使ってこそのSAPソリューション – 急激なマーケットの変化に対応するためのSAP社自身の営業デジタルトランスフォーメーション


「SAPさん自身はどのようにSAPのソフトウェアを使っているんですか?」とよくお客様から聞かれます。弊社では、会計、人事、購買調達、経費精算、営業、マーケティングなど全業務領域でSAPソリューションを活用し、長年の経験で培った知見に基づいたプロセス・ルールを全ての国で適用しています。

私は2016年から昨年末までSAPジャパンの営業企画部を主管していました。弊社が急激なマーケットの変化に対応するために実施した営業マネジメント変革とその成果についてご紹介します。

現在弊社では、グローバル共通で標準化された営業マネジメントメソッドとツールを使っています。本社から担当者が来日し導入を始めたのは2014年後半でしたが、それ以前から営業の数字を管理するCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)システムは導入されていました。しかし、グローバル共通ルール適用の強制力が弱く、国毎に独自の定義やルールで運用し、日本国内でも共通システム以外の別のローカルソース(例えば営業部それぞれのExcelシート)を活用しながらの営業マネジメントを行うこともありました。

20 Jul 2012 --- Hikers checking direction with compass. --- Image by © Hero/Corbis

一方、ドイツのSAP本社では、クラウド時代の到来を見越して2011年のクラウド人事管理ソフトウェアのSuccessFactors買収を皮切りに、2012年に購買調達ソフトウェアのAriba、2013年にカスタマーエクスペリエンスのHybris、その翌年2014年にクラウド経費精算ソリューションのConcurや人財シェアリングプラットフォームであるFieldglassを買収するなど、弊社ブランドのクラウドアプリケーションでビジネスポートフォリオを強化することで、ビジネス基盤を強固にしてきました。しかし当初、買収した会社それぞれが最適と考えてきた従来の営業マネジメント方法を許容していたため、本社で確実に管理できていたのは予実管理のみであり、決算前に正確な営業売上を予測することに苦労していました。しかし程なくして、ERPカンパニーからクラウドカンパニーに変貌するための具体的アクションのひとつとして、買収したソリューションを含めた全てのソリューションの市場への展開スピードを速め、国毎の営業部門の営業売上予測を可能にし、各営業部員の生産性を向上させるという経営トップの意思の元、Franchise for Success (フランチャイズ フォー サクセス、以下 F4S)という名の営業メソッドとツール類を全ての販社に展開・定着させる取り組みを開始しました。

 

SAPの営業変革を成功させているF4Sとは

F4Sについて可能な限りご紹介します。

F4Sが「フランチャイズ化された成功手法」と訳されるように、例えばフランチャイズ化されたスターバックスの店長に就任したら、マニュアル化された経営ノウハウや全ての商品の作り方に基づいて業務運用すればスターバックスの経営ができるように、F4Sは、弊社がグローバルで蓄積してきた『標準営業業務オペレーション』『ベストプラクティス』で構成され、全てのプロセスとルールがマニュアル化されているだけでなく、プロセス毎にモニターすべきKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)が定義され、それらを各種ツールで可視化・管理し、かつF4Sの展開と定着をサポートするCOOとSales Operation部門(営業企画部門)の新たな役割も明確に定義されていることが特徴です。

 

F4Sを構成する6プロセス

F4Sでは、まず6つのプロセスが定義され、さらにそれぞれに必要なルールがこれまで証明されてきたベストプラクティスに基づいて定義されています。実施するケーデンス(会議体)の目的・頻度・時期・出席者・使うツール・そのケーデンスのアウトプット、各プロセスが順調に推移しているかを測るKPIとそれを可視化できるツールも提供されています。Franchise21Go-To-Market各国でのそれぞれのソリューションの市場展開戦略と予算策定プロセス。このプロセスのアウトプットとして、国毎、製品毎の予算の数字を確定し、全営業各人の個人ターゲット、部門ターゲットを策定します。

2Sales Planning顧客毎の販売戦略策定プロセス。このプロセスのアウトプットとして、顧客毎にいつ、どのような営業活動を実施し、目指すターゲットを確定し、1年を通じてその進捗をモニターし、定期的に計画を見直していきます。

3Demand Managementソリューション毎、部門毎に、営業各人が安定した売上を継続するために必要なパイプラインの総量と質をマネージメントするプロセス。各営業部門は、マーケティングやプリセールス、事業開発部門と連携し、引き合いやパイプライン総量を増加させつつ、質を向上させ続ける施策をとります。具体的に弊社では達成必要な売上に対して4倍以上のパイプライン総量をKPIとしています。

4Deal Execution各案件を成約するために必要なステップ(8ステップ)を見える化し、その内容をレビューし必要アクションを特定することで案件の成約率向上を目指す。

5Forecasting営業売上予測(フォーキャスト)の管理。予算を達成することが最重要となりますが、その予測の正確性(Predictability)もKPI。

6Performance Management営業個人、各部門、各ソリューションの予実と上記5軸の健全性を総合的にレビューするプロセス。

 

F4S導入による効果

F4Sの導入によって世界中の販社が同じ基準で登録する案件情報に基づく精度の高い売上予測が可能になったため、売上着地の精度が改善されました。グローバルレベルでも2018年年初に発表した通年の業績見込み額に対して、実際に、見込み中央値からIFRS/Non-IFRSベースで+2%未満での着地を実現し、日本においてもF4Sが本格導入されてからの3年間は安定した着地精度を維持しているだけでなく、2014年から2018年の4年間で53%の成長を遂げており、グローバル平均を上回る成長率の達成を実現しています。

結果としての売上金額のみならず、F4Sの各種ツールによる全ての案件情報とパイプライン管理が可能になりました。SAP本社の実際の役員会議室ではSAP Digital Board Roomという経営ダッシュボードで各国の業績見通しをリアルタイムに把握し、経営判断を行うオペレーションが実現しました。世界中の販社が全て同じプロセスとルールで営業オペレーションを行なっている基盤があってこそ。かつてSales Operations部門(営業企画部門)に席を置いた者として感慨深いです。

仕事のやり方が変わったのは経営層と営業マネジメントだけでなく、Sales Operations部門(営業企画部門)の役割もF4Sに定義された通りに実際の大きな変化が起きました。かつて営業の各種レポート作成に業務時間の8割を割いていた部門が、あらかじめF4Sで準備されているITレポートから導きだせるインサイトを元に分析を行い、COO・営業マネジメントに対して改善アクションを考え、提示していくビジネスパートナー的な役割へと組織のミッションも変わっていきました。

 

実録!F4S日本展開

Franchise伝道師、Cathy Ward (2016年~2017年末までSAP Japan COO)

F4S伝道師 Cathy Ward (2016年~2017年末までSAPジャパン COO)

日本でのF4S展開は、2014年後半に本社から派遣されたF4S伝道師のCathy Wardが当時の日本の経営陣、営業部門長らにトレーニングしたことが始まりでした。当時はメソッド自体の素晴らしさは皆の頭の中で理解されていましたが、実際に定着し始めたのは、そのCathyが2016年から2年間、SAPジャパン COOとして着任し、F4Sを活用したオペレーションをリードしたことがきっかけです。具体的にはマニュアルにあるケーデンスを当時の経営陣とひとつずつ忠実に遂行し、実際に使いながらグローバル発のF4Sを日本の現状に適応させていったことで、本当の意味で日本人の営業部門長にF4Sを腹落ちしてもらい、定着させていくことができました。

例えば、Forecasting責任を日本人CEOに、Deal Executionを外国人COO のCathyの責任に分けることで、両者が2種類のケーデンスに出席しなくても、日常的にF4Sを共通言語として両者間の今四半期、翌四半期、翌々四半期の状況の認識合わせが可能となり、同時に双方のプロセスの精度を高めていくこともできました。

F4Sが定着していくにつれて営業現場のワークスタイルが変わっていきました。SAPジャパンエンタープライズビジネス営業統括本部 第一営業部の部長、平石 和丸は語っています。

平石和丸

SAPジャパン エンタープライズビジネス営業統括本部 第一営業部 部長 平石 和丸

「属人的なExcelやPowerPointでの報告を排除することにより、データに基づき客観的に案件の状況を把握することができるようになりました。限られた人的リソースを優先度の高い案件に最適なタイミングで配置し、残業時間の減少など働き方そのものが変わっていきました。案件の成約率も改善され、結果として高い生産性を維持できるようになりました。今後は、この蓄えられたデータにAIを適用し、SAPの目指すIntelligent Enterpriseを自社で運営したいと思います。 」

これらの地道な努力の結果、本社がF4Sの早期展開を加速化するために設定した「月次F4S成熟度レポート」では、ほぼ2年間、日本がグローバルで1位の座を獲得し続けるという名誉を獲得しました。F4Sのような何らかのツールをグローバルで展開する際、各国ローカル拠点間の競争心をくすぐるような手法は、実際にその渦中にあった私が当時を振り返ると、早期に展開させるための有効なテクニックのひとつだったと言えます。

 

営業改革の成功要因

このようにF4Sが定着するのには数年かかりましたが、成功要因は、CEO、CFO、COO、CIOがチェンジオーナーとなり、ルール・プロセス・組織・ITの「四位一体」で成り立っているF4Sを全ての営業組織にとっての真のマネジメントツールとなるまで粘り強く使い続けさせたことに尽きると感じています。そのことを示す具体的なエピソードを紹介します。

CEO、CFO、COOを含む全経営陣がF4Sのルールとプロセスに従い、あらゆる数字をF4Sのレポートでしか見ず、あらゆる経営判断をF4Sに準じて実施します。営業担当や営業部がF4Sの外でどんな細かいレポートを作り、数字を積み上げても経営陣には信じてもらえません。たとえF4Sに登録されていない成約で売上実績が予測よりも大きく上振れしても、F4SのKPIのひとつである売上予測精度(Forecast Predictability)が正確ではないと判断されてかえって逆効果になります。かつてはシステムに案件・数字を登録するとそれをコミットさせられると思い躊躇しがちだった営業担当が、F4Sが導入されてからは逆に登録しないと信頼を得られないことを理解していきました。

営業マネージメントは営業担当や営業部に対して明確に以前とは違う態度で接しました。例えばシステムに十分な見込み案件が登録されていなければ、F4SのDemand Managementではその営業担当および営業部が売上予算を達成するために必要な案件が足りていないと判断します。しかし営業マネージメントはそのことを責めるよりもむしろ、営業マネージメントやその周囲の組織が優先度を上げて支援するべきと見なし、見込み案件の足りている部署よりも先に社内の関連部署からのテコ入れアクションを実施します。

こうしてトップダウンで遂行されたチェンジマネジメントのおかげで営業プロセスの全工程が同じガバナンスの下に可視化され、ビジネスの安定的な見通しが可能となるだけでなく、全ての情報が同一システム内でデータ化されることで、現在では機械学習による営業売上予測も実施可能となり、その精度も実績と1~2%差の誤差に縮まってきています。

以前の弊社のように、事業部毎、地域毎に最適化されて、全社横断での業績可視化が困難という課題を抱えている企業もまだあると思います。繰り返しになりますが、実現したい姿を描き、経営陣一丸となってルール・プロセス・組織を変革する取り組みの一環としてIT導入するのが最も有効です。弊社自身が変革の途上ではありますが、その学びを強みにお客様をご支援できれば幸いです。