大都市を抱える諸外国においては3月初旬頃から一気に外出規制となり、様々な業種の従業員が一斉に在宅勤務となりました。また、ついに日本においても緊急事態宣言がなされ、大都市圏では移動の制限を踏まえた経済活動を数週間から数か月継続することがもとめられています。
このような先行き不透明な社会情勢の中、企業は雇用を守ることが精一杯で、社員一人一人の「心配事」までには気を配れていないのが現状ではないでしょうか?
本稿では、中国・イタリア・アメリカなど外出規制が先行して出された国を含む、全世界140か国・10万人を抱えるSAP社が、どのように社員コミュニケーションをとり、一人一人の健康と「心配事」に気を配りながら事業を継続しているかについて事例としてご紹介するとともに、人事部として取るべき“社員ケア”の方法をご紹介します。
(目次)
- SAP社の社員への対応
- 社員の心情態把握手法
- SAPジャパンにおけるリモートワーク状況分析
1. SAP社の社員への対応
本章では時系列でSAPが全グローバルの社員に対してどのようなアクションを取ってきたのか、また日本においてもそれにあわせてどのように対策を打っているのかについてご紹介します。なお、筆者は人事部側の情報は持ち合わせていないので、一社員として情報共有を受けた側の視点での記載となっている点、ご注意ください。
SAP本社が全社員にコロナウイルスに対する対応をどのように行っていくかを発表したのは3月2日に遡ります。この時期、日本においては全国での新規感染者数15名・累積239名であり、イタリアにおいての累積感染者は2千人、USは98人という段階です。
この時点世界中の社員に対し、3月中の出張禁止、リモートワークの推奨が通達され、翌3日に会社主催イベントは規模の大小にかかわらず3月中は中止という判断となりました。
SAPジャパンにおいては、2月中旬に社長以下、CHROなど新型コロナウイルス対応に関連する社内部署を横断する危機管理委員会が発足。その後日本政府およびSAP本社のガイダンスに即して、逐次SAPジャパン社員への通達が送られてきました。
それ以前には中国オフィスにおいては社員が自宅待機の中、リモートで仕事をしつつ、他国オフィスの人達との間で「我々はこういう状況ですが、がんばっています!」という情報を発信していました。これは会社が要請したわけではなく、自然発生的に武漢オフィス社員達から発生したアクションでした。
ほどなく3月6日にドイツで社員1名が罹患。SAP本社オフィス閉鎖とあわせ、グローバルの全社員に「自身の健康、家族の健康を第一とするように」という再周知がなされました。
翌週3月12日には4月末までの出張禁止、原則全社員リモートワークへの切り替えが発表され、日本においても「リモートワーク推奨」から「原則リモートワーク」へと状況が変化しました。
丁度1か月前の状況から目まぐるしく世界中の状況が変化する中で、グローバルの共同CEO室からは繰り返し「健康配慮」と「リモートワークの徹底」が周知されたこともあり、社員においては大きな混乱もなく安全に業務シフトができているのではないかと感じます。
2. 社員の心情把握手法
このような状況下において、社員には様々な心理的・肉体的ストレスがかかっていることにも配慮をしなければなりません。日本においても、大規模会合の自粛に始まり、学校の一斉休校対応、時差通勤・在宅勤務へのシフト、介護施設の対応縮小による介護負担増など、社員一人一人が直面している事象は多様であり、ストレスを感じる点も人それぞれです。
そのような状況下にある社員の心理状態を把握するために、SAP社ではパルスサーベイを活用しています。
SAPのエンゲージメントソリューションSAP Qualtrics™は、新型コロナウイルス対策下にある企業への支援策として、リモートワークに特化したパルスサーベイ『Qualtrics Remote Work Pulse』の無償提供を開始しました。
Qualtrics Remote Work Pulseでは、既にリモートワークに関する質問項目が準備されており、手順に沿って企業にとって必須の項目や質問事項を選択することで、リモートワークに関するパルスサーベイを簡単に作成・実施・分析することが可能となります。
本章ではツールご利用の流れを簡単にご紹介し、次章にてSAPジャパンにおける分析結果とアクションの実例をご紹介します。
1) パルスチェックサイトからの登録
こちらのサイトにアクセスいただき、メールアドレス等をご登録ください。
ご登録後、人数無制限・期間限定にて社員向けのパルスチェックを行う機能がご利用いただけます。
2) パルスチェックの質問確認
パルスチェックの質問項目は事前設定されていますが、必要に応じて内容を変更ください。
3) パルスチェックの実施
パルスチェックを公開すると、対象となっている社員へパルスチェックサイトへのアクセスが記載されたメールが送付されます。
回答は随時集計されるため、管理者の方は開封率・回答率等をいつでも確認できます。
4) パルスチェック結果の集計・分析
回答結果は事前に定義した分析結果レポートで随時確認いただけます。
5) 分析結果に対するアクション
レポートを参照し、社員が不安と思っている事項、不便と思っている状況について確認します。それらの課題に対し、人事部のみならずIT部署や関係部署と対策を練ります。
分析結果と対策についてはパルスサーベイ実施後、できるだけ速やかに周知することが肝要です。また、時期を置いて同様のサーベイを実施し、状況変化を踏まえつつ課題解決に向かっているかどうかを継続確認することも重要となります。
3. SAPジャパンにおけるリモートワーク状況分析
本章では各社様においてパルスサーベイを実施する参考となるよう、SAPジャパン全社員にて行ったサーベイ結果を一部ご紹介します。本サーベイは原則リモートワーク要請が始まってから1週間目に実施し、全社員のうち約7割の回答を経たものとなっています。
a) 在宅勤務の利用頻度
毎日、またはほとんど毎日利用:46%
週に3回程度利用 :17%
週に2回程度利用 :16%
週に1回程度もしくはそれ以下:15%
利用していない : 6%
b) 在宅勤務自体についての感想
平均点: 4.05
まったく問題ない(5点) :46%
ほぼ問題ない(4点) :17%
問題ない(3点) :16%
やや問題がある(2点) :15%
問題が多い(1点) : 6%
c) 在宅勤務の良い点・悪い点
<良い点> <悪い点>
・通勤短縮 ・コミュニケーションがとりにくい
・生産性が高い ・ネットワークが使いにくい
・ワークライフバランスが良い ・運動不足となる
・感染リスク軽減 ・家が仕事に適さない
・家族ケアができる ・子供の面倒が大変
・会議室が不要 ・仕事のオン・オフの切り替えが難
・集中できる ・同僚がリモートに不慣れ
・会議が減った ・オンラインツールに慣れていない
など など
d) メンバーサポートはできているか?(管理者対象)
いつもよりできている : 6%
いつもと変わらない :81%
いつもよりできていない :13%
→ メンタル状況が分かりにくい
→ どのようなことにいつはまっているのか把握しにくい
→ リモートでのチーム管理のベストプラクティスを共有してほしい
e) リモートワークについて困っていることは?
・利用日数制限
・利用の申請方法がわかりにくい
・WiFi利用の帯域制限
・お客様のシステム環境にログインできない(お客様側のルール)
など
f) コミュニケーションについて困っていることは?
・お客様/パートナー様とのコミュニケーション
・チーム内でのコミュニケーション
・同僚がリモートワークを良く思わない
・上司がリモートワークを良く思わない
など
g) 社内業務について困っていることは?(複数選択)
経費精算(領収書の提出) :348人
郵便物の受領 :206人
契約書等、必要書類のやり取り :155人
など
h) IT環境について困っていることは?(複数選択)
印刷 :255人
ネットワーク環境:199人
ファシリティ :176人
会議システム :158人
モニター :141人
など
1社員としてこの結果を見たときには、「リモートワーク環境への切り替えは予想以上に進み、細かい改善要望が沢山あがっている」と感じました。また、サーベイ実施時期がリモートワーク切り替え1週間後であったこともあり、本質的なコミュニケーションの取りにくさや仕事の進め方の見直しなどについてはまだ健在化しておらず、今後の定期的なパルスサーベイでの対応が必要になろうと思います。
このような分析結果を踏まえ、SAPジャパンの危機管理委員会(社長直轄)では、具体的に下記のような対応をすることを、社員向けに周知しています。
・リモートワークの運用ルール改定(暫定的には利用日数や承認手順を撤廃)
・経費精算原紙提出の撤廃(コロナウイルス対策期間中)
・会社支給のポケットWiFiの通信制限改善(継続検討)
前記事「ウイルス拡大期における人事部の重点アクション」にても述べた通り、リモートワークをはじめ様々な制約下での業務を継続する必要性が非常に高まっている中、人事部として行うべきことは多岐に渡ります。
ややもすると既存の就業規則運用をどのように変更するかなど、目の前の対策にのみ時間を取られてしまいがちですが、本質的には「社員の安心と健康管理」を第一義とし、明確な指針と情報共有を定期的に行うことを最優先にするべきです。
テクノロジーをうまく活用し、社員の心理状態を定期的に確認し、不安を取り除く ――― 環境変化が激しい「今」だからこそスピーディーに対応を行い、社員の皆様の安心感を高める一助になることを願っております。