防災情報は都道府県庁が管理していますが、末端は細かく分かれます。例えば一級河川は国土交通省、二級河川は都道府県、三級河川は市町村が管理しています。浸水被害を予測し分析を進めるためには、あらゆる情報を統合して管理するところからスタートしなければなりません」
テクノロジーの境界を超えて
CERD、SAPジャパン、ザイナスの3者を中心にLenovo、ESRIジャパン、Google Cloudなどのテクノロジー企業を招聘し、データ統合や共有の必要性、各種テクノロジーの適応可能性が議論され、EDISONはスタートしました。
EDISONの中核としてデータ統合を司るのは「SAP HANA®」です。
SAP HANA®はインメモリープラットフォームを採用しており、例えば変動する気象などのデータをリアルタイムに処理します。同時に地理空間情報、次々に発信されるストリーミングデータを統合し、集積されたデータはデジタルイノベーションシステム「SAP Leonardo」の機械学習などのAIと連携する事によって災害リスクの評価を行い、速やかで正確な初動対応をアシストします。
SAP HANA®を支えるLenovo社のハードウェア、透過的なビューを提供するESRI ArcGIS、更にはGoogle Cloud Platformとの連携による機能強化などテクノロジー企業の境を超えた取り組みが実現しました。
EDISON の機能検証は2012年、2017年に発生した九州北部豪雨災害により大きな被害を受けた大分県日田市をモデルに進められました。

九州北部豪雨災害をシュミレートしたデータを説明
九州北部豪雨発災前後の人工衛星画像を解析し、AIによって状況変異を捉えた上で、ドローンを活用した詳細状況を集積します。更には3Dモデルを使ったメカニズム解析や緊急施設との位置関係などの情報を自治体や関係機関にスピーディーに共有していく事を実現しています。
災害に対する意識を向上させるためには
気候変動や社会形成の転換点を前に、システムの整備だけではなく災害意識の向上による社会実装の取り組みが重要になります。
「テクノロジーは道具でしかありません。それをどう生かし、防災・減災のための情報活用プラットフォームを浸透させていくか―。キーワードは”ソーシャル・インプリメント”つまり、社会実装です。政府が強くてしなやかな国づくりを進め、強靭化(レジリエンス)を考えた防災計画、体制の整備を進めてきました。しかし、行政だけの努力では住民全体の意識を向上させていくことは困難です。強固な防災インフラや緻密な防災計画が生かされるのは住人の方々の防災意識があってこそ。これまで起こった多くの災害では、危険が目前に迫っていても『ここは大丈夫』『自分は安全だ』と思い込み、迅速な避難につながらないというケースも見られました。
災害対策は多重防御の考え方にシフトしています。災害が起こったら、正しい情報を把握し、迅速に避難しなければなりません。そのために、住人全ての方々の防災意識を醸成し、過去の教訓をいかにして次世代に継承していくかが重要な課題になるのです。教訓の継承としての減災教育が重要になってきます。」

九州北部豪雨災害のVRを体験するアニヤ・カルリチェク連邦教育研究大臣
「例えば、ドローンが撮影した被害エリアのデータを360度画像化して、臨場感あるVR映像で体感できるデジタルを生かした減災教育を進めています。実際に起きた災害の体感を通じて、子供達、そして住民の意識を向上させることが狙いです。自然災害を自分ごととして捉えられたら、意識や行動も変わります。防災意識を高め、人的被害を少なくすることにも繋がると考えています。」
参考:過去に学び、未来を切り開く、Purpose-Led(目的主導型)のイノベーション―防災シンポジウムin 日田 九州北部豪雨災害からの教訓 レポート
産業そして国境を超えて
「近年、日本各地では大きな地震が発生し、中国地方では水害や土砂崩れなどにより甚大な被害をもたらしました。しかし災害に国境はありません。災害に関する危機感を共有するアジア圏、欧米諸国とも密接に連携していく必要があります。これはSAPというグローバル企業だからこそ出来ることだと考えています。そして同じ目的を持ちSAPという仕組みを共有するお客様との連携が何よりも重要です。
例えば薬品や食料などの救援物資を考えても、製造・運輸・小売などの企業との連携が重要ですし、多くのデータを相互補完することで被害を限りなくゼロに近づける事や迅速な復旧が出来ると考えています。SAPジャパンはCERDとの共同プロジェクトを強固に進め、今後もさらなるブラッシュアップを続けます。
しかし、この取り組みを深化させるためには、テクノロジーやプラットフォームの進化だけでなく、企業の事業継続計画や新規ビジネスに寄与して行きながらあらゆる境界を超えていくエコシステムを形成し、産学官民が連携して国境をも越えた対策を進める必要があります。」

アジア地域の市長サミットでも行政機関や研究機関に取り組みを説明
大分で始動した防災・減災社会の社会実装の実現を目指すEDISON。
人々の意識を変え、災害に強い「しなやかなまちづくり」を実現させ、安全でより良い明日を創るために、SAPは今後も技術や人的支援をとおして社会に貢献していきます。