SAP Ariba Live Tokyo 2019レポート②/ アステラス製薬様 特別講演


価値創造のシナリオをデジタルで描く。アステラス製薬の選択と戦略
SAP Ariba Live Tokyo 2019
報告#2

2019年7月23日に催されたSAP Aribaの年次カンファレンス「SAP Ariba Live Tokyo 2019」(会場:グランド ハイアット東京)では、特別講演にアステラス製薬 代表取締役副社長の岡村直樹氏が登壇し、「アステラス製薬が目指す『価値』の創造と提供」と題し、デジタルテクノロジーによる業務革新・ビジネス革新の戦略について明らかにしました。


持続的成長に向けた3つの戦略目標

アステラス製薬は、山之内製薬と藤沢薬品工業の合併により2005年4月に誕生した製薬メーカーです。今日では「先端・信頼の医薬で、世界の人々の健康に貢献することで企業価値の持続的向上を目指す」という経営理念を掲げ、がん、泌尿器、移植といった治療分野の医薬品事業を展開しています。

2018年度の売上高は1兆3,063億円でコア営業利益は2,785億円。世界の人々の健康に資するという経営理念に沿ったかたちで各国の市場で地歩を築き、地域別の売上げ比率は日本30.4%、米国35.3%、EMEA26.0%、アジア・オセアニア8.3%と、海外売上比率が7割近くに達しています。

同社では現在、持続的成長に向けて3つの戦略目標を立てています。目標の一つは、「製品価値の最大化とOperational Excellenceのさらなる追求」です。

「これは、効果的で効率的なオペレーションを追求することで、重点製品と後期開発品に対して優先的にリソースを投入することを意味しています」と、岡村氏はいいます。

2つ目の目標は「Focus Areaアプローチによる価値創造」です。最先端の科学と自社のリソース、ケイパビリティを組み合わせることで、中長期的な価値を創造するとしています。そして3つ目が「Rx+プログラムへの挑戦」です。これはRx(医療用医薬品)事業で培ってきた専門知識・経験と異分野の技術・ノウハウを融合させることによって、新たな医療ソリューション(Rx+)を創出することを目指しています。

「既存のRx事業を継続し発展させるとともに、Rx+として新たな領域に挑戦していくことで持続的な成長を目指していく、というのが方針の骨子です」と、岡村氏は付け加えます。

 

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費用は倍になり、収入は半分になる

上記3つの戦略目標について語ったのち、岡村氏の話は製薬企業のビジネスモデルが内包する問題点へと転じました。

「ご存知の方も多いと思いますが、薬(くすり)の開発には長期間・多額の投資を要します。日本製薬工業協会の調べによると、医薬品開発には10年以上の歳月と数百〜数千億円規模の費用が必要といわれています。一方で、医薬品開発の成功確率は年々低下し、10年前は成功確率が2.2万分の1であったのに対し、現在は2.6万分の1(62万4482化合物のうち申請承認されたのは24化合物で、確率は0.0038%)へと低下しています」(岡村氏)。

さらにデロイトがまとめたグローバル製薬企業16社の調査によれば、1つの化合物を世に出すために必要な資金は、2012年の12億ドルから2018年には約2倍の22億ドルに跳ね上がっています。それに対して、1つの製品から期待されるピーク売上高は8億ドルから4億ドルへと半減しています。

「要するに、費用は倍になり得られる収入は半分になっているということです。その厳しい状況の中で日本の製薬企業のビジネスモデルも変化し、国際協調を図りながら製品製造や研究開発のグローバル化を急ピッチで図ってきました。そして競争の中心は研究開発とイノベーション創出へとシフトしています」(岡村氏)。


グローバル経営への転換と挑戦

上述した変化のうねりの中で、アステラス製薬が取り組んできたのが「グローバルオペレーション」の改革です。

従来、同社のグローバル経営は、地域ごとに研究開発や顧客対応を個別に進めるという縦割り型の「連合王国モデル」だったといいます。それを2008年から、機能を軸に各国の組織・人材を束ねていくという「グローバル経営モデル」への転換を図っています。

このグローバル経営モデルの推進で同社が重視しているのは、「適所・適材」「プロセス標準化」「ペストプラクティス共有」の3つです。その取り組みの中では、人材の多様性を受け入れ、組織の力に転換するという「ダイバーシティ&インクルージョン」など、アステラス製薬が過去に経験したことのなかった改革にも挑む必要があったといいます。

「世界規模で多様な人材の能力を活かすということは、人種・言語・文化の違う人材同士が、同じチームで同じ目標を持ってともに働くということです。ですから、仕事で使う標準言語は当然英語になりますし、業務システムのグローバル統合も必要とされます。レポートラインについても、多国にまたがるようになり組織の構造も複雑化します。これらは、いわゆる純国産企業だった当社にとって簡単に乗り越えられるようなハードルではありませんでした」(岡村氏)。

このように、グローバルな組織を機能軸で束ねていくことで変わった点は大きく3つあると、岡村氏は説明します。その3点とは以下のとおりです。

①資料はすべて英語に
②日本の雇用慣行に縛られない、縛らない意識の醸成
③ルールとプロセスの明文化

一方で、これから変えていかなければならないことも多くあると、岡村氏は打ち明けます。

なかでも「ビジネス支援機能のグローバル化」「あらゆる業務プロセスの標準化とシステム化、効率化」「ケイパビリティ強化」は重点的に推進すべきポイントであるといいます。

「例えば、法務・人事・会計といったビジネス支援の機能については、真の意味でのグローバル化を図らねばなりません。また、業務プロセスの標準化・効率化・自動化を徹底的に推し進めて、当社の競争優位を生むケイパビリティの確保に経営資源を集中する必要があります」(岡村氏)。


SAP Ariba
などのデジタル技術をフル活用

アステラス製薬では、岡村氏の言う「必要な変化」を推し進めるうえでのカギとして、デジタルテクノロジーを位置づけています。つまり、グローバルオペレーションの“切り札”として、デジタルテクノロジーをフルに活用しようとしているわけです。

「私たちが目指しているのは5〜10%程度の改善ではなく、オペレーションの時間を半分にしてアウトプットを倍にするといったドラスティックな業務改革です」と、岡村氏は語り、次のように続けます。

「おそらく、最新のデジタルテクノロジーに飛びつくだけでは、そのような改革は成しえないでしょう。そのため、あるべき業務モデル『to-be operational model』を熟考したうえで、必要なデジタルテクノロジーを選り抜くことを重視しています。また、製薬業界には伝統的に『間違いは絶対に起こしてはならない』という意識が強くあり、『ヒト対ヒトの直接的な情報伝達』にこだわってきたため、最新テクノロジーの採用には消極的な側面がありました。だからこそ『Low-hanging fruits(大きな努力をしなくても達成できる目標)』が多いのも、この業界の特徴ですので、デジタルテクノロジーの活用が劇的な効果につながる可能性は大きいと見ています」

同社では、業務改革のみならず、新たな価値創造・事業創造の手段としてもデジタルテクノロジーを積極的に活用していく計画です。

例えば、グローバルオペレーションの改革に向けては、財務・会計のシステムをSAPのERPで統一したほか、調達・購買には「SAP Ariba」を、人事システムとして「SAP SuccessFactors」をそれぞれ導入しています。それに加えて、研究開発や製造、SCM、販売・マーケティングの各領域でのデジタル革新も進めており、AI(人工知能)を使った創薬(AI創薬)をはじめ、「Organ-on-a-chip(チップ上に構成された臓器の機能を持つ素子を使った創薬)」、さらには、ビッグデータを駆使した「Synthetic Control(合成されたコントロール群)」の研究にも取り組んでいます。

このほか、前述したRx+事業の創出もデジタルテクノロジーの活用を前提にしています。具体的には、最新のデジタルテクノロジーを使いながら、診断・治療支援を行う新しいソリューションの開発を進めています。「アイデアとしては、デジタルテクノロジーを使ったがん患者のための新たな診断ソリューションをはじめ、デジタル機器・医療用ソフトウェアを使った糖尿病管理サポートや放射線治療計画サポートなどを構想しています」と、岡村氏は付け加えます。

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調達・購買への期待とヘルスケアの未来

上記のように、アステラス製薬のデジタル戦略をひととおり説明し終えたところで、岡村氏は、「調達・購買のデジタル化」─つまりは、SAP Ariba活用への期待感について改めて語ってくれました。同氏によれば、SAP Aribaへの期待は3つのキーワードで表現できるといいます。それは「効率化」「グローバル調達」「Efficient Flexibility(効率的な柔軟性)」です。

このうち、「効率化」については、調達・購買プロセスの標準化とシステム化によって効率性を徹底的に追求できるようになるといいます。また今後は、SAP Aribaのようなプラットフォームによって「グローバル調達の購買力を高めることが、ますます重要になります」と岡村氏は指摘します。さらに、最後のEfficient Flexibilityについて、同氏は以下のような説明を加えます。

「効率的(Efficient)であることと柔軟性(Flexibility)の高さは相反することのように聞こえるかもしれません。ただし、Efficient Flexibilityは、アステラス製薬が経営計画の中で追求しているテーマでもあります。どんなボールでも打ち返せるような柔軟性の高い組織を築こうとすると効率性が失われ、効率性を追求し過ぎると、球筋の変化に対応する柔軟性が失われるのが通常です。ですから、効率性と柔軟性のバランスを絶妙にとることが重要で、それは会社全体の戦略についても言えますし、調達・購買に関しても同じことが言えるのです」(岡村氏)。

例えば、アステラス製薬では、外部の開発業務受託機関(CRO)に臨床試験を委託していますが、「調達・購買の効率性だけを追求するのであれば、CROを2社に絞り込み、その2社に対してのみ仕事を依頼し続けるのが良策です」(岡村氏)。ただし、このスタイルは、特殊な臨床試験の実施が必要になった際に、それが得意なCROを適宜選定するという、調達・購買の柔軟性を損なわせる恐れがあります。

「このように、調達・購買の効率性と柔軟性をそれぞれどの程度まで追求するかは、経営戦略そのものと言えます。その戦略を自由に決めて、遂行するうえではSAP Aribaのようなプラットフォームを活用するのが適切であると考えています」(岡村氏)。

こうしてSAP Aribaへの期待を述べた岡村氏は、講演の締めくくりとして、自身の願うヘルスケアの未来について以下のように語ってくれました。

「私が願うヘルスケアの未来は、どんな病気も治すことができ、予防から治療に至るすべてがタイムリーに行われ、お金や地位とは無関係に誰でも必要なケアが受けられ、身体だけでなく心も苦痛から解放される未来です。そのような未来は、医療用医薬品だけにこだわってヘルスケアを考えているようでは実現できません。ですから今後も、Rx+事業に力を注ぎ、理想とするヘルスケアの未来を追求していくつもりです」

<了>