金属業界向けグローバルイベント(2019年)開催報告

作成者:鹿内 健太郎 投稿日:2019年10月24日

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SAPの金属業界向けグローバルイベント「4th International SAP Metals and Mining Summit」が、2019年9月11~12日の2日間、ロシアにて開催されました。鉄鉱石や石炭など、資源に恵まれたロシアは多くの鉄鋼/非鉄金属のグローバル企業があり、ロシア政府が取り組む「デジタル経済化」の後押しを受け、各社デジタルトランスフォーメーションを推進しています。日本から参加されたお客様は「事業の選択と集中を考えさせられた」「ビジネス環境が日本と異なるとはいえ、彼らの高度な取り組みには危機感を持った」といった感想をいただきました。当ブログでは、そのイベントの模様をお伝えします。

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画面をクリックすると、当イベントのハイライト動画に飛びます


参加者数は2日間で22カ国480名、日本からは4名のお客様が参加されました。1日目はモスクワ市のSAP CISカンファレンスホールにて、メタロインベスト社(Metalloinvest)をはじめとした鉄鋼/非鉄金属企業の基調講演や事例発表、SAPソリューションのアップデート、またパートナー企業によるデモンストレーションなど、様々な情報が発信されました。2日目はスタールイ・オスコル市(Staryy Oskol)にて、ロシアの鉄鉱石・鉄鋼大手であるメタロインベスト社の工場見学が行われました。

金属業界のチャレンジとエクスペリエンス(体験)データ活用

[講演資料リンク]

1日目は、SAPの業種・業界別組織(IBU: Industry Business Unit)における金属業界のグローバル統括バイス・プレジデントであるEckhardt Siessの基調講演から始まり、まず金属業界における5つのチャレンジ(顧客中心主義、小ロット生産、スマートファクトリー、付加価値サービス、社会的責任)が提示されました。Strategic Priorities

「ひとつひとつのチャレンジは決して目新しくない。ただその実現方法が進化している。これまではERPパッケージ活用による業務・ITの全体最適、SAP S/4HANA、AI/Machine Learning(機械学習、以降ML)、お客様とSAPのCo-Innovation、あるいはデザインシンキングなどに取り組んできた。これからはさらに一歩進め、エクスペリエンス(体験)データの活用を組み合わせることが鍵をにぎる。具体的に、顧客満足度、従業員満足度、ブランド認知度、エンドユーザー満足度、製品(に対する)満足度のデータを継続的に取得し、企業の営業・生産・研究開発などの改善活動に役立てる必要がある。世界中のお客様と膝を突き合わせた議論を通じ、この提案の方向性が正しいことを確信している。」と主張しました。
X+O

彼の基調講演後、各社の事例発表が続きました。全部で15の事例紹介がありましたが、当ブログでは、中でも印象的だった3社に絞り、ご紹介します。

1. メタロインベスト社が考えるインダストリー4.0

[講演資料リンク]

同社は2015年にインダストリー4.0プログラムを立ち上げました。2つの鉱山、2つの製鉄所、同社グループの販売・物流会社を対象に、5年かけて、100あるレガシーシステムをSAP S/4HANAへリプレイス、組織改編による部門集約、45,000人の配置転換を断行しました。

Metalloinvest Result

興味深かったのは、私が講演後に個別インタビューをした際に聞けた戦略・開発・改革部門のディレクターであるYuriy Gavrilov氏のご発言です。「御社が当プログラムに取り組むモチベーションは何か?」という質問に対して、

  • 我々が考えるインダストリー4.0とは、「生産工程や流通工程の自動化・見える化を推進し、これらにかかるコストを最小化し、生産性を向上させること」である。
  • インダストリー4.0やデジタルトランスフォーメーションと聞くと、すぐAIやIoTの活用を検討する企業もあるが、それは間違っている。
  • 最初に取り組むべきは、ゼロベースから業務プロセスを考えること、組織を簡素化すること、複雑なITアーキテクチャを簡素化することである。
  • これらの改革だけでも、すばやく見積に回答したり、受注から出荷までの期間が短くなる等、ビジネスメリットを享受できるのではないか。

「果実を得るのはこれからである」とは同氏の発言ですが、しっかりとした哲学を持ち、地に足をつけた同社の取り組みは、きっと良い結果につながるのだろうなと思いました。

2. ジンダル・ソー社(Jindal SAW)計画・実行業務の改革

[講演資料リンク]

インド・ジンダル財閥グループの1社であるジンダル・ソー社は、石油業界、水産業、組立て製造業に対して鋼管を供給する鉄鋼メーカーです。EBITDAは過去5年間17%前後と業界水準を大きく上回る優良企業であり、さらなる収益性向上を目指しています。具体的な要件として、

  • トップ・マネジメントから現場の担当者に至るまで、会社全体・個別の部門ごとに売上高や費用の目標・実績を正確に、いつでも確認・分析できるようにしたい
  •  分析結果を各部門にフィードバックし、販売・生産・調達などの計画修正およびシミュレーションを、より短いサイクルで実行させたい
  • そのために、インド国内外における半製品と最終製品の在庫を日次で可視化したい
  • さらに、各製鉄所の工程管理部門や品質管理部門だけでなく、物流部門や営業・マーケティング部門の計画・実行系の業務でしっかり活用されるシステムにしたい

Jindal SAW_Key Imperatives

その結果、以下を実現しました。

  • データ整合性を担保するためのITプラットフォーム統合
  • 年度計画の立案、四半期・月次ごとの販売・生産・物流の計画修正、さらには週次・日次単位の計画実行(製鉄所単位までブレークダウン)
  • 計画・修正のマニュアル業務を削減
  • 見積回答や出荷までの期間短縮による、顧客満足度向上
  • 精度の高い在庫・生産計画の情報提供による、社内営業部門の満足度向上
  • 精度の高いKPI分析や収益予測・シミュレーションが可能になったことによる、財務業務品質の向上

鋼管のみで勝負する同社のビジネスモデル、収益率や業務成熟度の向上を目指す継続的な取り組み、結果として顧客満足度や従業員満足度の向上につなげている事実は、競合他社という視点で見ると、脅威に感じました。

3. ゲスタンプ・エクストルージョン社(ETEM Gestamp Extrusions)のAI/ML活用

[講演資料リンク]

ゲスタンプ・エクストルージョン社は、自動車業界、建設業、組立て製造業に対してアルミ押出製品を提供する、スペインに本社のある圧延メーカーです。鉄鋼/非鉄金属業界の製品は、基本的に一品一様であり、最終製品から逆引きして製造工程を決定します。アルミ製品の場合、地金を加工したビレットを輸入後、加熱し、圧力容器に入れ、金型から地金を押し出します。この工程は、ビレット加熱温度、押出し速度、水平方向と垂直方向の圧力など、数百から数千の製造パラメータがあると言われています。これまで加工機のパラメータ設定は、アルミ地金と最終製品の成分を確認し、製造部門の熟練技術者が行っていました。同社は1年半かけて製造ラインのデータを蓄積し、AI/MLを活用して歩留まり向上、さらには技能継承を図りました。

Gestamp_Data Unification

この取り組みにより、製造部門は過去の製造パラメータやスクラップ率などの実績データを確認し、改善に役立てることができます。さらに、新しい品種の引合・注文があった際、過去実績データを検索し、類似した製品仕様の製造パラメータをSAP S/4HANAが提示してくれます。

Gestamp_Recommendation Recipe

さらに、過去の製造実績から、どのパラメータが歩留り向上に大きく寄与しているか、もしくはスクラップ廃棄につながるかを分析・予測しています。これにより、将来的に地金の調達先を見直したほうが良いのか、設備更新の際に精緻な圧力調整が可能な機器に更改したほうが良いのか、など様々な気づきを得ることができます。

Gestamp_Analytics2

このプレゼンテーション後、同社ITディレクターのAngelos Charalambous氏と個別にお話しする機会がありました。当事例のまとめとして、印象的だったコメントをご紹介します。

  • AI/MLを活用したPoCは様々な国で行われているが、製造工程への実用化までたどり着いてる企業は決して多くない。
  • 我々の取り組みは、製造所に閉じたスマート化ではない。
  • 製造現場を中心に考えつつ、得意先や仕入先、さらには財務指標との連携もでき、経営層が求めるデータ分析・予測が可能になった。
  • これは経営層が現場の改善活動を容易に確認できることでもあり、結果として従業員のモチベーション向上につながっている。
  • これだけ大容量なデータ分析が可能で、製造現場のスピード感に対応でき、経営層の要望に対応できるのは、SAP HANAしかない。実際に利用してみて分かった。

 オスコル電気冶⾦製鉄所(OEMK)見学

2日目は、メタロインベスト社のオスコル電気冶金製鉄所の内、棒鋼のみ製造する現場を見学しました。同社との申し合わせにより見学内容の全てをここで紹介することはできませんが、バインディングやラッピング、マーキング、タグ付けなど全て自動化されており、高度な製造管理システムであることが現地に赴いたことで理解できました。なお、参加者にとって製鉄所見学は一番の楽しみであり、気さくに質問に回答してくれるツアーガイドと共に大いに盛り上がりました。

OEMK

広大な製鉄所。自社の鉱山が製鉄所から20 kmの距離にあり、また敷地面積も日本と比べ余裕があります。

Electronic Furnace

迫力ある電気炉を間近で見学

Plant Tour

棒鋼のバインディングも自動化

Plant Tour 2

ラベル印刷とタグ付も自動化


事例講演をされた企業はいずれも日本と比べ、原料調達が容易であること、生産品目が決して多くないこと、自社で販売・物流機能を持っている等、ものづくりの前提条件が大きく異なっているという意見もあります。一方、海外進出した日本企業”以外”に対する取引拡大が待ったなしの現在、彼ら/彼女らの顧客・従業員満足度を向上させる取り組みは、日本の鉄鋼/非鉄金属企業様が積み上げてきた総合力にさらなる磨きをかけられる、ヒントがあるのではないかと考えています。

私は今回の各企業の取り組み続報が非常に楽しみであり、次回イベントでも、それを日本のお客様と一緒に参加して新たなディスカッションしたいと思います。また将来的に、日本として諸外国よりも優れている点をぜひSAPのカンファレンスで紹介し、海外の取り組みとのシナジーを作りたいと思います。

参考情報:

・当イベントのアジェンダ・講演資料はこちらから:Agenda and Presentation Materials

・当イベントは次回、2020年6月23-25日、スペインのマドリードで開催されます。
※製パルプ業界・林業や建材業界、また化学業界との共同開催となります

International SAP Conference for Mining and Metals

International SAP Conferences for Forest Products, Paper and Packaging

International SAP Conference for Building Materials

International SAP Conference for Chemicals

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