米国医療機関に学ぶオペレーション改革のありかた


Intelligent Enterpriseが目指すのは、テクノロジーを活用してより個々が付加価値のある活動にシフト出来る環境であり、公的な医療サービスの分野でも同様です。

日本では、国民皆保険制度があるため公的保険として国が医療費を部分負担しますが、アメリカの医療システムは、基本的には個々が保険の加盟を判断する自由診療が基本的な方針となっています。(2020年6月時点)
オバマ大統領の時代に、「オバマケア」の名の下で低所得者への医療補助政策が推し進められましたが、依然として高額な医療負担はアメリカの社会問題です。

アメリカのインディアナ州 インディアナポリスにある医療センターThe Health & Hospital Corporation of Marion County(以下HHC)は、1855年創立という歴史のある医療サービス企業です。設立当初は当時勃発していた南北戦争で傷付いた同州の兵士の治癒にも従事していました。
2020年の現在では、事業を多角的に拡張して主に下記の4つの領域で医療に関する事業を展開しています。
マリオンカウンティーの健康サービス部門
一般病院
メンタルヘルス
関連病院施設へのシステム提供HHC Homepage

どの事業においても、HHCが目指すのは、「患者に対してリーズナブルで質の高い医療サービスの提供」です。

ところが、事業が広がるにつれて、各事業での業務が完全に独立して設計・運用されていたため、そこで働く人々はそれぞれ同じような紙での入力作業・監査対応・その他社内申請手続きに忙殺されていました。その結果として従業員の定着率も悪化をたどり、何より最も重要な患者のケアに充てる時間が難しくなっていたことに、経営としての課題を感じていました。

これらの課題を解決するためにHHCが取り組んだのは、財務面での業績向上も踏まえた、患者向けサービスと従業員満足度の向上を目指したオペレーション変革でした。

まずHHCが着手したのは、従業員が生き生きと働いてもらえるように入社前から入社後に至る一連の業務プロセスの再定義です。

個々の事業実態を把握したうえで事業共通のプロセスを再設計し、かつそのプロセスごとに評価指標を設けることで、従業員の満足度を定量的に図る仕組みを実装しました。

ITシステムとして、SAP SuccessFactorsを採用することで、リクルーティングから入社手続き・入社後のキャリアパスを1つのシステムにデータを集約して可視化できる仕組みを設けました。

これによって、従業員のキャリアプラン支援や人材の適材適所を見つけやすくし、従業員が誰でも簡単に自身の情報が閲覧できる給付制度システムも提供が可能になり、働き甲斐のある職場環境へ貢献しています。

患者へのサービス強化については、患者対応以外に関わる時間、特に紙への手書き入力・申請・購入手続きなどマニュアルで行っていた作業を徹底的に見直して、どの事業領域でもITシステムを活用して効率的な作業が可能な仕組みを実現しました。

導入したITシステムはSAP S/4HANA(会計領域)で、今まで紙で行ってきた業務を出来る限りSAP Fioriと呼ばれる直観的に操作しやすい画面で遂行できるよう業務ルールとUIのデザインを工夫しました。

調達先業者(ベンダー)の情報や社内での購買活動もシステムで一本化することで、どの事業でも効率的で透明性のある業務を具現化し、確保出来た時間で患者へのサービスに充てることが出来るようになりました。

また、SAP SuccessFactorsで収集したデータや、その他外部医療機関からのデータもSAP S/4HANAにデータを連携させ多角的に分析できる機能も実装しており、単に従業員への満足度向上や患者にあてるサービスだけでなく、それらを含めた事業全体の収益性としての評価もバランスよく行っています。

HHC Architect

HHCのオペレーション改革を支える新システム図

これらのオペレーション改革をやりぬいた結果、下記のような定量的な効果を実現しています。

ー重複を排除することで調達業者の72%削減・購買品目の77%削減
ーFioriの活用で、85%の利用者が紙を何度も探す作業から解放
ー承認自動化で1利用者が月40時間も購買承認に要する時間を削減
ーセルフサービス型レポートの導入で、年間100~150時間を削減
ー従業員情報のシステム一元化で年間2000名の手作業入力が解法され、
ー月あたり100時間 (0.6FTE)のコスト削減
ー94%が新たに導入した迅速に閲覧できる従業員向け給付システムに満足

また、HHCは従業員の働き甲斐だけでなく、ダイバーシティと包容(Diversity and Inclusion)も重んじるカルチャーがあり、盲目の従業員でも利用可能なSAPのアクセサビリティ機能を利用しています。

日本の医療機関は、歴史的に診療報酬改定要件への対応を重視してきた傾向がありましたが、今回のHHCの事例のように、米国ではあくまで経営の視点で患者サービスとの両立を目指しており、参考になる点があろうかと思います。

また、医療機関以外でも、単にシステム導入でコスト削減だけでなく、ステークホルダの1つである従業員の働き甲斐を重視することで経営としての健全性を目指すアプローチは、あらゆる組織に関係する財務・非財務の評価の観点で示唆を与える事例ではないかと考えます。

 

※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、Eskenazi Health/HHCのレビューを受けたものではありません。

出典:SAP Innovation Award 2020 Eskenazi Health/HHC