ナショナルホッケーリーグ (NHL) での新たなデータ活用のあり方 “NHL Coaching Insights App”


ナショナルホッケーリーグ(英語: National Hockey League:NHL)は、北米のプロアイスホッケーリーグで、アイスホッケーリーグ界において最高峰に位置づけられています。また北米においては、アメリカンフットボールのNFL、バスケットボールのNBA、野球のMLBと並んで、4大プロスポーツリーグのひとつに数えられています。近年北米でもサッカー(MLS)の人気が高まっており、NHLのファンの数を上回っていると言われています。もしかしたらいずれ「5大プロスポーツリーグ」と言われるようになるかもしれません。さて、それはさておき。

Goalie Being Scored On --- Image by © Radius Images/Corbis

NHLとSAPの関係

NHLとSAPは2015年2月にテクノロジーを通じた共同イノベーションの取り組みとして、ファン向けに過去の全てのスタッツデータを SAP HANA Enterprise Cloudサービスを用いて提供するという複数年のパートナーシップ契約を締結していました。これにより世界中のファンやメディアは、自由に公式のリーグ、チーム、および選手のスタッツにアクセスし分析ができるようになりました。

このサイト(NHL.com/Stats)は誰でも無料で利用することができます。

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スポーツにおけるデータ活用の現状とNHLの新しい取り組み

スポーツにおけるデータ活用は、ここ数年で非常に大きな進化と拡大を遂げてきました。しかし競技によってはルールで試合中にパソコンやタブレット等の電子機器の持ち込みが制限されていたり、電子機器の持ち込みが許可されていても、リアルタイムでのデータ活用が制限されたりしていました。女子テニス協会(WTA)が、2014年にオンコートコーチングを許可した際に、あわせてタブレットによるリアルタイムなデータ活用を許可したことや、2018年のサッカーワールドカップ ロシア大会において、国際サッカー連盟(FIFA)が2台のタブレットを配布し、FIFAが提供する電子パフォーマンス&トラッキングシステム (Electronic Performance and Tracking Systems:EPTS)が提供するスタッツを見ることを許可したということは大きな反響を呼びました。

このようなスポーツ界のデータ活用における様々な改革の中で、NHLもまたリーグ改革の一環として様々なIT活用を進めてきました。2019年1月25日、NHLのギャリー・ベットマン コミッショナーは、カリフォルニア州サンノゼのSAP Centerで開催されたオールスターにあわせて開催された”NHL & SAP Innovation Spotlight” 講演の中で、NHLにおけるテクノロジーロードマップについて講演しました。NHLはSAPとAppleとのパートナーシップを拡大して、オールスターゲーム終了後の試合から、すべてのチームにiPad Proを提供し、試合中に必要とされる数多くのスタッツを”NHL Coaching Insights App”を通じて、リアルタイムに提供することを発表しました。記者発表の動画はこちらからご覧になれます。(記者会見は全部で50分超ありますが、リンクはSAPとAppleとの取り組みに関する部分からのリンクです。)

さて少しアイスホッケーというスポーツを考えてみたいと思います。アイスホッケーは非常にスピード感に溢れた競技です。選手は氷上を時速約50kmでパックを追いかけ、パックのスピードは時速200kmにもなります。同じスピード感で行われる競技はほとんどありません。さらにNHLではピリオド間の2回のインターミッション(休憩)を除いて、プレーの中断がほとんどありません。試合はもの凄い速さで進んでいきますが、その中でアシスタントコーチがロッカールームに急いで戻り、試合のスタッツシートを印刷する必要がありました。

NHLの試合のスピード感と比べると、NFLの試合の進み方は、選手とコーチ達がプレー傾向の分析や試合戦略の調整を行うのに十分な時間があります。MLBもNFLと同じように、攻撃や守備、ピッチングの分析や改善を試合中に十分時間を掛けることができます。

アイスホッケーのコーチが必要とすることの実現

上述したようなアイスホッケーという競技の特性もあり、コーチやゼネラルマネージャー達は、試合中にスタッツシートを印刷しに行き、それを読み解くといった煩わしさから解放され、デジタルを活用し、更にリアルタイムでの試合のスタッツの分析と選手のプレーデータを使用できるようにしたいという要望を持っていました。

そのようなリクエストを元に、NHL・SAP・Appleのコラボレーションにより”NHL Coaching Insights App”が開発されました。

アプリケーションの開発に際して、NHLはSAPとのパートナーシップの下で、すでにスタッツデータを保持していたために、追加で必要となるその試合のリアルタイムデータをSAP Cloud Platform上のSAP HANAに流すことでデータの一元管理を行うことが出来るようになりました。

また非常に速い試合展開の中で、データを確認し、意思決定を下すためには、コーチが利用するUI/UXも非常に大切になります。そのためにユーザーであるコーチと共にデザインワークショップを行い、そこから得た数多くのフィードバックを元にプロトタイプの構築→フィードバックのプロセスを回すことで、アプリケーションの品質を高めていきましたなおアプリケーションの開発には、”SAP Cloud Platform SDK for iOS”が利用されています。

NHL Coaching Insights Appで可視化されるデータ

NHL、SAP、およびAppleは、開発を進めていく中で、NHL全体のコーチ達と協力して、コーチが試合中に様々な意思決定をする際に必要となるデータはどのようなものがあるのかということをヒアリングしました。NHLは最終的に、コーチがリクエストしていた内容に基づいて60種類の異なるスタッツを提供することにしました。これは他のスポーツ及びリーグでは利用できないリアルタイムの情報提供です。

これには、フェイスオフのゾーンごとでの勝敗数や勝敗率、各選手のプレー時間、プレーの種類、パワープレー時、キルプレー時の状況などが含まれます。データをドリルダウンすることも当然可能で、例えばショットに関しては、ショットの場所や時間、そのショットがブロックされたのかどうか、フォアハンドショットなのかバックハンドショットなのか、シュートアウトの成功率はどうかなどが確認できます。コーチには、チームやコーチが優先する項目を優先して表示出来るようにカスタマイズが可能です。

例えばプレー時間の表示では、コーチがプレーヤーごとに設定出来るしきい値があります。設定されるしきい値は、その特定のゲームでプレーする予定時間です。 プレーヤーが予定時間を超えると、グラフィックが赤に変わるため、コーチはすぐにその情報を確認することができます。

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今後の展開

このアプリケーションは最終的には、リーグがテストを行っているパックおよび選手のトラッキングテクノロジーと統合される予定です。 現在の”NHL Coaching Insights App”のデータソースは、NHLの担当者によって手動で入力されていますが、NHLがテストを行っているトラッキングテクノロジーでは、パックおよびプレーヤーの肩パッドに埋め込まれたRFIDチップから、1秒あたり180レコードが送信されてくる予定です。これにより、よりリアルタイムで分析の使用の幅が拡大する可能性があります。

NHLは、”NHL Coaching Insights App”とそのすべての情報をチームに提供することが、チーム間のバランスを維持するのに役立つと考えています。実際のところ、NHLに所属している31チーム全てが”NHL Coaching Insights App”を利用しています。このことによってリーグが活性化し、より面白くなることがリーグの価値を上げることに繋がるとNHLは考えています。

※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、NHLのレビューを受けたものではありません。