これからの顧客先在庫管理を考える — 医療用品を例に


2020年、新型コロナウィルスの蔓延により、それまで実際に医療機関にかかっていなかった人々でも、最前線で患者の命を守る医療従事者の方々に対する感謝の念から、自ずと医療機関の業務について思いを馳せることが多くなったと思います。医療機関は高レベルの安全性とセキュリティーの維持が求められ、患者の治療と介護をするための資格を有した方々だけで業務が遂行される場所。いかなる業務にも医療従事者の知見に基づく判断が求められますが、それでもデジタルが担える領域はないか。何よりも患者の命を救うために役立てないか。

ドイツの医療製品メーカーHARTMANN GROUP(以下HARTMANN)の取り組みは、患者の命を救う治療や介護などの直接業務にできるだけ時間を割きたい医療従事者の管理業務負担を軽減するものです。そこには医療業界だけに特化しない、あらゆる業界に存在する管理業務のデジタル化へのインサイトがあります。

HARTMANN 概要

スクリーンショット 2020-06-08 14.15.57

南ドイツの小さな街、ハイデンハイム・アン・デア・ブレンツに本社を置くHARTMANNは、医療用品の製造と流通を担う、医療機関にとってのビジネスパートナーです。

創業1818年。長い伝統と歴史を誇るHARTMANNの年間売上高は21億2000万ドルを超えています。35か国以上に1万1千人以上の従業員を擁し、彼らが製品を納入する医療機関における患者数は年間約6千4百万人に上ります。

今や彼らは医療機関向けのみならず在宅医療の分野でもヘルスケア体験の改善を常に模索し再考しています。今回SAP Innovation Awardsの対象になったのは、医療機関における医療用品の在庫管理のイノベーションでした。

専門職が直接業務に専念するためのデジタル活用

HARTMANNの顧客である医療機関では、医療従事者が患者さんの治療と介護という本来の業務に加えて、ロジスティクスおよび管理業務に時間を割かざるを得ない状況にありました。

例えば、

  • 医療用品保管場所を1日3回チェックして、手術室や診察室、病室に必要な品が行き届き、適切な設備としての機能を保持していることを確認
  • 在庫レベルをマニュアルで記録
  • 在庫の補充を都度マニュアルで発注
  • バックオーダーを目視でトラッキング

彼らがこれらの業務に時間と注意を向けたことにより、患者さんのケアに時間を避けず悪化を招いたり、必要な品が不足したことにより悪化を招いたこともあったそうです。

HARTMANNはこの問題に対し、在庫を自動計測し自動発注する「センサーボックス」という棚による解決を図りました。

スクリーンショット 2020-06-08 13.40.07

これまで保管場所に置かれていた収納棚に替わって、整然と医療用品が並ぶセンサーボックスには、ボックス内に取り付けられたIoTセンサーで在庫量(積まれた品物の高さ)を計測します。在庫が一定のしきい値を下回ると自動的に発注を行います。電話やWeb経由の発注はもう必要ありません。つまりスマホすら使っていない、これ以上ないほどのシンプルさです。

センサーボックスを活用した在庫補充と医療従事者の活用状況の動画が理解を助けてくれます。

–>   Real-Life Sensor Box Example

しかしこの取り組みはシンプルだけに留まりません。自動発注データを受け取った際、HARTMANNが社内に持つ過去の納入データや計画データのみならず、さまざまな外部データを組み込むことで、より正確な需要予測を行い、医療機関側での在庫切れを防止します。以下のシステム構成図❶の個所です。

  • Google Trends
  • TwitterなどのSNS情報
  • 気象情報
  • ドイツ連邦保健省配下のロベルト・コッホ研究所が公開する医療健康情報

そしてこれらの膨大なデータを活用した需要予測を彼らはAI活用と呼んでいます。システム構成図❷の個所がそれにあたります。さらに担当営業による最適化も可能であることが❸に記載されています。

スクリーンショット 2020-06-08 14.31.15

取り組みの効果からの学び

このセンサーボックスによって、医療従事者が医療用品の補充という管理業務にかけていた時間を、患者の治療や介護に向けられるようになったことは、実際に医療従事者からのフィードバックとして聞かれるようになりましたが、それだけでなく、HARTMANNではその成果をさらに精緻に分析しています。

業務および社会的効果:

  • リアルタイムトレーサビリティー、98%以上の予測精度とその提案根拠ガイダンス
  • 医療従事者に対するIoTやAIといったデジタル技術に関する教育
  • 需要と供給プロセスの可視化
  • 医療機関のロイヤリティー向上
  • センサーボックスを活用することでのプロセス横断的なコスト削減 — 顧客の発注業務、サプライチェーン最適化、精度の高い需要予測に基づく製造プロセスと品質プロセスの改善 (将来的なスマート倉庫およびスマート工場の前段階)
  • デジタルビジネスモデルに焦点を当てた、エコシステム全体における顧客との密接なやりとりによる機能革新
  • 部門を超えた協力による新たなビジネスモデルの創造(サプライチェーン、購買、ITなど)

IT領域における効果:

  • 内部データと外部データを組み合わせることによる、新たなデータ駆動型ビジネスモデルの創造
  • 既存のモジュール(Warehousing, Material Consumption)を組み合わせることでの顧客への貢献リードタイム短縮
  • デジタル技術を搭載したセンサーボックスによるデジタルトランスフォーメーション推進
  • 医療機関内在庫情報のデジタル化によるデータ管理とセキュリティー運用の合理化
  • センサーボックスを医療機関内ITシステムに組み込むことでのバックエンドシステム統合
  • 在庫補充システムによる自動化に移行したことでのマニュアル管理業務時代のエラーの削減
  • センサーボックス活用によるスペース効率の最大化

Human Empowerment(人の営みに関する効果):

  • 医療従事者の日常業務の改善 — マニュアルオーダーなし、在庫管理なし、計画の信頼性向上、そして本当に重要な業務に費やす時間の増加
  • 本来必要なケアを受けられるようになった患者さんたち — ケアに必要な時間が保証された医療従事者と必要な医療用品の可用性の担保
  • 適切な在庫管理が行われていることでの医療機関におけるコスト圧力からの解放
  • 新たなデジタル技術と合理化されたデータセキュリティー基準による、患者さんと医療従事者の安全確保
  • 新たな医療ビジネス領域の創出と競合他社との差別化
  • 自動在庫補充によるCO2排出量と紙の使用量の削減

ともすればこれまで「ROIはどのくらい?」という言葉で定量的かつ金額的導入効果だけを語って上層部の賛同を得ることに苦労されていたDXのリーダーが、本来計画書に書くべき文言が列挙されているように思います。目的ではなく手段としてのDX。言わずもがなですが、今を生き延びるのではなく、未来の社会に必要とされることが企業存続の要件です。例えば読者の皆様のお客様先でのこれからの在庫管理業務を、HARTMANNの取り組みをヒントになぞっていただくのはわかりやすいアプローチかもしれません。

最後にHARTMANNが2019年11月に公開した動画をご覧ください。ハイレベルなコンセプトが説明されています。動画というビジュアルと明文化された効果の双方から、進化する企業の戦略の確かさを実感します。

※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、HARTMANN GROUPのレビューを受けたものではありません。

出典:SAP Innovation Awards 2020 HARTMANN