SAPパートナー企業が“ディスラプト(破壊)”したものとは何か?


今回はカタールとイタリアのサッカーを、ITがどのように支援しているかについて紹介します。

今回のSAP Innovation Awards 2020を受賞したClariba社は、サッカーの新興国と強豪国のデジタル化を支援しています。

Soccer Team Cheering --- Image by © Randy Faris/Corbis

Soccer Team Cheering — Image by © Randy Faris/Corbis

サッカー x IT の現状

イントロダクションとして、サッカーとデータを取り巻く環境について触れます。サッカー x ITというと、2014年のブラジルワールドカップで、SAPがドイツ代表を支援したことを筆頭に、非常に進んでいるという印象があるかもしれません。さらに近年ではハードウェアのコスト開発の下落や、ビッグデータを取り扱うことの技術面、コスト面での容易さなどにより、サッカーだけでなくスポーツ界全体において、さまざまな面でデータが活用されるようになってきています。本ブログシリーズにおいても、セーリングにおけるデータ活用について取り上げたり、NHLでのリーグをあげたデータ活用についてこれまで紹介しました。サッカーに関して少し深堀りすると、現在では練習においても、走行距離、スプリントの回数、心拍数などを計測するIoTセンサーを付けての練習は既に普通のことになってきており、今や日本の高校の部活動においても、プロサッカーと同様のセンサーが利用されています。また選手の契約情報やさまざまなプレーに関する統計情報を取りまとめ、これらのビッグデータをクラウドサービスとして販売している会社などもあります。このように、サッカーにおけるデータ活用は既にかなり一般的になってきていますが、このようなデータ活用が進んでいるヨーロッパのプロクラブともなれば、複数のシステムを活用しているのもまた普通のことです。さまざまなシステムを活用した場合、それぞれのシステムのデータをひとつにまとめ、統合的な分析を行うことが困難という課題が生じてきます。その解決のために、SAPであれば、ドイツ代表やホッフェンハイム、バイエルン・ミュンヘンなどのチームとSAP Sports Oneというスポーツチーム向けのプラットフォームを共同で開発しましたが、それをカタールとイタリアで取り組んだのが、今回ご紹介するSAPのパートナーでもあるClariba社です。

 

Clariba社とAspire Academyの取り組み

Clariba社をご理解いただくために、まずは2017年にSAP Quality Awards (Business Transformation Category) を受賞したカタールでの取り組みについて紹介します。

サッカーにおいて決して強豪国ではないカタールですが、サッカー好きな方なら2019年に開催されたアジアカップ決勝で日本と対戦し、日本が1対3で敗れたことを記憶されているでしょう。

ひと昔前は、南米やアフリカ諸国の選手を自国に帰化させて、代表選手として出場させてきましたが、この2019年のアジアカップの際には、登録メンバー25名のうち、13名がAspire Academy(アスパイヤ・アカデミー)という育成機関出身であることが大きな話題となりました。このAspire Academyは、近年カタールが国家主導で行っている強化施策の根幹をなす育成機関です。ご存知の通り2022年のW杯の開催国であるカタールでは、2014年頃から国家戦略としてサッカーの代表チームの強化に着手しており、その強化費用は年間約50億円と言われています。育成機関にかけているコストとしてはおそらく世界最高レベルであろうと推察されます。Jリーグでも一二を争う資金力を持つ浦和レッズのアカデミー運営費が2019年シーズンで約7,700万円(浦和レッズ 経営情報より引用)であることからも、これが桁違いの金額であることは容易にご理解頂けるでしょう。

Aspire Academy は育成機関なので、将来A代表の選手になれるポテンシャルを持った選手達を世代別に集めてトレーニングを行なっています。中長期的な視点に立った場合、データによる選手の評価というものは非常に重要になってきます。つまりトップチームに昇格した選手やA代表に選ばれた選手の育成年代時のデータが、今所属している選手のベンチマークとなるのです(はたしてリオネル・メッシのようにスペシャルな選手をデータで測ることができるのかという疑問はありますが・・・)。

このAspire Academy向けに育成評価システムを開発したのが、Clariba社でした。最初にシステムを構築した際はオンプレミスで構築しており、SAP HANA、SAP Data Services、SAP BusinessObjectsが用いられていました。特筆すべきは、SAP Business Objectsを活用したデータの見える化です。チーム全体の情報から、試合のスタッツなどの情報、各試合時の選手の詳細情報までが、複数の画面を用いてひと目で分かるようになっています。これにより、数多く所属している選手の情報を網羅的に確認し、選手間の比較と評価を行っています。

カタール Aspire Academy におけるSAPとClariba社の取り組み

Football Data Integration 360とイタリアサッカー連盟

今回 SAP Innovation Awards 2020を受賞した取り組みは、Clariba社がAspire Academyで開発したアプリケーションにさらなる機能を組み込みつつ、クラウド化したアプリケーションである、”act·in | football” の開発と運用です。更にイタリアサッカー連盟(伊:Federazione Italiana Giuoco Calcio、以下:FIGC)との取り組みの中で、ソリューションを拡張させて、”Football Data Integration 360″というアプリケーションとしてFIGCに提供しています。

イタリア代表チームのサッカーと言えば、強固な守備を誇るカテナチオ(イタリア語で”かんぬき”の意味で、カギを掛けたような守備が堅い戦術という意味)と、ロベルト・バッジョやアレッサンドロ・デル・ピエーロ等のファンタジスタと呼ばれる、ずば抜けた技術と創造性に富んだプレーをする選手を擁してワールドカップを過去4回優勝しているサッカー強豪国です。これは優勝回数が5回のブラジルにつぐ優勝回数を誇っています。(ちなみにSAPがサポートしているドイツ代表の優勝回数もイタリアと同じく4回です)しかし近年、ワールドカップの舞台では目立った活躍ができておらず、2014年のブラジル大会では、本戦に出場したものの2大会連続でグループリーグで敗退、2018年のロシア大会にいたっては、ヨーロッパの地域予選で敗退という状況になってしまいました。

そのような状況の中でFIGCは、SAPのパートナーでもあるClariba社のソリューションを利用し始めています。FIGCが利用している”Football Data Integration 360″は、選手の技術的評価、コンディショニングデータ、怪我などの医療データ、試合分析レポート、フィジカルテストのデータなどを一元的に管理しています。それだけでなく、選手が所属している各クラブと代表チーム間で、選手のさまざまなデータを連携させることもできるようになっています。代表チームに選ばれた選手も、大半は所属しているクラブで過ごします。代表チームからすれば、招集した選手が所属クラブでどのように過ごしているのか、どのようなコンディションなのか気になりますし、クラブ側からすると代表チームに送り出した選手が、どのようなコンディションになっているのかを知りたいということがあります(選手の給与を払っているのは所属クラブなので、代表チームの親善試合や練習などで怪我をした場合の補償で、代表チームとクラブ間で揉めるのはよくある話です・・・)。

また単なるデータの交換・共有のためのプラットフォームとしての機能だけでなく、将来的には、蓄積した練習データやその評価、コンディショニングデータなどのビッグデータを元に、機械学習を用いてベストメンバーの抽出や試合でのパフォーマンス予測などを行うことや、ブロックチェーンを活用した個人情報の取扱いやチャットボットを活用したユーザーインターフェイスの機能向上なども検討されています。ブロックチェーンを利用した個人情報の取り扱いに関しては、今後具体的にデータの帰属権についての議論が必要となるでしょうが、移籍した際には怪我や治療などの履歴情報がきちんと次のチームでも参照できることになれば、適切な治療やリハビリプランの確立ができ、選手寿命が延び、選手にとってもプラスになることが考えられます。

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Football Data Integration 360’: una piattaforma per migliorare la sinergia tra Nazionali e club より転載(イタリアサッカー連盟のHPでFootball Data Integration 360を紹介しているページ。一番下にFootball Data Integration 360の紹介のビデオもあります。記事、ビデオ共にイタリア語です)。

スポーツにおける先進的な取り組みはビジネスの手本だとしばしば言われますが、ビジネスだけでなく、社会全体にも影響を及ぼすかもしれません。未来においては、この情報交換のスキームがプロアスリート向けだけでなく、我々のような一般市民の健康情報管理の基盤としても利用されるかもしれないというイメージが湧きます。

SAPがスポーツチームに提供しているソリューションであるSAP Sports Oneが、代表チームや各クラブでの活動を最適化しているのに対して、Clariba社がFIGCに提供しているソリューションであるFootball Data Integration 360は、代表チームとクラブ側の両方の視点から、そして選手への効果も加味してソリューションが開発されている点が非常に興味深い取り組みです。Clariba社がサッカーに限らず、このプラットフォームを展開していくことで、「プロアスリート向けのパフォーマンスプラットフォーマー」になる可能性を感じ、技術志向のSAPパートナー企業の進化モデルとして、Technology Disruptorのタイトルを得たことにインサイトを得た思いがします。

※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、Clariba社、Aspire Academy、FIGCのレビューを受けたものではありません。