オリンピック種目のセーリングを支えるSAP Sailing Analyticsで風と波を”読む”データ分析の仕組み


東京オリンピック開催を控え、数多くの競技でテストイベントが行われています。セーリング競技でも会場となる江の島ヨットハーバーでテストイベントが行われ、それに続いてセーリング ワールドカップシリーズ江の島大会が開催されました。SAPは、World Sailing(国際セーリング連盟)にクラウドベースの「SAP Sailing Analytics」を提供し、ボートに設置した追跡デバイス(トラッカー)を活用した分析を行っています。ワールドカップ大会中の2019年8月27日にWorld Sailingのスコット・オバー(Scott Over)氏とマーカス・バウアー(Marcus Baur)氏がSAPジャパン本社を訪問し、競技の見どころやデータ分析の重要性とともに、SAP Sailing Analyticsによるデータ分析がもたらす可能性について語りました。

スコット・オバー氏

スコット・オバー氏

自然の力とともにデータを活用してボートの速度を上げる

最初に登壇したのはスコット氏です。World Sailingは118のクラス連盟、146の加盟国からなる組織であり、日本も加盟国の1つです。セーリングはオリンピック種目であるため、World SailingはIOCのステークホルダーでもあります。World Sailingは、人々にあらゆる場所でセーリングに親しんでもらえるよう、トレーニングプログラムの提供などを通じて、セーリングの認知度向上に取り組んでいます。また、競技の場となる海や自然を守る環境保全や選手のジェンダー平等など、SDG’sとして56個の目標を掲げています。
「World Sailingは、すべての人にとって公平となるように、セーリングのルールを開発しました。できるだけ多くの人に楽しんでいただきたいと願っています」

多くの人にとってセーリングはなじみの薄いスポーツかもしれませんが、体力と俊敏な判断力が求められる極めて複雑な競技であり、そこが魅力でもあります。セーリングのボートにはエンジンが搭載されておらず、風や波といった自然の力を利用してボートを滑走させるスポーツです。帆や船体の角度を変えてスピードを競うには様々な技術が必要です。さらに、重要なのがデータの活用です。セーラーが様々なデータを活用することにより、的確な判断のもと進路を変えることも、スピードをさらに上げることもできます。

ビジネスにも通じるセーリングのデータドリブン戦略

マーカス・バウアー氏

マーカス・バウアー氏

続いて、元オリンピアンのマーカス・バウアー氏が登壇。セーリングは次に何が起こるのかを予測して行動する競技であり、そこにチャレンジがあると同氏は語ります。セーラーは常に変化する風の方向や強さを見極めなければいけません。競技を行う海/海岸によって波の状態は異なる上、独自の戦略を持つ対戦相手と戦うという点で、非常に戦略的なスポーツといえます。

次に起こることを予測し、戦略を立てるというセーリングは、ビジネスに通じるものがあるとバウアー氏は示唆します。「そこで、ビジネスソフトウェアを構築する企業に協力を持ちかけようと考えました。10年前のことです」
SAPにはセーリング愛好者のハッソ・プラットナーがいることを知っていたバウアー氏。彼らを巻き込み、スポンサー契約だけでなくセーリングに最適なソフトウェア開発まで意気投合するまでに、それほど時間はかかりませんでした。そうして誕生したのがSAP Sailing Analyticsです。

SAP Sailing Analyticsはクラウドベースのソリューションです。すべてのボートには専用の追跡デバイス(トラッカー)が配置されており、GPSデータを1秒に1~2回、データ送信しています。オーシャンセーリングで使用されるような大きなヨットには何百個ものセンサーが設置されており、舵角やマストへの圧力に対する情報をリアルタイムで分析し、戦略に役立てることができます(*1)。風の情報は海上のレースマークや審判艇に設置した風力装置から受け取ります。SAP Sailing Analyticsのクラウドサーバーに送信されたデータを、コーチや解説者はリアルタイムに利用できます。さらに世界中の人々がリアルタイムライブ配信で情報を得ることができます。観戦者にとっても、ボードの原動力を同時に理解することで、より一層に協議を楽しむことが可能になります。

マーカス・バウアー氏

一方で、セーリングがビジネスと異なる点は、リスクに対する対処です。セーラーが行うのは、リスク管理を中心とした戦略の構築です。将来を予測できる場合はリスクを取りますが、何が起こるかわからないときはリスクを回避し、風向きが変わっても影響の小さい位置取りを行います。風の微妙な移り変わりが大きな違いにつながるため、SAP Sailing Analyticsのデータはその判断に大きく役立ちます。

SAP Sailing Analyticsで得るデータは、セーラーが非常に微妙な判断を行っていることをセーラー以外の人々に示すためにも不可欠です。実際、セーラー自身が使用する周辺状況のデータは非常に限られており、ボートにはライブデータは供給されません。セーラーが持っているのはコンパスとGPSデバイスだけで、ボートに搭載される技術は限られています。しかしGPSデータがあれば、分析に役立つあらゆるインサイトが得られるため、レース後に情報を見て、競技中に何が起こったかを分析し、次の戦略に役立てることもできます。

さらにバウアー氏は、SAP Sailing Analyticsテクノロジーのエコシステムを豊かで価値のあるものにする、2つのプロジェクトを紹介しました。1つはスマートフォンアプリです。多額のコストを要するトラッカーとその管理システムに代わるものとして、スマートフォンのGPS機能を使ったアプリを開発しています。実現すれば、セーリング界にとって次なる大きな変革の一歩になります。スマートフォンアプリが利用できるようになれば、世界中のクラブがレガッタ(競技会)の戦略に活用できるようになるでしょう。もう1つはドローンです。ドローンを使えば、鳥の目で現場の状況をさらに把握しやすくなります。SAP Sailing Analyticsで取得した位置情報に基づき、ドローンを所定の位置に飛ばして、ボートに関する情報を表示できるようになります。ボートの順位と名前を表示するだけでなく、平均速度などの分析データなど、SAP Sailing Analyticsにあるすべての優れた機能を表示できるようになります。

マーカス・バウアー氏

これはボートのオブジェクト認識により可能となるため、機械学習によるコンピューター画像処理のアルゴリズムが構築されました。重なったボートが1つのものと認識されることもありますが、機械学習によって改善されていきます。なお、オブジェクト認識ではなく特徴追跡(feature tracking)を使うと、画像が不鮮明でも確実に追跡できます。オブジェクトを認識後、特徴追跡に切り替えて画像を適用することにより、非常に安定したグラフィックを取得できると、バウアー氏は自信をのぞかせました。

東京オリンピックへの期待 -最高の情報を提供したい-

最後に質疑応答が行われました。セーリングは2020年の東京オリンピック種目でもあります。SAP Sailing Analyticsはオリンピックで利用されるのか問われたバウアー氏は、「来年のオリンピックでSAP Sailing Analyticsを利用できるようにすることを目指しており、すべてのレースの放送の視聴者に、ライブで参加してもらうことを考えています」

また、解説者への情報提供も検討されています。 「風の小さな変化だけでも、順位は変わります。リードしていたボートをテレビ局が撮ろうとしていたら、わずかな変化で、そのボートの順位が30位まで下がっていたことがありました。オリンピックの解説者には可能な限り最高の情報を提供して、ストーリーを適切に伝えることができるようにしたい」と語るバウアー氏に、スコット氏も同意します。「解説者のコメントは多種多様ですが、同一のデータを提供すれば、常に的確なストーリーを伝えることが可能になります。SAP Sailing Analyticsを活用することで、オリンピック放送に大きな変化が見られるでしょう」

続いて、セーリングにおいて今後SAPに期待することを問われると、スコット氏は次のように答えました。「セーリングはレースですから、モータースポーツを楽しむ人なら、きっと楽しめるに違いありません。F1愛好者がエンジン回転計などのデータを見て分析するように、セーリングの分析もきっと好きになるでしょう。データから多くの洞察が得られるほど、多くの観客が魅了されるはずです。その意味で、SAP Sailing Analyticsから得られるデータこそ、セーリング発展のカギを握ります」

さらにバウアー氏は、コミュニティの重要性を挙げます。「セーリングには50年以上のファンコミュニティの歴史があります。10年前にはセーリングの試合が放送されることさえありませんでしたが、これからは変わっていくでしょう。オリンピック会場でも非常に迫力のある競技が見られるはずです」と語り、今後の発展性をアピールしました。

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*1:オリンピックで使用されるセーリングボートでは、センサーの数は1~2個に制限されます。