デジタルシフトを推進するためのビジネスマインドとは? 鈴木康弘氏に聞く「デジタルシフトの正体」


「デジタルシフト」の重要性は、今や多くの人々に認知されています。しかし、その本質を理解できているかと問われると、自信がない人も多いことでしょう。セブン&アイ・ホールディングスでCIO(最高情報責任者) としてオムニチャネル戦略を推進し、現在はデジタルシフトウェーブ代表としてデジタルシフト推進支援を手掛ける鈴木康弘氏のもとには、実際に経営者から「デジタルシフトとはなにか」という質問が多く寄せられるといいます。

デジタルシフトのスペシャリストとして数多くの企業を支援する鈴木氏

デジタルシフトのスペシャリストとして数多くの企業を支援する鈴木氏

ビジネスにおけるデジタルシフトとは何を意味するのか?

鈴木氏はその問いに、「デジタルシフトとは、アナログ時代にあった制約を解放するもの。時間、距離、量、方向にとらわれず、いつでも瞬時に、世界中のどこでも、無限のコンテンツを販売でき、売り手と買い手の双方向コミュニケーションを実現すること」と答えます。その推進役は、他でもないスマートフォン。スマートフォンのパイオニアといえるiPhoneが登場する前後では、消費行動の多くが劇的に変化しました。「消費者の行動がスマートフォンをはじめとするデジタル技術によって変わっているのに、企業がデジタル技術を活用できなければ、生き残れるわけがない」と鈴木氏はいいます。

もちろん、多くの日本企業もデジタルシフトを模索しています。しかし、いわゆるTECH系企業以外は、単に業務の効率化、省人化が目的となっているだけなのが現状です。鈴木氏は「効率化、省人化は結果であり、デジタルシフトの本質ではない」とし、デジタルシフトの本質とは「顧客ファースト」の思考だといいます。

「顧客を明確に想像する。どういう生活を営んでいて、どういうサービスや製品を欲しているのか。顧客のニーズを叶えるために、デジタル化により、さまざまなシステム、販売方法、店舗網、物流・販売網といったすべての業務インフラを、ネットとリアルの境目を越えて、顧客を中心にして新たに組み直すことにある」。

デジタルシフトを成功させる鍵を握っているのは、CEO(最高経営責任者)、CMO(最高マーケティング責任者)、CIOの三者です。まず、起点であるCMOが顧客のニーズを捉えて、継続的に売れる仕組みを提案します。その仕組みをデジタルで実現するために、CEOが決断し、未来の会社の姿を内外に示します。そして最後に実行するのがCIOです。

「本来、組織のデジタル変革を経営の視点で推進するCDO(最高デジタル責任者)がいればいいのですが、CDOはCEOの実行力、CMOのマーケティング力、CIOの技術力を持ち合わせていなければできません。ソフトバンクの孫正義社長などは、まさにそういった人材ですが、国内にはなかなか見当たらない。我々の会社(デジタルシフトウェーブ)はクライアントのCDOの役割を担って、軌道に乗せた後に自立を促すことがミッションです」

CEO、CMO、CIOを円滑につなぐためのCDO【出典】デジタルシフトウェーブ資料より引用

CEO、CMO、CIOを円滑につなぐためのCDO【出典】デジタルシフトウェーブ資料より引用

では、デジタルシフトを成功させるためには何が重要なのか。鈴木氏は重要なポイントは経営者の意識改革だといいます。

「最も重要なのは経営者の意識改革と決意。過去の成功体験から脱却して決断しなくてはいけません。次に、改革を推進する体制の構築。組織、個人が考え方を変革し、戦う体制を整えなくてはならない。気をつけなくてはいけないのは、新しいことをやるときに注意深く推進体制を構築すること。そして、具体的な業務改革プロセスとITマネジメントプロセスを構築することです。業務改革プロセスでは、全社員が参加できるルールが必要。ルールがなくて、担当者の思いつきで改革しようとしたら失敗します。ITマネジメントプロセスでは、ITの自社コントロールの実現が求められます。決して、外のSIerに丸投げするのではなく、一緒に進めて行かなくてはいけません。ここまでできれば、あとは不退転の実行あるのみ。Try and Errorを回していけばいい」

世界の小売業に見るデジタルシフトの成功事例

ネットとリアルの境目も越えて、顧客を中心にして新たに組み直すデジタルシフト。その成功事例とはどのようなものがあるのでしょうか。代表事例として鈴木氏が挙げたのが小売業です。小売業が激動の時代に入っているのは、周知の事実です。2001年度に上位10社に名を連ねていた小売業で、2016年にも10位以内に留まっていたるのは「ウォルマート」「クローガー」「ホームデポ」「カルフール」だけ。そして、156位(2001年)から6位(2016年)まで一気に順位を上げた企業が「Amazon」です。リアル店舗である「ホールフーズ」の買収や「Amazon go」の展開により、2019年時点では実質3〜4位の規模となっています。

世界の小売業ランキング上位10社【出典】デロイト トーマツ コンサルティング合同会社「世界の小売業ランキング2018」より【URL】https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/consumer-business/articles/dis/gpr2018.html

世界の小売業ランキング上位10社【出典】デロイト トーマツ コンサルティング合同会社「世界の小売業ランキング2018」より【URL】https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/consumer-business/articles/dis/gpr2018.html

「ウォルマートは、オンライン専門ショッピングサイト『Jet.com』を買収しました。一方、Amazonはスーパーマーケット『ホールフーズ』を買収。リアル企業がネット企業を、ネット企業がリアル企業を買収したわけです。出発点は違えども、どちらもネットとリアルの融合をゴールとして目指している。これこそまさに、デジタルシフトです」と鈴木氏。デジタルシフトの推進が遅れた「トイザらス」や「シアーズ」はchapter11(日本で言うところの民事再生法)を適用しています。

成功事例の中でも、鈴木氏が特に注目するのはウォルマートです。その事業展開は日本企業にとっても示唆に富んでいるといいます。

「ウォルマートは、ダグ・マクミランCEOが不退転の決意でデジタルシフトに取り組んでいます。買収したJet.comの創業者マーク・ローリーをeコマースのCEOに据えて、かなりの権限を与えてリアルとネットを融合させる改革を進めています。そのために、推進体制も明確化。小売り部門の人間は半減し、その分、IT部門の人間が増えました」

AS-IS発想ではなくTO-BE発想

デジタルシフトが進んでいるのは小売業に限ったことではありません。「ゴールドマン・サックス」もウォルマートと同じように、500人いたトレーダーが3人まで減少したといわれています。反対に増えたのが、AIを運用するコンピューターエンジニアです。

「金融ならFinTech、クルマならコネクティッドといったように、デジタルシフトは各業界で起きています。要因のひとつは、当然、AI、IoT、RPAといったITの劇的な進化です。もうひとつは、グローバル化、保護主義、人生100年時代、格差、人材の増加、環境問題といった社会の大きな変化。このふたつが、かけ算となりデジタルシフトの必要性に迫られています」

デジタルシフトにより、ビジネスのレイヤーはひとつ上がりました。それは、Appleを見れば明らかだと鈴木氏。iPhoneによってプラットフォームビジネスへとシフトし、Appleエフェクトと呼ばれる影響を各業界へと与えることになりました。これは、Amazonも同じで、Amazonエフェクトは、デジタルシフトに足踏みをする企業を飲み込んでいきました。鈴木氏は「この理屈は、AppleやAmazonだけでなく、どの業界にも当てはまる」といいます。

「金融業界には、銀行や証券会社、保険会社などがあります。以前は、駅前立地で支店数や営業マンの多さが強さにつながっていました。しかし、FinTech時代は違います。自分が使っている家計簿ソフトに銀行や証券会社が対応しているかが重要。レイヤーが変わったのです。ネットショッピングも、ネットでの顧客体験をリアルに広げてレイヤーを変えています。Amazonでいえば、ホールフーズの買収やAmazon Goの展開がそれにあたります」

鈴木氏は、「Amazonはネットの顧客体験をリアルに落としている。一方、日本の小売業は、リアルの体験をネットに上げようとしています。これ自体はウォルマートなどと同じなのですが、発想方法が異なります。それが、デジタルシフトが上手く行かない大きな理由のひとつです」と指摘します。

その発想とは「AS-IS発想戦略」です。これは、現状課題からの戦略で、日々直面する課題を対処療法で解決しようとする考え方。日本の小売業で言えば、「今扱っている商品をどうやってネットで売ろうかを考えている」といいます。一方で、Amazonなど、デジタルシフトに成功している企業は「TO-BE発想戦略」を採用しています。これは、将来を見据えて、あるべき姿をイメージし、そこから今行うべきことを考える戦略です。これに関して、鈴木氏は「Amazon Go」の成り立ちについての興味深い話をしてくれました。

「Amazonの人間に、Amazon Goを誰が考えたのかを聞いたことがあります。アイデアはシアトルのエンジニア。そのエンジニアはオタクで、店員に挨拶をされるのが苦手だったそうです。どうすれば、話しかけられずに済む店を作れるのか。そういった発想から誕生したといっていました。ある意味、究極の顧客目線、TO-BE発想なんですよ」

TO-BE発想の重要性ついて解説する鈴木氏

TO-BE発想の重要性ついて解説する鈴木氏

データはあくまで勘の補完

ネットとリアルの境目を越えて、顧客を中心にして新たに組み直すデジタルシフト。実は、もうひとつ重要な側面があります。それが、デジタルシフトにより集まるデータの活用です。鈴木氏は、データの重要性は認めつつ「データは、お客さまの顧客体験が上がるような使い方をしないと意味がありません」と言い切ります。そのためには、「顧客との接点を明確にして、仮説を立て、必要なデータをどう集めるかを考える必要があります」と続けます。

そしてこれから重要になるのは、その「仮説を立てられる人材」。鈴木氏は「データは所詮、過去のこと。のべつまくなしで集めてひっくり返しても、何かを導き出せるとは思えない」と厳しい意見を述べ、大事なのは、未来の仮説だといいます。

「仮説は勘でもいい。私はセブン&アイ・ホールディングス時代、世界で初めてコンビニ受け取りを始めました。それは、自分が若い頃に夜遅くまで働いていて、宅配便が受け取れなかった経験から。多分、同じように感じている人は多いはずといった勘ですよね。ただ、その勘の精度を上げるためにはデータが必要です」

日本のリアルの強みに秘められたデジタルでの可能性

鈴木氏は、「消費増税やオリンピックを控えた今こそ、日本企業の勝負時。全ての企業は2020年以降を見据えた準備が必要」だと考えます。「今までの常識は通用しない時代、規模や地域の優位性は薄れ、スピードと知恵と人材が勝負の鍵を握っていきます」

日本は、サービスの提供や仕組み作りでは、他国よりも優れたノウハウを持っています。鈴木氏は「Amazonやウォルマートにできて、日本にできないわけがない。むしろ、リアルで力を発揮するおもてなしの心とネットが上手く融合すれば、強みを発揮できるはずです」と力強く語ってくれました。


鈴木 康弘 氏 プロフィール

ビジネスにおけるデジタルシフト推進やシステムプロデュースを手掛ける、株式会社デジタルシフトウェーブ代表取締役社長。
これまでにイー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)を設立し、セブン&アイHLDGS.グループにグループイン後、オムニチャンネル戦略のリーダーを務め、同社取締役執行役員CIOに就任するなど、社会的にデジタルシフトが進み始める早い時期より先進的な取り組みを行ってきたスペシャリスト。

ライター 林田 孝司
カメラマン 坂脇 卓也